5話「神聖の裁きを受けてみよ!」
「剣技に秀でた我が自慢の息子が、あんな風にあしらわれるとは……!」
訝しげな王様は汗を垂らし、そばの大臣に「おい! 教皇に『神聖の審判』を要請する! 王の権限で即時に行え!」と耳打ちする。
普通なら、数日かけて多くの権限者からいくつかの承認をもらってでなければ行えない。
高位の聖職者である教皇が、女神さまを介して極悪人を裁く特別な審判なのだ。
アッセーを相手にリヘーンは聖剣を振るって壮絶なチャンバラを繰り返していた。
嵐渦巻くほどの剣戟の嵐をアッセーは光のナイフで捌き続けている。
一撃一撃が重い斬撃だ。実戦経験はあまりないものの、今日まで王族で訓練を積んできた由緒正しい剣技は威張れるだけの事はある。
「武力は八万そこらか。さすが勇者の血を引くだけあって、かなりの才能だ」
「なにっ!!」
必死に咬み殺さんと剣戟を振るうリヘーンは徐々に焦りを帯びていく。
一進一退と接戦をしているならともかく、ナイフ一本で余裕そうに捌かれるというのは心に来るものがある。
もしかして自分は思ったより弱いのではないか、と疑念に駆られそうだ。
もしアッセーが『世界天上十傑』クラスなら子ども扱いされても仕方ないが、それだけは認められるか、と憤慨。
「ふざけるなよ……っ! うおおおおおおっ!!!」
気合いを発して噴き上がったオーラが大地を揺らし、魔法力と混ざり合ってエーテルと化して更なる強化をもたらす。
そして聖剣が燦然と輝き始めた。
ついに王子様が本気になられた、と人々は騒然とする。
「初めて人に撃つが、極悪人なら構わんだろう。この私の究極奥義を喰らって地獄へ落ちろッ!! 『竜王滅殺斬』ーッ!!!」
リヘーンは全身全霊と大地を爆ぜるほど地を蹴って、眩いエーテルを一直線に引きながらマッハの速度で渾身の横薙ぎ一閃をアッセーへ振るう。
その時、アッセーはカッと見開く。
「スパークッ!!」
同じ横薙ぎでぶつけ合い、四方八方に雷が散るほどの壮絶な衝撃波が爆散した。
高々と噴き上げられた衝撃波で烈風が荒れ狂って人々を巻き込み、王様のいるところにも及んだ。
ゴゴゴゴ……と余震が収まっていく。
すると刀身の一部が宙を舞って、地面に突き刺さった。
リヘーンは折れた聖剣に愕然しながら両膝を地面につけていく。
「そ……んな…………!」
「数十年かけて厳しい鍛錬を積めば、いい勝負になるかもなー。今の瞬間的に一〇万の武力越えてたぞ」
「まさか! 貴様は……『世界天上十傑』なのか!?」
「それ世界最強のベストテンだろ? 本で知ったぞ。もしかしたらオレで更新あったりする?」
まだ一歩も動いていないアッセーは快く笑った。
リヘーンはその事にも強いショックを受けた。まだ足元にすら及んでないと。
例え、長男次男と一緒に戦ったとしても同じだろう。それだけ隔てる力の差が大きすぎる……。
アッセーは冗談のつもりだったが、リヘーンにとってはガチに聞こえていた。
「まだ戦えるんだろ? もっとやろう」
今は光のナイフだが、実は上の段階もあるし、なんなら三大奥義も控えているけど機会はまた今度。
ちょい稽古つけるかなって気分。
「もうダメだぁ……おしまいだぁ……」
リヘーンは確信した。その気になれば、この場にいる人間を皆殺しする事さえ容易いだろう。
絶対に怒らしてはいけない……。
私はそうと知らず、そんな恐ろしいやつを貶めたんだ…………。
ガタガタ震えて泣き崩れるリヘーン。
「許してくれ…………」
「お、おい……。泣くなよ……。まいったな……」
すると、瞬間移動のように神官っぽい人が囲むように現れてきた。
アッセーを囲んだ十二人はすかさずアンクをかざし、地面に魔法陣を映し出して、複雑で重厚な術式に構築されていった。
教皇と思わしき豪勢な飾りを身につけたローブの人が神聖な杖をかざす。
「悪欲に身を穢し愚かなる悪魔の下僕に、神聖なる女神の審判を下せよ! 教皇として命ずる!」
アッセーを中心に広大な魔法陣が輝き、光の帯が噴き上げていく。
直感で感じる。かなり高レベルの浄化系で悪魔やアンデットは消し飛ぶほどで、悪しき人にも重篤な症状を与える。
なんかビックリマークがついた魔法陣がアッセーの目の前に小さく現れた。教皇が少し硬直。
「む……? これは……?」
ってかヤバい! エッチな想像とかしてるしバチ当たりそう!
「ま、待ってくれ!! それは勘弁してくれ~!!」
「問答無用!!! 裁かれるが良いっ!! 極悪人めっ!!」
アッセーの慌てようにも構わず王様が怒気を孕んで下す。それに教皇は戸惑っている。
「本当に発動して……よろしいでしょうか?」
「構わぬっ!! いいからさっさとやれっ!!!」
「はっ!」
なんか仕方なさそうに教皇は大仰に杖をかざして発動してきた。
「『神聖なる審判』!!!」
凄まじい地響きとともに光の柱が大きな塔のように天高く噴き上げられていく。遥か遠くからも分かるほどの眩い輝き。
悪人たちも萎縮しトラウマになるほどの威光。
徐々に光が収まっていって、ローラルはニヤッとする。
「ふふっ。これで一巻の終わりね……。よくて廃人かしら?」
しかし何事もなかったかのようにポカンとするアッセーに、ローラルは絶句し仰け反っていく。
同様に王様も教皇も人々も驚いて戸惑うしかない。
「教皇殿……! どういう事だ?」
「失礼ですが、発動前にビックリマークの告知魔法陣が浮かんでいました」
「それは何だ?」
「そ、それは……『効果はないけど発動しますか?』という告知です……」
王様は愕然とする。
「効かない……。つまりぜんぜぇん悪くない純粋な人間……?? バカな……?」
教皇も頷くしかない。
アッセーは後頭部をかきながら「え、えっと?」と戸惑う。
「あのさ、オレはエッチな事を想像したりするんだけど……? だ、だから……それで罰が下るかと……」
「それは関係ないですよ。そもそも生物本来の生理現象です。もしも貴方が女性の意思を無視して強引に性交を行おうとする邪な心とかあれば裁かれていたでしょう」
すると、ダンッと王様がベランダから足踏みしてきた。
「悪魔と契約して、その強さを得ているのではないのかっ!?」
「それだったら、今ので裁かれたんじゃ……?」
「うぐ……! ぐぐぐ!」
すると王様はなんかの呪文を唱えてきた。
アッセーの背後で召喚魔法陣が浮かんできて、死神のようなのが這い出てきた。
破けた黒い布みたいなのが触手のように蠢いて、アッセーをグルグル巻きに絡め取っていく。
「極悪人よ! 五劫の擦り切れほどに苦痛を味わう地獄へ落ちるが良いっ!! 『永劫奈落陣』ッ!!」
下の魔法陣が黒く混濁した穴に広がっていく。怨霊のようなのが呻きながら漏れ出てきて、ゾッとするような悪寒が走る。
奈落へ引きずり込もうとしているんだ。
「王様のくせになんて邪悪な術を……」