3話「悪役令嬢に婚約破棄された!?」
両親はアッセーとリッテが仲良くなったのを喜んでくれた。
「アッセー様はもう婚約されているんですね」
「ああ。どうもそうみたいだ」
兄様が部下のようにアッセーに付き従っている。
──ともかく、長兄リッテが家出した事で婚約するのが弟のアッセーになったわけだ。
いわゆる貴族たちにとって政略結婚である。
「階級が下のクルナッツ家では、選択肢がそもそもありませんね。アッセー様も容姿が優れているので、上の階級の貴族様から婚約を申し出たらしい」
「向こうの末妹と余り物同士……か」
「それでもですよ!」
リッテ兄様が目を移すと、花畑広がる庭園に一人の少女がいた。
青髪ロールの美少女で年頃は六歳。
「ベータブル家の三女ローラル嬢様は大変美少女で、長女次女も妬むほどのものですね」
「タイプじゃねぇな……」
婚約者という事で度々会いに来る仲。
「こんにちは。お待たせいたしました……」
「遅いわね! アッセーは下の貴族なんだから、朝から突っ立ってなさいよ!」
美少女の顔が醜悪に歪む。六歳とは思えない。
前々からワガママだったが、倍の倍くらい悪化しすぎてる。向こうの家庭事情どうなってんだよ。
ローラルはつかつか歩み寄るなり、アッセーの頭を地面にまで押し付けて足蹴。グリグリする。
「頭が高いわ」
据わった目で足蹴グリグリを続ける。
そんな弟にリッテは口出しする事にした。
「これくらいにしないと……」
「はぁ? 何様? リッテだか知らないけど、下の者はでしゃばんな」
ようやく足蹴から解放されて、アッセーは頭を上げる。
フンと鼻息をついたローラルは庭園のイスへ戻っていって、丸テーブルの紅茶を優雅にすする。
「婚約してあげてやってんのよ。そこで土下座したままじっとしてて」
「いやだ。さっきので好感度は最悪だぞ」
「……は?」
アッセーは頭を手で払って、きっぱり言い切る。ローラルは醜く歪んで睨んでくる。
「こんなクソ女と結婚したくねぇって」
「く……クソ女!? 聞くも堪えない汚い言葉っ!! 何様よっ!!」
「お前の方が汚い事してるじゃないか」
ローラルはカップを投げて紅茶をぶちまけてきたが、念力で弾いた。向こうから見れば、見えない壁に弾かれたように見えるだろう。
砕けた破片と紅茶が地面に散乱。
「婚約破棄よ!! 婚約破棄っ!!」
まさかローラルがそんな事を言いだした。
いわゆる婚約破棄モノが向こうから言い出すなんて思ってもみなかったぞ。
「婚約破棄された貴様は平民同然となって、みすぼらしく生きる事ねっ!」
「別に構わねぇぞ」
「なっ!!?」
「オレは冒険者としてやっていくつもりだぞ。兄様いるし問題ないし」
なんでもないとあしらわれたとプライドを傷つけられたローラルは怒りに震えだした。キー!
「婚約破棄よっ! 婚約破棄よっ! こんやくはっきー!!」
「うん」
六歳だからか、激情のままに語彙のない罵倒を繰り返してきた。
これが一番悔しがらせると思っての事か……。
「婚約破棄いいいいいいいいいいいッ!!!!」
大きく口を開けて絶叫するローラル。
「お取り込み中失礼……」
すると、今度は九歳の王子様のような緑髪イケメンが歩み寄ってきた。
なんで来てるんだよ。呼んでねぇのに。
「フッ! じゃあローラル嬢様は私が頂こうか」
「まあっ! 勇者の末裔であるアルンデス王族の三男であるリヘーン様っ!」
「婚約しよう」
「望むところですわっ!」
キラキラ光飛礫を撒き散らしてるかと思うほど、二人が優雅にダンスしながらくっついていく。
そしてリヘーン様はこちらを見てきた。
「君は婚約破棄されたんだから、自由だよ」
これでもかというほど婚約破棄を突きつけてくる。
三歳児相手に、六歳児と九歳児が何を言っても両家の親が決めたんだし覆らないが……、こんな事なら覆ってもいいよな?
────そして十二年もの長い時が流れた……。
その間にコソコソ特訓したのもあるけど、体の成長に伴って武力は本来の三〇万に戻せたぞ。
そして今のアッセーは十五歳である。見た目は十歳。異世界でも成長が遅れてるのは相変わらず。
今は王城で貴族たちの会合だ。度々行ってるので少々めんどくさい。
「ん? 婚約者と王子様が一緒……?」
アルンデス王城の大広間で、十八歳のローラルと二十一歳のリヘーンが階段から降りてくる。
すると無数の写真をばら撒いた。バサッ!
「ローラル令嬢に働いた悪行の数々、許すずまし! もはや言い逃れできんぞっ!」
「ええ! 強引に襲ってきた所をリヘーン様が助けてくれなかったら……と思うと怖いですわ!」
怯えるローラルに、怒りを滲ませるリヘーン。
ばらまかれた写真を手に、周囲の貴族はどよどよ騒ぎ出す。
アッセーらしき男がローラルをイジめているシーン、裸に剥こうとする下卑たシーン。よくここまででっち上げるほど不自然に撮られた写真だ。
……写真に写る偽者のアッセーがブサイクの太ったオッサンなので、少しは本物に近づく努力しろよって思ってしまった。
「貴様は婚約破棄だっ!!」
親によって決められた婚約を、ようやく破棄する権利を手にした彼らは今ここで宣言してきた。
今日までローラルとの婚約は覆らなかったが、こうして変われると信じて……。
そして物々しく兵士たちがやってきて、アッセーを取り押さえていく。
「あははははは! ぶざまねぇ!!」
「ククッ!」
悪辣に笑うローラルとリヘーンを尻目に、アッセーは封印の魔枷をはめられて連行されていった。
証拠が偽物でもできるんかい、と呆れたまま……。
本当は本気出せば脱出も自由にできるんだけどさ……、とりあえず茶番に付き合うか。