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*5 思いがけない形の提案

 高三の夏休み明けは受験に本腰を入れていく頃ではあるのだけれど、僕の高校は毎年十月に文化祭が行われる。それがまた結構地域では盛況なイベントで、受験生と言えど、生徒は力の入れようがすごい。

 そのせいか、翌日のホームルームは早速文化祭の出し物を話合いが行われている。


「では、A組の出し物は飲食系ってことで決まりましたぁ」

「これからどんな飲食店を出店するかを話し合いまーす」


 文化祭実行委員である男女一人ずつの生徒が、黒板の前で声を張り上げて仕切っている。


「ほらお前らー、何やりたいかしっかり話合えよー」

「んえー、先生決めちゃってよー」

「バカ言え、生徒の自主性が大事だ」


 高校生活最後の文化祭だけれど、クラスのほとんどが受験生なので、実行委員の頑張りが空回りしている感じもなくはない。反応の薄いクラスメイトに二人は困り果て、担任の鶴賀の声が白々しく聞こえる。

 実行委員、気の毒だなぁ、とは思いつつも、僕なんかが出しゃばって何かをしきるなんて無理だし、そもそもみんながついてきてくれるわけがない。例えば永和とか、クラスでも目立つやつらが意見を出せば、自然とそれに決まるのではないだろうか。

 要するに他力本願的な考えしかない僕は、教室の様子を窺うように息を潜めていた。

 ところが、突然、頬杖をついていた僕の右手を掴まれて釣りあげるように掲げられ、立ち上がらせられる。

 何が起こったんだ? と、引っ張り上げてきた方向に目をやると、永和が僕の手を掴んでニヤリと笑ってこちらを見ていた。明らかに何かを企んでいる顔だ。


「はーい、佐鳥くんが執事メイドカフェがいいつってまーす」

「え、ちょ、何言ってんだよ……」


 なに一つ僕の意見も意思も入っていない提案をされ、慌てて否定しようとしたのに、スクールカースト上位の永和に提案は、退屈そうに澱んでいた教室をにわかに活気づかせる。

 いいね、とか、面白そうじゃん、とか口々に言って賛同に向かいかけている教室に、実行委員の一人が申し訳なさそうに口を挟む。


「あのぅ……同じ学年に同じ内容の出し物はダメなんだよね……」

「え? どういうこと?」

「C組がメイドカフェやる予定で、あっちの方が先に許可を取ってる。だから、ウチは他の内容にするしかないの」


 そんなルールがあったなんて知らなかった。確かに客の奪い合いになるから、内容が被るのは避けた方がいいかもしれないが、予算や技術が限られている高校生の文化祭で、その縛りはどうなんだろうか。

 とは言え、せっかく盛り上がりかけた提案に水を差される形となり、また教室内の空気が滞っていく。

 このままでは時間ばかりが無駄に過ぎていく……みんな受験生なんだから、やることをさっさと決めてしまった方がいい。高校生なんて、みんな時間は永遠に伸び縮みするように、自在に自分たちが持っているものだと思いがちだから、放っておけばいいのに、中身は二十五歳のアラサーである僕は、つい、お節介を口にしていた。


「あ、あの……女子は執事で、男子がメイド、とか……どう、かな……」


 モブの意見なんて一蹴されるだろう、と思っていたのに、僕の手を掲げてからそのまま何故か手を握ったままの永和が、それを引き寄せて迫ってくる。


「いいじゃん、それ!」


 避ける間もなく、僕と永和はまるで手と手を取るように向かい合う。教室中が僕らの格好に冷やかしと驚きの声をあげた。

 教室内の悲鳴じみた声に、永和はすぐに手を放したけれど、僕は突然すぎる出来事に動悸が治まらない。

 そっと胸を抑えながらへたり込むように席につく僕とは裏腹に、永和の声につられるように他のクラスメイトも、「へぇ、面白そう」とか、「いいじゃん、やってみたい」とか言った感じで意見がまとまりつつある。

