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*11 神様からの忠告

 結局、永和とは日が暮れるまで駅前で遊んでいた。カラオケに行ったりゲーセンに行ったり、おおよそ受験生とは思えないくらいによく遊んだ。でもそれは永和の息抜きに付き合っているんだと思えば、大した罪悪感はいだかなかった。

 永和と過ごす時間が楽しいことに変わりはない。だけど同じくらい、どこか後ろめたさのようなものを感じてもいる。

楽しいのは嬉しいけど……それだと、どんどん永和と仲良くなっていっちゃうんだよな……

もう明らかに記憶と違う人生を歩み始めている。正直別人のものだ。人生をやり直して違う未来を歩みたいと願ったのだから、それでいいのだろう。


「やっぱり、このまま永和と仲がいいままでいていいように思えないんだよな……」


 家への帰り途中、ふと足を止めて見上げたらあの高倉神社の前だった。すべての始まりの場所とも言える、それも神様だと言うウトがいる場所。またウトに会えるかはわからないけれど、お参りをすればなにがしかの解決の糸口みたいなものが得られたりしないだろうか。そう考えた僕は、夕暮れで薄暗くひと気のない境内へと入っていく。

 薄暗い境内は、神社のご神体がカラスであるせいか、なんとなく他の場所よりカラスが多い気がする。参道の樹々には何羽も止まり、こちらを見つめているようだ。

 カラスたちに見守られるようにお社に向かい、ポケットの中の小銭を賽銭箱に放り込んで手を合わせる。


「ウト、僕はこれからどうしたらいい? このままだと、永和とどんどん仲良くなって、どんどん好きになっていっちゃうよ」


 好きな人に好かれている気がするのは悪い気はしないし、正直言えば嬉しい。だけど、それはすなわち永和との距離が縮まって関係が濃密になっていくことでもある。そうなっていく程に僕の記憶には彼に関するものが多く占めていくだろうし、そうなったらきっと容易に忘れることなんてできない。

 永和がいずれ死んでしまう未来が避けられないなら、取り返しがつかなくなるほど彼との関係が深まってしまう前に離れてしまうべきじゃないだろうか。たとえ、どんなに苦しくなろうとも。


「……頭では、わかってるんだけれど……」

『それに行動が伴わない、ということなんだな?』


 お参りをしているさなか、ふと、厳かな様子の声が聞こえてきた。思わず顔をあげて辺りを見渡したけれど、暗いお社があるばかりで誰もいない。

 夕暮れ時の神社で空耳なんて、季節外れのホラーもいい所だ。お詣りも済んだし、一礼して帰ろう……と、僕が後ろを向こうとした時、お社の、ご神体があるところ辺りがチカッときらめいた気がした。

 ご神体の鏡でも光ったのかな? でもあれはお祭りのとき以外は奥の方に仕舞われているはずだし――そう思いながら振り返ると光は一層大きくなり、やがて僕を呑み込むように膨張していった。



 白い光に包まれていくのに反射的に目をつぶってしばらくすると、光の加減が落ち着いていく気がした。恐る恐る眼を開けていくと、いつぞやに見た白いカラス――ウトが僕の前で羽ばたいていたのだ。


「ウト!」

『久しいな、翠。達者だったか?』

「う、うん……ここはどこ? 僕、また死んじゃったの?」


 怯えるように僕が訊くと、ウトはカラカラと笑いながら首を横に振り、『そんなまさか。ここは儂の住まいと翠の世界の中間地。ただ様子を見に招いただけだ』と答える。

 その言葉にホッとできはしたものの、なんでまたあえて、僕が永和のことでどうしたらいいのか悩んでいる時に現れたのかが気になってくる。何か、僕の言動で気になることでもあるのだろうか、と。

 しかしそんな僕の胸中なんて、神様であるウトにはお見通しなのか、一層カラカラと笑う。


『人間はすぐに儂らのことを怖れるが、翠はその中でも特に臆病なようだな。何と言うんだったかな……ねがてぶ?』

「……ネガティブ、のこと?」

『おお、それだそれだ。後ろ向きな事ばかりを言うやつのことだろう?』

「ええ、まあ……そうだけど……」


 神様にネガティブ認定されてしまったら、ある意味御墨付とも言えるけれど、不名誉なので嬉しくない。その感情が顔に出ていたのか、ウトは苦笑して、「そう怒るな」と一応謝ってくれた。


『二度目の人生、えんじょいしとるようだな、翠』


 ウトは神様という割に現代語を使いたがるようで、イントネーションがおかしいけれど、使い方はあっているで妙に面白い。だから思わずくすっと笑ってうなずいてしまう。


「うん、すごく楽しい……永和と仲良くなっていくし、どんどん好きになっていく……いいのかな、ってくらい」


 永和を失う悲しみを味わうことはないように、ただそれだけのためにウトに願ったことを改めて思い返し、曖昧に笑う。あまりに現状が願いと矛盾しているからだ。

 ウトに怒られたり呆れられたりするだろうか……と、やはりネガティブなことを考えていると、ウトは呆れた顔をして溜め息をつく。


『楽しいのであればよいではないか。あの者とはもう今生では会えぬのであろう? 存分に逢瀬を楽しむがいい。なんなら、そやつと添い遂げるという願いにでも変えるか? ……というの冗談で……』

