12.「デート中に自殺」
「おっき~!」
「いや、デカ過ぎだろ」
六日後、俺はレリナと共にオースブルーム領内で一番大きな都市〝サイトツトラ〟へと来ていた。
街中に聳え立つ――というか、台座に〝突き刺さっている〟のは、噂の巨大剣だ。
周囲の建物よりも圧倒的に大きく、その高さは王都にある王城すら凌ぐ。
ちなみに、ゴールデンヘイズ剣魔学院は休んでいる。
長期休みまで待ってられないからな。
まぁ、学院の教師陣も、学院長以外は大して強くなくて自殺のためのヒントも正直あんまり得られそうにないから、別に良いやって思って、こうしてやって来たわけだ。
「ロガスさま……」
「おわっ!?」
巨大剣を見上げていると、その隙を突いて、レリナが腕を組んでこようとする。
「くっ! させるか! 〝究極増幅〟。ターゲットは〝まほっ〟!?」
逃れるために、固有スキルを使おうとしたら、時すでに遅しで、その豊かな胸を押し付けられて、〝まほっ〟という変な声が出てしまった。
「離せ!」
「うふふ。イヤです」
「くっ! 離したら、愛を囁いてやる」
「え、本当ですか? じゃあ――」
「な~んてな」
「酷いです。嘘つきです。暴君です」
「いきなり腕なんて組んできたお前が悪い」
「ブーブー」
危なかった。何とか離れることに成功した。
〝世界一美しい自殺をしなければ〟という使命感によって普段は抑え込まれているが、俺だって普通に性欲あるからな。
っていうか、さっき固有スキルを使おうとした時に、何か、〝スキル発動のための魔力〟がどっかに飛んでいった気がするが……ま、良いか。
「邪魔だ、どけ」
と、その時。背後から声を掛けられた。
振り返ると、従者を二人連れた銀髪の男がいた。今の俺と同じくらいの年齢だろうか。
整った容姿をしているのに、目付きが悪いせいで台無しになっている。
「邪魔?」
この〝巨大剣公園〟はかなり広大で、道幅も大きい。
観光地らしく結構人はいるが、行き交うのに苦労する程ではない。
念のために周囲を確認するが、俺たちがいるせいで通れないとは到底思えない。
「十分通れるスペースはあると思うが?」
「口答えするなよ。僕が邪魔だと言ったら邪魔なんだ。というか、貴様、僕のことを知らないのか? これだから観光客は嫌なんだ。良いか、覚えておけ。僕はオースブルーム公爵家のルルヴァイト・フォン・オースブルームだ」
ルルヴァイト!
つい先日メメイアから聞いたばかりの名前だ。
まさか彼女の弟と会うことになるとはな。
「奇遇だな。俺も公爵家の息子なんだ」
「あ? 貴様もだと?」
ただでさえキツい目元を細めて睨み付けたルルヴァイトは、何かに思い至ったようだ。
「その見た目と、何より絶世の美少女メイドの従者……貴様、スイサジェド公爵家の一人息子か?」
「そうだ」
「ケッ! 他の領主の息子なんてお呼びじゃないんだよ! さっさと帰れ! さもないと、〝死ぬ〟ぞ? 他の公爵家の関係者が〝巻き添え〟になると、色々面倒だろうが!」
「?」
コイツ、俺が自殺しようとしているのを知ってるのか?