 そうして、僕のクラスの文化祭での出し物は異性装カフェ、ということになった。

 係などは学校側の許可が下りたら決めていくということになり、ホームルームは終わった。


「佐鳥って意外と面白いこと言うんだな」


 ホームルームが済んで放課後となり、生徒が散り散りになっていく中、永和がサッカーのユニフォームに着替えながら声をかけてくる。無防備に曝され、鍛え上げられて日によく焼けた肌が目に毒で、僕は慌てて目を反らし、どぎまぎしながら答える。


「いや、別に、よくあるネタだし……」


 異性装カフェというのは、僕がいた二〇二〇年代では割とよくあるネタではあったから提案したのだけれど、この当時は確かにまだ珍しいほうだったかもしれない、と思い返す。

 異性装、女子は男装を楽しめるけれど、男子は女装に抵抗がある人が多そうで反対されるかと思っていたのに……案外クラスには好奇心の方が強い生徒が多いようだ。

 とは言え、元ネタが未来からのそれだとバカ正直に話すわけにはいかないし……と、考えていると、永和はポン、と肩を叩いてこう笑いかけてきた。


「俺、お前見直したわ」

「え、あ、ありがとう?」


 どういう意味で見直したのか、それまで僕のことをどう思っていたのか聞きたかったけれど、口を開きかけたその時に、教室にユニフォーム姿の生徒が永和に声をかけてきた。


「永和先輩、そろそろコーチ来ますよー」

「あ、悪い、いま行くわ」


 そう言って永和は僕から手を放し、「じゃあね」と言って呼びに来た後輩の方へ歩み寄っていく。その横顔はもうサッカー少年そのものだ。

 永和のあの顔、いい顔なんだよなぁ、と思って眺めていると、ふと、ふたりの会話が聞こえてきて、つい耳を澄ませてしまう。


「先輩、推薦の試験っていつでしたっけ?」

「んー、来月の連休だよ。大学のグランドですんの」

「マジすごいっすよねー。俺もサッカーで大学行きて~」

「そんなら今日はお前に集中パスするからな、入れろよ」


 永和からニヤニヤされながらヘッドロックされた後輩は、「うわぁ、それはカンベン~」と、悲鳴をあげつつ永和と連れ立って行ってしまった。

 二人を見送るかたちになったけれど、どうして永和が高三のいまでも部活をしている理由がわかって腑に落ちる気持ちだった。そしてまた、ああそう言えば永和は本当にサッカーが好きだったんだよな、と思い出す。

 いままでの記憶を持ったまま人生をやり直すということは、トリックのわかったミステリーを読み返すような、もっと退屈なものかと思っていたのに、思っている以上に記憶というのは抜け落ちていることに気付かされる。要するに、案外自分の記憶というものはあてにならないということだ。

 でもその方が、かえっていい気もする。既存の記憶に頼っていたら、きっと見えない何かに気付けないままだろうから。例えば、永和が思っていたよりも僕にやさしかったこととか。


「……でも、本当にそのままの記憶通り、というわけでもない気がするんだよなぁ……」


 それが、あの違和感のような躊躇う気持ちなんだろうか。答え合わせをしようにも、僕以外に僕の人生の記憶を知る人はいないのだから、出来るわけがない。

 と、なると、僕がこの先取る言動が、果たして僕の望むような未来を迎えることにつながるかどうかはわからない、ということにもなるんじゃないだろうか?


「それって、なんか願い事叶うってことになるのかな?」


 いまさらながらにあのウトとかいう神様だと言うカラスの能力が、どの程度なのかが気がかりになり始める。

 本当に叶えてくれるんだよね?! と、確認しようにも、これもまたウトがどこにいるかがわからないから確かめようがない。それとも、人生のやり直しというものは本来こういうものなんだろうか?


「わからない……困ったな……」


 二回目の人生で早々に壁にぶち当たるなんて。思ってもいなかった展開に気を取られ、僕はあることをすっかり忘れていた。それが、のちのちどんなことを引き起こすかも知らないで。




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