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*9 後夜祭のジンクスと突然の打ち解け

 トラブルはあったけれど、なんとか模擬店は盛況に終えることができた。文化祭最終日は、大まかな片付けのあとに後夜祭を行うことになっているため、みんな浮足立ちながら片付けや掃除をしている。

 よくある話なんだろうけれど、後夜祭でやるキャンプファイヤーに好きな人と行けると両想いになれる、なんてジンクスがウチの学校にもある。そのせいもあって、みんな落ち着かないのだろう。

 まあ、モブの僕に至っては、そういういかにもスクールカースト上位者にしかスポットの当たらないイベントごとは関係なんて――


「翠、後夜祭出るよな?」


 去年一昨年と、片付けを終えれば後夜祭を待たずに帰宅していた。特に親しい友達とか、付き合っているような相手もいなかったし、何よりモブキャラだし。

 だけど今年は、永和がごく当たり前のように声をかけてきた。

 一応付き合っていると言うのであれば、そういうふたりが一緒にイベントを過ごすのは当然なんだろうか。そう考えると、鶴賀と鴨井の目を誤魔化すには好都合かもしれない。

 でも、永和は僕なんかでいいんだろうか?


「あ、えっと、僕は……」


 どう答えようかとしどろもどろしている内に、永和は、「じゃあ、あとで教室で待ってて!」と言って、グータッチをして、誰かに呼ばれてそちらへ行ってしまった。

 一瞬だけど触れ合ったところが、じわじわとあたたかい気がして、そっとそこを撫でる。


(僕の記憶の中よりもうんと永和との距離が近いし、うんと親密になってしまっている……すごく嬉しいけれど……これって、今後にどう影響するんだろう……)


 永和との未来を変えたくて、ウトに時をさかのぼってもらってここまで来た。だけど、事態は記憶とは違った方向に流れている。それはもはや勘違いの域をとっくに通り越していて、僕の行動の一つや二つが影響しているだけとは思えない。寧ろ、そういう行動すればするほど、永和との距離が近くなっていく。

 知っているはずの過去が、まったく知らない未来へと流れていこうとしている。その待ち受けているだろう未来は、僕と永和の関係をどうしてしまうんだろうか。

 好かれなくてもいいから、せめて嫌われたくない。ただそれだけを一心に思いながら行動してきたのだけれど……本当に、それでよかったんだろうか。いまになって不安と後悔が入り混じったような気持ちになるけれど、ここに来て変えられるものとも思えない。


「僕はこの先、永和とどうしていったらいいんだろう。ここまできて、いまさら彼との関係をゼロにして、未来を変えていくなんて出来るのかな……」


 掃除道具を所定の場所に片付けながら、ひとり呟いた言葉に答える者は誰もいない。クラスメイトはみんな連れ立ってグランドにくり出し、早々に流れ始め、みんな浮足立っている。

 永和は、いつもつるんでいた連中と後夜祭に出なくていいんだろうか。それとも、その輪の中に僕を入れるつもりなんだろうか。

 もし後者だったら、何か理由をつけてやんわり断ろう。僕なんかがいても、きっと彼らは盛り下がるだけだろうし。何より、僕と永和は本当に付き合っているわけではないのだから、わざわざ今日の様な日に一緒にいなくてもいいんじゃないか? と、先ほどからと考えていた、鶴賀達の目を誤魔化すと言う考えを覆し始める。どうしても、場の雰囲気についていける気がしなくなってきたのだ。

 不釣り合いな場にいれば、きっとそれだけで鶴賀達きっと何かを勘づいてしまう。そうなってしまったら、いままでの苦労が水の泡だ。

 そもそも、永和は僕なんかと一緒にいたくもないだろう。その上僕なんかのために、わざわざ費やしてきた時間を、僕がへましたせいで無にしてしまうのはあまりに申し訳ないから、やっぱり、今日を機に永和とは関係をフェードアウトしていくのは良いんじゃないだろうか。その方がきっと、お互いの未来に過剰に影響し合わない気がする。

