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2.「最初の破滅フラグと自殺のための剣術修行」

 朝食後。


《原作ゲーム内では、ロガスはあらゆるルートで死亡します。本来ならば、一番最初の破滅フラグは四年後の〝ゴールデンヘイズ剣魔学院〟入学後に生じるのですが、貴方が転生してきた影響がこの世界全体に及んでおり、フラグがかなり早まっています。常に細心の注意を払って下さい。今お伝え出来る情報は以上です》


「いやまぁ、破滅フラグとかどうでも良いんだが」


 ちなみに、〝今〟が口癖らしいサポートシステムの〝イマ〟から聞いたところによると、俺が転生したロガスは才能はあるものの絵に描いたような怠惰で、このままだと四年後には今以上にブクブクと太ってしまうらしい。


 更に、あろうことかロガスは、下着姿にしたメイドたちを目隠し・亀甲縛りした上で三角木馬に乗せて、「そんな格好で恥ずかしくないのか?」などと耳元で言葉責めするのが大好きだったらしい。


 そのため、メイドたちから〝三角木馬豚〟と呼ばれているらしい。


「いや、馬なのか豚なのかどっちだよ? ややこしいな」


 一応、本物の鋭利な三角木馬と違い、怪我しないようにと色々配慮してあるものの、その変態性は明らかであり、言い逃れは出来ない。


「レリナ。メイドたちは、俺に対してどのような印象を抱いている?」

「これ以上ないほどに〝最悪〟です。ロガスさまが自殺したとしたら、小躍りして喜ぶ姿がありありと思い浮かぶほどに」


 うん、思った以上だった。


 別に命を狙われること自体は大したことじゃないが、自殺の邪魔をされるのは困る。


 あくまで、俺は俺自身の手で命を終わらせたいんだ。

 他の誰かの手によってじゃない。


 っていうか、それだけ嫌われ者の俺のことを、なんでレリナだけは好きなんだろう?

 謎だ。


「執事たちはどうだ?」

「メイドたちと違って、特別嫌悪感を抱いている者はいないと思います。せいぜい、怠惰で努力を一切しないロガスさまを見て、『スイサジェド公爵家は終わったな』と思っているくらいじゃないでしょうか」


 まぁ、どっちにしろ俺は自殺するんだから、〝終わる〟ことには違いないがな。


「戦闘能力を高めたいんだが、剣か魔法の達人って、うちにいるか? 俺の父親とかがそうだったりするか?」


 万が一邪魔が入っても排除出来るように、そして何より、目の前にいる〝絶対助けるウーマン〟の回復力を上回るだけの力を手に入れなくちゃな。


「旦那さまは剣も魔法も使われ、かなりの手練れでいらっしゃるのは確かです。しかも、優秀な人材を集めるその眼力と統率力、そして何よりもその人望で、少数精鋭の私兵団を一代で作り上げられました。私兵団を率いて何度もモンスター討伐をした功績が評価されて、無名の貴族だったのに、現在はこの国で一番有力な公爵となられました。ですが、個人の戦闘能力であれば、旦那さまよりも上がいらっしゃいます」

「それは誰だ?」

「執事長兼私兵団団長で元王国騎士団団長であるディコネウスさまです。御歳を召されていますが、若き精鋭たちが未だ誰一人として模擬戦で彼から一本も取ることが出来ておりませんので」


