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台所でせかいをかえる Revolution Starts in DAIDOKORO  作者: 朧月 澪(おぼろづき みお)
左ウインカーをいく伸子

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第21話 ターメリックハート

台所でせかいをかえる Revolution Starts in DAIDOKORO

第21話 ターメリックのハート


テレビ画面の光がにぎやかになったリビングを淡く照らす。

ドジャースに移籍したばかりの大谷翔平が、ワールドシリーズの舞台で静かに輝いていた。

北広嶋の家のリビングにも、その熱がすでに届いていた。


凛と最後にゆっくり会ってから、二年という時間が流れていた。

小学生になった凛は、光の粒がそのまま歩いてきたようで、伸子の胸に柔らかな温もりを残した。


「ばあば」「ただいま」「おかえりなさい」


さっき、玄関の引き戸がガラガラと開いた瞬間、離れていた時間がそっと溶けていった。


昨日、響香と一緒に覗いたメモを、テーブルの端に置いていた。


「虫の行列みたいに見えたのよ」

響香のその言葉どおりの文字。それはアラビア語だった。


秋の日差しを受けるメモリーのテーブル。

虹の輪の旅で覚えた翻訳アプリをかざすと、異国の料理が静かに姿をあらわした。


マグルーバ――ひっくり返して仕上げる、中東のお祝い料理だという。


今朝も昨日と同様、秋の日差しが美しい。


「アラビアの国のごちそう……これ?」

凛が覗き込む。

「そうよ。響香さんがくれたの。今日は試作してみようと思ってね」

「響香さんの実家から届いたの?」

「そう、そんな感じ」


説明をしながら、再びアプリを起動しようとすると、凛がすばやく手を伸ばした。

「やらせて!」

小学生とは思えない慣れた手つきで画面を操作する。


「児童館でね、高学年の子が何回も使ってるの、ずっと見てたの」

翻訳アプリの画面がくるりと回るたび、凛は声をころして笑った。


「なかいくんがね、お菓子の箱の文字を読んでくれたの」

「なかいくん?」

「一緒に秘密基地つくったの。ばあばがおくってきた箱で」


凛は両手をいっぱいに広げ、基地の広がりを示した。

チョコの銀紙をつなげて光を集めたこと、英語の文字のついた包みを使ったこと——

その話は、伸子の記憶のどこかをやわらかく叩いた。


スパイスを小瓶に移し替える。

カルダモン、シナモン、クミン。

瓶の縁が小さく鳴るたび、甘くスパイシーな香りが立ちのぼり、部屋の空気をゆっくり変えていく。


「凛もやる」

「あら、やるやる星人は変わらないわね」


ターメリックを手渡すと、凛の指先が弾むように動いた。

黄色い粉が机にこぼれ、小さな太陽がひとつ落ちたように広がる。

凛は指についたきいろい粉で、キッチンペーパーにそっとハートを描いた。


そのとき、未希が窓を開け、レースのカーテンがふわりと膨らんだ。

スパイスの香りが外の風と混じり、台所に静かな彩りを添える。


「ナマステ」

凛はどこかで覚えた言葉を思い出したように、インドのシェフになりきっていた。


「今日はカレー屋さん?」

「うん」

「凛ちゃんと台所に立てるなんて、幸せね」


伸子は、小さな背中の動きを眺めながら、胸の奥がゆっくり温まっていくのを感じた。

オレンジ色の午後の光が、異国の香りと混じり合い、二人をひそやかに包む。


「これは、アラビアのごちそうよ。きっと」


伸子の言葉に、凛は窓の外を指さした。

「ばあば、あっちにも探検に行こうよ」

「探検?」

「うん、見てほしいの」


届いたばかりの季節の風のように、その声は軽やかだった。


長い旅を越えてきたからこそ、この小さな探検が、心にあたらしいときめきを運んでくる。

庭の向こうで芽吹きつつある名もなき冒険が風に揺れ、その予感が胸の奥をそっと揺らした。

そのひととき、伸子の心は、やさしい高鳴りと幸せな温もりに包まれた。


第21話 ターメリックのハート / おしまい


* * *


次話へつづく


* * *

◇◆◇ あとがき ◇◆◇

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

また次話で、お会いできましたらうれしいです。

◇◆◇

次回予告:「第22話 静けさのアイス」

◇◆◇

―― 朧月おぼろづき みお

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