いや、そんなはずはないな。〝巻き添え〟って言ってるし、何か別の事情があるんだろう。
「警告はしたからな! 僕の慈悲に感謝するんだな!」
吐き捨てるように言うと、ルルヴァイトは、従者たちと共に立ち去った。
「やっぱりどかなくても通れるんじゃないか……」
現代日本でもたまに目にしたが、ああいう〝何にでも突っ掛かる人種〟は、一体何を考えて生きてるんだろうな? 理解出来ん。
「聞きましたか、ロガスさま? 〝絶世の美少女メイドの従者〟ですって。ロガスさまも私を褒めて下さっても良いんですよ? 綺麗だかとか可愛いだとか、一度も褒めて下さったことないですよね?」
「お前の回復魔法はすごいと思うぞ」
「そうじゃなくて。いえ、それも嬉しいですけどね。で、結局言ってくれないんですね。そう言えば、さっきも冷たかったですよね? 嘘つきましたし」
クールな表情を珍しく崩し、むくれるレリナ。
あ、もしかしたら結構面倒くさい展開かも。
ずっとグチグチ言われるのは嫌だったので、俺は先手を打った。
「スイーツでも食べるか。奢ってやる」
「わーい。嬉しいです」
俺たちは、巨大剣公園内にあるレストランに入った。
※―※―※
「甘くて美味しかったです。ご馳走さまでした、ロガスさま」
レリナの頬が緩む。
機嫌が直ったようで良かった。
直前にごたごたしてちゃ、〝世界一美しい自殺〟とは言えないからな。
「ん?」
レストランから出た俺は、少し違和感を覚えた。
さっきはこんなに騒がしかったっけ?
いやまぁ、結構人はいるしな。
そのせいだろう。
「っと、いけないいけない。忘れる所だった」
俺のポリシーだからな。
「〝究極増幅〟。ターゲットは〝現在この公園内にいる人間の〝身体能力〟並びに〝防御力〟」
俺は小さく呟く。
これでまぁ死ぬことは無いだろう。
それどころか、ほとんどの者は怪我すらしないはずだ。
「巨大剣の近くまで行こう」
そう言うと、俺は歩き出した。
※―※―※
巨大剣の真下まで行く。
さっきよりも更に周辺が騒がしくなっているような気がする……が、まぁ良い。
「俺とデート出来て嬉しいか?」
「はい、それはもう。ありがとうございます」
幸せ一杯と言った様子のレリナを目にして、俺は口角を上げる。
「俺もお前とデート出来て嬉しかったよ。さようなら、レリナ」
「……ロガスさま?」
俺は、聖剣を素早く抜くと、跳躍。
「はああああ!」
台座に突き刺さっている巨大剣の刃の先の方を斬る。
尖端を水平に斬られたそれは、真横に倒れ始めた。
その刃の予想される落下軌道上へと、俺は跳躍する。
「どうだ、これが俺の考える〝世界一美しい自殺〟だ!」
上昇しながら振り返り、地上に残されたレリナを一瞥すると、既に両手を俺に向けて、いつでも最上級回復魔法を発動出来る状態に移行していた。その身体全体から、膨大な魔力が迸る。
「相変わらず凄まじい腕前だが、左右に一刀両断されれば、流石のお前の回復魔法でも助けられないだろうが!」
途方もなく巨大な刃が、俺に向かって倒れてくる。
よし、予定通りだ。
これで俺は真っ二つ……って、よく見たらやたら分厚くね?
「〝究極増幅〟。ターゲットは〝巨大剣の刃の鋭さと切れ味〟」
俺の声に呼応して、巨大剣の刃が格段に鋭くなり、切れ味が数段上がる。
完璧だ。
刃が俺に迫る。
そう言えば、斬首された後はほんの少しの間意識が残っていると聞いたことがあるが、流石に左右に一刀両断されたら、脳も顔も真っ二つだし、即死なんだろうか?
出来れば、声だけでも良いから、レリナの泣き叫ぶ声が聞きたかったが。
まぁ、仕方ない。
「じゃあな、レリナ」
まるで愛しい人を迎え入れるかのように手を広げる俺に刃が触れる寸前。
ドン
「ぐぁっ!?」
何かがぶつかってきて、俺は弾き飛ばされた。
「くそっ!? 誰だ、俺の邪魔する奴は!?」
吹っ飛びながら俺が背後を振り向くと。
「「ギャアアアアアアアア!」」
「………………へ?」
何かやたら強そうな〝鳥の上半身とトカゲの下半身を持つモンスター〟が、俺の代わりに、巨大剣によって同時に一刀両断されて死んだ。
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