第9話
しばらく歩いてついたのは小綺麗な印象の建物だ。外壁に商業ギルドの看板が出ている。
中に入るとやはり小綺麗な印象だ。全体的に白っぽい色で統一されている。
「こっちだよ」
カルミアさんの後ろを歩いて付いて行く。
受付のカウンターで番号の書かれた木札を受け取っている。中に設置されていた椅子に座る。硬いが装飾が施されている少し良い椅子だ。
窓から通りを眺める。程ほどに活気のあるいい町だ。
「105番の番号札をお持ち方、3番の部屋までどうぞ」
「呼ばれたよ、まぁ暫く待つことになるけどねぇ」
肩をすくめながら立ち上がったカルミアさんに差し出された手を握り立ち上がる。手を握られたまま部屋まで歩く。
「お茶でもしておこうか」
バスケットからカップを取り出し机に置くカルミアさん。勝手に飲食していていいのだろうか?
「待たせるのも商人連中の常套手段だからねぇ」
カルミアさんは面倒臭いなという顔をしながらそぉれ、と気の抜けた声でお茶を出す。
皿に載せられたサンドウィッチとやらを差し出されたので受け取る。
「あら、」
甘く優しい香りだ。紅茶ではないようだ。
「マトリカのお茶だよ」
「リンゴのような香りがしますね」
口に含むとスッキリした味わいが広がる。
隣を見ると蜂蜜を垂らしているようだ。
「お嬢さんも要る?甘くしても美味しいよ」
差し出したカップにとろりと蜂蜜が垂らされる。ティースプーンが無いので水魔法でお湯の動きをコントロールし撹拌する。程よく混ざって飲みやすい温度になったマトリカのお茶を再び口に含む。先程とはまた違う味わいになっていますわ。
「私、甘い方が好みですわ」
「私も〜」
サンドウィッチに齧り付くカルミアさん。はしたなくはありませんか!?
「これがサンドウィッチの正しい食べ方だよぉ」
口の中のものを飲み込んでから解説してくれた。正しい食べ方……正しいのであればそれが作法というもの……?
「ガブッといっちゃって」
そう言ってカルミアさんが二口目を齧る。
「で、では私も……!」
サンドウィッチを手に取り噛り付く。野菜は瑞々しく、挟まっているお肉との相性がとても素晴らしい。
「美味しいですわ」
暫くの間、二人で黙々と食べているとノックの音がして扉が開いた。
「お、今日は早いねぇ」
「……お茶会始められてしまいましたか。今日はそこまでお待たせしていなかったと思いますが」
部屋へ入ってきた人物は眼鏡をクイッと上げる。
「いやー、お昼ご飯がまだだったからねぇ」
カルミアさんはバスケットから取り出したクッキーの入った小袋をひらりと振る。
「賄賂は受け取りません……が、それとはそれとして買います」
「まいどあり」
この町の住民は皆お菓子が好きなのだろうか??
こほん、と少々わざとらしい咳払いが響く。
「それで、本日のご用件は?」
「弟子を商業ギルド新規で加入させたい。私が保証人」
成る程と頷かれる。
「あとそうだね、小さい家を斡旋してもらえるかな?無論店舗付きの」
「なんと……!少々お待ちを!」
興奮したように速足で退出して、扉が閉まって見えなくなった瞬間走っていく音がした。
カルミアさんは優雅にお茶を飲んでいる。
「あの?」
「前から滞在期間だけでも店を出さないかと打診されていたんだ。この町の皆は私のお菓子がとても大好きだからね」
ウインクされた。
「私一人だけなら問題ないんだけど。マドレーヌはさぁ、転移魔法使える?」
「私は使えませんわ。転移魔法を使えるのは確か私が元々居た国のお抱え魔法使いでも精々3人か4人か、それくらいしか使えませんわ」
……今、下の部屋から大歓声が聞こえました?
「カルミアさん、この部屋防音ですよね?」
「外の音は部屋の中に聞こえる仕様だから気にしたらダメだよ」
少し早まったかなぁと思っていそうな顔をしている。
「それで、転移魔法がどうしましたの?」
「転移陣があればマドレーヌでも使えると思うから固定で置いちゃおうかなって」
さらっと凄いこと言いましたわねこの方。
「……つまり転移陣無しでカルミアさんは転移魔法を使えるということでよろしくて?」
「うん、よろしいよ?」
にこりと笑っているが目が笑っていない。深く突っ込んでくれるなという無言の圧を感じる。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
再び扉がノックされて分厚いファイルを抱えた方が雪崩れ込んできた。
「こちら物件の資料です!」
「ありがとう。でも弟子の登録がメインだからそっち対応してね。こっちはこっちで勝手に見ておくから」
立ち上がって分厚いファイルを受け取り私の正面にどうぞと促している。
こほん、とわざとらしい咳払いをして席に着いた。
「えー、改めましてわたくしこの商業ギルドの副ギルド長をしておりますステリオと申します」
「私の事はマドレーヌとお呼びください」
「規則だと通名でも構わない、だろ?」
ぺらりとファイルの紙をめくりつつ口を挟んでくるカルミアさん。
「ええ、問題ございません。ではマドレーヌ様、規約を読んだうえでこちらに必要事項の記入をお願いします」
紙の束を差し出される。名前、年齢、住所……?
