第4話
「おはよう、お嬢さん」
目を覚ましたとき目の前に魔女の顔があった。
「ひぁ!?」
「元気ー?元気そうだね、うん。元気なのはいい事だ」
飄々としてる言葉とは裏腹に眠そうに目を擦っている。
「あ、あの……」
「ああ、顔洗って準備したら朝食にしようか」
彼女はスルリとベッドから抜け出し伸びをした。くるりと指先を廻すと魔法で生成された水が顔を撫でていっている。
少量の水とはいえ寝起きに無詠唱で無から生み出して操っている。やはり強いのでは?
あら?無から……?昨日泣いて有耶無耶にお開きにさせてしまったお茶会で、彼女はお菓子をどうやって出していたかしら?
確か「そぉれ!」そうそう、『そぉれ!』と杖を一振り……あら?今更ですけどもしかせずともこの方、規格外の力の持ち主なのでは……?
通常、無から何かを作る魔法は難しい。
例えば先程のように水を作るのであれば空気中の水分が魔法の核になってくれる為、比較的作りやすい。適性が低くとも正しい魔法陣と正しい詠唱をすればコップ1杯程度の水であれば作り出すことは出来るでしょう。でもお菓子、それも複数種類を同時にとなれば難易度は桁違いに高い……一体どれ程の魔力量と制御力を持っているのか……。
「お嬢さん、まだ眠いの?」
いけない、考え込んでいましたわ……!
「あら、失礼いたしましたわ。寝起きでぼーっとしていたようですわ」
ベッドから抜け出し頭から爪先までクリーン魔法を掛ける。着替えたいですが着替えなんてものはありませんので我慢いたしますわ。
「お待たせいたしました」
「朝食を食べたら出発するからねぇ」
彼女がパチンと指を鳴らしお湯を沸かし始める。そのまま流れるように窓を開放する。屋内に朝露に濡れた植物の香りが漂う。
「そういえば名乗っておりませんでしたわね。私の名は」
「魔女に名乗る気?お嬢さん正気?」
被せ気味に止められてしまいました。
「しばらく一緒に暮らすのであれば名前がないと呼び掛けるときに困りますでしょう?では……マドレーヌとでもお呼びくださいな。好きな焼き菓子の名ですわ」
「ふはっ、それならいいね。マドレーヌ、美味しいよね。あと私の呼び名なんて何でもいいよ」
何でもとなると逆に難しく感じる。
「では、何でもいいのであれば……私だけの呼び名をくださいな」
「欲張りだねぇマドレーヌお嬢さんは」
そう言って彼女はお湯をティーポットに注ぐ。ティーポットを見つめたまま少し考える可愛らしい仕草をする。
「じゃあ……カルミア。お菓子みたいで可愛い花の名前だよ」
「まぁ、お花の名前なんですのね。素敵ですわ、カルミアさん」
キラキラとした注がれるお茶を目の前に置かれる。よく見ればカップに入った後もキラキラと輝いている。
「星屑のお茶だよ」
「いただきますわ」
一体どんな味がするのかしら……あら、甘い香り。口に含む。
「!?」
ビクリとしてしまった。口内で何かがパチパチと弾けている。何かしらこれ?
「楽しい?」
「ええ、とても独創的なお茶だと思いますわ」
目を細めて良かったと彼女は笑った。
「朝食はどれくらい食べるのかな?好きな量取って食べてね。余った分はお昼用に持っていこう」
テーブルの上にはパンとサラダとスープが置いてある。余った分を持っていくという事はスープは飲んでおいた方が良いわよね……?
久しぶりに食べる温かい食事に涙が出そうになりましたが昨日と同じ轍を踏まないようにグッと堪える。パンも柔らかい。なんて素敵なんでしょう。
「ゆっくり食べていいからねぇ」
こちらを見る彼女は優しい顔をしていた。例えるなら、そう。協会のシスターのような、誰かを慈しむ顔だ。
朝日の入る窓の下で星屑のお茶をゆったりと飲むカルミアさん、とても絵になって素敵。言葉で表すには語彙が足りませんわ……!もっと詩の勉強でもしておけばよかったかしら。
朝日で長い睫毛は煌めき伏し目がちの瞳を彩って……お茶で温まったのか血色の良くなったバラ色の頬と白いお肌は滑らかでマシュマロのよう……駄目ですわ。語彙が何か駄目ですわ。
溢れる吐息が大変甘いですわ……!悩ましいですわね!
「私の顔ばっか見てないで食べなよお嬢さん」
いえ、これは苦笑されていただけでしたわ。
「…………はいぃ」
「声ちっちゃ」
そういえばこれは実質的に巷で話題の好きな方の手料理というものですのね。それはもう一緒に食べれば相乗効果で好きが加速度的に大きくなりますわね。
今になってようやく元婚約者の方の気持ちが分かった気がします。人を好きになると世界が美しく見えると言っていた意味も。こんなにも世界を美しいと思える日が来るなんてあの時は知らなかった。
私は今、とても幸せです。




