2話「なんか兄様を分からせてしまった!」
どこかで聞きつけたのか、次男のアッセーが三歳になった頃に十五歳の長兄リッテが帰ってきたのだ。
大体は想像がつく。
アッセーが継いでしまうと、大きな家とか資産とか手に入らないから慌てて戻ってきたらしい?
兄様が帰ってきてから、その翌日にガチャリとドアが開けられた。
「剣の訓練に付き合ってあげるよ」
自分の部屋で勉強していたアッセーに、リッテは木刀を持ってきて誘ってきたのだ。
コクッと頷いて、兄様の後をついて行って広い外へ出る。
メイドたちは「まだアッセーさまは三歳なのに……」とおろおろ。
砂煙が流れる稽古用の広場。
アッセーはリッテと対峙して、ともに木刀で構える。アッセーはリッテの顔が卑しい笑みに歪んでいたのを目にしていた。
たぶん、イジメる気なのだろう。三歳児相手におとなげない……。
「軽く行くよ~!」
リッテは素早く間合いを詰めて、両手持ちで木刀を振り下ろしてくる。
言葉とは裏腹に容赦ない強撃。実際の三歳児が受けたら大怪我しかねない。
しかしアッセーは片手での木刀をかざして受け止めた。
「ほう!」
ニヤリと笑んでくるリッテ。僅かに動揺が表情に窺える。
「ふっふっふ。マグレかどうか試そうか!」
「いいよ」
今度は左から横薙ぎ、右斜め下ろし、右横薙ぎと三連続。アッセーは完全に見切っていて片手での木刀で防ぎきる。
そして今度はさっきより力を込められた鋭い突き。段違いに速く、不意に右肩へ食らってしまう。
すっ飛ぶアッセーは地面を転がって滑っていった。
「あ~すまんすまん。力んでしまってね……」
メイドたちが「ああっ! 坊ちゃん!」「アッセー様!」「あわあわ」と慌てている。
「ううん。ビックリしただけだよ」
アッセーは難なく立ち上がる。
右肩をパンパン払って土煙が舞う。そしてリッテを見据える。
恐らく狙いとしては利き腕となる肩を潰そうとしたのだろう。それも骨折させるレベルで。
二度と剣が握れなくなってトラウマになれればしめたもの、と。
「……おい。アッセー? ……大丈夫なのか?」
心配しての事じゃない、強撃が効かなかったのを不審に思ってる。
「ああ。大丈夫だぞ。続けよう」
これ見よがしに右手の木刀をブンブン振るう。
確かに軽く殴られたくらいの痛みはあったけど、そんだけだ。
「兄様。今度はこっちの番からいっていい?」
「……いいぞ。来い」
憮然としたリッテは本気そうに身構えて、全身からオーラがこもれ出る。
アッセーはひと目で分かった。
間違いなく兄様もどっかの英雄の転生者。手馴れた剣術に滞りなく流せるオーラ。魔法の腕は不明だが、幼いまま家出しても無事に生きていけるだけの腕前はあった。
「流星進撃!! 三連星!!」
剣を正眼に構えたアッセーは背景に夜景を宿し、流れる三筋の流星を軌跡として放った。
思わず見開いたリッテはかざした木刀を砕かれ、三撃を身に受けて沈んだ。
「がっは……!!」
激痛で苦悶に悶え、転がっている。ポカンとするメイドたち。
まさか十五歳が三歳児にボロ負けするとは……。
……アッセーは反省。かなり手加減したのに、三ヶ所骨折とかやべぇ。
父には怒られたが、兄様はこっぴどく怒られた。それほど厳しく言ってこない理由は分からないけど、兄弟揃って異世界転生でなんとなく察する。
狙って異世界転生させたな……。
「とはいえ、赤子から一〇万武力のオレを相手に、四万武力の兄様じゃ結果は分かってたが」
四万武力って、騎士隊長を務めるくらい相当なエリートレベルだ。
この世界大半は一万以下が圧倒的多数。数多くのギルドでごろごろいる冒険者もそんくれぇだ。
ごく僅かな万クラスの冒険者はS級レベル。
数千の武力はベテランレベルでC~A級……と聞いている。
兄様はしばらく部屋に閉じこもってる。怪我自体は回復魔法で治ってるけど、精神的な理由かな?
──翌日。兄様がコソコソ部屋から出てきたので、アッセーは見計らって瞬間移動のように会いに行った。
「おはようございます」
「ひいあああああっ!!」
なんかオバケを見るような驚きようで、リッテは飛び上がっている。
「兄様。また剣の稽古をよろしくお願いします!」
「や、やめてくれー!! 頼む! 意地悪して悪かったっ!!」
にっこり頭を下げると、怯えたリッテは勘弁だとばかりに首を振る。
「えー、右肩いたかったよぉ……?」
「ごめんごめん!! ちっと嫉妬してしまって! お願いだから、勘弁してー!」
「家を継ぐんだよね? そこで話をしたいんだけど……」
「わああああっ!! ごめんなさいいいいい! 譲ります譲りますうううう!!」
土下座してペコペコ頭を下げ続ける。よっぽどトラウマなのか……?
「あのさ、そうじゃねぇんだけど……」
「卑しくも次男に資産とか取られたくなくて帰ってきただけです! まさかこんな強いなんて思っても見ませんでしたああああ!!」
「おい! 話聞けよ!」
据わった目でドス効かせると、リッテはビクッと身を震わせる。
かくかくじかじか話した。
「……そういう事なんですか」
「ああ。オレに貴族なんかに性が合わねぇ。だから帰ってきてくれたのは嬉しかった。兄様が継いでくれりゃ自由になれっからな」
「そうなんすか……」
落ち着いて分かってくれた。
「アッセー様! これから協力して差し上げます!」
アッセーを前に跪いて、右手を胸に当ててキリッと顔を上げてきた。
どっちが兄で弟か分からんくらい立場逆転したぞ。まぁいいか。