 まさか、元騎士団団長がいるとは。

 決まりだな。


「ありがとうな、レリナ。助かった」


 彼女は、「いえ、お力になれたならば幸いです」と、そのクールな表情を緩めた後、ほんの少しの躊躇と共に質問した。


「あの……失礼ながら……もしかして、ロガスさまは、記憶喪失なのでしょうか?」


 騙し続けるのは不可能だな。

 それに、コイツとは自殺を巡って戦う間柄だ。

 変な隠し事は無しで、正々堂々勝負したい。


「実は、俺は昨日までの俺じゃない。それまでこの身体の中に入っていた魂はどこかに行き、代わりに俺の魂が入っている」

「!? それって――」

「俺は別の世界で死亡したんだが、どうやら俺は〝転生〟したらしい。〝イマ〟という名前のサポートシステムが俺の脳内でそういう風に説明したんだ。それで伝わるか?」

「その〝イマ〟っていう人、女ですか?」

「え? いやまぁ、女っぽい声だが」

「女なんですね。脳内で女とイチャイチャと。いやらしい」

「………………」


 サポートシステムに嫉妬?

 厄介なメイドだ。


「……で、俺は〝転生〟した訳なんだが、理解出来たか?」

「分かりました。〝見た目は同じ〟でも〝中身は別人〟、ということですね?」

「おお、話が早い。そういうことだ。まぁ、真実を聞いてしまったんだから、もう俺のことは好きじゃないだろ?」

「いえ、それでも愛しています」

「……は? なんで? お前が好きだった男と俺は、別人なんだぞ?」

「なんでって……だって……あんなに情熱的なキスをされたら、誰だって惚れてしまいますよ」


 両手を頬に当て、ほんのりと顔を赤らめるレリナ。


 いや、それだけ? そんなことで!?

 クールな見た目と違って、滅茶苦茶チョロくないか、この子? 心配になるわ。


 「コホン」と、俺は咳払いで仕切り直す。


「まぁ、とにかく、俺は元騎士団団長ディコネウスに話をしにいく」


 「この時間なら、朝食後の訓練中の私兵団を指南しているでしょう」とのことだったので、場所を聞いて、俺は中庭を通り、練兵場へと向かうことにした。


「あんな地獄のような辱めを、何度も何度も……! 絶対に許さないの! ぶっ殺してやるの!」


 途中、中庭の花壇に隠れながら物騒なことを言っているメイド服の紫髪の美少女がチラリと見えて、その手には刃が紫色の液体で濡れた短剣が握られていたような気がするが。


「ま、気のせいだな」


 特に気にせず、俺は歩いていった。


※―※―※


 広い練兵場では、私兵団団員たち計百人が雄々しい声で「一! 二! 三! 四! 一! 二! 三! 四!」と、木剣を一心不乱に振っている所だった。


「常に〝型〟を意識せよ! もう限界だと思った時こそだ! その積み重ねが、咄嗟に出る一撃の差となる! 戦場ではそれが生死を分けるのだ!」

「「「「「はい!」」」」」


 おお、やってるやってる。


 上等な燕尾服にがっしりとした身体を包んだ、きちんと整えられた白髪と上品な白髭の初老の男性が、腕を組みながら若者たちに発破をかける。

 

 間違いない。ディコネウスだ。


 早速声を掛けて訓練してもらおうとしたのだが。

 

《実は私は、目の前の映像を録画する能力を持っています。更には、貴方の視界に流しながら、それを重ねることで、効率的に訓練を行えます。今お伝え出来る情報は以上です》


 脳内に流れたイマの一言で、考えを改めた。


 よく考えたら、いきなり彼らに交じったところで、このぽっちゃりボディだし、まともに動けるとは思えない。


 まずは、イマの能力で録画して、一人でトレーニングしよう。


「どうにか、ディコネウスが手本を見せてくれないかな?」


 背後で自分の名前が呼ばれたのを敏感に感じ取ったのか、「なっ!? こ、これは、ぼ、坊ちゃまの御声!? か、格好良いところをお見せせねば!」と、声を震わせたディコネウスは、傍らの木剣を手に取ると、団員たちと対面したまま、「ぬん!」と、気合いと共に上段に振り上げた。


 見ると、燕尾服が弾け飛び、筋骨隆々な上半身が露わになっている。


 「ヤバい、団長が本気だ! みんな、固まれ! そして、全力で振れ! じゃないと死ぬぞ!」と、リーダー格の団員が言うと、全員が素早く集まり、緊張した面持ちで、ディコネウスと対峙する。


