1.プロローグ
《私はサポートシステムの〝イマ〟です。貴方は、ゲーム〝ファンタスティックドラゴニックマジック――通称FDM〟の世界に、悪役貴族〝ロガス・フォン・スイサジェド〟として転生しました。今後は様々な破滅フラグが襲い掛かってくるので、回避して下さい。今お伝え出来る情報は以上です》
脳内に語り掛けてきた女性っぽい機械音声で、俺は目覚めた。
見慣れたボロアパートとは明らかに違う、上等な天井。
フワフワのベッドで上体を起こすと目に飛び込んできたのは、素人目にも高級感漂う、しかしどこか古めかしい西洋風の寝室だった。
あれ?
俺は、バイトからの帰り道で急に気分が悪くなって倒れた……よな?
混乱する頭を振りながら、記憶を辿る。
〝世界一美しい自殺〟を、幼い俺の眼前で行ってみせた母親に憧れて、何度も〝美しい自殺〟を試みるも、中々上手くいかなかった俺。
そんな俺は、この状況、そして先程の脳内アナウンスによると、期せずして死んでしまったらしい。
「はぁ~。何度やっても失敗したのに、勝手に殺すなよ……」
心底ゲンナリする。
「転生前の俺よりも、二~三歳……いや、もう少し幼いか。見た目は完全に白人だな」
気を取り直して、ベッドから下りて姿見に自身の姿を映すと、そこには目鼻立ちの整った、しかしぽっちゃりとした西洋風の少年がいた。内装同様、寝間着も上等な物で、どうやら俺は金持ちらしい。なお、髪と目の色は黒と茶で、転生前と同じだ。
「失礼いたします。おはようございます、ロガスさま。もう朝食の準備は済んでおりますので、ダイニングルームへとお越しくださいませ」
ノックと共に入ってきたのは、クールな印象の美少女メイドだった。
年の頃は、現代日本にいた頃の俺と同じくらいだろうか?
金髪碧眼でサラサラの長い金髪をふわりと揺らす彼女は、メイド服に身を包んでいる。
「丁度良かった。俺の前で、自己紹介をしてみせろ。俺との年齢差にも言及しつつ」
「自己紹介……ですか?」
「まぁ、遊びみたいなもんだ」
「はぁ」
怪訝な表情を浮かべたものの、少女は、「コホン」と小さく咳払いを一つすると、求めに応じた。
「私は、レリナ・フォン・セブキュレスです。ロガスさま専属のメイドとして、このスイサジェド公爵家にて働かせて頂いております。ロガスさまの三つ上の十四歳です」
優雅にカーテシーするレリナ。
なるほど、転生前の俺の一個下か。
で、今の俺は十一歳である、と。
先程〝イマ〟とかいうサポートシステムが言ったゲームは、かなり有名な奴だ。聞いたことがある。
まぁ、ゲームに興味が無かった俺は、正直全然知らないんだが。
とにかく、どうやら俺はここでは〝悪役貴族〟らしい。
となると、この恭しい態度を取っているレリナも、俺のことを嫌っているのだろうか?
もし俺のことを憎んでいるならば、俺を殺そうとするかもしれない。
そうすると、俺が〝世界一美しい自殺〟を追い求めるのに邪魔になる。
最初にはっきりさせておこう。
「レリナ。お前は、俺のことが嫌いか?」
「とんでもありません。私はロガスさまをお慕い申し上げております」
お?
意外だな。
「俺のことを愛しているか?」
流石にそれはないだろうが、一応更に突っ込んだ質問をしておこう。
「はい、恐れ多くも、愛しております」
え、マジで?
いやいやいや。
口では何とでも言えるからな。
「では、その愛を証明しろ」
さぁ、どうする?
たかが十四歳の小娘に、何が出来る?
いやまぁ、本当の俺も一歳しか年齢違わないけどさ。
「分かりました」
ん? 分かりました?
躊躇なく即座に服を脱ぎ始めるレリナ。
おいおいおい、マジかよ……
しかも、一見クールに見えて、その実恥じらいが無い訳ではないらしく、ほんのりと頬が赤らんでいる。
それを見た俺は、自然と笑みを浮かべていた。
コイツは本物だ。
本気で俺のことを愛しているらしい。
ならば、俺がやることは一つだ。
「俺も愛しているよ、レリナ」
「ロガスさま……」
下着姿になった彼女は、慎ましい胸を両腕で隠している。
少し俺より背が高い彼女の肩を抱くと、ピクッと僅かに華奢な身体が震える。
「んっ……」
俺は生まれて初めてキスをした。
抱き締めると、レリナがおずおずと背中に手をまわしてくる。
よし……そろそろ頃合いだな……
目を潤ませる彼女から身体を離した俺は、徐に窓に近付いていき、ゆっくりと開ける。
「レリナ。俺を愛してくれてありがとう。さようなら」
「!?」
足を掛けると、俺は窓から飛び降りた。
見たか、あの顔!
