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六章 決戦前夜


 ――お世話様です、ピカラでございます。

 第一ノプリモ・エスピーナのノヴァール・グレイリス様と別勇者ナヴァイオ・プルースの融合体、ノヴァイオ様を倒した勇者一行は、バドルクオン王都より北西にあるユン村に身を寄せていました。

 バドルクオン王国には三つの村(焼き払われたナヴァイオの故郷、ヤウ村を入れれば四つでした)があります。遠い順からユン村、ブノ村、サニ村となっています。このうち、最も王都に近かったサニ村は想術陣のあおりを受けたのでしょう。もぬけの殻状態だったとユン村の村長が教えてくれました。

 ユン村もブノ村も、王都で起こっていた事態をある程度把握していました。炎を見た男達が急ぎ王都へ駆けつけたものの、王都の惨状を一目見て取って返したそうです。


「今となっては国とも呼べぬ状態ですが、それでもこうして生きている国民もおります。残ったバドルクオン王国の民を代表して、お礼を言わせてください。我が国の悲劇にとどめを刺していただき、誠にありがとうございました、勇者様方」


 少年少女は曖昧に微笑み返すことしかできない様子でした。

 ユン村とブノ村の今後については、シンジュ様がジオストシア元首に手紙で保護をかけあってくださいました。


「応じてくれるかわかんないし、もしかしたら藪蛇かもしれないけど、一応は国家なんだし? こんな凄惨なことがあった国の、僻地の、寒村にまで嫌がらせもしないでしょう? ……いや、心配になってきた」


 と、おしゃっていましたが、エリーネルン様の采配により元首は仁者になっていますので、心配ないでしょう。

 どちらかと言えば、心配なのはティリオ様とプニカ様でしょうか。ここ数日、会話らしい会話がありません。

 ノヴァール様が遺したダガー、雨竜の効果で竜が召喚され、魔人界へ通ずる謎の遺跡まで乗せてってもらっている現状でも同様です。それぞれ竜の頭と尾に別れて座っています。

 我々魔人が人間界への出現に用いている謎の遺跡は、北大陸の西端に用意してあります。バドルクオン王国からこの謎の遺跡までは、白雪の樹海と呼ばれる、一年を通して深い雪に閉ざされた森があり、何人も寄せつけません。

 ですので、たどり着く人間はいませんでした。別勇者ナヴァイオ一行が旅に出ていれば発見されたかもしれませんが。


「――それにしても親切すぎてなんか気持ち悪くない? ノヴァールって魔人の帰還装置なのかもしれないけど、使ってもないダガーから召喚された龍が、わざわざ〝魔人界へのご帰還ですね? お乗りください〟とか言うなんて出来過ぎてるっていうか絶対罠だよぉ――っとァイタタッちょっとピカラ⁉ 何で突然引っかくの⁉」

「シャー!」


 後生ですから、そんなもっともなこと言わないでください!


