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台所でせかいをかえる Revolution Starts in DAIDOKORO  作者: 朧月 澪(おぼろづき みお)
凛の誕生会

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第29話 凛の誕生日会③〜ノックしてはいけないドア(凛の誕生会・最終話)

台所でせかいをかえる Revolution Starts in DAIDOKORO

第29話 凛の誕生日会〜ノックしてはいけないドア


初めて会った少年に、伸子は尋ねた。


「ねえ、その“凛の壁”って、どんな感じなの?」


少年の話によると、凛の壁の写真は、いつしか誰かのインスタに載せられ、ちょっとした話題になったこともあるという。


秘密基地につくったその壁は、今ももちろん残っている。


けれど少年の話では――


たくさんの人が覗こうとすると、なぜかいつも、やっかいなことが起こるらしい。


彼は考え抜いた末、「ノックしてはいけないドア」というものを作った。


「どうして、ノックしてしまったんだろう……」


少年がつぶやいた瞬間、凛は何かに気づいたように、そっと言った。


「……ごめんね。」



伸子は、幸せな時間を噛みしめながらも、


思ったよりあっさりとそのひとときが終わったことに、少しだけ寂しさを感じていた。


凛の誕生会は終わった。


スマートフォンの画面には、湯気の立つマグルーバを前に歓声を上げる、凛と少年の姿。


伸子は、それを何度も繰り返し再生した。


伸子は響香からもらった薔薇を、自分のバラとともに花瓶に入れてテーブルに置く。


夫が部屋に入ると、外からの冷たい空気とともに、バラの香りがふわっと風に漂った。


スパイスの香りにバラの香りが重なり、部屋全体がまるで小さな寺院のようだった。


バラの名前は――アンジェラとポンポネッラ。


「ポンポネッラは、ドライにすると素敵よ」


響香の声が耳に残る。


明日、この香りの中でバラを干してみよう。



スマホでキッチンのステンレスと花瓶の花の写真を撮った。


そのままフォルダを開き、過去の写真をめくっていく。


海外視察中の写真は、ほんの数枚。


その道中で、凛へのお土産になりそうなものを何度も手に取った。


けれど、公費での旅という意識が、どれも棚に戻させた。


「実家に地元のお菓子を送るぐらいは、OKということにしよう」


そう言って仲間を納得させ、じぇりーと一緒に買ったお菓子。


――じぇりーは今、あのお菓子を食べているだろうか?


部屋に積まれたお菓子の箱に囲まれ、ひとりお菓子を食べている姿を思い浮かべた。


伸子は急に、じぇりーに会いたくなった。


泣いて、笑って、けんかして、


「グッバイ」さえ、うまく言えなかった旅の仲間たちに――


Thank you from the bottom of my heart.

(心の底からありがとう)



その時、伸子のスマホが震えた。


「非公開。凛が作った壁。」


少年の母が、未希のスマホを介して送ってくれたのだ。


それは、スライドショーになっていた。


海外のお菓子の箱やキャンディーの包みで飾られた秘密基地の壁。


どの写真も、差し込んでいる光を受けてモザイクのように美しい。


――じぇりーのルールあってこその壁。


いつか彼らに再会したとき、この壁の写真と動画を見せてあげよう。


いろいろな国の文字と色彩の箱でできたその壁は、


どんな観光地の壁画よりも、美しかった。



一枚の写真をスクロールすると、


見慣れない「¡」――逆感嘆符が、心にふいに飛び込んできた。


くるくるとしたアラビア文字のレシピは、まるで踊るように動き出し、


見慣れたはずの漢字さえも、違う生命を帯びていた。


子どもたちは今、新しい世界の森の中にいる。



凛の誕生会を考えたのに、


なんだか自分がたくさんのプレゼントをもらってしまったな――


花瓶のバラを見つめながら、そう思っていると、


スマホがまた震え、画面には響香からのLINEが表示された。


バラを抱えた女の子のスタンプ。


「おばあちゃんになって7歳だものね。

 7さいのおばあちゃん、お誕生日おめでとう。」


窓の向こうでは、アンジェラのバラが数輪、暗がりの中で揺れていた。


まだ見えているうちは、カーテンを閉めたくなくて、電気もつけずに過ごした。


「まだ冬囲いには早いわよね」

「寒さも必要」


旅先でのバラ子の言葉が、頭の中でリフレインする。


――そういえば。


インド綿で凛に、秘密基地用ののれんを作っていたのに。


渡すのを忘れていた。


「まあ、いいか」



夕刻、伸子はそっとストーブのスイッチを入れた。


今シーズン最初の、凛の小さなおどろき。


先々週、彼女が言った言葉。


「ストーブさん、生きてるみたい。」


オレンジの光がぽうっと灯り、

部屋がゆっくりと温まっていく。


「これ以上の誕生会は、ないわ」


伸子はゆっくりと立ち上がり、窓のガラスに顔を押し当てた。

外は闇に包まれ、冷たい雨がしとしとと降りはじめている。


その一方で、台所の花瓶に生けられたアンジェラとポンポネッラは、昼間の光を一点に集めたかのように、静かに輝いていた。

室内の温もりと、花の光が、雨に濡れた庭の闇とそっと対照を成している。


深呼吸をひとつして、伸子はやさしくカーテンを閉めた。

後書き


読んでくださりありがとうございます。


第27話〜第29話

凛の誕生日会(①〜謎のレシピ ②〜針と糸 ③〜ノックしてはいけないドア)

は、ここでおしまいです。


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