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終章 最終決戦、そして旅の終わり




 ――朝がやって来ました。おはようございます、ピカラでございます。いよいよ魔人界突入ということで、少年少女らは謎の遺跡へ足を踏み入れました。

 内部はいたって単純構造。だだっ広い七角形の部屋の中央に、魔人界への転移装置であるクリスタルが設置されています。

 転移装置には五棘エスピーナによるバリアが張られていますが、五棘エスピーナを倒した者が現れると、自動的に消える仕組みになっています。


「てめーら、準備はいいか? せーの、で行くぞ。……せーの!」


 五人と一匹は、かけ声に合わせてクリスタルに触れ、魔人界へと転移しました。


「………………はぇ?」


 オウレン様らしかぬ、気の抜けた声。


「もうついたの?」


 幼子のような問いかけをするマロウ様。


「みたいだね」


 ケロッとしているシンジュ様。

 残るティリオ様とプニカ様も拍子抜けしたご様子でした。

 魔人たるわたくしなどはスピーディーで快適と思うのですが、自身の足を頼りに旅をしてきた勇者一行には少々味気ない瞬間だったようです。

 しかしそれも、魔人界ソサエティーの街並みを視界に入れるまでのこと。


「……きれーなところ、だね……」


 プニカ様が躊躇いがちに言いました。敵である魔人の本拠地に抱くとしては、複雑な感情だったのでしょう。

 そうはいっても、事実、魔人界は美しいのです。

 色とりどりのクリスタルと、植物と、大地。それが我が魔人界ソサエティーのシンボルと言えるでしょう。


 さて、そもそも魔人界とはどこにあるのか? 答えとしましては、人間界の三大陸に囲まれた海洋の真下に位置する亜空間にあります。広大な亜空間の一部を、円形に区画整理した部分が、我々魔人が暮らしている都市、《ソサエティー》です。円形部以外は、手つかずの亜空間のままとなっています。


 亜空間には想が結晶化した結晶物、想結晶が豊富にあります。その想結晶に加えて、エリーネルン様とロクレア様のお力によって快適無敵な都市となっています。

 天井には、エリーネルン様が生やした二種類の地衣類があり、日中は太陽、夜間は月星として光を注いでくれます。豊かに植生している植物は全て、エリーネルン様から栄養を得られ、ロクレア様が自身の無幻【天地創造】で整地した天上天下の大地からも養分を得ています。

 仮にお二人が儚くなられたとしても、想結晶がある限り、ソサエティーの楽園が壊れることはありません。惑星が死せる日まで安泰でしょう。


 街は五つのエリアに分かれています。居住エリア、ショッピング・娯楽エリア、工場・研究エリア、軍事・司法エリア、そして中枢・政治エリア。

 中枢・政治エリアを除く四つのエリアは、担当する五棘エスピーナのシンボルカラー(赤、青、白、黄)をしていまして、クリスタルを模した建造物もシンボルカラーで統一されています。

 中枢・政治エリアは、街の中心にあります。紫色の巨大なクリスタルクラスターの上にお城が乗っているという、大変目を引く外観をしているということはつまり、


「あれが魔王エリーネルンの居城か」


 ――そういうことになります、はい。ティリオ様のおっしゃった通りです。


「行こう」


 ティリオ様が駆け出し、他の皆さんも後に続きます。


「ピカラ、危ないから絶対わたしから離れちゃだめよ?」

「ナ~ゴ」


 街に魔人はいません。わたくしを除く一般魔人達は、無事、地上で倒されました。

 魔人がいなくとも、街は回ります。人間界で人の手で行われているような仕事は、魔人界では全て想を用いた科学――総科学によって自動化されています。

 ですから例えば、人間がこの魔人界で生活をしても何ら問題はないということですね。

 人間界からの転移装置からエリーネルン様の居城へは一本道となっており、あっという間に到着してしまいました。

 とはいえ、居城部へ行くにはまず、クリスタルクラスター部分の各階層を守護する門番――ネルンソルダ達を倒さなければなりません。

 親衛隊である五棘エスピーナを倒したとはいえど、魔王を守護する者が一人もいないとあっては少々味気なく、不格好ですからね。


 まず、一階。エリーネルン様より与えられた膨大な想を、斬撃と体力に割り振った剣士――イプシィ様と、狭い一本道での戦闘。

 二階。エリーネルン様より与えられた膨大な想を、打撃と素早さの二つに割り振った拳士――ウイミ様と、石のリングで一対一の戦闘。

 三階。エリーネルン様より与えられた膨大な想を、防御と盾の耐久性に割り振った戦士――エスカペード様と、防壁を挟んでの戦闘。

 四階。エリーネルン様より与えられた膨大な想を、攻撃力と命中率に割り振った弓使い――フェリア様と、三つに分かれた通路から狙い撃たれての戦闘。

 五階。エリーネルン様より与えられた膨大な想を、回復のみに割り振った回復士――グラウス様が、迷路になった階層をただひたすら逃げ回り、それを必死で追いかけ回しての戦闘。

