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二章 一番槍 ギネーベスピアス




 魔人界ソサエティー。魔王城。城部一階、議事室。

 勇者一行の旅立ちから早二週間。ティリオらは最初の難関となった砂嵐を乗り越え、ラハナス砂漠を抜けようとしていた。現在は、オアシスに立ち寄っている。

 魔王エリーネルンと五棘エスピーナは、お馴染みの円卓モニターで勇者一行を見守っていた。束の間の休息を取るティリオらに目を留めつつ、エリーネルンが口を開いた。


「砂漠を抜け、ラアア荒野に入った辺りでひとつ、あの子らの実力を測る魔物を用意する。それを見て一番槍を定めるとしよう」


 一番槍、すなわち先鋒だ。勇者達の更なるレベルアップのため、道々、五棘エスピーナが脅威となって立ちはだかり、倒されていく予定なのだが、その順番はまだ決まっておらず、これから話し合われる。


「よいお考えです。しかれども、五棘ごきょく中、最も脆弱なのはこの私、ノヴァール・グレイリスです。一番槍はおそらく私が勤めることとなるでしょう」


 胸に手を当てたノヴァールが微笑んだ。自嘲ではなく、事実なのだから仕方ない、というさっぱりとした寂しい笑みだった。

 ティリオら勇者一行がラアア荒野に入った。

 魔物はエリーネルンが手配した。ラハナス砂漠より東方に、僅かながら草木が生息する地がある。その山林から岩石地帯のラアア荒野を縄張りとさせている、ウッドドラゴン。古木の寄せ集めでできたドラゴンの姿をした魔物。実を言えば、エリーネルンがその膨大な想を使って生み出した見張り役だった。ティリオ達の生活が他の脅威に虐げられぬよう、日夜、見張り番をしていた。

 そして本日、お役御免となる。……のだが、様子がおかしい。卓上モニターに映し出される勇者一行は、明らかにウッドドラゴンに苦戦していた。


「ありゃりゃー。こーれはレベル差十五はあるかな? うんそりゃあ苦戦するよね~~」

「黙りなさい、ギネー。何かお考えあってのことでしょう」


 思わずと言った様子で出たギネーの軽口を、ノヴァールが咎めた。


「弱い人間が悪いんだよ。シンジュ以外の」


 とりあえず弱い人間が悪い(ただしシンジュを除く)、と通常運転の淡雪。


「……圧倒的強者であるがための弊害であろうな。我らが選出すべきであった。我らの失態だ」


 神妙な面持ちで両目を閉じているエクリプス。

 部下達の気まずい居たたまれない空気を感じ取った当の圧倒的強者は、真剣に謝罪するより他なかった。


「す、すま――」


 謝りかけたところで、五棘エスピーナが食い止めた。


「「「「エリーネルン様に非などございません‼」」」」

「だ、大丈夫だよ、おねーちゃ……えりーねるん様。ほ、ほら、見て?」


 モニターを注視し続けていたロクレアが、繰り広げられている映像を指し示した。そこには危ない橋を渡りつつも、勝利を収めた勇者一行の姿があった。途端、親心を爆発させ喜びに沸く元師匠の魔人達。


「レベル差十五を覆すとは……!」

「やっぱり僕のシンジュは他の下等な人間とは違う」

「ね、ねっ? 平気、だったでしょ? おね……えりーねるん様」

「……うむ――?」


 ふと、他事が気になったエリーネルンだったが、円卓モニターより届いたティリオ達の会話に気を取られた。


『面目ねぇ。戦士の俺が芋退いちまった』

『私も……ごめん』


 オウレンとマロウの声だった。危険を冒して勝利を引き寄せたティリオ、プニカ、シンジュの三人へ謝罪をしていた。


『いや正常でしょうそれが正常でしょうよ。だから言ったんじゃん一旦退こうってさ。それなのにティリオが木竜もくりゅうの懐に入り込んで「シンジュ今だ!」とか名指しするじゃん? 一度は断ったのにプニカまで「シンジュお願い!」とか宣うじゃん? しょうがないから攻撃したよ、何とか風穴開けたよ? けどチョー嫌々だったしマジで死ぬかと思ったってゆーか、え? 生きてるよね俺?』

