(間奏エピソード)皇帝じぇせふゅぬ と何出茂薔薇子(なんでもばらこ)
台所でせかいをかえる Revolution Starts in DAIDOKORO
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(間奏エピソード)
皇帝じぇせふゅぬと何出茂薔薇子
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架空の人物・**何出茂薔薇子**は、
伸子と響香によって、恵庭のお庭の素敵なカフェ「ステンドグラス」(※1)で、
その“生きざま”を深堀された。
◇
彼女は、人生をバラに捧げて生きた人だった。
朝から晩まで、頭の中は薔薇でいっぱい。
子どもの頃の彼女は、
前の席の戸川一が十問のテストを終えたあとでも、
まだ名前を書いている途中だった。
それでも彼女は、大人になってもバラを愛しつづけた。
自宅の庭には、まるでバラ園のように薔薇が咲き誇る。
雨が降ればバラに傘を差し、風が吹けば毛布をかける。
バラのためなら車庫も明け渡す。
車は積雪一メートルでもおかまいなし。
野ざらしにしてでも、肥料や腐葉土の置き場を確保する。
冬になると、バラに関する本を読みあさり、研究に余念がない。
◇
ただひとつ困った点は、
すべてのガーデナーは自分のようにするものだと思い込んでいること。
「寒いのに、どうしてバラをほっとくの?」
と真顔で問う彼女に、
「いや、人間寒いから」
と返しても、その意味が通じない。
◇
薔薇子のにくむべき相手は――
こがねむし、ちゅうれんじばち、ばらぞうむし。
こがねむしの幼虫は、土中の根を食べて株全体を弱らせる。
原因不明の元気のないバラ鉢を見たら、この幼虫の仕業であることが多い。
薔薇子はそんな鉢をひっくり返しては、
「やっぱり、こがねむしの幼虫が二匹もいたわ。」
とつぶやき、ため息をつく間もなく、
根源のこがねむしを即座に“抹消”。
「もう大丈夫よ、きっと。」
そう言って、そのバラを新しい土に植え戻し、養生コーナーへと運ぶ。
活力剤を水で薄め、そっと注ぎながら、
「これなら肥料とちがって、負担がすくないはず。」
とつぶやく。
場合によっては、粒状の殺虫剤をまくこともある。
◇
彼女がこの地球上で最も憎むべき相手。
それは――ゴマダラカミキリ。
成虫は葉や樹皮をかじる程度だが、恐ろしいのは幼虫。
幹や枝の中に潜り込み、内部を食い荒らすため、
気づいたときには枝がスカスカになっている。
株元に木くずのような糞が落ちていたら要注意。
何でもばら子は、全バラのパトロールを欠かさない。
もし、ゴマダラカミキリを見つけたなら――
「ギロチン刑。」
それが彼女のおきてである。
◇
そう、本気で。
こがねむし、ちゅうれんじばち、ばらぞうむし、かみきり……
その地域一帯の撲滅を目指しているのだ。
薔薇の回復と害虫たちの撲滅は、
何でも薔薇子の栄冠のあかしであった。
薔薇子――
それは、バラの母であり、園芸医であり、バラの庭の法廷人。
彼女の“バラの惑星”に足を踏み入れた者は、
皆バラのしもべとなってしまうのだ。
そんな何でも薔薇子の惑星に足を踏み入れた者たちの、
**エンゲル係数(※2)**ならぬ“園芸係数”は、けっこう高い。
◇
そして、もうひとり。
国家予算レベルで“園芸係数”を引き上げた人物がいた。
なんでもばら子が尊敬する人物――
ナポレオンの皇妃、ジョゼフィーヌ。
その名も、皇帝じぇせふゅぬ。
彼女は宮廷画家ルドゥーテとともに、名高い『バラ図譜』を編み、
戦火の中でも、イギリスの植物園からバラを取り寄せるルートを築いた。
――バラのために国境を越えた、まさに先駆者。
彼女が築いたものは、いまもフランスの文化遺産として受け継がれている。
◇
そんな皇帝じぇせふゅぬの姿を見た〇メゾン宮殿。
あの日、誓った。
何出茂薔薇子の情熱もまた、
ただの園芸家の域をはるかに越えた、
文化遺産として語り継がれるべき情熱であった。
十九世紀――皇帝じぇせふゅぬがナポレオンとともに造った、
バラとともに息づく宮殿。
その場所を何でもばら子が訪れたのは、
まだ結婚してまもない、二十世紀終盤のことだったという。
皇帝じぇせふゅぬが情熱を注ぎ、
文化と美の調和を育てた〇メゾン宮殿。
いまや世界中の誰もが知るバラの聖地――
マルメゾン宮殿。
◇
そして今もなお、
地球上のいたるところで、静かに、やさしく、
世界の“愛”の輪(〇)を育み、ふくらませている。
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(※1)ステンドグラス 北海道・恵庭市の実在カフェをモデルにした架空の場所。現在 閉店。
(※2)食費の割合を示すエンゲル係数をもじった造語。園芸への熱量をあらわす。
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