 六階。エリーネルン様より与えられた膨大な想で、自身の分身を生み出し続ける想術師――シュゾン様とすし詰め状態になっての戦闘。

 地味に厄介な戦いを勝ち抜き、勇者一行は魔王城へとたどり着きました――。


 魔王城の扉が開かれた。

 その扉が〝人間〟の手によって開かれたことは未だかつてなかった。

 開門の音を玉座で聞いていた魔王エリーネルンは、天を仰ぎ、息を漏らす。その身を玉座にうずめた。上質な背もたれに身体を預け、深く脱力する。

 我知らず身を乗り出し、固唾を呑んでいたらしい。


(魔人類の王たる者がこの有様では、あの子らに示しがつかぬというものだ)


 エリーネルンは漆黒のドレスの裾を翻し、長い足を組んだ。横柄に、けれども気品を漂わせながらふんぞり返った。

 階下から、エントランスを抜け、階段を駆け上がる侵入者達の足音が響いてくる。人の身でありながら魔王城の扉を破った者達――勇者一行の力強い、希望に満ちた足音だ。

 階段の先こそがここ、エリーネルンが待ち受ける玉座の間となっている。

 足音が止んだ。

 玉座の間の扉が開け放たれる。

 勇者一行の姿が現れた。

 まずティリオが、次にその両脇に立つプニカとオウレンが、最後に、その二人の傍らに立つマロウとシンジュの計五人のパーティー。

 一様に油断なく身構える勇者一行を――否、その背後に幻となって現れた五棘エスピーナとネルンソルダ始めとした魔人達――ティリオ達に倒された全魔人が「ようやく、あなた様の番ですよ」と笑う姿を認め、エリーネルンは微笑んだ。万感の思いを噛みしめていた。


(――お前達、よくぞ……)


 それは魔人達への労いと感謝の言葉。そして続く言葉は言うまでもないだろう。


「――よくぞここまで辿り着いてくれた。勇者達よ……!」


 それからエリーネルンは、魔王らしく、全生物の生存本能を脅かすような声で言った。


「さあ前に出よ。そして跪き、頭を垂れるがよい」

「妾に手向かった褒美だ。首を刎ねてやる」


 魔王がそう勇者一行に宣った後、戦いの火ぶたは切って落とされた。


      +++


 この世界には人間と魔人が存在している。

 しかし魔人はこの星の生まれではない。では彼らはどこからやって来たのか。

 魔人は別の惑星からやって来た人型生命体だった。それもこの世界の人間達とよく似通った人型生命体だった。

 彼らの惑星は滅んでいる。彼らは高い知能と優れた技術力を持っていたが、他を省みず、己さえよければいいという傲慢で利己的な性質により、自ら破滅の道を歩んだ。

 わずかに生き残った者達が移り住んだのが、生まれたばかりのこの星だった。

 彼らは自分達が余所者であることを自覚していたため、地上に住むことはせず、調査の結果発見した亜空間に住まうことにした。


 また、母星を滅ぼした戒めとして、自分達がこれ以上増えないようにと生殖機能を失くした。

 その際に用いたのが、彼らの惑星で発展した独自の技術――超魔科学。科学と魔法を融合した神をも凌駕する力を使い、超魔改造人間という長寿な生物になった。

 自分達を心底嫌悪していた彼らは、元の姿を捨て異形の姿になることを選び、亜空間で慎ましい隠居生活をしていた。


 二千年が経った頃、この星に隕石が衝突した。巨大な隕石は亜空間にも影響を及ぼし、彼らは全員滅びかけた。その際のショックで、それまでの記憶、文化、技術がリセットされてしまい彼らは赤子同然になる。この赤子状態が、後に発展した魔人達の文明で幼年期と称されている。


