9.「氷の暴走」
時は少し遡って。
「師匠、これはもう運命っす! 自分、感動っす!」
「同じクラスなのね。ふ、ふん! 本当はすごく嫌だけど、我慢してあげるわ!」
あろうことか、俺はピュルピとアイフィーの二人と同じクラスになってしまった。
うーん、別に良いが、俺の活動の邪魔だけはしないで欲しい。
一限目はオリエンテーションで、教師が学院生活の説明をした。
二限目からは早速授業が始まったが、正直、剣術も魔法も、今まで国内最高峰の相手を手本にして修行してきたので、教師がすごいとは思えなかった。
いや、もしかしたら、生徒の方がすごいとかあるかもしれないし。
まぁ、しばらく通って、もし得るものが無いと分かれば、中退しても良いけどな。
昼食の時間になり、「腹減った」とレリナの方を振り返りつつ、彼女が作ってきてくれた弁当を食べようとすると。
「もごっ!?」
突如、何かを口に詰め込まれた。
「勇者はいつでもどこでも干し肉っす! 師匠にもあげるっす!」
どうやら、ピュルピが干し肉を素手で掴んで俺の口の中に強引に捻じ込んだらしい。
ていうか、なんだその無駄なこだわりは?
「干し肉越しに美少女の素肌の味を堪能するなんて。いやらしい」
「いや、見てたよな今? 強引にぶち込まれただけなんだが? ていうか俺にはそんなマニアックな趣味はねぇよ」
冷淡なレリナに、俺は抗弁する。
一応、勿体ないので干し肉はありがたくそのまま咀嚼、飲み込みながら。
「ロガス。ちょっと顔貸しなさい」
ようやくレリナの弁当を食べられるかと思ったら、今度はアイフィーに呼び出しを受けた。
「次から次へと。いやらしい」
「うん、取り敢えずまずは〝俺から積極的に絡んでる〟みたいな言い方をやめようか?」
うんざりしながら俺が突っ込んだところで、脳内にイマの声が響く。
《警告します。〝カチンコチン・バッドエンド〟の破滅フラグが立ちました。今お伝え出来る情報は以上です》
可愛らしい名前だが、その実、中々エグい死に方だなおい。
俺は廊下に出ると、返事も聞かずに既に歩き出しているアイフィーの背中を追った。
※―※―※
入学したばかりだと言うのに、やはりアイフィーは有名人かつ既に有力者らしく、教師に一声掛けると、まるで召使いのように走って鍵を持ってきて、訓練場の扉を開けてくれた。
中に入ると、俺の家やアイフィーの実家の訓練場よりもずっと広い空間が俺たちを出迎えた。
例の魔法攻撃の練習用の的が、壁際にいくつも設置してある。
「ロガス・フォン・スイサジェド! あたしと勝負なさい!」
やはりそう来るか。
断る――と言いたい所だが、ここで拒絶しても、どうせ明日から毎日付き纏われ続けるに違いない。想像するだけでげんなりする。ならば。
「分かった。条件は〝剣魔闘大会〟と同じで良いか?」
「良いわ」
俺は、決闘の申し出を受けることにした。
「いつでも良いぞ」
聖剣を抜いた俺が告げると、アイフィーは叫んだ。
「『アイシクル』!」
その翳された両手から生み出されるは、必殺の氷柱。
岩すらも貫くであろう、鋭く尖ったそれが、勢いよく飛んでくるが。
「くっ!」
聖剣の刃が触れた瞬間氷柱は消えた。
代わりに、刃が氷で覆われて、〝氷の魔法剣〟と化す。
格好良いな、これ!
これで身体を貫けば、〝世界一美しい自殺〟が――って、〝雷の魔法剣〟で失敗済みだったな。聖剣だと持ち主の身体は傷つけられない、か。とことん余計な仕様だな本当。
「お前も〝剣魔闘大会〟での俺の戦いぶりを見ていただろ?」
「ええ。分かってるわ。でも、勝負はここからよ! 『アイシクルレイン』!」
まるで雨のように、大量の氷柱が俺に向かって降り注ぐ。
「どう? それだけの量の魔力を吸収出来るかしら? それに、そもそも全方位から飛んでくる攻撃を聖剣一本で防ぎ切ること自体が不可能なのよ!」
「確かにこれは、ちょっとキツいな」と呟く俺に、「勝ったわ!」と、アイフィーが勝利を確信、口角を上げる。
氷柱群が、俺に届く寸前。
「じゃあ、使わせてもらうとしよう。〝究極増幅〟。ターゲットは〝敏捷性〟」
俺のスピードが〝十倍〟に変化、一瞬で全ての氷柱を薙ぎ払う。
「なっ!?」
口をあんぐりと開けて、アイフィーが言葉を失くす。
「何よ今の!?」
「俺の固有スキルだ。俺が指定したものを、〝何でも〟増幅させることが出来る」
「何よそれ!? そんなの、チートじゃない!」
唇を噛むアイフィーが、「でも! まだよ!」と、再び俺に両手を向ける。
「『サンダー』!」
ピュルピと違い、〝手〟から放たれた雷撃が一瞬で俺に迫る。
「魔法剣が帯びられる魔法の属性は、一回に一つまで! 子どもだって知ってる原則よ! どう? これであんたは、雷撃を受け止めることは出来な――」
「ほいっと」
「なんで出来るのよおおおおおおおおおおお!?」
氷で覆われた刃の上から、更に雷撃が加わる。
正直、めちゃくちゃ格好良い!