 そこまで考え至った時には、教室にも廊下にも誰もいなくなっていて、その代わりグランドからは大音量の音楽と歓声が聞こえ始める。


「……でも、やっぱり本当はもう少しだけでも、永和と一緒にいたい」


 呟いた本音はあまりに身勝手で、すぐに僕は頭を振って打ち消そうとする。そうしたところで、何かが変わるわけじゃないのに。

 初めて間近に感じる後夜祭の雰囲気は、やはりモブキャラである僕にはあまりに圧倒的すぎて、ついていけそうにない。永和には悪いけれど、断って帰ろうかな、と考えを固めようとしていた。


(明日から、なるべく永和と距離を取って、関わることを減らしていこう。それならきっと、卒業するまでには記憶と同じように、まったく接点のないクラスメイト同士になっているはず……)


 それならきっと、あの悲しい未来を迎えなくなる。それでいい、そのために、僕は――


「悪い、翠! 待たせた!」


 いつの間にか教室は僕以外誰もいなくなっていたらしく、永和に声をかけられるまで気付かなかった。

 声の方に振り返ると、永和が息を弾ませながら微笑んで立っていた。手には、コンビニのビニール袋を提げている。


「永和……」

「ほい、これ買って来てて遅くなった」


 そう言って袋から取り出して僕に手渡してきたのは、コーラのペットボトル。手渡すなり永和は自分の分も取り出し、「打上げしようよ」と笑いかけてきた。その笑顔が、さっきまで永和から離れるべきだと考えていた僕の後ろ髪を引く。人懐っこい、警戒心をほどかせていく僕の好きなあの笑顔を向けられてしまうと、どうしても、無下にしていいかわからなくなるのだ。そうされるたびに、永和を好きだと言う気持ちが胸の中で、その奥で暴れ出して、抑えられない。

 だから結局、断って帰ることができなかった。どうしようと迷っている間に永和がすぐ傍の机に腰かけ、僕を手招きする。手招かれるままにおずおずと隣の机に座ったら、「おつかれー」と言いながら永和がペットボトルをグラスのように合わせてきた。


「……おつかれ」

「っはー、今年マジで疲れたな! ヘンな客来るし」

「ご、ごめん……」

「なんで翠が謝んの?」

「だって、僕のせいで永和、今日大変だったじゃんか」


 何故だか僕に絡んできて、庇った永和にまでいちゃもん着けてきた客。鶴賀や鴨井まで絡んでこなかっただけマシだけれど、正直すごく面倒臭かったし、先生たちも呼んでちょっとした騒ぎになってしまった。僕も永和も途中で事情を聴かれたりしたし、そのせいで店番のシフトに迷惑をかけたりもしたので、確かにお疲れではあったので、ついそう呟いてうつむいてしまう。


「んまー……でもさ、翠がイヤな思いしてるの、俺がイヤだから」


 そう言いながら永和がもう一度乾杯をしてきて、煽るようにコーラを飲む。

 返された言葉の意味が瞬時にわからず、ポカンとしていたのだけれど、永和は小さく苦笑するばかりで、それ以上のことは言ってくれなかった。

 永和は時々、こんな、まるで僕がと区別みたいなことを口にする。すごく嬉しいし、ドキドキする、記憶にはない彼の言動。だけど僕はそれになんて返したらいいのかがわからないでいる。何を言ったら未来に影響が出るのだろう、なんて考えてしまうからだ。うまいこと返事ができないで、曖昧に笑うしかない。

 永和はどうして、モブな僕をこんなに構ってくるんだろう。七年前の永和がこんなに僕に絡んでいた記憶がない筈なのに、さかのぼって再び訪れた七年前のいまの永和は、別人のようにさえ思えてしまう。


(でも、この人懐っこい笑顔も、気安さも、変わっていないはずなんだけれど……何かが、違っている気がする……)