目を思いっ切り見開いてさ!
あんなにも美しい少女が!
俺を愛する女が!
好きな男と想いを通じ合わせた瞬間に、目の前で自殺される!
これぞ、〝世界一美しい自殺〟だ!
俺はとうとう、〝母さんと同じ領域〟に辿り着けたんだ!
高揚感と共に、地面が近付いてくる。
ドン
「ぐぁっ!」
中庭に落下した俺は、全身を打ち付けた。
手足、腰、肋骨、それに首も折れている。
激痛に顔を歪めながら、俺は目だけを動かす。
一、二、三……五階から落ちたのか。
死ぬのには十分な高さだな。運が良かった。
「……これ……で……やっと……死ねる……!」
長かった。
母の死から十年。
ようやく、達成できた。
あとは、この甘美な痛みに身を委ねるだけだ。
瞳を閉じて、闇の中に沈む。
ゆっくりと、意識が遠退いていく。
ゆっくりと……
そう、ゆっくりと……
身体が温かくなっていって……
痛みが和らいで……
え?
痛みが和らいで?
目を開けると、俺の身体は、優しい、しかし力強い光に包まれていて。
「あ、もう少し待っていて下さいね」
「!?」
いつの間にか、俺の傍にレリナが座っていた。
どういうことだ!?
どうやって、この短時間でここまで移動した!?
俺の部屋、五階だぞ!
見ると、彼女が翳す両手が光り輝いている。
回復魔法というやつか。
既に首の骨折は完全に治ってしまっている。
首を傾けて彼女を見ると。
「お前……その足……」
「え? 足? ああ、そう言えば、折れていますね。ちょっと痛いですが、大丈夫です。ロガスさまを治療した後に治しますので」
いや、ちょっとて。
レリナの両脚は、何度も折れ曲がり、原形を留めていなかった。
見るからに複雑骨折。尾てい骨や腰骨も折れていそうだ。
〝すぐに俺を治療出来るように〟足から真っ直ぐに落下して両脚で着地、勢い余って上半身も地面にぶつけそうなところを、グッと堪えて衝撃を吸収、負傷は腰までに留めて、激痛を無視して即座に回復魔法を発動し始めたのだろう。
ゾクリ
〝コイツは狂ってる〟。
俺の背筋に、悪寒が走る。
だが、同時に俺は口角を上げた。
コイツだ!
コイツしかいない!
俺のために、己の命すらも投げ出す女。
もしも、そんな女の前で自殺することが出来たら?
それは間違いなく〝世界一美しい自殺〟と言えるだろう。
〝回復魔法が間に合わず、死に行く俺を前にして、泣き叫ぶ彼女〟を見たい!
〝その顔が涙でぐちゃぐちゃに崩れる様〟を見ながら死にたい!
「はい、これで治療は終了です。立てますか、ロガスさま? って、そう言えば、私の治療がまだでした……あはは……」
瀕死の怪我が完全に治った俺が立ち上がると、レリナは苦笑しながら「『ウルトラヒール』」と呟いて自身の怪我をあっと言う間に治療してしまった。
そんな彼女の手を引っ張って、俺は立たせる。
「ありがとうございます、ロガスさま」
そう言って手を離そうとする彼女だが、俺が許さない。
「ロガスさま……? あ、もしかして、先程の続きでしょうか? 外で、というのは、少し恥ずかしいですが……でも、私は別に構いませんよ……?」
もじもじしながら、空いている左手を朱に染まった頬にやる下着姿のレリナに、俺は宣言する。
「覚えておけ! 俺は、絶対にお前の目の前で自殺してやるからな!」
声を荒らげる俺に対して、一瞬キョトンとした彼女だったが。
「あら、何を仰るのかと思ったら……出来ると思っているのですか、そのようなことが」
にっこりと微笑んで言葉を継いだ。
「やれるものなら、やってみて下さいませ」
「!」
美しい瞳には、狂気が宿っていた。
生半可な覚悟では、絶対に彼女の前で死ぬことは出来ない。
そう確信させられる程の狂気が。
「いいねぇ! 面白いじゃねぇか!」
こうして俺は、異世界で自分が為すべきことを見付けた。
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