「反抗期⁉」

「罠でも行くっきゃねーだろ。オレたちゃ魔人のアジトのアの字も知らねーんだからよ」

「うん。虎穴に入らずんば虎児を得ず、だよ」

「へいへい」


 オウレン様とマロウ様がナイスフォローをしてくださり、事なきを得ました。


「ところであの二人どうする?」


 マロウ様が前後を見遣ってから言いました。マロウ様、オウレン様、シンジュ様は、竜の中腹にいます。


「いーややぁ~、意外だったよね。まさかプニカがティリオべったりじゃなくなる日が来るなんてさぁ~~。俺、夢にも思わなかったわ」


 シンジュ様が気の毒そうな声色で言いました。


「……魔人界突入までは放っておけ。アイツらの信条の問題だからな。双方の譲れねー気持ちもわかるしよ」


 オウレン様の提案に二人も同意しました。

 日が少し傾いた頃、竜は謎の遺跡へ到着しました。

 謎の遺跡とは、人間達に発見された折にそう呼ばれることを見越してつけた通称でしたが、ついぞ呼ばれぬままとなりました。


 外観は遺跡というよりは神殿です。魔人界の建物動揺、水晶クラスターを模しています。


「大きなクリスタルね。上から赤、黄、白、青の層に別れてるのかしら? 綺麗ね、プニカ」

「うん。それにとっても神秘的」


 神殿の美しさに、女性二人も蕩けた表情をしておられました。

 内部への進入は明朝へと持ち越しとなりました。少年少女らは神殿の前で一夜を明かします。

 相変わらず、ティリオ様とプニカ様の間に会話はありませんでしたが、他の三人の頑張りもあり、和やかな雰囲気で晩ご飯を済ませました。

 決戦前夜らしい気負いを見せつつも、いつも通りを装う彼らの胸中には、きっと、人間界での最後の夜になるかもしれないという思いが渦巻いているに違いありません。

 今夜ばかりはお目付け役も野暮。自重しておきましょう。

 わたくしは早々に寝つくことにしました。


      +++


 人間界ゲーデル。北大陸西端。謎の遺跡(魔人界への出入り口)。

 北大陸は概ね一年を雪に閉ざされている厳しい土地で、そこに暮らす人々は漁猟で生計を立てている。辛うじてバドルクオン王都近隣は農耕に適した気候と土壌をしていた。そのため人が集まり、国ができた。

 中央部には広大な森林――白雪の樹海が西部への行く手を阻む。樹海の奥、北部には霊山ラディキアが鎮座し、樹海と競うように山脈を連ならせている。

 余談だが、山脈を越えた先にプニカの故郷――ヒュレスシア村がある。隔絶状態にあるこの村は、独自の言語と文化が開花させている。

 西部は、バドルクオン王都近隣と同様の風土をしている。加えて、謎の遺跡――ロクレアが作った水晶クラスターの神殿には想が満ちており、周辺一帯を温暖な気候に保っていた。

 よって、勇者一行は寒さに凍えることなく一夜を明かすことができる。

 プニカは一人、遺跡の裏手に来ていた。月明かりの下、霊山ラディキアを眺め、その先にある故郷に思いを馳せていた。

 帰りたいわけではない。恋しくもない。ただ、営みは続いているだろうかと気にはなった。手ひどい扱いを受けた、一度は滅ぼしかけた村。けれど、営みが続いてくれているといい。どうか平穏で、幸せであってほしい。