「行くぞおおおおお!!! いいいいちいいいいいいい!!!!!」

「「「「「うわああああああ!」」」」」


 轟音と共にディコネウスが木剣を振り下ろすと、衝撃波が発生。


 同時に振り下ろした団員たちの内、十人が吹き飛ぶ。


「にいいいいいいいいいいい!!!!!」

「「「「「うわああああああ!」」」」」


 再び十人が吹っ飛んだ。


「いやはや……スゲーな……流石元騎士団団長……」


 人間離れした技に、俺は言葉を失くす。


「今日はこの位にしておいてやろう」

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……ご、御指南頂きましてありがとうございました!」


 結局、四カウントを何回か繰り返した後、最後まで立っていたのは、リーダー格の団員だけだった。なお、他の団員たちは、練兵場の隅まで吹っ飛ばされ、ピクピクと痙攣している。


「良いものを見せてもらった。これを基に、トレーニングしよう」


 踵を返す俺の耳に、「ああ! 坊ちゃまが私に『良いものを見せてもらった』などと仰って下さった! 何たる幸せ! ううっ!」と咽び泣く声が聞こえた。


※―※―※


 その日から俺は、やたらと広い自宅敷地内の空きスペースを自分専用の訓練場にして、木剣を振り始めた。


「おお! イマ、お前の能力すごいな!」


 木剣を振るディコネウスの動きのみならず、手元を拡大して、そもそもどのように木剣を握っているかも分かり、更に、ディコネウスの身体を透視して筋肉の動きを可視化、色分けして、どのタイミングでどの部分に力が入り、逆にどの部分が脱力しているかが一目で把握出来るようになっていた。


「一! 二! 三! 四!」


 トレーニング中は、俺の視界に映る俺自身の身体も同じく透視、可視化と色分けしてくれており、どのように力を入れれば良いのかが一目瞭然だ。


 ディコネウスの身体と木剣の動きと自身の動きを、視界の中で重ねて、少しずつ近付けていく。


※―※―※


 一ヶ月後。


「まだ一つだけだけど、完璧にトレース出来るようになったぞ!」


 上段からの打ち下ろしに関しては、ディコネウスと同じ太刀筋で木剣を振るえるようになった。


 レリナいわく「平民出身にも拘わらず、その腕一つで騎士団団長にまで駆け上がり、領土は無いものの子爵の爵位を得た」というディコネウスの〝何十年にも及ぶ研鑽〟に、一つの型だけとはいえ、たった一ヶ月で並ぶことなど、本来なら有り得ないだろう。


 だが、このロガスの身体は、聞いていた通り類稀なる才能があるらしく、何度も試行錯誤する内に、成し遂げてしまった。


 ちなみに、この異世界での俺の父親であるドウト・フォン・スイサジェドなんだが。


「おおおお! 流石は我が息子だ! 将来のために今の内から剣技を磨きたいとは! 儂は嬉しいぞおおおおおお! おおおおおん!」


 見た目はいかつくて〝ザ・厳格オヤジ〟という感じなのに、一人息子を溺愛しているようで、俺が食事の席で日々のトレーニング報告をする度に感動、号泣して、慣れた様子でメイドがバスタオルを手渡していた。


 なお、彼の妻――俺の母親は、俺が幼い頃に病死しているらしい。


 父は、俺に対して滅茶苦茶甘いので、正直助かっている。


「父上。身体を鍛え、更に剣術を磨くために、最高級の膂力増強剤が欲しいのですが」

「おおおお! 流石は我が息子、向上心の塊だな! 無論、買ってやるぞ、いくらでも!」


 かなり値が張る薬を、大量に購入してくれた。


「うげぇ。マズい……想像以上だ……だが、レリナの眼前で自殺するためだ!」


 膂力増強剤は、飲めば毎日少しずつ、着実に膂力が増えるというチート薬だが、ほとんどの者が飲まない。


 匂いを嗅いだだけで吐き気を催す程にものすっごく不味く、吐いたら効果が無くなるということと、それを飲んだ後にトレーニングを行うのだが、翌日の筋肉痛が通常の百倍だからだ。


