第14話 二年ぶりの再会は、秋の本屋とバラの香り。〜べらぼうベンチ〜KILLER STREETのメッシュの袋
台所でせかいをかえる Revolution Starts in DAIDOKORO
第14話 二年ぶりの再会は、秋の本屋とバラの香り。
◇◇◇
1 幹事会の待ち合わせは、本屋
幹事会といっても、実際に会うのは二人だけ。
コロナ禍の頃から、会う口実のように続けている。
待ち合わせは恵別の本屋。
店内にはコーヒーの香りがふんわり漂っている。
約束よりだいぶ早く着いた伸子は、本の背表紙をひとつひとつ眺めていた。
「やっぱり、日本の本屋っていいな……」
そっと肩に触れる手。振り向くと――そこに響香がいた。
「元気そうで、よかった」
伸子は思わず小さく息をのんだ。
そして、言葉にならない気持ちを込めて、そっとつぶやく。
「……おかえり」
◇◇◇
2 会えていない孫
カフェスペースの横を歩きながら、響香が少し声の調子を変えて話しかけた。
「凛ちゃん、元気? 伸子さん、帰ってきて喜んだでしょう?」
「二年なんて、あっという間ね」
伸子は、娘から届いた孫・凛の写真を思い浮かべながら答えた。
「ランドセルの色、驚かなかった?」
「うちの子は薄紫よ」
「うちは黒に赤のストライプ。コンサドーレカラーなの」
「今どきはタブレットも入るランドセルなんですって」
「うちの孫は、一年生でノートパソコンまで配られたそうよ」
「小学生の進化についていけないわね」
二人は顔を見合わせて、くすっと笑った。
◇◇◇
3 園芸コーナーと未希のメモ
「凛ちゃん、おませさんになってたんじゃない?」
響香が聞くと、伸子は少し照れたように笑った。
「実はまだ会えてないの。先週の未希のイベントに来られなかったのよ。旦那さんの実家に泊まる予定だったし」
「……そっか。……ありがとう。この時間、私たちのために作ってくれたのね」
「会いたかったもの。ずっと。凛にも、明日には会えるわ。もうすぐ誕生日だしね」
「凛ちゃんが生まれたのって、秋バラが咲き誇ってたころだったものね。そういえば、アンジェラはどう?」
「未希ったら、忙しいのにバラの本まで買ってくれて。本当にありがたいわ」
「“クエスチョン(?)強剪定”って、ページにメモまで挟んでたわよ」
二人の足は、自然と園芸コーナーへ向かった。
平台には、未希が選んだ本『はじめてのバラ』が積まれている。
表紙には、背丈ほどもある大きなピンクのバラの鉢植えの横で、作者の似顔絵が微笑んでいた。
―気軽に楽しく、満開に!
「これ、未希が選んだ本なのね」
「初心者にも分かる言葉で書かれてるといいけど……」
ページを開くと、「強剪定――枝先を長く切る」とある。
「初心者にはちょっと難しいわね。剪定って言葉自体が、もう壁みたいなもの」
二人は目次を探し、剪定のページを見つけた。
伸子の家のその本には、メモが挟まれている。
「ピエール・ド・ロンサール」「6月リセット」「モンスター化」――
読むだけで戸惑いそうな言葉に、二人は思わず笑みをこぼした。
「……クエスチョンとびっくりマークの百連発だったでしょうね、未希」
伸子は旅先でも見ていたという、作者のユーチューブの話をそっとした。
◇◇◇
4 春の剪定、そしてバラの芽
「剪定、どうしてる? 北海道仕様の本ってあまりないよね」
「結局、自己流よ。早春、誰も気づかないくらいの時期に」
「でも切らないと大変になるのよね。気づいた頃には、もう遅いし」
本屋のカフェ奥にある大きな窓の外に目をやると、秋の緑が目に飛び込んできた。
響香は、雪の下から芽を出したバラを思い浮かべる。
ポンポネッラの枝先に、小さな光のような芽が見えるようだった。
ハサミを手に取った春の自分を思い出す。
枝を見つめ、想像力を働かせながら剪定をしていた日々。
伸子とかたれなかった二度の春が、この再会で彩を増し、戻ってきたように感じられた。
時計を見ると、約束の時間はとうに過ぎていた。
◇◇◇
5 べらぼうベンチ
「あそこよね。おととしの秋、幹事だよりを出したの。覚えてる?」
響香はベンチを指さし、答えを待たずに続けた。