「――プニカ」


 名を呼ばれ、笑顔で振り返る。声でマロウとわかっていた。


「マロウ。どうしたの?」

「プニカと話したくて。……いいかな?」


 一瞬だけオウレンの顔が脳裏を過ったが、マロウ本人の気持ちを優先することにした。


「もっちろん。こっちに来て一緒にお話ししよう?」

「ありがとう……!」


 かわいいなあ。普段は婉然としたマロウが見せた、年相応の嬉しそうな表情に見惚れる。隣へやって来たマロウの瞳に安堵の色を見つけ、プニカは思う。断らなくてよかった。


「ああ、でも、長居するつもりはなくてね……どうしてもこれをプニカに渡したかったの」


 手に持っていたものをマロウが差し出した。

 指輪が二つ。おそらくは二対の指輪だろう。シンプルなデザインのシルバーリングが、月光を浴び、清らかに煌めいていた。


「……これって……」

「約束していたティリオとプニカのエンゲージリングよ。ティリオに託すべきだったんだろうけど、私がプニカに会いたかったから、自分の欲を優先させちゃった」

「……マロウ」

「受け取ってプニカ」


 以前なら一も二もなく受け取れただろう。けれど今は……


「プニカ」


 優しい声音とともに肩を引き寄せられた。そっと額が寄せられる。


「んっ」

「ティリオときちんと話してきなさい。いい子だから、ね?」

「うっ、うん……」

「いい子。じゃあ、行ってらっしゃい」


 くるりと反転させられ、手には指輪を握らされ、仕上げと言わんばかりに背中を押されたプニカはそのまま歩き出した。


「突き当りを左よ。そこにティリオがいるわ」

「わかった。……ありがとう、マロウ!」


 振り返り手を振ると、プニカは駆け出した。


「頑張って、プニカ」


      +++


 プニカを送り出したマロウがテントへ戻ると、オウレンが焚火に当たっていた。マロウの姿を目に留めたオウレンは、手にしていたマグカップを軽く上げる。


「……おう。飲むか? ユン村村長直伝、ジャム入り紅茶だ」

「えっ……それって美味しいの?」

あめぇ」


 答えになっていないが、オウレンらしい返答にマロウは小気味のいい笑い声を漏らした。さっさと寝入るつもりでいたけれど、気が変わった。


「ご相伴に預かろうかな。甘いものでお腹を満たせば気分も甘く満たせそうだし」


 マロウはオウレンの対面に腰を下ろした。


「ほらよ」

「早っ。さすが勇者一行のお母さん」

「バカタレ。オレはシンジュ以外の母親代わりになった覚えはねーよ」

「でもティリオの下着も洗ってあげてるんでしょう? プニカが言ってたわよ」

「何で知ってんだアイツは。こえーな。シンジュもティリオも洗い方がなってねーんだよ。オレがやった方がはえー」

「お母さんじゃん」


 くすくす笑いながら、マロウはマグカップに口をつけた。


「こっれはぁ~……うん、甘いね」

「だろ? 北大陸は年中寒いからな。こうやって効率よく糖分取って体温高めてンだろ」


 納得の声を上げつつ、もう一口、二口と喉を動かす。


「……うん、甘い。こんなに甘いと気分も甘く満たせそうだわ」


 小さく笑うマロウを見て、オウレンは目元を緩めた。とはいえ、目つきの悪さは変わらないけれど。

 ――そりゃよかったよ。いらねー気を回した甲斐があったってもんだぜ。

 オウレンが返事を心の中に留めていると、


「あ――、オウレン今ちょっと優しい目になってる。時々見られるのよね、その目つき。縁起がいい気がして、私、結構好きよ」


 思いもよらぬ爆弾を投下された。慌てて顔を伏せ、真っ赤になった顔を焚火の火に紛らわせるも、当のマロウは夜空を見ていた。

 安堵する一方でわずかながら落胆もしている。けれど、これでいい。

 オウレンは自身の心よりもマロウを尊重していたい。それがオウレンの幸せだからだ。


      +++


 マロウがプニカに会いに行った頃、シンジュはティリオのもとを訪ねていた。


「ねえティリオ~。もう一度聞いちゃうけど、ノヴァイオを倒したあの技ってどういう仕組み? どんな種を隠してるの? そりそり白状しなよ~」


 この数日間、シンジュは機を見ては同じ質問を繰り返している。


「繰り返しになって悪いけど、師匠達が殺められた日からあの時まで貯めていた想の一部を解放したんだよ」

「そっかそっかまた同じ答えかぁ~~。んじゃあもう一つ。ノヴァイオとの戦いが中々に修羅場だったから、皆失念しちゃってるけど~~、〝殺戮者が勝手に殺戮を行い、この人間界から去る。これこそが一番、人々の心の安寧になる〟って何? やばくない? 口にしてみたらめっちゃ怖いんだけど、え? こわこわこわこわこわっ! え? これ冗談だよね? あれでしょ? 売り言葉に買い言葉的なー! ――ね?」


 おどけるようなその口調はどこか非難めいていた。無論、わざとだ。

 シンジュは、命を省みないレベルの自己犠牲という悪寒と吐き気を催す被虐的でもはや自殺願望者と言わざるを得ないような自己満足を、ティリオが企てているのではないかと疑っていた。だから、そうではないと否定させるために、先のような言い回しをした。


