呼吸
6億回。人が一生のうちに呼吸する回数は、平均してそれくらいなんだそうだ。馬鹿げていると思った。じゃあ、毎日息を切らして走っているスポーツ選手は、自堕落にベッドで毎日を殺している僕よりも早く死ぬのか?誰が誰のデータをとって、導き出した数字だっていうんだ?その人がどんな子供で、どんな人を好きになって、どんな時に呼吸を荒らげて、誰の胸のなかで落ち着いて、誰の名前を呼んで生きてきたのか、分かっているつもりなのだろうか。
隣で寝ていた女にこの話をしてやると、「じゃあ長生きできるように、これからは毎日深呼吸で生きなきゃね。」と笑った。ああ、なんて実直で、馬鹿みたいに綺麗な顔で笑うんだろうと思った。同時に、そうまでして生にしがみつく醜さが、僕の鼻をつんと刺して、その日は布団を顔まで被って寝た。