第11話 ピロリンの音とともに 虫たちの行列
台所でせかいをかえる Revolution Starts in DAIDOKORO
第11話 ピロリンの音とともに 虫たちの行列
響香の庭は、伸子の帰国によって、ふたたび明るさに満ちていった。
思い出のストリートアルバムが、久しぶりに耳もとでそっと再生されたみたいに。
音と色が、じんわりと庭に戻ってきた。
ようやく切った一輪のバラ、ポンポネッラをテーブルの上に飾る。
響香のキッチンからの視界に、コロンとしたローズピンクの蕾がゆっくりと――
たしかに、ひろがっていく。
台所仕事のわずかな隙間時間に、その姿を写真に収めようと、スマホを探した。
探した果てに、さっき着ていた庭用のジャンバーから、スマホを取り出す。
響香は、スマホの画面をじっと見つめる。
気づけばまた、伸子のLINEページを開いていた。
伸子の台所に飾られている薔薇――アンジェラの写真。
光り輝くキッチンのステンレス。
ふんわりとしたピンクのグラデーションの花びら。
わずかに見える中央の芯。
黄色い雄蕊たちの存在が、そのピンクの深さを語っていた。
旅の最中、とうとうコメントをよこさなかった伸子から、
二年ぶりに届いたメッセージ。
「色々見てきたけど、一番すてきなのは、ここだわ。」
北広嶋の自宅のキッチンの輝くステンレスと、庭のバラ・アンジェラの写真の下に添えられていた。
「伸子さんたら、チルチルミチルの青い鳥のようなことを言うのね。」
――幸せの青い鳥は、我が家にあると。
伸子のコメントを読み返すうちに、
響香の思考は、伸子のことでいっぱいになった。
結局、写真も撮らずに、スマホを人差しで下から上へと動かしているときだった。
これを「スクロール」という動作だと、つい最近覚えたばかり。
その最中――
「ピロリン。」
不意に鳴ったその音は、実家からのLINE通知だった。
「例の、謎の……」
添えられていたのは、幼い子どもの書いた、たどたどしいひらがな。
その下に、ミミズ、芋虫、そして長いしっぽの虫の絵。
何段にもわたって列をなし、ずるずる、もぞもぞ……と。
線は、ボールペンで描かれたような跡。
ときおり、くねりながら、紙の上を這い回っている。
行列の最後には、アルファベットの筆記体。
くるりと巻かれた線が、象形文字のようにも見えた。
そして、最後の最後には――
はっきりした数字。
1972・11・7。
まるで虫の行進。
右から左へ、ずるずる、しゅるしゅると。
その数字へと、じわじわ降りていく。
「これが、例の謎の……」
そうつぶやいた、そのとき。
手が、すべった。
「あつっ。」
よりによって、その“虫行列の写メ”を、伸子に転送してしまった。
あわてて、虫たちを人差し指で連打する。
「送信取り消しって……長押し、って……」
押せば押すほど、うまくいかない。
「あ、あ、あ……」
ミミズ、芋虫、そして長い長いしっぽの虫たち。
いっぺんに送り出されていった。
まるで何出茂薔薇子のいたずらみたいに。
先日送った「バラを抱えた女の子のスタンプ」も、画面に残ったまま。
響香は、それをまた、意味もなく連打した。
その瞬間。
画面に小さく、「既読」の文字が灯る。
「……また、やっちゃった。」
でも、その「既読」の光に、ふっと口角がゆるんだ。
響香は、椅子に腰掛け、伸子に電話をかける。
電話を切ると、キッチンの鍋から「ぐつぐつ」といい音がした。
玉ねぎの甘い香りが広がり、響香はスマホをそっと抱きしめる。
湯気が頬にふれて、思わず、笑みがこぼれた。
* * *
次話へつづく
* * *
◇◆◇ あとがき ◇◆◇
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
また次話で、お会いできましたらうれしいです。
◇◆◇
次回予告:「第12話 ピロリンの音とともに――アンジェラの咲く」
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―― 朧月 澪




