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台所でせかいをかえる Revolution Starts in DAIDOKORO  作者: 朧月 澪(おぼろづき みお)
凛の誕生会

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第28話 凛の誕生会②〜針と糸

台所でせかいをかえる Revolution Starts in DAIDOKORO

第28話 凛の誕生会②〜針と糸


伸子は、助手席に未希を乗せ、

後部座席に無言の小学生ふたりを乗せて、

エルコンフィールドを後にした。


児童館「メダカ」の秘密基地のもめごとの当事者ふたりは、

神妙な顔をしている。


車を五分ほど走らせ、

いつもの、夫と二人で暮らす自宅に到着する。


響香からもらった花束をかかえて、

リビングの扉を開けると、

カルダモンのスパイスの香りがふわりと漂った。


凛は、炊飯器の前に

吸い寄せられるように駆け寄る。


炊飯器の小さな赤いぽっちが、

「保温」の文字の下に灯っていた。


「炊き上げているうちに、

 エルコンフィールドに、

 迎えに行こうと思うの。」


数日前、

何気なく交わしたスマホの一言だった。


「覚えていたのね。」


響香に手渡された花束のバラを、

花瓶にいれた。


少年は、

まだ気まずそうに立っている。


凛が夕べ持ってきた、

二つの引き裂かれた布も、

本棚の横のカラーボックスに、

ぽんと置かれたままだ。


少年は、それに気づいている。

けれど、気づかないふりをしている。


「すきなところに、すわっていいよ。

 いまから、お昼だから。」


凛は、

キリンの鍋つかみに手を伸ばしかけながら言った。


「キリンの鍋つかみ、

 りんがやる。」


「今日はダメ。

 主役は、テーブルで待っていてね。

 まだ、見ちゃだめよ。」


伸子がそう言った、

ちょうどそのとき。


玄関の引き戸が開く音がした。


約束どおり、

夫も仕事を抜けて、

帰ってきてくれた。



凛の誕生日会が始まった。


並んで座る凛と、

はじめて来る少年のあいだには、

まだまだぎこちない空気が流れていた。


「お母さん、

 余計なこと言わないでね。」


すっかり母親らしくなった娘の未希が、

小声でささやく。


「わかっているわ。」


伸子は冷蔵庫に向かい、

ひよこ型のマカロニでつくったサラダを取り出した。


テーブルの真ん中に、

大きな皿を一枚、

そっと置く。


「さあ、

 うまくできてるかしらね。」


そう言って、

炊飯器の釜を皿の上でひっくり返し、

黄金色の釜だけを持ち上げた。


張り詰めた空気の中に、

カルダモンの香りが、

部屋中にふわりと立ちこめる。


響香の謎レシピ──マグルーバ。


「わあ!」


「ご飯のケーキみたい。」


子どもたちだけでなく、

普段はほとんどリアクションを見せない夫までが、


「おお、これはすごい……」


と、感嘆の声を漏らす。


アラビアのケーキのように美しい料理が、

ひっくり返された鍋からの湯気とともに、

姿を現した。


人参は、

オレンジ色と紫色。


オレンジのほうは花形のクッキー型でくりぬき、

紫のほうは星形にした。


「大成功!」


「おじいちゃん、

 端へよって。

 主役たちがうまく映らないの。」


一緒に前のめりになっている父にも、

柔らかく声をかけながら、

未希はその一部始終を、

スマホで動画撮影した。


「お姉ちゃんも、

 来られればよかったのにね。」



やがて、

子どもたちふたりの不穏な空気は消えた。


代わりに、

夢中で頬張る姿がそこにあった。


そして、

すっかりお腹がいっぱいになると──

二人は、

新しい秘密基地のことを考え始める。


少年が引き裂いた布だった。


だが、

幼い創始者たちは、

それを手にして、

どちらからともなく言った。


「はりと糸を。」


「……青がいいかな?」


「……ぼく、赤にする。」


「穴に通すのって、

 むずいな。」


「むずすぎる……」


「通った!」


「いたい!」


「大丈夫?」


「できた!」


やがて、

笑い声が弾けた。


「きゃはは!」


楽しげな声が、

いつまでも続いた。



秘密基地の生みの親──

このちいさな天使たちは、

引き裂かれてしまった布の縁を縫うために、


はじめて針と糸を手に取って、

リビングの奥の和室で、

奮闘していた。


「春江ちゃん、

 つばつけてやってたよ。」


「こうやって……」


台所のテーブルでは、

天使たちの親──未希と伸子が、

その声に耳を澄ませていた。


向かい合いながら、

やさしい笑みを浮かべる。



和室の一方で、

「いたい」と誰かが言ったとき。


その小さな指先には、

赤い点がひとつできただろうと、

伸子は思った。


本当は近くに行って、

「大丈夫?」と、

その指のかわいさを見たい衝動に駆られた。


けれども、

あえて、

しなかった。


「ママ、ママ」とばかり言っていたのに──


台所のテーブルをはさんだ、

未希のつぶやき。


伸子は、

この喜びとさみしさを知る

天使の母──未希の姿が、

愛おしかった。



伸子はふり向いて、

わざと雑に、

こう言った。


「手伝おうか?」


すると、

やはり返ってくる答え。


「大人には、

 手伝わせない。」


二人で悪戦苦闘しながら、

針に糸を通し、

どうにかこうにか、

縁取りしていく。


玉結びをするのを忘れて、

二度することになり、

けっこう時間がかかった。


二度目は、

刺繍糸の方が見栄えすると言って、


彼らの縫い目のひとつひとつまでも、

アラビアの布にふさわしいものになった。



伸子は、

初めて会った少年に、

凛の秘密基地の壁のことを尋ねた。


「凛ちゃんの壁と、

 台所は──

 やばいよ。

 すげーよ。」


「どんなふうに?」


「見なきゃ、

 わかんないよ。」


凛は、

そっと笑って言った。


「非公開だもんね。」


* * *


 次話へつづく


* * *

◇◆◇ あとがき ◇◆◇

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

また次話で、お会いできましたらうれしいです。

◇◆◇

「第29話 凛の誕生日会ノックしてはいけないドア」 につづく

◇◆◇

―― 朧月おぼろづき みお

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