第13話 2枚目の謎のメモ 〜きょうかへ㊙kyokaの手紙〜
台所でせかいをかえる Revolution Starts in DAIDOKORO
第13話 2枚目の謎のメモ 〜きょうかへ㊙kyokaの手紙〜
夕暮れの台所。
椅子にかけていた作業服のポケットの中で、スマホが小さく震えた。
取り出すと、LINEの通知。
送り主は、響香だった。
「子どもが書いた手紙……?」
画面に映ったメモの上部には、まだ形を探すようなひらがなとアルファベットが並んでいる。
きょう かへ ㊙
ky o ka
―意味になりきらない文字たち。
不思議な模様の絵、その下には、筆記体の英語のサイン。
そして最後に、見慣れた数字の列。
1978・11・7
——2と8だけが、わずかに揺れている。
「1978年……」
伸子は小さく呟いた。
「あの頃、私は――たしか大通りの喫茶店でバイトしていたわ。」
親指と人差し指で画面を広げ、文字列を追う。
その瞬間、息をのむ。
「これ、きっとアラビア文字だわ。」
数字の上に、柔らかな曲線を描く文字が幾重に波打っていた。
砂漠の夜、月光を受けて揺れる織物のように。
右から左へと流れる文字たちは、意味を拒みながら、古い秘密だけをひそやかに伝えてくる。
意味はわからない。
けれど、匂い、音、温度――
記憶の奥に沈んでいた感覚が、一瞬で浮かび上がる。
伸子はスマホをそっとテーブルに置き、包丁を握り直した。
日常のただ中で、時間の層が静かに重なっていく。
しばらくして、再びスマホが震えた。
響香の声。
少し慌てているけれど、どこか柔らかい。
「もしもし……さっきの写真、何だった?」
「伸子さん、ごめんなさい!
実家とやりとりしてる途中で、間違って送っちゃって。」
「弟の携帯に残ってたメモの写真だったみたい。」
伸子は、ほっと笑った。
「そういうことだったのね。」
「忙しい時間に、本当にごめんね。」
「全然大丈夫よ。」
「そろそろ次の幹事会、日程も決めなきゃね。」
「そうね。早く会いたいわ。」
「私も!」
通話が切れる。
伸子は台所に立ったまま、くすりと笑った。
あの声の余韻が、目の前にふわりと残っている。
誤送信のメモの写真。
1978・11・7の数字と、波打つアラビア文字の曲線が、
あの頃の喫茶店の記憶と静かに重なった。
カーペンターズが流れる店内。
留学生にコーヒーを運んでいた日々。
伸子は久しぶりに、あの頃と同じようにドリップでコーヒーを淹れる。
湯気の向こうに、過ぎ去った時間の香りがにじみ、
アラビア文字の曲線が浮かぶたび、
遠い砂漠と月光の泉が、まるでここにあるかのように蘇る。
コーヒーの香りの奥で、
——
小さくベルが鳴った。
——あの喫茶店の扉の音に、そっと似ていた。
* * *
次話へつづく
* * *
◇◆◇ あとがき ◇◆◇
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
また次話で、お会いできましたらうれしいです。
◇◆◇
次回予告:「第14話 二年ぶりの再会は、秋の本屋とバラの香り。」
◇◆◇
―― 朧月 澪