「良薬は口に苦し! 苦過ぎだし筋肉痛もヤバいけども!」


 だが、俺は自殺を成功させたい一心で、味にも筋肉痛にも耐えた。


 その結果、尋常ではないスピードで身体能力が向上していった。


 あと、必死にトレーニングしたことと膂力増強剤の効果もあって、ぽっちゃりだった俺は、一ヶ月ですっかり痩せた。まだ十一歳だが、細マッチョと呼んで差し支えないと思う。


「坊ちゃま! 今日は逆袈裟斬りまでお見せしますぞ!」


 毎日練兵場での訓練を見にいく度に、ディコネウスは、様々な手本を見せてくれた。


 最初に見た上段からの打ち下ろし、そこからの逆袈裟斬り、そして袈裟斬り、薙ぎ払い、更には刺突まで。


 そして、一人でのトレーニングを始めて、三ヶ月後。


「ディコネウス。俺と模擬戦を行って欲しい」


 意を決して、申し込んだ。


※―※―※


「おい、マジか!?」

「坊ちゃんが……!? 団長と!?」


 ざわつく私兵団団員たち。


「坊ちゃま、本気……なのですね!」


 疑問は、言葉の途中で確信へと変わり、俺を真っ直ぐ見据えるディコネウスが、目を細める。


「こんなにも大きくなられて……! ううっ!」


 この三ヶ月で、ディコネウスが見せてくれた基本の型は全て覚えた。

 膂力も、最初に比べると段違いだ。


「では、坊ちゃま。どこからでも掛かってきて下さい」


 木剣を中段に構えるディコネウスは、穏やかな笑みを浮かべている。

 ただそれだけで、恐ろしい重圧プレッシャーを感じる。


 本能的に感じる恐怖を、頭を振って消し去る。


「では、行くぞ」


 木剣を手に持ち、腰を落とした俺が跳躍すると。


「なっ!?」


 次の瞬間、木剣の切先が、ディコネウスの左目の前にあった。


「くっ!」


 ギリギリ刺突を躱したディコネウスの横顔を木剣が掠めて、血が滴る。


「ここまでとは……正直、舐めていました……ここからは、全力で行かせて頂きます」

「!」


 ディコネウスの表情から笑みが消える。

 代わりに、全身から殺気が溢れ出す。


 恐怖に呑み込まれまいと自身を叱咤しつつ、俺は跳躍した。


「食らえ!」

「甘い」


 俺が繰り出した上段からの打ち下ろしを、ディコネウスが木剣で受け止める。


「これならどうだ!」

「まだまだです」


 着地と共に薙ぎ払うが、これも防がれる。


 団員たちを衝撃波だけで吹き飛ばしたその攻撃力ばかりに目が向かいがちだが、こうして対峙して、初めて気付く。


 この人……防御がめちゃくちゃ上手い!


 考えてみれば、当たり前の話だ。


 魔王復活前から普通に至る所に出没していたモンスター討伐で名を馳せた彼だが、如何に攻撃力が高かろうが、防御が疎かならば、すぐに死んでしまっていただろう。


 イマ、録画と分析とトレース!

《かしこまりました。今すぐ実行します》


 脳内でイマに伝えて、ディコネウスの防御の動きを、体捌きと共に録画、分析しつつトレースの準備をする。


「坊ちゃま。全力で防御して下さいね。でないと、死にますよ」


 来た!