『生きてるよ、シンジュ』


 生存の確認なのか、人差し指同士をくっつけているシンジュとプニカ。


『ごめんよ、シンジュ。戦わせない約束だったのに。でもありがとう、助かったよ』


 申し訳なさそうなティリオの声が届いた。それからオウレンとマロウに向かって、


『シンジュの言う通り、おれは仲間に無茶をさせただけだよ。二人の方が冷静に状況を判断できてた。謝るのはおれだよ、ごめん』


 と、詫び言を並べた。ティリオの謝罪は的を射ている。現にオウレンとマロウは無茶をするべきでないと判断した。しかし、二人の表情は冴えず、喉に小骨がつかえたようだった。


『反省会は町でしようよ? もう少し行けば、ヒョオクってところに着くはずだよー!』

『ナ~ゴ』


 プニカが明るく急かした。肩にピカラを乗せ、片手に地図を持っている。


『大ー賛ー成ー!』


 もろ手を挙げたシンジュが駆け出し、残る三人も後に続いた。

 ややあってから、ノヴァールが切り出した。


「……さて、どうでしょう? 今回の戦いを鑑みても、やはり一番槍は私が硬いように思え――ゔっ」


 しかし、言い終える前に、何者かによって気絶させられてしまった。


「一番槍は――」


      +++


 人間界ゲーデル。西大陸。カードゥーンオ王国領内、ラアア荒野に拓かれた町ヒョオク。

 独特な風俗が発展したヒョオクは、忍者や侍の発祥地として知られる。横向きの長方形をした、きっちりと区画整理がなされた町並み。東西に出入り用の大門が据えられ、それぞれ東通りと西通りに面している。東西の通りをつなぐ四つの通りが伸び、上から通称、北通り、塩通り、稲通り、南通り。それぞれの通りには町家造りと呼ばれる家屋が立ち並んでいる。

 その上空に、五棘エスピーナ、第四ノクアルト・エスピーナのギネーベスピアスはいた。尻尾の蛇の口から発生させた【黒雲】に立ち、町を見下ろしていた。

 時刻は夕刻。町は仕事を終えた人々の姿でにわかに活気づいている。ヒョオク在来の衣服、着物を身にまとう町民に紛れて、白いスーツ姿の彼ら――勇者一行の姿がちらほら見受けられた。

 勇者一行を順々に眺めながら、ギネーは小さく笑った。


「悪いね、ノヴァーちゃん」


 ――数時間前。

 魔人界ソサエティー。魔王城。城部一階、議事室。


「一番槍はオレがもらっちゃうから、よろしこぴーん」


 ギネーが自分以外の五棘に向けて言った。つい今しがた気絶させたノヴァールを抱きかかえ、ニコニコと笑っている。

 それを聞いた残る五棘エスピーナは困惑した。一応は五棘ごきょく最強とされているギネーなのだから、当然出番は後になるだろうと誰もが思っていた。


「卿が先鋒だと……?」


 エクリプスが片目をギネーに向けた。


「そっ」

「本気なの? ギネー」

「ユキ君ってば~、本気も本気、スーパー本気だよ?」


 チャラッチャラッとしてはいるが、有無を言わせない雰囲気を淡雪は肌で感じ取っていた。


「ギネー……」


 エリーネルンが呼び、二人はたまゆら見つめ合う。ほどなくしてギネーが跪き、エリーネルンへの思いを迸出する。


「エリーネルン様。御傍にいられて幸せでした。オレはあなたに出会うまで、自分より強い者を知らなかった。お陰でいつも退屈していた気がします。あなた様に出会って、赤子と大人ほどの力の差を見せつけられ、敗北し、圧倒的強者から味あわされる敗北の甘美を知ることできました」


 ギネーは長年抱いていた情念、そのエクスタシーの数々をつまびらかにする。


「そうか」

「圧倒的強者に支配されるオレ最高っ! ……っていつも思ってました」

「うむ」

「予想外に自分が有能過ぎて、仕事に追われ、御傍にいられなくなった日々には泣きました。ですが、久方ぶりに再会した時の敗北感が、グッと増すことがわかってからはむしろご褒美、お預けプレイとして楽しめました」

「エット?」

「オレは正直、あなた様と五棘エスピーナ以外の魔人のことなんてどうでもよかった。魔人達の自殺にこれっぽっちの興味が持てず、それに心を痛めるエリーネルン様にしか心が痛まなかった。ろくに解決策を出せなかったのはそのためです」

「………………。どうりでなぁ」

「あなた様の御傍で味わう快感に酔いしれる反面、この先あなた様以外に心が動くことないと確信していました。けれど、強い勇者を育てて殺してもらう〈勇者計画〉。やってみたらエクスタシーギュンギュンでした」