 彼らは、赤子同然の状態から成長するにつれ自我を持ち、自らが持つ力(肉体的強さと超常的強さ。この超常的強さは後に無幻と呼ばれる)や、他の存在、世界に触れていった。いつの頃からか自分達を魔人と認識し、魔人文明を築いていった。


 ――そして現在に至る。


 さて、魔人文明で魔王となったエリーネルン・アン・ユファイン・シャールファンステンだが、彼女は元々、惑星移住と超魔改造人間化の責任者だった。それゆえ、超魔改造人間となる時には圧倒的な力の所持が求められた。これは、超魔改造人間達はもちろんのこと、移住先でいずれ生まれるだろう生物達や、自然環境の面倒を見るためだった。彼女と姉妹だったロクレア・タン・ゼンにも同様に、強大な力の所持がなされている。

 つまりどういうことかというと、エリーネルンはまず倒されないということだ。想の総量が膨大で底がない。こと戦闘において攻守回復に優れ、無幻を用いない通常攻撃の時点で誰も彼女に敵わない。そうなっている。

 魔人によって鍛えられ、五棘エスピーナといった強者である魔人達を倒してレベルアップしていようとも、勇者一行が敵う相手ではないのだ。

 では、どうする?


(――こうするより他あるまい)


 玉座に腰かけたまま、エリーネルンは勇者一行の相手をしていた。

 彼女が大木のように腰かけている玉座は、城中に根を張っている。根は、貯蔵庫にある体力回復と想力回復に特化した植物からエネルギーを吸い、無尽蔵に回復を繰り返す。

 そのため彼女を倒そうと思ったらまず、玉座か貯蔵庫を破壊する必要があるのだが、無論、そんなことを勇者一行が知る由もない。

 とういうわけで、エリーネルンは、事前にロクレアと打ち合わせていた通り、攻撃すると見せかけて、わざとティリオを壁際へ吹き飛ばした。


「……ぐ、がぁ……!」

「おやおや、その程度で吹き飛ぶとは他愛もない。勇者の力とはそんなものか! その程度で妾を倒そうなど片腹痛いわ!」


 ドスを利かせた声が玉座の間を震わせる。壁にめり込んでいたティリオが床へ落ちた。

 その時――


『ゆ、勇者よ……! わ、わらひが力と、なりまひょう……!』


 囁くようでありながら、力強く響く声とともに、玉座の床の一部が変化した。水面に水滴が落ちるように波紋が生じ、蹲っていたティリオを呑み込んだ。


「ちっ! ……ロクレア、あの裏切り者めが!」


 忌々しそうにつぶやいて見せたその裏で、エリーネルンはエールを送る。


(頼んだぞ、ロクレア! そしてピカラよ!)


      +++


 ――御意のままに! お世話様です、ピカラでございます。床に呑み込まれていくティリオ様の肩に駆け込み乗車してついて来ました。プニカ様の言いつけを破る選択でしたが、お目付け役としての立場を優先させていただきました。プニカ様、お許しくださいませ!

 さてさて、わたくしめとティリオ様が現在いる場所はというと、エリーネルン様の貯蔵庫でございます。こちらの部屋には力回復と想力回復に特化した植物がわんさか生えていて、エリーネルン様が負ったダメージや消費した想をたちどころに回復させています。

 そしてこちらに誘ってくださったのが、美しく逞しい大地のようなこの御方です。


『ゆ、勇者ティリオ……さん。わら、わたひは、最後の五棘エスピーナ、第五ノクイント・エスピーナのロクレア・タン・ゼン、れす』


 健康的な美貌を惜しげもなく披露されるロクレア様の姿はしかし、うっすらと透け、後ろの景色が見通せます。というのも――


『わらひは現在、この魔王城と同化していて、この姿は思念体のようなもの、れす。わらひは、人間達をおびやかやか、脅かす魔王のやり方に賛同できず、は、反旗を翻しましたのでした。そうは言っても、相手はおねーちゃ……じゃなくって魔王です。歯向かえば命はありません。ですので、こうして魔王城と同化することで難を逃れていました。それから、えーっと、えーっと……』


 台本に書かれたセリフの内容が飛んだのか、両の人差し指を左右のこめかみに当て、必死に思い出そうとしています。


『あ! 城に同化したわらひには、魔王を直接攻撃する術はありません。ですが、あなたたたった……あなた達勇者をサポートすることはできまふ! どうか、わらひの言葉を信じてくれないですでしょうか!』

「――わかった。信じよう」


 ノータイムレスポンス!!! さすがは疑うことを知らないティリオ様。第五ノクイント・エスピーナという明らかに強者であろう数字をもらっている相手の、しかも言わされている感ありまくりの言葉を即断で信じました! 話が早い!