「そんなこと、できるの?!」


 思ってもいなかった願い事の変更の提案に食いつくと、ウトは渋い顔をして首を横に振る。


『話を最後まで聞け。翠、そなたはな、本来ならばもうこの世にはいないものなんだ。それを、そなたが積んでいた徳に免じて、儂が特別に時をさかのぼらせてまで生き返らせた。それでもう願い事は二つ叶えていることになる』

「でも、ウトは神様なんでしょう? 願い事なんていくつも叶えられるんじゃないの?」

『神にも序列や格の違いというものがある。儂はしがない小さな神社の(あるじ)でしかない。そういくつも願い事を叶えられるほどの力など備わっておらぬのだ』

「そんな……! じゃあ、このまま僕は永和と仲良くなっちゃって、彼が死んじゃうのをただ見ているしかないの?! なくす悲しみを味わいたくないから、もう一度やり直しているのに!」


 ウトにつかみかからんばかりに訴えてみても、ウトはまるで僕が聞き分けのない子どもであるかのように溜め息をつき、呆れ顔で答える。


『最初に申したであろう? よほどのことがない限り、願いを取り消すことは出来ぬ、と。そなたが永和とやらと出会わないほど昔には遅れない、それでも良いか、と訊いて、そなたは言い、構わないと言ったではないか』

「でも、ウトが僕と永和が仲良くならないようにしてくれるんじゃなかったの?」

『だから、儂には大それたそんな力はない。人の畢生(ひっせい)に大きく干渉してまで願いを叶えられるような神など、伊勢の国の神ぐらいだ。やり直しているいまの人生で怒っている事象は、すべてそなたの行いのせいだ。儂のせいではない』


 そんなことも知らないのかと言わんばかりのウトの口ぶりに、僕はムッとする感情を抑えきれない。神様だから、とやたら過剰に期待するのは失礼に当たるのかもしれないけれど、それでもどうにかして欲しい気持ちは拭えない。だからつい、言い返してしまう。


「何だよ、神様って勝手だな。助けたり助けなかったり、ご都合過ぎない?」

『その言葉、そのまま人間のそなたに返すぞ。自分が困ったときにしか“神様、助けて~”なんて都合よく祈ってきおって。それなら普段からの心がけを……』

「でも、ウトは僕が昔掃除とかしてたことで徳を積んでたって言ったじゃない。あれはカウントしないの?」

『そ、それはだな……』


 痛いところを突かれたとばかりに今度はウトが黙り込み、むすっとバツが悪そうな顔をして羽ばたきを速めて上へあがっていく。どこかへ逃げるつもりなんだろうか。

 まだ話は終わっていないよ! と僕が口を開きかけ手を伸ばそうとした時、ウトは高らかに声をあげながら飛び去って行く。


『とにかく! そなたはこの時代で、永和との未来を変えるように努力せねばならぬ! さもなくば、そなたは、神を利用したことで命を失い、黄泉(よみ)の国へ落ちてしまうからな』


 来たる日、とやらがいつなのかも明言しないまま、ウトは僕を置いてどこかへ行ってしまった。追いかけようとしたのだけれど、途端に僕が立っていた回りがろうそくの火を吹き消したように暗くなり、何も見えなくなった。


「ウト?! ……あれ? ここ、神社……」


 声をあげてウトを呼び止めたはずなのに、気が付いたらそこは見慣れた高倉神社の境内に僕は佇んでいる。辺りは薄暗く、ひと気のない境内は昼間見るよりもいっそう恐ろしく見える。


「結局、自分でどうにかしろってことなの? 叶えてやるとか、やらないとか……なんだかすごい勝手だな……」


 突然ウトに突き付けられた宣告に、僕はどうしていいかわからず途方に暮れる。それでなくても、僕はこのまま永和と一緒にいていいのかがわからないのに。


「でも、このまま一緒にいたら、僕と永和はきっと本当に付き合う仲になっちゃうんじゃないかな……それって、人生やり直して良かったってことになるのかな……」


 仲が親密になればなるほど、永和に惹かれていく自分がいる。彼がいない景色を想像できない自分がいる。一層、彼を失う未来が恐ろしくて仕方がない。わかっているのに、僕は永和を拒むことも遠ざけることもできないでいる。


「どうしたら、僕にも永和にも一番いいんだろう……どうすれば、一番いい未来になるんだろう……」


 永和との別れを味わいたくない。ただそれだけなのに……物事はどんどん別れがつらい方向へと流れていく。しかも、僕一人ではどうにもできないほどの絡まりながら。

 秋の夕暮れの薄暗い見慣れた道を、僕は途方にくれながら一人歩いて行った。




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