 親指を立て、ウインクを決めたギネー。「ギュンギュン」の間にはもしかしたら☆マークがあったかもしれない。

 エリーネルンはいよいよ返事ができなかった。他の五棘エスピーナもだんまりを決め込んでいる。皆、ギネーの性質が被虐的過ぎて理解できず、口を閉ざすしかなかった。

 ところが、ギネーは白けた沈黙など歯牙にもかけない。チャラッチャラッと話を続けた。


「あの子ら、特にオウレンの成長にはオレも心が動きましたし。そのオウレンが何だかビビッて縮こまった戦い方をしてて、こりゃあ見過ごせないねーってわけなんで、オレに行かせてください」


 やれやれと肩を竦めてはいるものの、見過ごせないという気持ちは大真面目であることを、エリーネルンは察した。


「よかろう。お前に任せる。好きにやれ」

「ありがとうございます」


 ギネーは一層深く頭を垂れた。


「……ギネーよ」

「はっ!」

「よく仕えてくれた。妾もお前が傍らにいてくれたこと、幸せであったぞ」

「そのようなもったいなきお言葉……、身に余る光栄です!」


 一度は上げた顔を、ギネーは瞬時に下げた。自殺になってしまうからやらないけれど、できることなら今この場で心臓を取り出し、捧げたい。生物にとってこれ以上ないものを差し出して、感謝の意を示したい。だって、だって……っ、よく仕えてくれたと言ってくれた! 自分が傍らにあったことが、幸せだったと言ってくれた! 五棘エスピーナ最強など名ばかりで、取るに足らないはずの自分を。主からしたら脆過ぎて紙人形も同然の存在なのに……!


 ギネーは痛感した。今日こそが魔人人生最良の日だ、と。


「ギネーベスピアス、一花咲かせて参ります」


      +++


 人間界ゲーデル。西大陸。荒野の町ヒョオク、東側上空。

 黄昏時ともあって、ギネーは物思いにふけっていた。つい幾分前の出来事を思い出し、感涙していた。しかし、それもこれまで。涙を拭い、叫ぶ。


「やあやあ人間諸君、聞こえるかぁい――! オレは偉大なる魔王エリーネルン様の配下、魔王軍五棘エスピーナの一人、第四ノクアルト・エスピーナのギネーベスピアスだよ~~! あはっ! 今朝方、ここより先にある岩石地帯を根城にしていた魔物の主が倒されちゃったんだ。これは魔物を遣わせた魔王様を仇なす行為だと思わなぁい? とーぜん、見過ごすわけにはいかないよね? な・の・でぇ……覚えのある人はもちろん、ついでに腕に覚えのある人もまとめて出てきていいよ~~! オレがってしてあげる。ふふっ。もし出てきてくれないようだったらぁ……【菊 三重】!」


 ギネーが現を発動させた。茜さす空に、菊の花のように丸い火の玉が咲いた。よく見ればそれは、無数の火で作られた大輪の火の花だった。


「……きれーい……」


 ヒョオクの町では多くの者がそう漏らしていた。無理もなかった。見上げた空に、色と光を伴って咲いたまん丸の花。美しく煌めいて、儚く消えていく。そんなものは生まれて初めて見たのだ、うっとりと見惚れてしまうだろう。その火の花が、自分達の生命を脅かす攻撃と知るまでは――。


「【菊 三重】!」


 再び唱えながら、ギネーが手を振り下ろした。すると、先ほどは空に咲いた菊の火の玉が、今度は大地へ咲いた。


「っき――――きゃああああああああっ!」


 美しさは変わらない。しかし今回は悲鳴が上がった。害意を持って放たれた菊の火の玉が爆発し、ヒョオクを囲む三つの大穴を四つにしたせいだった。


「見たかぁい? 出てこなかったら、こーんな感じで町ごと消しちゃうからね~~! まぁ、

それでもいいよぉー、手間が省けるからさ! あっははははははは!」


 少々ハイになったギネーが面白おかしく笑っていると、


「――待て! 魔王に仇なす者はここにいる!」


 まんまと名乗りを上げてしまった勇者が、ギネー目がけて駆けてきていた。一緒に行動していたヒーラーを抱きかかえて。


「……やっぱりね」


 ギネーは苦笑した。


「キミはどこにいるのかなぁ~? オウレン」


      +++


 ――ピカラです、どうも。突然で申し訳ありませんが、少し時間を遡らせていただきます。

 午前にこのヒョオクへ到着した勇者一行は、旅とウッドドラゴンとの戦闘の疲れを癒すべく、日中いっぱい休んでいました。そして日暮れ、消費したアイテムや食料を補充しようと町へ繰り出したのでした。アイテムはティリオ様&プニカ様、食料はオウレン様&マロウ様の担当です。シンジュ様は留守番という名のサボリを買って出ました。しばし逡巡しましたが、わたくしは定位置であるプニカ様の肩にいることを選びました。