 だけど、その違っている何かの影響で僕と永和の距離感や関係性が、明らかに以前と変わっているのは確かだろう。それがいい結果を招くのか悪い結果を招くのか、それは全くわからない。僕はただ、やり直すためだけに七年前のいまに来たのだから。

 そのはずなのに、記憶の中とは違ういまが、すごく嬉しいのもまた事実なんだ。


「ありがとう、永和。なんか、本当に僕らつき合ってるみたいになっちゃってるね」

「あー、そうかもな。いいじゃん、鶴賀とか最近絡んでこないでしょ?」

「うん、そうだね。本当に、永和のお陰だ」


 だから、いますごくしあわせな気分だよ――とは、流石に言えなかったけれど、でも、そういう気持ちを込めてそう返して笑った。

 それに対して、「そっか」と永和もまた微笑んでうなずき、コーラを飲む。その横顔が、火が入れられたキャンプファイヤーの明かりに照らされ、とてもきれいだ。

 思わず永和の横顔に見惚れていたら「あのさー、翠」と、不意に名前を呼ばれ、我に返る。


「え? なに?」

「あのさー……俺、付き合ってるふり、つったけどさ、割と、ガチだって言ったら、やっぱキモい?」

「え……?」


 さっきよりも意味が汲み取れない……いや、逆だ。意味をその通りに捕らえていいのか戸惑ってしまったんだ。あまりに、自分に都合が好すぎるからだ。

 まさか、そんなことがあるわけが……と、内心うろたえている僕の胸中を見透かしたかのように、永和は視線を外して呟いた。


「……俺さ、ゲイってやつなんじゃないかなって思ってるんだ、自分が」

「それって、男が男好きっていう……?」


 確認するように訊ねると、「うん、まあ、そういうの」と、永和はうなずいてまたコーラを飲む。そうして訪れた沈黙は、いままでになく重たい気がした。

 何か言った方がいいんだろうか? でも一体何を? 

 自分も同じだ、って言ったとして……永和は、僕に対してどういう顔をするだろうか?

 本当の気持ちを言えば、彼と僕が同じであることはすごく嬉しいしホッとしている。何より好きになっていい相手だとも思っていなかったから、奇跡のような事実は嬉しくある。

 だけど、それを素直に喜べるのなら、僕はいまこんなに戸惑っていない。

 何故なら、この事実を、モブに過ぎない僕なんかが共有していいのかがわからないからだ。

 疑問符ばかりが頭の中を埋め尽くしていって、息がつまりそうになっていく。苦しさすら覚えてきた時、永和は小さく独り言つ。


「そういうの抜きにしても、俺は、翠ともっと一緒にいられたらいいんだけどさ」


 永和の言葉に胸が鳴るのがわかる。そして同時に、真に受けて期待していいのか迷いが生じてもいる。いやでも鼓動が高鳴っていくのが止められない。期待したって、それが叶うわけがないのに。


(――神様、僕は、どこまで彼を信じていいんですか?)


 永和の言葉を真に受けて、たとえあとで泣きを見たってかまわない。

 でも、そうしてしまうと、きっと未来は変わらないし、むしろ、失いたくなくて、より一層悲しいものになるばかりだ。

 わかっている。わかっているのに、永和を信じたい気持ちが強くて、主張するように胸の奥で暴れている。

 答えのない問いかけを自問しながらも、不意に過ぎるのは後夜祭のジンクス。

“――後夜祭でやるキャンプファイヤーに好きな人と行けると両想いになれる”

 それは、この状況でも言えるんだろうか? それさえも、いまは答えが出てこない。

 答えは、解らない。わかっていることがあるとすれば、僕はこの瞬間を永遠に終わらせたくないと願ってしまっていたことだ。

 いまの状況もカウントしていいのなら、どうせ僕らはどちらも7年後には死んじゃうんだから、いいじゃない――そう、自棄になりそうな気持が少なからずあったりもする。

 「僕でよければ」そう、永和に答えられたならどんなにいいだろう。たとえ言えたとしても、受け止めてもらえるかわからないのに。




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