93話「遥かな遠い星杯を夢見て……」
妖精村のホテルの一室で、宇宙人である妖精王ランスピアと少女グングの話を聞いていた。
「ほう、それでギリギリでここへたどり着いたんだな」
「そうであります」
アッセーにとっては新しい世界が広がる思いだった。
星杯以外の世界なんて考えてなかったからだ。しかし現に巨大な箱舟で長い年月をかけて宇宙を旅し続けてきたのだ。
「婚約してくれであります」
「だから、なぜそうなるのだ……」
ズイッと真剣な顔で求めるグングに、ジト目で突っ込む。
《恥ずかしいながら、さっき話した通り故郷は朽ち果ててしまったのだ。恐らく生き残りもグング一人かも知れぬ》
「……遠すぎるから、他の箱舟の様子とか見れないもんな」
「そうであります」
泣きそうなグング。
同一コロニーで何千年も世代交代しながら航行していたっていうからなぁ。確かめようがない。
アッセーは腕を組みながらため息。
「どうせなら冷凍睡眠を開発してから自動航行すりゃよかったな」
するとランスピアもグングも「ハッ!」としたぞ。今更気づいたみたいな……。
ワナワナ震えながら「その手があったか……」と思い詰めていた。
……冷凍睡眠で寝かしてから、数千年も時を越えて星杯へたどり着けてたかもしれない。しかし当時は必死だったからか、単に発想がなかったからか、普通にコロニーで世代を重ねながら燃費悪く航行してしまった。
《じゃが、もはや我が箱舟も壊れてしまった。グングもここで骨を埋めるしかあるまい。幼き妖精王アッセーよ。よろしく頼みたい……》
妖精王ランスピアは改めて、と頭を下げてきた。
グングも「ふつつかものですが、よろしくお願いするであります」と深々と頭を下げてきた。
「そうとも限らんと思うぞ?」
「「え?」」
アッセーの一言に、二人は素っ頓狂な顔で見上げた。
森林の中で大破した箱舟が鎮座している。
このままでは星杯の一部となるかのように朽ち果てるしかないだろう。
「……これは作り直せるな」
あちこち見て回ってきたアッセーが一同へ降り立つなり、そう言った。
思わずランスピアとグングは「マジか」と張り上げた。
自信満々に頷いてあげたぞ。
「さすがは頼もしい夫ですわ」
「そうですね。頭いいし、そうじゃないかと思ってました」
「魔法陣も自分で作れる天才なのです」
「この聖女も微力ながら手伝いします」
ローラル、アルロー、ユミ、マトキも意気投合したようだ。
妖精村の長である妖精ソドさんは長期滞在を許し、住む家を用意してくれた。妖精王さまだからなのかもしれない。
アッセーは転生前の世界で幻獣界の図書館でいろいろ勉学してきたので、魔法陣を自力で作れるほど知識がある。
なので、それを基にして幾重も設計図を作っていった。
幸い近くにあったドワーフ王国の協力も借りて、箱舟修復を行った。
ドワーフたちがトンテンカンテン建設し、妖精やエルフたちが魔法陣を組み込んだり、ホビットや魔族が魔石などの資材を運んできたり、大掛かりな修復が行われた。
修復期間はゆうに一年四ヶ月もかかったが、箱舟は新しく生まれ変わったようだ。新品同然の金ピカになった挙句に新しい装備も付け足されている。
アッセーが設計した幾重の魔法陣を内蔵された『スーパー箱舟二号』が完成された。
そんな奇跡に妖精王ランスピアもグングもキラキラ目を輝かせた。
「エルフ姉妹の時空間転移をさらに改良しているから、ワープポイントを設置すれば一瞬に戻れる。いざとなればここへ帰って来れる」
「「「おおおおおおおおおおおおーっ!!!」」」
たくさんの協力者は湧き上がった。
その翌日、アッセーと妖精王ランスピアはスーパー箱舟二号の操縦室へ踏み入れた。
「では、故郷へ行くか」
《未だに信じられぬが……》
「まぁ、普通はそう思うわな。こうして二体だけで試運転するんだもの」
妖精王なら、思わぬ事故や悪環境でも生き延びれるので二体だけで試運転する事になったのだ。
アッセーは指で複雑な魔法陣をサッサッと描いてみせる。
中心部の円に渦が発生して、中からローラルたちが映った。
「こうして手軽に転移できるし、最悪失敗してもなんとかなる」
妖精王は目を丸くして《こんな手軽に……》と驚くしかない。
こちらに気づいたローラル、アルロー、ユミ、マトキが集まって覗き込んでくる。
「あなた大丈夫なのですわ?」
「心配だけど……きっとなんとかなりそうだから待ちますけど」
「なんだかドキドキするのです」
「この聖女も同行したいんですが」
アッセーは手を振りながら「さっき言ったように心配ないない。一時間そこらで戻ってくるから」と待機を促した。
妖精王ランスピアは後頭部に汗を垂らす。
「よーし! 出航だー!! 急上昇始め!」
《了解っぴ。上昇するっぴ》
アッセーが勢いよく彼方へ指差すと、操縦室の機器が勝手に作動する。
スーパー箱舟二号はドドドドドドと唸りを上げて浮き上がっていく。みんなに見守られながら、それはドーンと急上昇して六〇キロもの高さまでたどり着いた。
傍目で雲海から突き出る塔山の頂上が窺える。元は天使族が居城にしていた所だ。
《ぴっ、では目標地点を指示してくださいっぴ》
「ランスピアさんとグングの故郷へ行ってくれ」
《了解したっぴ。ギルガメッシ星杯を目的地に設定完了っぴ。ゴーだっぴー!》
なんとスーパー箱舟二号の後ろのロケットが噴射を始めた。
さらに時空間関連の魔法陣が周囲に展開されると、光速を超えた超越航行で遥か遠くの故郷まで一瞬に移動した。
距離にして三三五光年に相当する。
「おお。あれがあなたたちの故郷か……」
《うむ……。まさしく……》
モニターに映る朽ち果てた星杯……。
望遠システムで拡大してみるとヘドロの海と毒まみれの岩山、混濁した大気が広がっていた。
誰が見ても生命体が生存できぬ環境だ。
時折、建物の残骸が泥に埋もれているのが見える。
《魔族を滅ぼした後に、平和になったヒトの社会が繁栄を繰り返して……》
「知ってる。互い争いあったりしたんだろ? 食い潰していく資源を取り合ったりして、挙句の果てに星杯をダメにした。だからコロニー箱舟で……」
《見てきたのか? そっちの世界はまだそうなっていないようだが?》
「オレは転生者だ。転生前でそういう事があった」
《なるほど……》
朽ち果てた星杯を、相変わらず周回し続ける光珠が哀愁を誘う。
「……よし帰るぞ」
《了解っぴ。ではアイサペン星杯へ帰還しますっぴ》
シュパーンと元の星杯へ戻っていった。往復込みで全行程二五分。
時空間関連の魔法陣で光速を超えた超加速による時間と重力の逆転が無いので、普通に二五分経っただけ。
まるで近くのスーパーへ買い物するような感覚である。