本当、何で自殺出来ないんだよ、聖剣の馬鹿野郎!
「なんで……?」
アイフィーが膝をつく。
「幼い頃から友達も作らず、遊ぶこともなく、ただひたすら父の仇を討つことだけを、魔王討伐だけを目標にして生きてきたのに! それが何で、〝変態木馬豚〟のあんたなんかに負けなきゃいけないのよ! こんなの理不尽よ! 理不尽過ぎるわ!」
立ち上がり髪を掻きむしる彼女の身体から、魔力が一気に膨張する。
「マズい! 落ち着け!」
「うるさい! うるさいうるさいうるさい! うるさああああああああああああああい!」
天を仰ぎ咆哮するアイフィーから膨大な魔力が放出、瞬く間に周囲を凍らせていく。
「くっ! 凄まじい威力だ!」
纏わせていた〝氷・雷〟を聖剣から解き放ちつつ振り下ろし、何とか俺自身に襲い掛かる冷気は相殺した。
気付くと、周囲の全てが凍り付いていた。
建物だけじゃない。
〝究極増幅〟で〝魔力感知能力〟を増幅させたところ、学院内の全ての生徒と教師が凍っていた。
「いや……」
否、〝一人だけ〟凍っていない者がいるが――取り敢えず、今はどうでも良い。
「キャハハハハハハハ! ざまぁ見ろ! 全部凍らせてやったわ!」
眼前の俺が凍っていないのが見えていないのか、それすら認識出来ない程におかしくなっているのか、高笑いするアイフィー。
「悪いな、俺は、自殺に他者を巻き込まないことをポリシーにしている。むしろ、俺の目の届く範囲では、仲間を殺させはしないと決めているんだ。もし自殺したら、後始末とか、色々迷惑掛けちゃうからな。そのマイナスを相殺出来るように、生前に、出来るだけプラスのことをやっておこうっていう魂胆だ」
俺は、息を一つすると、聖剣を握る手に力を入れ、声を上げた。
「〝究極増幅〟。ターゲットは〝聖剣の魔力吸収量〟」
「存分に吸え!」と俺が聖剣を天に掲げると、周囲の冷気に宿る魔力が猛スピードで聖剣に引き寄せられ、吸収されていく。
「なっ!?」
数秒後には、アイフィーが放った全ての氷の魔力を吸い尽くした。
建物も、その中の生徒・教師たちも、何後も無かったかのように元に戻っている。
「またそうやって、あんたは邪魔を!」
尚も俺に向かって魔法を発動しようとする彼女との距離を、俺は一瞬で詰めた。
「――――ッ!」
今の俺は固有スキルで〝敏捷性〟が〝十倍〟になったままだ。
〝そうでなくとも膂力増強剤によって鍛え上げられたスピード〟が、更にそこから底上げされるのだ。
そんなのに反応出来る人間なんて、この世にいやしない。
「死ね」
「!」
俺は、アイフィーの莫大な氷の魔力を吸わせた聖剣で、刺突した。
「ギャアアアアアアアアアアア!」
「!?」
彼女の背後から襲おうとしていたモンスターを。
「オーガ!? 何でこんな所に!?」
赤い肌をした巨漢で、鬼のような顔をしたオーガは、心臓を一突きされると同時に全身が氷漬けになり倒れ、絶命している。
「これだけ簡単に王都内に侵入出来るとなると、リージェンス公爵以外にも、魔王と繋がっている者がいるのかもな」
俺が、「取り敢えず、俺の勝ちってことで良いよな? 決闘はもうしないぞ?」と言いながら立ち去ろうとすると。
「待ちなさい! 何であたしを助けたの!? あたしは、あんたを殺そうとしたのに!」
呼び止められた。
「さっき言ったように、俺の目の届く範囲では、仲間を殺させはしないと決めている。それだけだ」
「! それって……あたしもそこに入ってるってこと?」
「当然だ」
「そんな!? いきなりあたしを〝大切な人〟だなんて言って! あんた、一体何考えてるわけ!?」
「いや、言ってない」
「本当、信じらんない!」
「話聞けよ」
人の話を聞かない女が多いなおい。
顔を逸らしたアイフィーは、ツカツカと俺の脇を通り抜ける際に、小さな声で呟いた。
「助けてくれて、ありがとう」
立ち去っていく彼女の耳は何故か真っ赤だったが、風邪だろうか?
まぁ、いくら膨大な魔力量を誇る彼女でも、あれだけの大規模魔法を使ったんだ、疲れてへとへとになって、体調不良になってもおかしくはないだろう。
こうして、〝ゴールデンヘイズ剣魔学院氷結事件〟は幕を下ろしたのだった。
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