『わぁ~~、ありがとう、ティリオ! 相変わらず素直ないい子ね~~。じゃあまず、この貯蔵庫に溢れている植物を燃やし尽くしまぁーす。できる? あ、安心して。すぐ私の部屋に移動させてあげるからね』


 すんなり信じてくれたからか、はたまた久しぶりの再会にテンションを御上げになっているのか、スオウ様モードがだだ漏れています。ハラハラ。


「……わかった。【樹脂発火】――乱れ斬り!」


 貯蔵庫を縦横無尽に跳ね回り、発火させていくティリオ様。


『はぁ~~い、ありがとう。じゃあ移動しま~……あっ。ゴホン! 移動させましょう、勇者よ』

「お願いする」


 来た時と同じように、ティリオ様とわたくしは再び床に呑み込まれていきます。

 わたくしは一人、胸を撫でおろしました。この場にティリオ様以外の誰かがいなくて本当によかったです。

 次に誘われたのは、前言通りロクレア様の私室でした。

 ロクレア様のお部屋は、壁と天井に一面びっしりとクリスタルが生えています。ベッドや椅子といった家具もクリスタルを加工したものを使っておられて、幻想的な雰囲気満点のお部屋に、ティリオ様は呆気に取られていました。


『勇者ティリオ……さん。こっ、これを受け取ってくださひ』


 スオウ様モードを封じ込めたロクレア様がそう言うと、床から一抱えほどの太さのクリスタルが生えてきました。フィンガースナップの動作をすると、音は不発でしたが、クリスタルが砕け、中から闇を固めたようなクリスタルが出てきました。

 ティリオ様はびっくりしつつも、しっかりと受け取りました。大きさ、太さともに、ティリオ様の二の腕ほどあるでしょうか。


「これは?」

『わらひがつく、作った、お……魔王を拘束するクリスタルれす。これを魔王に向かって放ってくださひ。魔王の想を食らって増殖し、魔王を強固に拘束してくれるです! これで拘束して、地道に体力を削って削って作戦をしまひょう! た、たぶん、あなた方がたが、魔王を倒すのには、さいてーでも一年はかかると思うので、あのご飯とかはわらひが用意します、ね……?』


 なんて長期戦な最終決戦なのでしょうか。でも仕方がありません。エリーネルン様という魔王の中の魔王は、それほどまでにお強いのですから。


「……一年……」


 さすがのティリオ様も、にわかには受け入れがたいご様子。かと、思いきや――


「いや、そんなにはかからないよ。それにこのクリスタルも必要ない」


 衝撃の発言とともに、闇色のクリスタルをイバラレイピアでバラバラに斬り裂いてしまいました。


『えーっ⁉』

「えーっ⁉」


 ついスナネコであることを忘れて、ロクレア様と同じリアクションをしてしまいました。

「大丈夫だ、ロクレア、ピカラ。おれが今日中に魔王を倒してあげるよ」


 儚く微笑んで、ティリオ様はあの言葉を口にしました。


「――【ポテンシャリティーツリー】」


 旅立ちの日に聞いた言葉。その言葉の意味をやっと、わたくしは知ることとなりました。

 それは――


      +++


(……なんという……)


 エリーネルンは度肝を抜かれた。

 ティリオが玉座の間に戻ってきた。思念体となったロクレアと、同行したピカラを引き連れて帰ってきた。玉座からの供給も止まった。そこまでは予定衣通りだ。しかし、その手に闇のクリスタルはない。

 ティリオの手にあるのは、神々しい光を放つ剣。瑞々しい幾千もの枝が絡まるようにして凝縮した、美しい樹木の剣だった。


「……ティリオっ!」


 プニカが、オウレンが、シンジュが、マロウが、口々にその名を呼んだ。壊滅一歩手前まで追い詰められていた彼らに力が戻った。あまつさえ漲っていくではないか。


(これもまた勇者の資質……いや、そうではない。あの剣から発せられる光が、仲間達を癒し、力を与えているのだ。あの力はなんだ?)