「ああ、売り言葉に買い言葉だよ」


 返ってきたのは、澄み切った清水のようなティリオの笑顔だった。

 シンジュはたまゆら、目を閉じた。短い時間の中で勘案し、結論を出す。そして目を見開くと同時に諭した。上に立つ者が特有する口跡のよさを遺憾なく発揮して。


「ティリオ・カイカ。あんまり変なこと考えなくていいんだ。俺達は俺達の役割を果たせばいい。そうすれば自ずと、向こうから迎合してくれるだろう」


 核心へ触れる言葉にティリオの肌が粟立った。卓越した才を持ったがゆえに大禍をも招いてしまった傑物は伊達じゃあない。

 ティリオはシンジュ・リュラへの深い敬服の念を胸にしまい、答える。


「ああ」


 ティリオは簡潔な応答と朴訥な笑みをもって返事とし、それ以上は言葉を発さなかった。

 言うべきことは言った。そう判断したシンジュはその場を後にする。


      +++


 シンジュと入れ違いに、プニカが姿を見せた。

 ティリオは嬉しさを覚えた。ちょうど自分も彼女に会いたいと思っていたところだった。


「……ティリオ」


 まなざしが、そっちへ行っていいかと問いかけてくる。

 答えるまでもなく、ティリオは自らプニカに歩み寄った。ティリオの行動を見たプニカも、喜んで駆け寄ってくる。


「プニカ」

「ティリオ」


 ――ごめんなさい。そう続くはずったプニカの言葉を、ティリオは人差し指で封じ込めた。


「謝らなくていいんだ、プニカ」

「でも!」

「おれのしたことが許せないのなら許さなくていい」


 プニカにはティリオの言葉が拒絶めいて感じられた。胸が絞めつけられる。大きな目にみるみる涙が溜まっていった。


「おれはナヴァイオを殺めた。けど、自分のしたことが間違いだったとは思わない。それがあの時の、そして今も、おれの真実なんだ。だからといって、許されるとも思っていない。間違いだと思うプニカを否定しない」

「どういう……こと……?」


 小首を傾げたプニカの目から、涙がこぼれ落ちた。


「おれが間違いじゃないと思うことは、結局、おれにとってだけの答えだ。おれだけの感覚だ。おれにとっては間違いじゃないことでも、プニカにとっては間違いだってこともある。それが普通だろ」

「う、うん……」

「だから、許せないのなら許さなくていいんだ。それがプニカの真実なんだから。無理して許しちゃだめだ。そこに嘘をついたら、おれ達の絆はいつか破綻する」


 ティリオはプニカの瞳を覗き込んで言う。


「プニカはおれを許せないのなら許しちゃだめだ。許さないでほしい」

「い、一生許せなかったら……?」

「一生おれを許さなくていい――!」


 そう言い切ったティリオがプニカには凛々しく映った。

 たった一つ絶対に許せないことがあるということは、全てを許して受け入れることよりも尊く厳かで、プニカにとって現実味があった。

 プニカは以前の自分を思い出し、苦笑したくなった。全てが好きだなんて、なんという夢物語。恋に恋していただけで現実をきちんと見ていなかったのかもしれない。

 プニカは二対のシルバーリングを取り出した。口を使って自分とティリオのグローブを外し、地面に落とす。

 二つのグローブは手を繋いでいるみたいに重なりなっていた。


「わたしたぶん一生許せない。一生ティリオを許さないわ」


 この世でティリオだけが見ることのできる極上に可憐な顔を見せ、指輪の一つをティリオの薬指に嵌めた。

 クラクラとするティリオ。しかし眩暈を堪えて、いつの間にか握らされていたもう一つの指輪をプニカの薬指へ通す。


「あ、あり、ありあり、アリが、トウ……!」


 花も宝石すらも恥じらうようなプニカの態度とは対照的に、ティリオはまったくもって格好つかない体たらくだった。

 とはいうものの、他人には理解できない領域――つまり幸せの中――にいる二人には些細なことだった。


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