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台所でせかいをかえる Revolution Starts in DAIDOKORO  作者: 朧月 澪(おぼろづき みお)
挿話   秘密基地

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第25話《挿話》 秘密基地のその後

「でもね、ばあばからもらったお菓子の箱で、『めだか』で秘密基地つくったんだよ!」


「めだか?」


「児童館の名前が『めだか』なの。さっぽろのばあばのところに行くとき、たまに行ってるの」


「ああ、学童保育のことね。『めだか』って、いい名前ね」


※第20話 十月のある日曜日の朝 〜スパイスの香りと凛との再会〜 より



児童館「めだか」は、小さな隠れ家だった。

そこには、ばあばから届いたお菓子の箱が、ひとつの小さな世界を開く扉になっていた。

台所でせかいをかえる Revolution Starts in DAIDOKORO

第25話《挿話》 秘密基地のその後


 北国・さっぱり市の公園で、秋風がひゅうひゅうと落ち葉を踊らせる頃。

長い旅を終えて日本に戻った伸子は、その冷たさに触れ、ようやく“帰ってきた”季節を感じていた。


児童館「めだか」の秘密基地は、またひとつ季節を越えようとしていた。


春江おばあちゃんが仲間と手づくりした、小さな巣のような場所。


折りたたまれた人生のひだが、子どもたちにそっと居場所をつくっていた。


そして春江は、ふたたび児童館の人気者になっていた。


親子同時参加の秋のカラオケ大会で、


春江はピンクレディーの「ペッパー警部」を歌った。


指をL字にしてキレよく振るその動きは、天井のライトに照らされて思いがけない輝きを放った。


そのひと幕に、大人も子どもも腹を抱えて笑った。


笑い声は秋の夕暮れの空気を揺らし、


それ以来、春江はすっかり「ペッパーさん」――


ときには「警部」と呼ばれ、児童館でいちばん声をかけられる存在になっていった。


もうひとりのおばあちゃん・伸子が世界のどこかから送ってくるお菓子の箱は、凛の秘密基地の材料になっていた。


そして伸子の帰国で直接手渡してもらったチョコレートが、最後の材料となった。


いつも凛の積みあげる箱は、どこか甘くて知らない匂いがして、


印刷された色は、遠い町の夕焼けや海辺の風景を思わせた。


凛たちにとって、それはもう“梱包材”なんかではなく――


世界の端っこから届いた、見えない扉のかけらだった。


秘密基地の最初の壁も、そういえばそんな箱から始まった。


印字された外国語を指でなぞっては、


「この“ことば”、どういう意味?」


と、みんなで首をかしげた。


そのとき、なぜか午前中に児童館へ来ていた中学生のなかいくんが、スマホのアプリでことばを訳してくれた。


その声は、秘密基地の壁を異国への扉のようにした。


箱には、遠い国の風が静かに染みこんでいた。


ざらりとした段ボールの表面に、見たことのない影が宿っていて――


凛たちはその箱を触るたび、まるで知らない空気をそっと開くような気持ちになった。



秘密基地では、合言葉を知らない子が近づくたび、小さな言い合いが起きた。


ときには、せっかく貼った壁が破かれることもあった。


それでも凛たちの「ゾーンB」は、壊れるたびに息を吹き返し、


つくり直すたびに角が少し丸くなり、


まるで子どもたち自身の成長のように、しなやかさを増していった。



「札っぱりドームで道民カラオケ大会やろう!」


凛たちの夢は、おどろくほど本気だった。


だが、中学生のなかいくんが突然来なくなり、


その夢は秋風にさらわれた落ち葉のように、どこかへ舞い去ってしまった。



そしてこの秋、


三度目の基地が完成するころには、他校の子も遊びに来るようになった。


スマホを持つ子、持たない子――


合言葉が伝わらず、すれ違いが増えた。


そのたび大人が仲に入り、


「秘密基地ではスマホ禁止」という札が、またひとつ貼られた。



ある日、祥也くんが黒柴の「くろ」を連れてきた。


赤い首輪が、夕方の光を跳ね返す。


「犬はだめかな?」


「ダメよ。」


ほんの一拍の沈黙のあと、祥也くんが言った。


「じゃあ、外にも秘密基地つくろう!」


「ぼっこがほしいな。」


「ぼっこって?」


その瞬間、軽トラの荷台から木の棒がどさりと落ちた。


祥也くんのおじいちゃんが運んできたのだ。


家々から集まった牛乳パックが積まれ、


秘密基地はついに外へと滲み出すように広がりはじめた。


子どもたちは「ぞう産 牛乳パック募集!」というチラシを街に配り、


小さな遊びは、気づけば街を巻きこむ冒険へと変わっていった。



2週間ぶりに秘密基地へ来た凛は、息をのんだ。


大事にしていた“あの布”が、真ん中でふたつに裂かれていたのだ。


それは、伸子が海外のお菓子を包んで送ってくれた布。


赤から青へとゆっくり溶けていくグラデーションは、


まるで遠い国の夕焼けの切れ端をそっと持ち帰ったような色だった。


裂け目に触れると、ほどけた糸が光を受けて舞い、


胸の奥がきゅっと、それでいて静かに痛んだ。


泣き出しそうになるのをこらえて、


凛はその布を抱きしめて家へ帰った。



その日は、母・未希がお休みだった。


「どうしたの、凛?」


「エスコンフィールドのおばあちゃんのところに行きたい。」


予定より早い訪問に伸子は驚きつつも、やわらかく微笑んだ。


「まあ、明日だと思っていたけれど……うれしいわ。」


「今日は一緒に寝ましょう。」


夜が深まると、伸子は灯りを落とし、ゆっくり語りはじめた。


むかし、むかし――。


凛の痛んだ心に寄り添うように、


静かな祈りの物語が、暗い部屋にそっと流れていった。


* * *


 次話へつづく


* * *


◇◆◇ あとがき ◇◆◇


ここまで読んでくださって、ありがとうございます。


どこかで、それぞれの「台所」から、小さなせかいを動かしています。


日々の中の記憶や香り、音のひとしずくを、どこかで感じていただけたなら幸いです。


第26話《挿話》にんぎょひめ ― ひと晩、孫の凛と語る物語 ―


また、お会いできますように。


読んでくださった方に、幸せの粒がふりそそぎますように。


―― 朧月おぼろづき 澪みお

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