「あのベンチを見ると、いつも悔しくなってたの。あの日、何を食べたのか思い出せなくて。でも、やっと思い出せたわ。中のフードコートで、ラーメンだったわ」
「ラーメンでも、いいよ」
伸子は笑って言った。
何を食べたいかなんて、ほんとうは、どうでもよかった。
「まさか。絶対今日は、メモリーよ」
ふたりは本屋の裏の木々に目をやりながら、裏口へと歩いた。
木々からの風がそそぐベンチに、「五分だけ」と腰かけた。
「べらぼうよ……こんな時に使う言葉かな?」
ふと話題は飛び、NHKの大河ドラマの話かと思えば、そうでもなかった。
「来年の大河は蔦屋重三郎なんだって。本屋にはもう関連本がずらっと並んでるわね」
思い返せば、おととしの秋も、コロナの嵐が行ったり来たりしていた。
ふたりは花人クラブの幹事として、エンタメの企画を練っていたが、風向きはいつも気まぐれだった。
結局、各自が5、6枚の「幹事だより」を作って持ち寄り、
メモリーの庭を散策し、このベンチで封をして、食事会の代わりにした。
幹事としての計画はどれも不発だった。
それでも、ふたりの、恵庭はなふるのそれぞれの視察、銀河庭園での企画づくり――
まるで学祭の準備のように、べらぼうに楽しかった。
どれもが、セピア色の青春のページのように、静かに輝いていた。
「べらぼう――」
使い方はちょっと曖昧だけれど、あの時間にはぴったりの言葉だった。
「うん、素敵」
二人の前を、幼子を連れた同世代の女性が横切った。
そして後から、肩に白地のバッグをかけた母親らしい女性が、ゆっくりとスマホを見ながらついていく。
「明日、凛ちゃんに会うの楽しみだね」
あたたかかった空気は少しだけ冷たくなり、秋の匂いをいっぱい含んでいた。
ふたりはベンチを立ち上がり、静かに伸子の車へと歩き始める。
響香は一瞬足を止めて振り返った。
「べらぼうベンチ」
伸子の車に向かう道すがら、過ぎ去った時間のひとつひとつに、
歩く足音がそっと重なり、柔らかい光の粒となって心に落ちていくようだった。
◇◇◇
6 KILLER STREET のメッシューの袋
木々の下を大回りして駐車場に出ると、すぐそこに伸子の車が止まっていた。
運転席に座った伸子が、助手席側のドアを開けた。
「ありがとう」
伸子がエンジンをかけると、アコースティックギターのメロディーが流れはじめた。
「この曲、一緒にコンサートで聴いた曲ね」
「そうね。でもね、お風呂場でね、私の大事なサザンのツアーバッグが、凛のおもちゃ入れになってたの。もう、ショックよ。響香さんとお揃いだったのに」
メッシュ素材のバッグには、「2005、みんなが好きです サザンオールスターズ」とプリントされていた。
風通しがよく、お風呂場には向いていた。
けれど――響香のうちのは、気づけば底に小っちゃなカビを見つけたばかりだった。
「うちもよ」――そうは言わず、響香はただ一言、
「……あのコンサートの感動は、忘れない」とだけ言った。
2005年。あの夜のことは、今もよく覚えている。
伸子に誘われて行ったあのライブは、まるで巨大な同窓会に迷い込んだようだった。
心が弾んだ。笑い合った。そして、歌った。
それから十年以上が過ぎた今、あのバッグは孫たちの風呂遊び用になり、カビまでつけてしまった。
そのことが、響香には少し切なく、でも同時に、時間の温かさも感じさせた。
歌詞のない、過去の余白を思わせるメロディーの曲は終わった。
曲名「KILLER STREET」。
伸子は何か言いかけたが、すぐに住宅街の奥に、メモリーが静かに佇んでいたのを見つけ、言葉を飲み込んだ。
ここで過ごした時間のひとつひとつが、庭の空気に溶け込み、光となり、また二人の心にそっと降りていく。
再びメモリーの庭で、ふたりの時間はまた、しなやかに重なり合っていった。
* * *
次話へつづく
* * *
◇◆◇ あとがき ◇◆◇
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
また次話で、お会いできましたらうれしいです。
◇◆◇
次回予告:「第15話 メモリーの庭で2枚目の謎のメモ」
◇◆◇
―― 朧月 澪