 プニカから再会の抱擁を受けているティリオを、エリーネルンは矯めつ眇めつ眺めた。


「みんな無事でよかった。戻るのが遅くなってごめん。ほらプニカ、ピカラも一緒だよ」

「ピカラぁ~んもぉ!」

「ゥナ~ゴ」

「……ンなことよりよぉ、そのご立派な剣と後ろの半透明な魔人は何なんだよ?」


 勇者一行の視線に晒されたロクレアの肩がビクッと跳ねる。


『わわっ、わらひは……!』

「第五ノクイント・エスピーナのロクレア・タン・ゼン。強力な助っ人だよ」

『は、はひ! そうなんれふけど、でも、あの……用意した助っ人アイテムは壊されちゃったんでふけど、ティリオさんに……』


 この発言にはエリーネルンが驚いた。事情を知らない仲間達にはピンとこない話であるし、それよりもまずロクレアが信用に値するのかが気になっていた。


(壊した……だと……? 妾とロクレアが出した苦肉の策を……?)


 ティリオ達に時間と労力を割かせてしまって申し訳ないが、これならばどうにか自分を滅ぼせられるだろうと思っていた最後の手段。それがご破算になったという。

 エリーネルンは鼻がツーンとした。


(なんでそんなことするの?)


 それは――


「ロクレア。戦いに巻き込まれないように、みんなを守ってくれ。おれは魔王を――エリーネルンを倒す」


 ティリオは静かに告げた。声にも表情にも確信と慈愛に満ちている。ロクレアも含む、仲間達は唖然とした。赤ん坊を寝かしつけてくるとでも言われたような錯覚に陥った。

 仲間達のあいた口も、一拍置けば閉じられる。


 ――魔王アレは倒せるものではない。一人でならなおさら。絶対に。


 それが、ティリオを欠いた戦いの中、仲間達が肌で感じ取ったことだった。しかし、その恐ろしい事実をティリオにどう伝えたらいいかわからない。そもそも、倒せないなどと口にしていいのだろうか。考えあぐねる仲間達の憂いは、だが、杞憂に終わる。


「オウレン、さっきこの剣のことを聞いたよね」

「ンァっ? あ、ああ……!」


 話が逸れてしまっていたが、この場にいる全員が気になっていたことだった。


「この剣は、おれにあったいくつかの未来。それを形にしたものだよ」


 要領を得ない返答。しかし、シンジュだけは理解し、止めにかかる。


「ティリオ待っ――」

「【ポテンシャリティーツリー】――全開放」


 口にした直後、ティリオの背後に梻の木の樹林が広がった。植属性のティリオは、想を使えば木や草花を生み出すことができる。

 しかし、ティリオの背後にあるそれが、ただの木ではないことは誰の目にも明らかだった。七色のオーラをまとい、凄まじいエネルギーを体内に宿した木が、ただの木であるはずがない。


(……なんということだ!)


 目の前の光景を目の当たりにし、エリーネルンはようよう気がついた。そして、気がついたことを他の者にも知らせる。


「これは、あの木の一本一本が、あり得たかもしれないお前の未来。すなわち可能性ではないか! 無限に広がる可能性を代償に無限の力を得えということは、己のこの先の人生を今ここで使い果たすことと同意! 貴様、正気か!」


 魔王を演じるその裏で、エリーネルンは必死に勘案していた。


(止めなければ! 何としてでも止めなければならぬ……っ! されども、どうすれば……!)


 一方、エリーネルンの言葉を聞いた仲間達も黙ってはいなかった。


「ね、ねえ! いったいどういうこと⁉ 無限に広がる可能性を代償にとか、この先の人生をここで使い果たすとか、何がどうなってるの!」


 マロウの悲鳴じみた声にシンジュが応じる。


「つまりこういうことだ! 例えばティリオが五十年生きる未来だとする。その五十年分の生命エネルギーを先取りして力に代えているってわけだよ。それも、ティリオが持つ可能性の数だけの五十年分のエネルギーだ。ティリオの将来がとある一つの選択で三つに分かれるとしたら、可能性は三つあることになる。すなわちっ――」


 思わずといった様子で答えたのはロクレアだった。


『五十年×三つの可能性で、ひゃ、ひゃくごじゅうねん分の力を得ることになりまふぅー!』

「そう! そして樹林を見ての通り、ティリオの可能性は三つなんてもんじゃない。おそらく、旅立ちの日に【ポテンシャリティーツリー】を発動させていたんだ。旅に出たことで、人や物や場所に出会い、経験を得ることで樹木の枝のように可能性は増え広がった。全ては、魔王を倒すこの時のために――! そんなことする必要ないのに……俺達は用意された勇者一行だっていうのに、くそっ!」


