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*15 冬日の小さな決意

 そのまま永和と言葉を交わすことはおろか、挨拶さえ交わさなくなってしばらくして、冬休みを迎えた。

 僕を含め大学受験をする生徒たちにとっては最後の追い込みの時期でもあり、体調管理に気を遣う時季でもある。

 一方で、永和のようにすでに進路先が決まっている生徒たちは、高校生活最後の冬のイベントにはしゃいでいる。


「永和はクリスマス何か予定あんの? ないなら俺らとカラオケオールしようぜ」

「カラオケオールは年越しじゃね?」

「大みそかは高倉神社だろ。甘酒もらえるし」


 数人のスクールカースト上位者たちが、永和を囲むようにしながら声をかけ、まるで受験で追い込まれている僕らをせせら笑うように、年末の予定を話して盛り上がっている。真面目な生徒、特に女子たちはあからさまにそういうやつらの姿に眉をひそめ、「ムカつく」と、口だけを動かして睨んでいた。

 そういうやつらにとって、そういう非難の眼差しさえ称賛に値するのか、たとえ睨まれようとも意に介している様子はない。

 僕はと言えば、人生で二度目となる受験ではあるけれど、完全に不安要素がないわけではないので、それなりに勉強に追い込まれている日々だ。だから、永和たちの集団を腹立たしくにらみたくなる人達の気持ちもわからなくはない。


(とはいえ、そういう気持ちを、ストレートに僕が言えるわけはないんだけれど……)


 授業最終日、ホームルームのあとの教室でやたら大きな声で喋っている彼らを横目に通り過ぎようとした時、ふと、誰かとじゃれ合っているはずの永和と目が合った。ついさっきまでそいつらと楽し気にしていたはずなのに、僕が教室を出ようとしたら目で追ってきたのだ。

 胸が音を立てて痛み、足が止まりそうになったけれど、それでもなんとか真横を通り過ぎようとした。でも、視界の端で永和がこちらを向いているのを感じる。

 横を通り過ぎて数歩進み、何気なくそちらを向くと、やっぱり永和が僕を見ていた。訴えかけるような、何か言いたげな目だ。

 思わず立ち止まり、永和の名を呼ぶかどうか迷っていると、永和にひとりの生徒が抱き着くように飛び掛かり、視界を遮られた。


「なー、永和はカラオケオール行くよな?」

「あ、ああ……そうだなー……」


 わずかにまた繋がりかけた僕と永和の視線が途切れ、意識が遮断される。永和は友達の言葉に曖昧にうなずきながら僕から目を反らし、話の輪の中に戻っていく。そして、それきりこちらを向くことはなかった。

 その場に留まって、永和の名を呼ぶかどうか迷ったけれど、永和の集団にはそうさせてくれる隙は無く、完全に弾かれてしまった気がした。

 そもそも、永和の名を呼んだところで話すこともないし、永和が振り返ってくれるとも限らない。あの夕方以降、僕らは一度も言葉を交わしてさえいないのだから。

 教室を出て廊下を行き、階段を下りながら僕は、ああ、これでもう最初に願ったとおり、永和と関わらない人生になるんだな、と悟った。

 永和を失う悲しみを味わうかどうかはわからないけれど、少なくとも、数か月前のような濃密な関係のせいで別れに耐えられないかもしれない、と言う恐れはなくなったとも言える。


「人間の人生には関われないってい言っていたけれど、ウトは本当に何もしてないのかな?」


 ひとり靴箱の前で靴を履き替えながら呟いても、もうあの白いカラスは現れそうになく、やはり奇跡はもう終わってしまっているようだ。

 そうなのだとしたら、僕が最初に願った、永和と関わることをなくすと言う願いは、思いがけない形で叶ったということになるのかもしれない。

 それとも、ウトが願いを叶えるのを解消する前に叶ってしまったのだろうか?

