特殊なお仕事に従事するトラック運転手のお話
色々試してみたが、やっぱり3トン車がいい。
まず極端に大きくないので街中で走らせやすい。
あとちょっと古めの免許持ちなら誰でも転がせる。当然数が多い。
数が多いということは目立たないということだ。
客観的に見て、俺たちがやっていることは犯罪だからな。
いざという時に逃げ切れない車だと困る。
というわけで、俺は今国産のメジャーなメーカーの3トン車のハンドルを握っている。
頭にはヘッドセット。
これに助手その一であるチアルフィからの連絡がリアルタイムで入ってくる。
やつは今自転車に乗ってターゲットの動向を探っている。
それと同時にそれとなくターゲットを誘導してもいるのだ。
これまで何十ものターゲットを相手に仕事をしてきたが、楽だと思ったことはない。
何しろターゲットの大部分はいわゆる「引きこもり」であり、滅多に外には出ないのだ。
たまに出てきたと思っても、自宅の近所のコンビニで買い物をして帰るだけのことが多い。
都会のコンビニだと細い路地に面している店も珍しくない。
そういうところだと3トン車どころか軽トラでも入り込むことが難しかったりする。
なんとかして入り込んで「仕事」を終えても、そこから無事に逃走することは困難を極める。
だからターゲットの家に一番近いコンビニが裏路地タイプだった場合、いつもとは違う店に誘導してやる必要が出てくるのだ。
まあその仕事はチアルフィのもので、俺はあいつの仕事をトレースする格好で、あいつが指定した場所に指定した時間に突っ込んでいくだけなのだが。
とはいえ、特定のポイントに特定の時間に突っ込んで行くというのもこれがなかなか難しい。
すぐ近くに停車させておいて、ターゲットが見えてからおもむろに加速して任務を果たそうとした場合、まず間違い無しに計画的な犯行だとみなされ、俺たちの正体がバレる。
まあ捕まるのがハンドルを握っている俺だけならなんとか誤魔化せる。拘置所に送られても逃げることが可能だ。
後で警察や検察の関係者は、「どうやって逃げたんだろう?」と首をひねることになるだろう。始末書書かされるのも何人か出るかな?
だが、いわゆるアルミバンタイプのこのトラックの荷台に潜んでいるあいつらが見つかると、かなり面倒なことになる。
ステンノとエウリュアレ。あいつら見た目が完全に人外だからな。
俺自身もあいつらはあまり隙じゃない。いつ見ても暗い目をしてひっひっひと不気味に笑ってやがるからな。
一応頭から腰までは人間の形をしているが、そこから下は蜘蛛というかタコというかまあなんかそんな感じで多くの粘液質の脚を生やしている。
仕事のパートナーとしてもあまり好ましい相手ではないが、あいつらがいないとこの仕事は成り立たないので仕方ない。
と、余計なことを考えていたら、無線機のランプが点滅した。チアルフィからの連絡だ。
連絡用に使っている通信機器は、特別な無線機だ。いや、無線機の形をしたなにものか、というのがより正確な表現かな。
人間の知恵の及ばない技術が使われているので、第三者に盗聴されるおそれがない。
もちろん、チアルフィの持っているそれは、ごく普通のスマホに見えるように外観をカスタマイズしてある。この仕事、とにかく目立ったらアウトなのだ。
その無線機から、チアルフィの声が響く。
「アニキ面倒なことになったぜ。ターゲットが風邪を引いてコンビニへの到達時間が通常の倍ぐらいになりそうだ」
「大丈夫だ。その程度ならうまくルート取りをして時間調整できる。それよりチアルフィ、ターゲットを必ず予定のコンビニに誘導しろよ。相手がこなけりゃ仕事にならんからな」
「わーってるって。きっかり3分で誘導するよ。じゃ」
チアルフィが通信を切る。俺はカーナビを見てきっちり3分で現場に到達できるルートを探し出す」
ナビに全部任せると不意に起こった渋滞とかに対応できなくなる。そこは俺の経験で埋めなきゃいけない。
俺は静かに3トン車のアクセルを吹かした。
同時に荷台の中に向かって怒鳴る。
「おう、あと3分で決行だからな。しっかり準備しておけよ!」
「わかったよひっひっひ」
…まったく。あいつら不気味に笑わないと会話もできんのか。
そう思いつつ。俺はアクセルをコントロールして制限速度よりもほんのちょっと速めで道路を進む。
スピード違反で捕まらない程度の速度だ。
経験上、目標までの大部分はゆっくりと進み、目視できるようになったら急加速する。これが確実に仕事をこなすためのコツだ。
次の角を左折すれば、目標まで一直線だ。チアルフィ、しっかり仕事しろよ!
角を曲がる。見えた。ターゲットだ。
そいつは冴えない中年に入りかけたおっさんだった。やや肥満しており、風邪を引いていることもあって苦しそうに歩いている。
チアルフィは十数メートル後方から自転車で進んでいた。わざと音が響くようにブレーキをかけ、おっさんを煽って急がせている。
うん。うまいぞ。
俺の方はというと、まだ加速はせずちんたら走っている。
思いっきり加速するタイミングは、ターゲットが横断歩道を渡りはじめた時だ。あと三…二…一…今だ!
俺はギアを一段落としてアクセルを思いっきり踏み、横断歩道に向かって突進する。
チアルフィはそれを確認すると、路地へと消えていった。
トラックはターゲットに向かってずんずん進む。
恐怖にひきつったターゲットの顔が見えた。いつ見ても嫌だな、この時の顔は。
どん。
トラックがターゲットをはねる。ターゲットの身体が宙に舞い上がる。
俺はトラックの速度を緩めずに、ハンドル横のレバーを引いて荷台の天井をスライドさせて開く。
できた隙間に、ターゲットの身体が吸い込まれる。
「ステンノ!エウリュアレ! 俺達はきっちり仕事をした! 後はお前らだ!」
不気味な二人の女(女?)はひっひっひという笑いながら「作業」を行っているらしい。
ステンノの仕事はターゲットの肉体が完全に死ぬ前に魂を引きはがずことで、エウリュアレの仕事は魂だけになったターゲットを女神が待ち構えている亜空間に送り出すことだ。
それが終わったあと、あいつらはターゲットの肉体を「処理」するんだが、そのやり方については説明したくない。
とりあえず今日も俺はきっちり仕事を仕上げることができた。額に浮かぶ汗を腕で拭って大きく息を吐く。
* * * * * * * * *
薄い霧のようなものに包まれた不思議な空間で、沼尻角太郎は目覚めた。
「ここは…」
あたりを見回す角太郎に、若い女だと思われる声が聞こえる。
確か自分は暴走してきたトラックにはねられたはずだが…。
「ようこそ異世界へ。あなたにはこれからとある国で魔王を退治してもらうことになります。あ、大丈夫ですよ。その国に送る前にひとつだけチートスキルを差し上げますから」