 買い出しは中々にスリリングでした。店を移るごとに、ティリオ様が言い値でバッタもんのアイテムを購入させられそうになり、その都度プニカ様が阻止していたのです。あわや三度目という時、夕焼け空からギネー様のお声が響き渡りました。

 続いて、ギネー様の現【菊 三重】が二度発動。二度目には村の外に大穴を開けてしまいました。ところであの攻撃は、一重~五重まであり、数が増えるにつれ威力が増します。

 火の花に見覚えのあるティリオ様とプニカ様は、見開いた目を小刻みに震わせていました。脳裏に焼きついた映像と現実の景色を、重ね合わせて見ているかのように。


「あの攻撃は――」

「キクバ師匠を殺めた魔人の――」


 言うが早いか、二人の足が同時に動きました。弾かれたように塩通りを東に向かって駆け出していく二人を見て、わたくしは「迷いがない……!」と感心してしまいました。


「――待て! 魔王に仇なす者はここにいる!」


 自己申告したティリオ様と、並走するプニカ様。ギネー様のターゲット捕捉完了です。

 ギネー様、何やら複雑そうな微笑みをこぼしておられますね。その心中や如何に……おっと?

 そうかと思えば、ティリオ様とプニカ様目がけた攻撃をどしどし放ち始めました。小ぶりな【菊 一重】がわんさか降ってきます。範囲は町や家屋を破壊してしまわぬよう配慮されています。威力は二人を殺してしまわない程度ではありますが、直撃すれば結構なダメージを負うでしょう。

 空より次々と襲来する爆発物。魔人たるわたくしの目から見ても息を飲む光景です。さすがのお二人もたたらを踏んでいました。


「……きゃっ! ティ、ティリオ?」


 ティリオ様がプニカ様をお姫様抱っこしました。そんな場合じゃあ……と呆れかけましたが、とんでもありませんでした。


「おれがあの中を駆け抜けるから、プニカは回復に専念してくれ」


 プニカ様を庇いながらティリオ様は走りました。直撃こそ回避していますが、数が数です。かすめたり、余波を受けたりして、時に転び、時に吹き飛ばされました。後を追うわたくしの足元にも、血の跡ができたり消えたりしています。しかし、そうすることでティリオ様は、段々と攻撃に順応していきました。

 東通り、東大門前。出入り口とあって多少開けた場所になっているそこで、魔人と勇者は対峙しました。

 ギネー様は見張り塔より上空、黒雲に乗って見下ろしています。敵性魔人らしく、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべています。

 ティリオ様とプニカ様は並び立ち、それを真っ直ぐ見上げていました。静かな、されど決然とした面持ちです。


「よく来たね。ちゃぁんと殺されに出て来られるなんて、えらいえら~い。……ん? あれれ、キミらの顔にどことなく見覚えがあるんだけど、オレ達前にどこかで会ったかな?」

「四年前、ここより北西にある村。そこでお前達魔王軍に師匠を……おれの、おれ達の恩人六人を殺められた! 忘れたとは言わせない!」

「ふほぉ~ん」


 顎に手を当て、考える素振り。しかしそれは、あくまで素振り。ギネー様は、おどけて言い放ちました。


「ゴッメン、わーすれちゃった」


 カカカカ、カッコイイーー! 挑発のために出された舌と冴えわたる邪悪な笑顔! ツツジ色の髪と鵺柄の直垂というド派手な容貌! 手を下さなかった者には覚えがあるくせに、手を下した者は覚えてないなどと人をおちょくった態度! 悪 of 悪! ステキですギネー様!

 内心で推し団扇を振りまくるという醜態をさらすわたくしに対し、


「覚えてないのなら仕方がない。――けど、師匠の仇は取らせてもらう」

「……残念だわ」


 勇者然とした佇まいのティリオ様とプニカ様。……我が身が恥ずかしい限りです。


「やってみなよ。そうだな、まずはこれをしのいでごらん? 【蜂】」


 悪役然としたギネー様。……我が身が恥ずかしいか――あっ、【蜂】です! 火の粉がブンブンと唸りながら不規則な軌道を描いて襲いかかり爆発する技です!