 色々と考えてはみたけれど、ただの人間、それもモブ人生を歩んできただけの僕なんかに神様の気まぐれなんてわからない。願いを叶えてやるとかやらないとか、その基準さえわからないのだから。


「まあ、もう一度人生やれたのはラッキーっていう事だったのかな。あと七年の命だろうけど」


 自嘲とも言えるような呟きをし、僕は改めて考える。そうだ、僕の命はもうあと七年しかないんだ、と。

 しかもその七年間には永和と関わることはないし、永和もまたその間に死んでしまう。僕らは、高校を卒業したら二度と会えなくなるし、関わることもない。

 そうすれば永和を失う悲しみを味わうことはないはずと思っていたし、いま人生は紆余曲折を経てその流れになろうとしている。それは僕が願ったとおりだ。

 それなのに――なんで、いま、こんなに胸が痛くて苦しいんだろう。

 校門を出て歩きながらいろいろと考えていたら、段々と歩みが遅くなるほど息苦しくなってきて、ついには歩けなくなってしまった。

 うつむいて胸元を抑えながら呼吸を整えようとしても、息が上手く吸ったり吐いたりできない。苦しくて痛くて、悲しくもなかったはずなのに段々と気持ちが萎れていく。


「っふ、ううぅ……苦しいよ……なんで……もう、願いは叶っているはずなのに……」


 時をさかのぼって人生をやり直してまで叶えたかった願いのはずなのに、それが叶ったのに、まったく嬉しくないのはなんでなんだろう。嬉しくないどころか、胸が苦しくて痛くて、悲しい気持ちがあふれて止まらない。

 高校を卒業したらもう永和と会えいないということは、永和と残された時間がもうほぼないということなんだと、いまになってようやく気づいたのだ。

 永和と関わらない人生になれば、失った時の悲しみを味わうことはない。それは確かにそうではあるけれど、やり直した人生で数か月間の濃密な日々を送ってしまったせいで、より一層失う痛みと悲しみを感じてしまう羽目になった。


「願いが叶うとしても、こんなにツラいなんて思わなかった……こんな想いするなら、人生やりなおさない方が良かった……」


 願いは叶えられたけれど、こんな形でなんて思わなかった――そう思ってしまうのは、ウトに言わせれば、身勝手な人間のワガママとされてしまうんだろうか。

 どうにか再び歩き出したけれど、胸の痛みも苦しさも解消されない。それどころか痛みのせいで視界が滲んで揺らぐ。

 まるでいばらの上でも歩いているかのような苦しさと痛み。それがどこから来るのか理由を考えてみるのだけれど、真っ先に浮かぶのは先程の永和の何か言いたげな眼差しだ。

 でもそれは、僕が永和に未練があるから、そんな風に見せているんじゃないか、と。


「未練ってつまり……僕がまだ永和を好きってことで……忘れられてもないし、諦めきれてもいないし、むしろ彼を傷つけたからこんなに苦しいの?」


 歩きながらそんな結論に至って立ち止まったのは、偶然にも高倉神社の前だった。神社は年の瀬の大掃除や年始の準備で忙しいのか、いつもより人が多く行き来している。だから白いカラスの影なんてものは見られそうになく、ウトに訊くのも難しそうだ。そもそも、神様にそう簡単に会えるとも限らないし。

 僕が思い至った考えを確かめるように鳥居の向こうを見てみたけれど、神主さんや巫女さんたち以外に人影も鳥の姿もなく、なにがしかの声を聴くことさえなかった。


「……永和が本当に好きなのか、自分で考えろってことなのかな。ウトも、自分でどうにかしろって言っていたし……」


 やり直したとは言え、自分の人生なのだから。そう見えない何かに説かれていたような気がして、僕はああそうか、とひとり小さくうなずく。

 不可思議なものは何も聞こえも見えもしなかったけれど、渦巻いて迷っていた考えがスッと整った気がして、僕は神社に背を向けて家までの道を再び歩き出す。気のせいでなく、胸の内が学校にいた時よりも晴れやかになっている。

 それがウトのお陰なのかなんなのかはわからない。でも、僕の中に一つの決意が定まったのは確かだ。


(僕なりのけじめをつけよう。そうしたらきっと、もう会えなくなっても後悔しないだろうから)


 何かの物語でメインになるような性分じゃないし、そんな人生を歩んでは来なかったモブとも言える僕の人生だ。取るに足らない、語るにも及ばないささやか過ぎる人生だ。

 それでも、そのささやかなにもひときわきらめく瞬間があってもいいのではないだろうか。たとえそれが、大きな成功や成果につながらないとわかっていても、終わりがすぐ来るとわかっていても。

 冬の昼下がりの緩やかな日差しに包まれながら、僕はひとりそう心を決めていた。




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