彼女
「男」目線
カレーが食べたいな。
そんな何でもない僕の呟きを、優しくまじめな彼女は拾ってくれたので夕飯はカレーだ。
彼女の作るカレーは初めてで、どれだけ美味しいのだろうかと期待を募らせながら、手慰みにテレビの番組をまわす。
「――次のニュースです。木嶋香さんが行方不明となり1年が経ちました。木嶋香さんは学校からの下校時に誘拐された可能性があり、警察による懸命な捜査が現在も続いております。」
丁度、番組を切り替えた瞬間に物騒なニュースが流れた。
「相変わらず物騒だな」
最近、県下周辺で若い女や少女が行方不明になることが増えた。犯人は同一犯とも組織犯ともいわれており判然としない。また、被害者達も共通点がない。ある日いきなりターゲットになるそうだ。そんな物騒な状態のため、若い女や少女は一人で出歩けなくなった。
かくいう僕も、彼女には一人で出掛けて欲しくないから、同居を始めて、買い物には全て僕が行き、学校の登下校も絶対に送迎をしている。
彼女の両親は海外へ赴任しているので、どうしても一人になってしまう時間が多かった。ご両親には、同居の提案をしたとき当たり前だけれど、猛烈に反対された。しかし、彼女が誘拐され二度と会えなくなるよりも、たとえ何が起こったとしても生きて会える方がいいだろう、と脅しをかけたら何とか納得してくれて今に至る。
同居に際し、色々な条件を付けられたが、何しろ僕は健全な男で、彼女はまじめで優しく、とても寡黙で、けれど甘えてくるときは強烈に可愛いのだ。我慢はとても難しく激しく結ばれること数回だ。
情熱的な夜のことを思い出していたら無意識に彼女の後ろに立っていた。それほど彼女を欲しているのを証明させられたようで恥ずかしい限りだ。体の動くままに抱きしめると、ちょうど玉ねぎをきざんでいるところだったのか、涙が頬にころがり落ちていた。
「いきなりどうしたの?待てなくなった?」
くすくす、くすぐったそうに彼女は僕をたしなめる。でも、包丁を持っているタイミングだったからなのか、少し唇が引きつっている。
僕はその口角が上がってほしくて、唇の端を指でくすぐってから頬を流れる涙を伝い目じりまでを撫であげる。その際、我慢できずに夜の匂いを漂わせてしまう。すると彼女の腰が抜けたようで、床に座り込んだ。
驚きつつも手を差し伸べる。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫。ご飯の続きするから向こうで待ってて」
恥ずかしそうにぎこちない動きで、追いやられてしまった……。
まあ、彼女のカレーを早く食べたいし、そのあと思う存分触れ合いたいし、ここはおとなしく退散しておく。
そのあとは、料理中の彼女の後姿を見続けて暇をつぶした。
彼女のカレーは普通だった。
そう伝えると仕方なさそうに、どんな味なのが食べたかったの? と聞いてきた。
「……甘口」
「そうだったの。それじゃあ今度は甘口で作るわね」
優しい彼女はそう言うけれど、小さな不満が溜まってしまった。
気分を変えたくて片付けの途中の彼女を、布団の上へ呼び寄せる。カレーの匂いが充満した部屋は少しもロマンチックではないけれど、恥ずかしそうに少しずつ近寄ってくる様子だけで視界が狭くなってくるほど、気持ちが高ぶってきた。
僕のもとに着いた彼女を寝転がす。激しくしたい気分だったので性急に服を脱がす。
彼女はどうやら被虐嗜好があるみたいで、手首を抑えて激しく交わるとよく鳴く。気持ちよさそうに涙を流す彼女を見ると、興奮して、交わりが更に激しくなっていく。僕たちはつくづく相性が良いのだと実感する。
キスをすると、流れ落ちていく唾液をすべて飲もうとする。ああ、僕のすべては彼女に受け入れられている。
ああ、いとおしい。
激しい交わりの後、二人でシャワーを浴びて、シーツをはがしただけの布団に寝転がる。とろとろ、と微睡みながら話す。彼女といられる僕は幸せだ。
しあわせだなあ。