「プニカ、サポート頼む」

「うん。まかせて」


 臨戦態勢に入るお二人。

 ティリオ様は木の棒を下段に構えました。ティリオ様の武器〈ミリャの剣〉は一見ただの木の棒ですが、ティリオ様が想を込めると、刺の剣――通称イバラレイピアに変身します。

 一方、ダガーを正面で構えたプニカ様は、刀身を見せるように手のひらを添えていました。


「【勝水】、【御霊水】」


 水色に発光した液体が、プニカ様を一度、ティリオ様を二度包み込み消失しました。プニカ様の現の効果です。【勝水】は味方全員の攻撃力、防御力、移動速度を上昇させます。【御霊水】は味方一人の現の効力を上昇させます。

 ステータスアップしたティリオ様は、体勢低く駆け出しました。細やかかつ素早い剣さばきで【蜂】を斬っていきます。


「やるねぇ、でもまだほんの小手調べ。ギア上げていくよ~~? 【蜂】、【蜂】、【蜂】、【蜂】、【蜂】、【蜂】」


 誕生日までの日数を指折り数える子供のような無邪気さで、【蜂】を乱れ射ったギネー様。泡を食って斬り落とすティリオ様ですが、多勢に無勢。あわやダメージ! と思いきや……


「【蠅取草】」

『ギャッシャアアアー!』


 突如として現れた大きな口。それが、ティリオ様に危害を加えようと群がる蜂達を丸呑みにしてしまいました。

 ティリオ様の現、【蠅取草】。まるで旺盛過ぎて危険な食欲を具現化させた、そんなモンスター染みた姿かたちの植物(わたくしには及びません)が、イバラレイピアの刀身と選手交代しました。


「助かったよ、ピーコ。いつもありがとう」

『グルルッシャアー』


 ご覧の通り、意思疎通が可能です。無論、自我もあります。ピーコはティリオ様に大変なついています。ティリオ様も、愛猫の喉を撫でるかのごとく、ピーコの頬(?)を撫でています。これらは命を生み出せる植属性ならではの特性ですね。


「じーーっ」


 おっと、我が拾い主がジト目でティリオ様とピーコを見ています。緊迫した戦場であろうと乙女心は複雑で敏感で傷つきやすいのです。


「ユニークな現だね~~! サスガは命を支配する植属性だ。いいね。楽しいよ。キミ、名前は何て言うの? 覚えておいてあげる。ああ、ついでにそっちのお嬢さんもっね」


 ギネー様が問いかけると、二人は顔を上げて答えました。


「ティリオ・カイカ」

「プニカ・ユークよ」

「――へっ?」


 ギネー様が率直な驚きを見せました。外連も毒気もない不意の表情。大変珍しい、いえ、わたくしなどは初めて拝見するお顔でした。意外にも幼い顔つきになるのですね……。

 ギネー様がなぜ、そのように無防備な反応を示したのか。言わずもがな、ティリオ様とプニカ様が、それぞれのお師匠のファミリーネームを名乗ったからに他なりませんでした。


「そうかい」


 フッと、微笑まれたギネー様。第四ノクアルト・エスピーナの仮面を被り直し、黒雲から飛び降りてきました。


「ティリオ・カイカ。プニカ・ユーク。選ばれし者とは選びし者ってね。選びしキミ達に敬意を表して、この技を贈ろう。【彩色千り――】」


 その刹那、ギネー様のオレンジ色の瞳には、一体どんな光景が映っていたのでしょうか。斬りかかってくる、迫りくるティリオ様でしょうか。

 呆気に取られるわたくしの瞳が捉えた光景は、「えっ?」と素っ頓狂な声を発したギネー様が、のっぴきならない状態の中、必死に首を振っているお姿。それから、イバラレイピアで三度の刺突をしてみせた、ティリオ様の伸縮するようにしなる背中でした。