「先生、記入はお願いしても?」
「あー、そうだよな」
記入をカルミアさんに任せ、渡された商業ギルド規約の抄訳を読む。
成る程。加入することで得られる恩恵がかなり大きい。ただ、これは……。
「入会金、白金貨5枚分……」
「ええ、一括でお願いしております。あ、別に白金貨でなくとも大金貨50枚でも構いませんよ」
大金貨1枚は金貨10枚分だ。銀貨だと100枚分……つまり入会金は銀貨5000枚ということですわ。
庶民的にはそこそこ高そうな服が2着で銀貨1枚と銅貨3枚でしたから……平民が何年掛けて稼げる金額なんでしょうかこれ。
多少腕に覚えがあるとはいえあの森の魔物相手は苦戦しましたし。どうやって稼ぎましょうか……。もう少し装飾品を質屋に入れるべきでしたでしょうか……。
「はい、マドレーヌ。後はここに名前書いてね」
「ありがとうございます」
渡されたペンを使って名前を記載する。そのままステリオさんへ書類を渡す。
「はい、ええ、不備はないです。では複製しますね」
机の上に白紙と記載した書類を並べ、その上にペーパーウエイト型の魔道具が置かれる。
「各1部複製」
手を翳し魔力を込めたようだ。記載した書類が白紙に魔力によって転写される。
「複製された内容に間違いないかご確認ください」
読みやすいようにくるりとこちらを向けられた書類に目を通す。魔道具が乗っていた場所に魔力痕が割り印のように残っている。
「ええ、問題ありません」
「こちらでお預かりします。では入会金をお預かりしますね」
書類を眺めたままスッとカードを差し出すカルミアさん。
「白金貨5枚、これで」
「では保証人のカミラ様より白金貨5枚ギルドとして受け取ります」
ステリオさんもどこからか金色をしたカードを取り出しお互いに重ね合わせる。ふんわりとした青い光が発された。
「はい、確かに。マドレーヌさんの商業ギルド加盟者カードを発行いたしますので少々お待ちください」
先ほどとは違って恭しく綺麗な所作で部屋を出て行った。お菓子の魅力に取りつかれていませんかこの町の方……。
「あの、入会金は分割してお支払いします……!」
「ああ、まー、いつでもいいよ」
軽く手をひらひらとさせながら言われた。
「この家、内見に行こうかな」
「見せていただいても?」
差し出された書類に目を通す。町の外れにある庭付きのこじんまりとした一軒家といったところでしょうか。
「ハーブも植えられそうだし良いかなって。店舗で売るの面倒だからどこかに卸そう」
「店舗と小さめの台所、お手洗い付き、住居は2階に2部屋。庭に井戸あり。かなり条件が良い物件ですね」
お買い得だねぇと値段を見せられる。大金貨8枚と金貨3枚。入会金の敷居の高さが窺い知れますわね。
「賃貸で良いかなって思ってたけどこれならまぁ、買っちゃってもいいかなって」
この方、もしかして庶民としたら金銭感覚がおかしいのでは?私この方に金銭感覚を教わってはいけない気がしますわ。私はもう平民なのですから、一般的な庶民としての金銭感覚を身につけなければ……。
扉がノックされステリオさんが入室してきました。机の上に商業ギルド登録書類の控えを置かれる。
「まずこちら加入書類の控えです。大切に保管してください」
その上に真新しいカードが置かれる。
「こちらが商業ギルド加盟者カードです。万一、加盟者カードを紛失した場合はすぐに商業ギルドまで連絡をお願いいたします。口座にお金がある場合支払いにも使えますので……紛失してカードの機能停止前に他人に使い込まれた金額に関しましては返金することが出来ません。予めご了承ください。紛失した場合向けの損害保険もありますので検討して頂ければ幸いです」
保険に関する書類も置かれた。
「ギルドの加入について他に確認したい事などはありますか?」
「いえ、今のところ問題ありませんわ」
それは良かったですと微笑まれる。
「この家内見したいんだけど」
「今すぐ行かれますよね?」
食い気味だ。
「いや、今日はまだこの後用事があるから今日は良いかなぁ」
「そうですか」
ステリオさんが凄く落ち込んでしまった。