 激高のあまり、胸に秘めていたことまで口走ったシンジュだったが、取り合う余裕のある者は皆無だった。


「じゃ、じゃあなに、え? ティリオ、しんじゃうの?」


 プニカがオロオロとしながら、この世で最も受け入れがたいことを口にした。その最も受け入れがたい事実を、よりにもよってティリオが肯定する。


「【ポテンシャリティーツリー】を、全未来の可能性を力に代えるっていうのは、そういうことなんだ。旅立ちの日に、おれは【ポテンシャリティーツリー】の苗木をこの胸に植えた。今日この時を見越してね」

「だっ――」

「止めないで、プニカ」


 そう願うティリオに、この人が斬りかかる。


「ざっけンじゃねええええ! 今すぐそのクソふざけた技を止めやがれっ! じゃなきゃオレがテメーをぶっ殺す!」


 オウレンだった。オウレンが振り下ろしたヨリマサを、ティリオは手の甲で払い、弾き返すた。


「いや、どっちにしろ死ぬよね、それ」

「ぶっ殺す一歩手前で止める」

「……オウレン。泣かないで」

「泣ぃてねえっ――!」

「一度、全開放したらもう止められないんだ」


 オウレンの手からヨリマサが滑り落ちる。後を追うように、オウレン自身も膝をついた。


「いなくなっちまうのかよ。ティリオ、おまえも……師匠みたいに」


 か細く震えるオウレンの声。どんな時だって怒声を上げてきたオウレンが怯んでいる。そのことが、マロウや、シンジュや、プニカを揺るがした。


「おれはそこにいるよ」


 言葉だけでは〝そこ〟がどこを指すのかわからなかった。記憶か、心か、はたまた胸の中だろうか。


(そうはさせぬ……そうはさせぬぞ、ティリオ!)


 足取り軽く歩いてきたティリオを、エリーネルンが迎え撃つ。


「行くぞ、魔王。おれの命の全部でもってあなたの全てを奪おう――!」

「笑止!」


 ――お前の命、未来、可能性も妾の想で補填してくれる! ティリオ、妾達はお前達から既に散々奪い取った! これ以上は、たとえお前自身とて――


「何一つ、奪わせはせぬわ!」


 それからの戦いは熾烈を極めた。

 と、傍目にはそう映っただろうが、エリーネルンには違って見えていた。

 屈託なく、まるで隠れて練習して克服した苦手な事柄――例えば、逆上がりや、九九や、不得意科目での百点満点――を誇らしげに披露するかのような行動に感じられた。

 人の理解を超えた力と力の激突が繰り広げられているのは確かだが、その激突は互いが互いを思ってのこと。

 一方は、その命の可能性の全てを賭けてでも奪うために。もう一方は、己の全想力を使い果たしてでも与えるために。

 それは戦いであって、戦いではない。


「あなたのためにおれができることを見つけてきました」


 差向かう者にしか聞こえぬ状況下で、ティリオが語りかけた。


「なに?」

「殺めることでしか終われないこの旅の意味を、ずっと考えて出したおれなりの答えです。――エンジュ師匠」

「ティリオ……、お前……」

「あなたに救われた命です。あなたのために使ってもいいでしょう?」


 死を覚悟したティリオの表情。

 魔王を倒してあげるよ。そう言った時のあどけなさはない。復讐を誓い、旅に出て、命を殺め、その意味を問いかけ続けてきた。


(そうして出した答えが、その面持ちか)


 エリーネルンは微笑んだ。

 魔王と勇者は二人微笑み合った。

 勇者の背後にあった樹林は一本残らず枯れ果て、底なしと思われた魔王の想も尽き果てた。

 しかし、


「すまぬな、ティリオ――」


 朽ちた樹木の残骸から、無数の小さな芽が息吹き始めていた。


 そして、魔王エリーネルンは長すぎる生からの解放を掴み、一足先に旅立っていった仲間達の元へと旅立っていった。


      +++


 目を覚ますと、玉座の天井が消失して魔人界の空が見えていた。それほどまでに凄まじい戦いを演じていたらしい。玉座の間の上にはまだ階層があったように思えたけれど、一緒に吹き飛ばしてしまったのだろうか。