「はっ!」


 上段からの一撃――と見せ掛けて、途中で止まった木剣は猛スピードで薙ぎ払いへと変化する。


「くっ!」

「ほう」


 フェイントと共に放たれた一撃を、ディコネウスの防御の動きのトレースにより、何とか防ぐことが出来た。


「ですが、これはいかがですかな?」


 胴体への刺突が襲い掛かる。


「ぐっ!」


 そのパターンの防御は、まだ録画出来てない!


「チェックメイトです」


 身体を仰け反らせて何とか躱したものの、転んでしまい、上体を起こすと眼前に木剣の先が突き付けられていた。


「くそっ!」


 悔しがる俺とは対照的に、「ぼ、坊ちゃまがこんなに強くなられて……! ううっ!」と、ディコネウスは感極まっていた。


※―※―※


 それから週に一回ディコネウスと模擬戦を行い、それ以外の日は一人でトレーニングをした。


 中々勝てない日々が続いたが、トレーニング開始から六ヶ月後には、決着がつかなくなり、引き分けることが出来るようになった。


※―※―※


 そして、転生から一年後。


「なぁ、坊ちゃんの成長速度は確かにおかしいんだが……」

「ああ。〝団長も〟どんどん強くなってないか……? いや、〝元に戻ってきている〟のか、あれは」


 どうやらディコネウスは、長らく自分と対等に渡り合える相手との戦闘から遠ざかっていたらしい。


 そこに超スピードで成長し続ける俺が現れ、一気に実力が拮抗したことで、全盛期の力を徐々に取り戻しつつあるのだろう。


 なお、九ヶ月経った頃から、木剣ではなく、刃を潰した訓練用の剣を用いている。


「行くぞ!」

「どうぞ」


 刺突。


 最初の模擬戦と同じく左目を狙った一撃は、あの時とは比べ物にならない程に速く鋭かったが、今のディコネウスは、当然のように躱す。


「これならどうだ!」

「なんの」


 そこから左へと薙ぎ払うが、剣で防がれる。


「もういっちょ!」

「惜しい」


 相手の剣を弾きながら、その力を利用して空中で回転、再び薙ぎ払うが、それも防御される。


「今度はこちらから」


 上段からの打ち下ろし、逆袈裟斬り、袈裟斬り、刺突。


「また転んでしまいますよ、坊ちゃま」


 最後の刺突を仰け反って避けた俺を、ディコネウスが追撃しようとするが。


「なっ!?」


 仰け反りながら俺が下から放った一撃に、ディコネウスが目を見開く。


「くっ!」


 突き上げた剣を辛うじて躱した彼は、体勢が崩れる。


「はああああ!」

「!」


 カラン


 距離を詰めた俺がディコネウスの剣を弾き飛ばし、切先を顔に突き付けると。


「……参りました」


 ディコネウスが頭を下げた。


「型は紛れもなく肝要。体勢が崩れていた私は、型から大きく外れていたために、坊ちゃまの剣を受け止められなかった。ですが、実力が拮抗する相手に打ち勝つためには、時には敢えて型を崩すことも必要。それが仰け反りながらの一撃だったのですね。坊ちゃまには驚かされてばかりです」