 えええええっ⁉ と、ようやく感情が事態に追いついたわたくしなど差し置き、


「――こんッのッ! 【ざら星】!」


 つい本気になってしまったであろうギネー様が反撃しました。近接戦闘用の現、【ざら星】。爆発はしませんが、多量の火の粉を吹き出します。

 最小限のダメージに抑えようと、ティリオ様は達磨のごとく手足を折りたたみました。


「あっやば。殺し……⁉」


 え。……えっ? ちょっ、ギネーさ、えーーーーーーー⁉

 五臓六腑を瞬間冷凍するだけでは飽き足らず、腹から取り出してジェットコースターに乗せられたかのような悪寒が走った――次の瞬間、


「【パンペロ・スシオ】」


 現を唱える声ともに、砂を伴った強風が吹き荒れました。


      +++


 東通り、東大門前。砂嵐が治まるとティリオとプニカの姿がなくなっていた。


「一時退却……だね」


 追いかけようと思えばできた。けどやらなかった。


「うへー。なにこれ?」


 ふと見ると、ティリオのイバラレイピアの傷を受けた腕がみるみる干からび、しぼんでいくところだった。切っ先がかすめただけの、ひっかき傷程度だったにもかかわらずだ。

 微かに聞こえた技の名前は【寄生木】。どうやら、傷をつけた際に種か苗木かを埋め込まれ、体内に根づき、想や生気を吸い上げ腐らせるらしい。


「えっげつない技だなぁ~」


 ギネーは良い意味でドン引きしていた。腕の皮膚上に形成した団塊状の株が、ボトリと落っこちた。


      +++


「「この馬鹿!」」


 ――こちらピカラです。はい。一時撤退をしてきたわたくし達は、稲通り六丁目九番地にある宿屋の一室に逃げ込みました。住民の皆さんは地下室へ避難している模様です。人気のない町の様子からして、おそらく全町民がそうしているのでしょう。

 それはさておき、冒頭の罵倒はオウレン様とシンジュ様によるものです。向かう先は、生傷をしこたまこさえたティリオ様とプニカ様。いえ、主にティリオ様です。


「常々変態だ変態だと思ってはいたけど、まさかここまでド変態だとは思わなかったよ! 俺の現があいつに効果あったからよかったものを、もし効いてなかったら……ヒィィッ!」


 シンジュ様が思い出し戦慄をしています。プニカ様の肩から飛び移り、引きつった頬を舐めて差し上げました。これもお目付け役の務めです。


「うはぁぁ~ん! ピーカーラーぁぁ! 無事でよかったよぉぉぉぉ~」

「ナ~ゴ」


 先の言葉にもありましたが、【パンペロ・スシオ】は風属性を司るシンジュ様の攻撃でした。砂嵐を起こして敵の攻撃命中率を下げ、なおかつ小ダメージを与える技です。


「ティリオ。この町の人を巻き込みたくないっつーお前の気持ちはわかる。勇者としちゃ真っ当な行動だったよ。けど、せめて俺らと合流するべきだったんじゃねーのか? なあっ!」


 The 正論。ベッドに腰かけたティリオ様とプニカ様、ぐうの音も出ません。


「オウレンの言う通りだよ。心配したんだよ、二人とも」


 困り顔のマロウ様が、ティリオ様とプニカ様を見比べて言いました。ここへ到着して以後、傷ついた二人をせっせとアイテムで回復させていました。ただいま一段落したようです。


「ヒョオクの人達は有事の備えを整えてる。王都への救援要請も済んでるよ。じき、加勢が来ると思う。戦うのは今じゃなくてもいいんじゃない?」


 マロウ様が一つ一つ言い諭しました。


「すまない」

「ごめんなさい」


 ティリオ様とプニカ様が己の非を認め、この場は収まるかに思えました。


「けど、おれにとって戦うのは今なんだ。マロウ」


 そうだ、と肯定するかのようなタイミングで、ギネー様のお声が彼方から轟きました。


『――そろそろ出といでよ~! ティ~リオ~~!』


 ご指名いただいてしまいましたね。


「行かなきゃ」


 腰を上げるティリオ様。しかし当然、オウレン様が引き止めました。


「ざっけんなよ、テメェ……この命知らずの向こう見ずがっ! 戦局を見極めろ! あいつはまだ俺達が敵う相手じゃねぇっつってんだよ‼」

「わかってる。それでも行くよ」

「みすみす殺されるだけだぞ。勝たなきゃ仇討ちもクソもねーんだよ」

「……だね」


 ティリオ様は小さく笑いました。オウレン様の辛辣な物言いが実にオウレン様らしくて、清々しかったからでしょう。そしてオウレン様はいつだって、ティリオ様のこういう笑顔には勝てません。ぶっきらぼうにティリオ様の肩を小突きました。