 そんなことをぼんやり考えるおれを他所に、プニカとマロウとオウレンが三方向から抱き着いてきた。涙と鼻水を容赦なく浴びせながら、おれが生きていることを心から喜んでくれている。

 スオウ師匠――もとい、ロクレアが顛末を話して聞かせてくれた。

 勇者が奇跡を起こし、魔王を倒した。何てことはない、よくある物語。


 でも真実は違う。

 おれは、おれの命が持つ未来、その無数の可能性を費やして、エンジュ師匠――もといエリーネルンを倒すつもりだった。

 しかし結局、倒せなかった。届かなかった。

 エリーネルンが無量の想でもって、潰えたはずのおれの無数の可能性を、未来を、命を補ってくれた。

 膨大に費やすそばから膨大に補われる。そんな戦いを続ければ、果てのないエリーネルンの想にも負荷がかかる。

 負荷がかかり続ければ破綻する。

 つまるところおれは、盛大なおぜん立てを受けて勝たせてもらっただけだった。


「そうか」


 我ながら納得をしてない声が出た。それも無理からぬことと思う。倒すと宣言しておきながら、こんな何とも不甲斐ない結末になってしまったのだから。


(生きろってさ)


 心を見透かしたかのような言葉が頭に響き、一瞬ドキッとした。けれどすぐ、シンジュが【エーコー】を使って、密やかに話しかけてきたのだとわかった。


(自分達は俺達に殺されておいて、勝手だよな~~)


 シンジュらしい物言いに苦笑する。言われてみれば確かに、魔人達は最初から最後まで身勝手だった。

 死を覚悟して臨んだ。エリーネルンが微笑んでくれた時、受け入れられたと思った、それなのに……


(でも、そうだよ)


 沈みかけた思考がシンジュの声に引き上げられる。


(死ぬには俺達まだ早すぎるよ、ティリオ)


 真剣に諭すその声に、おれは依然として泣き続けているプニカを、マロウを、オウレンを見た。

 次に、これまで殺めてきた魔人達の顔を一人残らず思い出した。それから、


『すまぬな、ティリオ――』


 そう言ったエリーネルンの顔、その死出の旅支度を整えた安らかな表情を思い出し、それに引き換え自分が浮かべたのは、強張った覚悟の表情だったと思い直し、認めた。


「……そうだな」


 おれは、三方向から抱き着いてくるプニカ、マロウ、オウレンを抱きしめ返しながら、シンジュ目がけて雪崩れ込んだ。


「ちょっ!!! ぎゃーーーーーっ!!! 潰れる潰れる中身出ちゃう~~!」

「うっせーぞ! シンジュ! 頭のすぐ上で喚くンじゃねえ!」

「プニカ、そっち大丈夫?」

「う、うん。なんか、下にはマロウがいて、上にはティリオがいて……夢見心地かな?」


 おれは、シンジュ、オウレン、マロウ、プニカと、一人ずつ名を呼んでこう言った。


「おれまだ生きてる。おれ本当はまだ生きたかった。生きてて本当によかった――!」


 その直後、背中に軽い衝撃が走った。


「ンナ~ゴ!」

 ピカラが一鳴きしたのを合図に、おれは再び、そして今度はシンジュを交えた全員からもみくちゃに抱きしめられ、涙と鼻水だらけにされるのだった。


 最後の最後に謝らせてしまった貴女におれはこう言うよ。

 ――エリーネルン、ありがとう。



      エピローグ



 女神暦一九三五年。人間界ゲーデル。西大陸の北西。砂丘地帯、ラハナス砂漠。一年を通して吹き荒れる砂嵐を越えた先にある、辺境の村ソーテ。

 家屋は五軒。一際大きい家屋を中心に、四件の家屋が四方に並ぶ。家々の足元には、花々が円形絨毯のように敷き詰められていた。

 東側に手押しポンプの井戸。水源は、すぐ隣にあるオアシスから。井戸の真下に位置する畑には、種々様々な野菜がつやつやと光っている。南側には門が据えてあり、両脇から伸びた塀が北側で結合している。