 静かに感想を述べるディコネウス。


 顔を上げた彼は、晴れやかな表情を浮かべていた。


「坊ちゃまは、私を超えられました。もう私がお教えすることは何もありません。私兵団団長の座は、坊ちゃまが継いで下さいませ」


 立ち去ろうとする背中に、俺は首を傾げ、声を掛ける。


「何言ってるんだ? これからも教えてくれよ」


 ディコネウスは振り返らず、力なく返事をする。


「……ですが、私にはもう――」

「俺は力任せに勝っただけだ。膂力頼みだった」

「……でも、それも坊ちゃまの実力ですから……」

「ああ、もう!」


 ディコネウスの前に回り込んだ俺は、彼の燕尾服を掴んで見上げる。


「俺がお前にまだ教えて欲しいって言ってるんだ! それでも駄目なのか?」

「!」


 じっと見詰めると、彼の瞳に強い光が戻った。


 溢れそうになる涙をハンカチで拭った彼は。


「分かりました。このディコネウス・フォン・シヴァルリード、残りの人生を全て、ロガスさまのために捧げます」


 膝をつき、恭しく頭を垂れたのだった。


※―※―※


「う~ん、やっぱり真っ直ぐ跳ね返ってきてくれないんだよなぁ」


 ディコネウスから初めて一本取った翌日。


 剣術修行はもちろん続けるが、頻度を落とし、月一の模擬戦をメインにするとして、そろそろ魔法のトレーニングに入ろうと思っていたのだが、もう一日だけ、とある剣術の訓練を行っていた。


 それは、父にお願いして買ってもらった〝攻撃を跳ね返す〟という〝魔法盾〟に対して、斬撃を放つ、というものだった。


 ディコネウスが団員たちを吹き飛ばしていた〝衝撃波〟だが、動きを完全にトレースして、更に十分な膂力をつけたことで、九ヶ月経った頃から俺も撃てるようになっていた。


 俺は更にそれを〝斬撃〟へと進化させた。


 木に括り付けた〝魔法盾〟は、俺の〝斬撃〟を跳ね返してくれるはずだったが。


「丸いんだよなぁ」


 全体に丸みを帯びた形をしており、更に表面が凸凹しているため、跳ね返る方向がランダムなのだ。


「これだったら、自分で放った衝撃波を跳ね返して、自殺出来ると思ったんだが」


 三ヶ月ほど続けているが、全て明後日の方向へと飛んでしまって、一度も自分を傷付けることが出来ないでいる。


 思わず心が折れそうになるが、グッと堪える。


「そうだ! あの屈辱を忘れるな!」


 トレーニング開始から六ヶ月後に、レリナを訓練場に呼び出して自殺しようとした時のことだ。


「俺はかなり強くなったぞ! 今こそ、お前の目の前で自殺してやる!」


 そう言って、父がくれた長剣を構える俺に対して、レリナはポツリと呟いた。


「その状態から、どうやって自殺するんですか?」

「あ」


 必死に訓練してきた俺だが、全く気付いていなかった。


 そうじゃん。

 剣術って、目の前の相手を倒すための技術じゃん。


「い、いや、こうすれば!」


 強引に自分の首を斬ろうとするが、初めての角度に初めての動きで、上手く斬れず。


「『ウルトラヒール』」

「あっ」


 浅い傷はあっさりとレリナの最上級回復魔法によって治癒されてしまった。


「くそおおおおおおお!」

「くすっ。可愛いですね」


 膝から崩れ落ちる俺。

 クールな彼女が珍しく笑っていたのが、俺のプライドを傷付けた。


「俺は、あの屈辱を絶対に忘れない! おらあああああああああ!」


 無我夢中で剣を振り、斬撃を〝魔法盾〟に立て続けにぶつけ続ける。


 周囲の木々が切り倒されて、地面が抉れ、飛び散った土が全身に掛かる。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 何時間撃ち続けただろうか?


 途中、意識が朦朧とする中で、譫言のように無意識に何か呟いた気がするが、よく覚えていない。


 それにしても、これだけ撃って、一発も当たらないとは。


「……まぁ、レリナがいないここで自殺出来てしまっても、困るしな。今は死ぬべき時じゃない、ということだ」


 そうとでも思わないと、やってられんしな。


「ん?」


 ふと、人の気配を感じて振り返ると。


「ロガスさま! リベーネは勘違いをしてたの! 命を救って下さった御恩に報いるために、これからはロガスさまに忠誠を誓い、一生尽くすの!」

「………………へ?」


 以前、花壇に隠れているのを見た、紫色のセミロングヘアのメイドであるリベーネが、涙に濡れた瞳で俺を見つめていた。

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