「チッ。ずらかンぞ」

「おれは顔を覚えられている。オウレン達だけで逃げてくれ」

「オイ! いい加減に――」

「ティリオ、お願いだから考え直し――」

「短い時間だった。あの時。ギネーって奴の攻撃を見た瞬間、必死で無我夢中で、難しいことなんて考えていられなかった。ただ、そうせずにはいられなかった。正しいも、間違いも飛び越えて、その瞬間の自分の真実のみが自分を突き動かす。そう思わないか? 師匠の仇に背を向けたくない。町を消すと言われて見過ごせない。勝てないとわかっていても、結果的に守れなかったとしても、戦わずにはいられない。愚かだとしても、それがおれの……今もおれの真実なんだ」

「「「……」」」

「心配してくれてありがとう」


 覚悟を決めたティリオ様の態度に、オウレン様のみならず、説得に入ろうとしたマロウ様、後ろでガヤガヤ文句を言っていたシンジュ様までもが二の句が継げなくなり、立ち竦んでしまいました。

 そんな中、プニカ様がティリオ様の隣へ足取り軽くやって来ます。


「当然わたしも一緒に行くよ? ティリオのいる場所がわたしの居場所だもん」

「殺されてしまうかもしれないだよ?」

「わたしが守るから大丈夫よ。わたしはティリオを髄愛してるんですから」

「……ありがとう。プニカがいてくれれば何も怖いものはないよ」


 熱い視線を交わし合うお二人。やがて、手に手を取りました。余談ですが、髄愛しているとは、「骨の髄まで愛している」の意です。プニカ様の造語と思われます。


「じゃあ、行くね。勝てやしなくても、時間稼ぎくらいにはなってみせるから」

「気をつけてね、三人とも」


 揃って手を振って、部屋を飛び出して行かれました。


「待て、オイ! ……くっ、バカヤロウ!」


 憤るオウレン様。自分の拳で自分の手のひらを打っています。

 室内には、お三方の煮え切らない空気と罪悪感がひしめいていました。


「選ばれし者は選びし者か……」


 ふと、シンジュ様がつぶやきました。合点がいったものの、さして感慨はないといった様子です。


「え?」

「何だ? シンジュ」

「いや別に。こういうことなんだろうなって思って、あのギネーって魔人が言ってたこと」

「あん? どういうことだって?」


 だから、とシンジュ様が口を開きました。

 ――――――。


      +++


 夜。月明かりと行灯、それからギネーが燃やした空き家が暗闇を照らしている。

 ギネーは、一人やって来たティリオの姿に嘆息した。両者は、一刻前の戦闘とは正反対の場所、南大門前にて対峙していた。


「来たね、ティリオ。それでこそ選びし者」


 親しい友人を出迎えるように、ギネーが両手を広げた。


「何それ?」


 無垢な表情でティリオが問うた。風になびいた前髪が、キラキラと輝いている。

 一方、ギネーは、我が意を得たりといわんばかりにニンマリとした。頭頂部の癖毛も、電波を受信したアンテナのごとくピンと張りつめて静止している。


「ほらよく言わない? 才能の話でも何でも、選ばれた者と選ばれない者がいるって。あれってさ~、違うんだよね~~」


 ひとしきりくつめいた後、更に言い募る。


「選ばれた者がいるんじゃないんだよ。他者が選ばれたと思っているヒト達はさ、別に選ばれたんじゃなくて、自分で選び続けてきてるんだよ。選ぶことを止めていく者の中で、選ぶことを選び続けている。ティリオもそうだろう? 自分で選んでここへ来た。つまり、自分で選んだり、選び続けたりする覚悟のない弱い者の言い訳なんだなぁ、よく言う選ばれし者なんていうのはさ~~、あはっ」


 愉快痛快といった様子だった。そして演説は続く。


「でも賢い選択でもあるよね! そうやって自分は選ばれた者じゃないからって、だけどあなたは選ばれた者だからって、その者が選び続けてきた努力も忍耐も無視して好き勝手言える。選ばれた特別な者なんだから、凡人とは違うんだからって、嫌なこともじゃんじゃん押しつけられるよね~~、それがキミだよティリオ? そうやって押しつけられたキミは今日ここで死ぬんだ。酷いね~、可哀想にね~~」

「言いたいことはわかった。けどおれはその話に興味がない」

「そうそう。選んだ者って覚悟があるからね~、揺らがないんだよ。そしてそういう厄介な奴が一番、魔王様の敵になりうる可能性があるんだ。惜しいなぁ、魔人だったらいい友達になれたかもしれない。でも人間だし殺すね?」


 紙くずでも捨てるような口調だった。ゴミだし捨てるね。そんなテンションで言われた殺害予告を皮切りに、一対一の戦いが開幕した。

 無人のヒョオクの町を、跳梁疾駆する二つの影。傍から見れば拮抗した勝負をしているかに思える。しかし、上から見た二つの影の印象は違った。一方の影は、明らかに他方の影に遊ばれていた。


