第6話
「お嬢さん、着いたよ」
優しい声に顔を上げると腰に巻いていたロープを解かれる。先に立ち上がったカルミアさんに手を差し伸べられる。
「あ、ありがとうございます……」
手を取り立ち上がろうとして、腰が抜けていたため座り込みそうになる。慌てたように手を引かれる。みっともないところを見せてしまった。涙が滲む。
「焦らないで、大丈夫だから」
抱き寄せられそのまま背中を軽くリズム良く叩かれる。
「こ、子供じゃありませんのよ私」
「私からしたらまだまだ子供だよお嬢さんは。だから甘えていいんだよぉ」
それなら、いいか……甘ったるい声に溶かされる。思考に靄がかかったかのように感じる。
温かい。抱き寄せられたままそっと耳を澄ませば心音が聴こえ……ない?もっと良く聴こうと抱き締める力を強める。
「くすぐったいよぉ、お嬢さん」
やんわりと身体を離された。
「そろそろ立てそう?」
「ええ、問題ありませんわ」
一人で立ち上がる。
周囲を見渡すと蔓バラが絡まった柵があった。
「来たよぉ」
カルミアさんが声を掛けると独りでに柵の入り口が開いた。よく見ると蔓バラが動いて開けてくれたようだ。蠢く蔓バラにありがと〜と声を掛け進んで行くカルミアさん。置いて行かないでほしい。
目的地はそこまで遠くなかった。
カルミアさんが指を組んで祈りはじめた。
……ああ、ここはお墓だ。もしかすると私も入るかもしれなかったお墓だ。
「名前すら分からなかった……」
七つの墓標が並んでいる。簡易的な十字が立ててある。
「……彼女達もきっと名前に未練などありませんわ」
国と家に捨てられた彼女達は家名を名乗る事も出来なくなっていた筈だから。きっと捨てられた相手に貰った名など未練は無かった事でしょう。
ただ、怖かっただろうとは思いますわ。暗い暗い森の中、延々と襲い来る魔物の群れと得体の知れない魔女が居るという事実は。とても怖かっただろうし魔物に殺されるのは想像できないくらい痛かっただろう。
「眠れる魂に平穏を」
膝を付き指を組み祈る。せめて彼女達が安らかに眠れる様に。
そうだ、花を植えましょうか。眠る彼女達が寂しくないように。少しでも慰めになるように。
杖を取り出し集中する。そうね、四季それぞれに咲く花を何種類か植えましょう。あと見守るようにカルミアを。優しい魔女がこれ以上傷付きませんように。これ以上私達と同じ運命を辿る娘が出ませんように。
願いを込めて詠唱し、祈りを込めて杖を振った。咲いた花の花弁をさらって森の中を風が吹いていく。靡く桃色の髪を耳に掛ける。
「ありがとう……あのね、お嬢さん。この先を真っ直ぐ進んで行くと森を抜けて街道に出るんだ」
カルミアさんがバスケットを私に押し付けつつそう言う。
「あら、私を厄介払いされますの?」
「そうじゃないよ……でも人間は人間の中に居るほうがいいんでしょ?この先の町ならお嬢さんが来た国と別の国な筈だから、だから……」
カルミアさんはどこまでも優しくて、そして残酷だ。
「大丈夫、私の匂いがするから魔物には襲われない筈だよ」
そんな事は心配していない。追い払うか逃げ切るくらいなら私にも出来る。
「私は、貴方と一緒に居たいのよ」
「一時の気の迷いだよお嬢さん」
寂しそうに笑うくらいなら言わなければ良いのに。
「では私の一時の気の迷いが終わるまで一緒に居させてくださいな。魔女にとって人間の寿命など短い物でしょう?」
「えー……まぁ、そう……だね……?」
丸め込んで言質を取ろう。時に魔女の言葉はそれだけで強い制約となる。
「じゃあ、お嬢さんの気が変わるまでは一緒に暮らそうか」
勝ちましたわ。
「では、これからもよろしくお願いいたします」
「うん。じゃあとりあえず町に行こうか。お嬢さんの服とか日用品とか買いに行こう?」
手を掲げ箒を虚空から取り出すと宙に浮かべ指をくるりと回した。あら?馬……?小柄で脚がガッチリしたお馬さんですわ。栗毛で黒い斑が入っていてつぶらな瞳をしていますわ。
「かわいいですわね」
「幻術の応用ってところかな。森の中向きじゃないけど街道なら使いやすいよ」
腕を広げてこちらを見るカルミアさん。大胆ですわ……!
「いや、あのねお嬢さん、ハグ待ちではないからね?」
「あら、違いましたの?」
違うよぉと言うので渋々身体を離す。
「ちょっと失礼」
脇の下に手を差し込まれ馬上に抱え上げられる。乗り心地が箒と同じな気がしますわ……?
先程幻覚の応用とおっしゃっていましたがどうなっていますのこれ?
「馬に見えてるだけで実際は箒だからねぇ」
「……抱え上げる必要は無かったのでは?」
箒の高度を下げればよかったのでは?
「あ……そう、だねぇ?」
抜けているカルミアさん可愛らしいですわ。
カルミアさんが前に乗って進み始める。あら、これはさっきよりも速いのでは!?
「すぐ着くからねぇ」
「この速さならそうでしょうね……!」
落ちないように必死に抱き着く。
「町の手前で速度落とすからねぇ……あと喋ると舌噛むよお嬢さん」
更に上がる速度に意識が遠のいていく。
ああ、本当に何でこんなことに……。