 砂丘のただ中に花々? 浩浩たるオアシス? 実り豊かな畑? それだけでなく、門も塀も、朴訥とした村には少々不釣り合いな堅牢さをしている。

 ふふ。それもそのはず。この人の手の届かぬ辺境の村は、元勇者一行が管理する村なのですから。


 ――お疲れ様です、ピカラでございます。

 魔王討伐を果たした少年少女らは故郷へと凱旋しました。帰途の途中、これまで立ち寄った国、街、村でお世話になった人々に挨拶を済ませながら。

 多くの人々が少年少女らに感謝し、宴を催し、ぜひ我が国で暮らして欲しいと引き止めました。

 しかし少年少女らは、始まりの場所へ帰ることを選びました。

 師匠達の墓前にて勝利を報告し、痛んだ家屋を修繕し、畑を耕し、旅へ出る前の――いえ、旅へ出る前よりも穏やかな生活を取り戻しました。

 平穏な日々に戦いの傷が癒える頃、少年少女らは再び動き始めました。


 シンジュ様は、ご自身が言っていた通り、ジオストシア共和国へ居を移されました。ジオストシアの新しき指導者として、よりよい国にしていこうと精進しておられます。

 オウレン様は、カードゥーンオ王国王都に料理屋を開かれました。元々の高い料理スキルに加え、各国回って舌も肥えたのでしょう。大繁盛店となりました。得た収益で国境なき慈善組織教会を立ち上げられ、精力的に活動しておられます。

 マロウ様とプニカ様は、壊滅したバドルクオン王都へ向かわれました。ジオストシア共和国主導で行われる瓦礫の撤去作業と、犠牲となった国民達の遺体発見と埋葬を手伝う傍ら、ユン村とブノ村で生活向上支援を行っておられます。

 ティリオ様もまた、ご自身が前言した通りの行動を取り、魔人界に身を隠されました。凱旋で各国に立ち寄った際、ティリオ様は自分お一人で魔王を倒したことを語りました。そうすることで、いずれ生ずるであろう畏怖をご自身のみに絞ったのです。


 そして平和に慣れた人々が、強大な力を持つ勇者という存在に慄きを抱き始めた頃、魔人界へと旅立ちました。志を持って各国へ散った仲間達に、勇者は魔王との戦いで負った古傷によって死した、と喧伝させて。

 ですので、ティリオ様は現在、わたくしと、それから魔王城のみならず《ソサエティー》とも同化されたロクレア様とともに魔人界で暮らしています。

 《ソサエティー》では、今の人間界には適応し得ない病や精神状態にある人々の保護を続けており、その監督も行っています。

 一見、離れ離れになってしまわれたように見える少年少女らですが、それは違います。

 彼らは月に一度、人の手の届かぬ辺境の村にて落ち合い、一緒の時間を過ごしておられるのです。

 ちょうど今日が、その月に一度に当たる日となっています。


「――ロクレア、それじゃあおれとピカラはソーテに行ってくるよ。それとも、ロクレアも一緒に行くかい?」

『ううん。わらひ……私は、この魔人界にいたい、の。おねーちゃんが、みんなが過ごした《ソサエティー》を最後まで守り続けるのが、第五ノクイント・エスピーナのロクレア・タン・ゼンの望み、だから。それに、ティリオとシンジュ以外の子は〈勇者計画〉のこと、気づいて、な、ないでしょ? あんまり関わり過ぎて知られちゃったら、うん……』

「やっぱり、知られたらまずいの?」

『……そう、思う。あの子達は魔人とじゃなくて、人の間で生きてゆく、から……って、ご、ごめんね! ティリオを前にこんなこと……』

「気にしなくていいよ」

『……ティリオ、う、恨んで、怒って、ないの? わひゃひ、わたひ達魔人のこと……』

「ないよ。だっておれは勇者だったんだから。それに、おれの人生と夢はまた、そしてまだ、始まったばっかりなんだ。いつかまたエリーネルン達に会う日まで、おれの命と、未来と、可能性の全部を生きてやるつもりだよ。――なあ、ピカラ?」

「ナ~ゴ!」


 ――と、元気よく返事をしたわたくしのこともお話しておきましょう。何せわたくしも、かつては自殺願望があった魔人。ですが、偉大なる魔王エリーネルン様よりお目付け役を仰せつかった身としては、対象が存命のうちはまだまだ死ねません。

 せめて、少年少女らが天寿を全うするまではそばに……いえ、これも何かの縁。ロクレア様とともに《ソサエティー》を見守っていこうかと思います。


 さて、最後までお付き合いくださって誠にありがとうございました。




   ――― 勇者、来る ―――




 これにて、完結にございます!



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