第20話 十月のある日曜日の朝 〜スパイスの香りと凛との再会〜
台所でせかいをかえる Revolution Starts in DAIDOKORO
第20話 十月のある日曜日の朝 〜スパイスの香りと凛との再会〜
◇◇◇
きのうは、響香の再会に胸をおどらせ、布団に入ってもなかなか眠れなかった。
けれど、孫の凛と再会するこの朝、伸子は早く目を覚ました。
ひんやりとした冷たい床に、厚手の靴下をはき、セーターを着込む。
北海道の夏も暑くなったという話をたくさん聞いたが、もうストーブをつけたいくらいだ。
カーテンの隙間から柔らかな朝の光が、部屋をやさしく照らしている。
リビングの時計は、5時を指していた。
夫が目を覚ます前の静かな時間――ここでの一日を整える、旅の前も後も貴重なひととき。
けれど今日は、それだけではなかった。
今日は特別な日。六歳の孫娘、凛がやってくるのだ。
◇
どれくらい大きくなっただろう。
虹の輪の海外視察参加の話が急浮上するまでは、頻繁に会っていた。
でも、それも2年前のこと。
どんなランドセルを買おうか、いっぱい話していたところだったのに、結局旅支度に追われて、すっかりなおざりにしてしまった。
娘の未希とも、話したいことが山ほどある。
◇
キッチンの横の本棚。
そこに、古いパソコンが一台。
CDを入れて音楽を聴けるなんて、今の時代ではもう珍しい。
そう思いながら、丁寧にトレイを開け、ディスクを差し込む。
流れてきたのは、やっぱり大好きなサザンオールスターズの曲。
ピアノの音とともに、開けたカーテンの隙間から、秋の静かな光が差し込んでくる。
タイトルに「夏」の文字があるのに、不思議とこの秋の朝にぴったりだった。
ノンスタルジックな、長い旅の記憶が、曲とともに静かに胸の奥によみがえる。
「四六時中」という響きに、菜箸を持つ手の動きが、ふと早くなる。
◇
音楽に合わせて湯を沸かし、たったっとネギを刻み、豆腐をすっと入れて味噌汁を作る。
納豆をかき回すと、白い糸がゆっくりと伸びていく。
音楽に合わせるように、手の動きは大きく、なめらかになり、糸は高くのびる。
繭のような粒が光を受け、朝の台所に小さなリズムが生まれた。
時計を見る。……そろそろ、一人の時間が終わる。
◇
朝食をすませ、片づけを終える頃、再会の瞬間が近づいていた。
8時を少し過ぎたころ、玄関のチャイムが鳴る。
「ばあばー!」
玄関を開けると、凛が笑顔いっぱいで両手を広げて駆け寄ってきた。
その後ろには、娘の未希が「おかえり」と言いながらゆっくり家に入ってくる。
◇
「おはよう、凛。元気だった?」
「うん! 今日は何するの?」
凛は目を輝かせ、次の時間を待ちきれない様子だ。
頭一つ分、大きくなっている。
「ばあば、見て!ランドセル!」
日曜日なのに、わざわざ持ってきた薄紫のランドセル。
「ごめんね、一緒に買いに行けなくて……」
凛は小さく首をかしげる。
◇
「なんで?」
「でもね、ばあばからもらったお菓子の箱で、『めだか』で秘密基地つくったんだよ!」
「めだか?」
「児童館の名前が『めだか』なの。さっぽろのばあばのところに行くとき、たまに行ってるの」
「ああ、学童保育のことね。『めだか』って、いい名前ね」
◇
凛はもう次の話題に移っていた。
「ねえ、ばあば。誕生日プレゼント、何にしようかな?」
「ばあばにも、ちゃんとあげるからね」
「まあ、そうなの? うれしいなあ。凛ちゃん、十月生まれだものね。もうすぐね。今年はちゃんとプレゼント、用意するからね。
凛ちゃんの誕生日パーティ、どうしてもしたくて、お仕事早く切り上げちゃったの」
「えーっ、でも去年もくれたじゃん!」
◇
その一言で、伸子の胸に思い出がよみがえった。
去年の誕生日、未希がAmazonで代わりにプレゼントを送ってくれたこと。
凛にプレゼントを送れなくて、少し切なかったこと。
十年前、未希は反抗期の余韻を残したまま大学進学で上京。
ほとんど帰省せず、就職、結婚、出産、育休復帰……すべてが事後報告で過ぎていった。
けれど今、育児をしながら社会でしなやかに羽ばたく姿に、伸子は胸が熱くなるばかりだった。
今は、ほどよい距離で暮らせていることが、何よりありがたい。
◇
「未希、アンジェラもありがとうね」
「アンジェラって?」
「今、咲いているバラのことよ」
「お母さんたっら、あいかわらず全くわかってないのね。お姉ちゃんがほとんどやってくれたわ」
長女、加奈も、千歳空港の職員として日々忙しい。
少し語気が強くなった未希も、バラに目をやると声が和らぐ。
「そういえば、一度、凛と一緒に3人でやったんだわ。ちょっとさっぱりしすぎたと思ったけど……ちゃんと咲いたね」
「おばちゃんとやったんだもね。凛、バラの前であとで写真撮ろうか?」
遠くで遊んでいた凛が「加奈ちゃんって言わないと怒られるよ~」と返す。
窓の外で風に揺れるアンジェラを見つめながら、未希がぽつりとつぶやいた。
「よかった。無事に、帰ってきてくれて」
* * *
次話へつづく
* * *
◇◆◇ あとがき ◇◆◇
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
また次話で、お会いできましたらうれしいです。
◇◆◇
次回予告:
第21話 ターメリックハート
◇◆◇
―― 朧月 澪




