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台所でせかいをかえる Revolution Starts in DAIDOKORO  作者: 朧月 澪(おぼろづき みお)
左ウインカーをいく伸子

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第19話 100万年の旅の始まり

65歳で初めての一人旅に出た伸子。

名古屋で始まった“長旅”の記憶は、音楽とともに今も胸に息づいている。

そして2年ぶりに再会した響香には、まだ旅の話を語れずにいた――。


名もなき日常と、音楽に重なる心の風景。

旅のイントロは、きっとまだ終わっていない。

台所でせかいをかえる Revolution Starts in DAIDOKORO

第19話 100万年の旅の始まり


1.3年前と今をつなぐ道


牧場東のバス停を少し過ぎた。


とうとう響香に、旅の話はしなかった。

――あの旅をすべて語ったら、きっと100万年かかってしまうから。



2022年11月21日。

朝の光はまだ柔らかく、少し肌寒い空気が頬を撫でる。


65歳にして、初めての一人旅に出る日だった。


長女が手配してくれた飛行機のチケット。

「お母さん、好きなことをしなよ」

そのひと言が、背中を押す風のように心に届いた。


定年が近づき、娘たちも巣立った。

これからは、自分の人生を、好きなように描く番だ。


千歳空港の駐車場で、働く長女・加奈が笑顔で言った。


「いってらっしゃい。」


その声が、胸の奥で反響する。

不安も少しあるけれど、胸の奥に小さな火が灯ったようだった。


搭乗前、ロビーの椅子に座り、手にしたチケットを握りしめる。

「イヤホン、持ってくればよかったな……」


何度も頭の中でシミュレーションしていた出発の瞬間。

その緊張と期待が混ざり、胸が少し高鳴る。


名古屋城の「金鯱の間」に足を踏み入れた瞬間、

天井いっぱいに描かれた絵に息をのむ。


未知の世界が、静かに、しかし確実に、伸子の心を揺さぶった。

その美しさに、これまでの不安は一瞬で消え去った。


イヤホンを持ってこなかったことを悔やんだのは、ほんの一瞬だけ。

名古屋の街に降り立つと、街のざわめきさえ、新鮮に響いた。


名古屋城をあとにして歩く、四間道しけみち

白壁と木造の家並み――江戸から続く町並みが、やさしく迎えてくれる。


ふと立ち寄ったガラス工芸店で、

光を受けてきらめく小さなトナカイに目が止まる。


「これ、響香にぴったりかも」


そっと手に取り、そっと心にしまった。


それは、“長旅”の序章だった。


2.20年前と今をつなぐ道


プラタナスの街路樹の道を過ぎると、あの道の記憶がふと胸をよぎる。


娘たちと行ったサザンのコンサート。

響香も誘った、あの特別な夜から、もう20年が経っていた。


会場の皆が立ち上がり、音楽とひとつになったあの瞬間。

最初は戸惑っていた響香の目も、あの夜はしっかりと輝いていた。


予習用に録音して渡したテープ。

でも戻ってきた響香は、少し照れくさそうに言った。


「CD、買っちゃった」

――アルバム『Killer Street』。


もし旅をアルバムに例えるなら、

一曲目は名古屋。二曲目は横浜。


一昨年も、東京の街並みを見たいと「虹の輪」の仲間に言い訳しながら、

伸子は誰よりも早く、一人で出発した日があった。


表参道で下車し、南青山の坂道を歩く。

外苑西通り――「キラー通り」。


桑田佳祐さんのアルバム名の由来となった道を、足元で踏みしめるように歩いた。


キラー通りにある標識「418号」を見た瞬間、胸をよぎったのは――


お気に入りの道、「きらら街道」に立つ、北海道道46号の標識だった。


東京の「キラー通り」と、北海道の「きらら街道」。

響きが似ていて、数字の並びまでそっくり――418と46。


カーステから流れるメロディーに乗って、

東京と北海道にある二つの道が、心の中で一本につながる。


――この、おしゃれな発見の話だけは、響香に話せばよかった。


「名古屋のコンサートの話、次は聞かせてね」


空の助手席から、響香の声が聞こえた気がして――胸にこだました。


3.現在:きらら街道を走る伸子


伸子の目の前に、まだ見慣れないエスコンフィールドの建物が現れる。


そんなときも、カーステレオから流れる曲に耳を傾け、

明日に少しずつ近づいていく。


三年前、名古屋で迎えた桑田佳祐・ソロ活動35周年記念コンサート。


あのとき桑田さんが言った言葉――


「お互い元気で、頑張りましょう」


それはまるで、自分に向けられたように心に響いた。


自宅に戻ると、しばらくエンジンをかけたまま、

カーステレオから流れる桑田さんの歌声に耳を澄ませる。


名古屋の会場をあとにした夜のことも思い出す。

体が軽くなり、世界が違って見えた、あの感覚――。


ホテルのベッドで、小箱を手に取りながら響香を思ったことも、

今、胸の奥で静かに余韻を残している。


あの箱を一緒に開けたかったけれど、

冬が来る前に託してよかった――今はそう思える。


『100万年の幸せ!!』

――名古屋のコンサート最後の曲。


カーステレオから繰り返し流れるその歌声に、

伸子の心は“スタートの曲”を迎えたようだった。


100万年の物語が、いま静かに始まる。


胸の鼓動が聞こえてくる。

明日は――凛と会う、約2年ぶりの再会だ。


* * *


 次話へつづく


* * *

あとがき


音楽と記憶が重なり合うことで、

過去と現在の距離は、不思議と近くなる。


帰宅した伸子の庭には、ゆっくりと成長したバラ――アンジェラが咲いています。


明日は、凛との再会。

日常のなかで迎える、どんな景色を見せてくれるのでしょうか。


よければ、もう少しだけ、伸子の助手席に座っていてくださいね。


きょうは、いいドライブ、ありがとう。


見知らぬあなたがいるから、生まれたドライブです。


◇◆◇ あとがき 2◇◆◇

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

また次話で、お会いできましたらうれしいです。

◇◆◇

次回予告:「第20話 十月のある日曜日の朝 〜スパイスの香りと凛との再会〜」


◇◆◇

―― 朧月おぼろづき みお

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