「……あーああ。やっぱり、ボンヤリ発光はイラナイ機能だったんじゃないかなぁ~~? ロクレアたん」


 黄緑色に発光するスーツのライン。その軌道を眺めながら、ギネーは小声で独り言ちた。時折、斬りかかってくるティリオを適当に蹴散らしている。そうやって仲間達を誘い出そうとしていた。


「サッカーばりに逆サイド(東大門)まで蹴り上がってきたけど、出てこないわけね。さっきだって、あれだけケチョンケチョンに嫌味言ったのに、だ~れも反応くれないんだもんなぁ~~。こうなってくると、何か作戦でもありそうっかな~~っと……それっシュート!」


 ボールがゴールネットを揺らすように、ティリオは東大門の二重扉を突き抜け、荒野に転がった。ギネーも後を追ってヒョオクの外へ出る。


「ゴ~~~ル」


 ガッツポーズを決めたギネー。サッカーになぞらえたのは自分が始めたことだったが、ギネー自身がもっとも白けていた。そこへ――


「【パンペロ・スシオ】」


 やにわに響いたシンジュの声。砂嵐が巻き起こり、光源が遮られた。砂塵の闇が訪れると、ギネーの顔に笑顔が戻った。ギネーは待ちわびていた。


「来たね。ということは、ティリオの役割はここへ誘導することだったのかな? オレが勝手に逆サイ来ちゃっただけだけど、軌を一にしちゃうとは運命的なマッチング! よいよいよ~、存分にっておいで~~」


 ワクワクと勇者一行の出方を窺っていると、


「プニカ、今だ!」


 ティリオの声が上がった。同時に砂嵐が止み、ギネーの頭上高くに無数のつららで作った巨大な氷のカーテンが出現した。

 落下してきたところで大した脅威にはならない。気づいてしまえばなお更だ。ギネーはつい不満をこぼす。


「合図しちゃ意味ないじゃん、ティリオぉ~~おぅ?」


 声がした方向を見れば、予想よりも遥間近にティリオが迫っていた。既に氷のカーテンは落下を始めた。空気抵抗を受け崩れた部分つららが、容赦なく降ってきている。


(てゆーか、刺さってるじゃん背中っ)


 思わず吹き出し笑いをしてしまい、その隙をついたティリオの攻撃がかすめる。両手と左足を狙った三度の刺突。いなしたとはいえ、ティリオには厄介な現があることをギネーは知っている。


「【寄生木】」

(ホラ来たぁぁぁ~~~! 早くも両足の感覚がサヨナラ~! たちまち浮遊カ~~ン!)


 悲鳴とも歓声ともつかない心の声。しかし、つと、ギネーは冷静になった。


(両足? ありゃあれ? 喰らったのって左足だけだよね?)


 両足に訪れた違和感を視認しようとして、ギネーは目撃した。それはプニカの変貌。


(ああ、特異体質ソレね)


 二つのお団子が解かれ、氷瀑のようなツンツンとした髪型に変わっていた。服装もミニスカートからブーツインしたズボンになった。ノースリーブは変わらないが、丈が短くなり、へそチラしている。ロクレアが施した、男性体の変身に合わせたコスチュームチェンジ。

 プニカは両性を持つ魔人の遺伝により、男性体に変身できる。そして、男性体時の属性は、氷属性。


「【氷瀑】、【御神渡り】――ともに解除」


 プニカが女性体へと戻った。女性体時の属性は水属性。言葉にするまでもなく、巨大な氷のカーテン、【氷瀑】が消えていた。それからもう一つ、


「――み?」


 ギネーの足元で地面の代わりをしていた厚い氷、攻撃へ転ずる前の状態の【御神渡り】が消失した。

 よってギネーは、自身で開けた大穴の中へ落ちていく。瞬く間の出来事だった。


(アッハぁ~! つまり両足の浮遊感は、本当に足場が消えた浮遊感だったのね~~! えええ~、すっごい瞬間芸~、息ピッタシ~、ウレシ~!)


 心の中で絶賛賞賛している最中も、無意識下で体勢を立て直そうとしている。生まれ持った格闘センスが自動でなしている技だのだが、どういうわけか風に翻弄されて上手くいかない。


(風ってまさか~)

「……ぎりぎり間に合った。【アンカー】」


 大穴の縁に控えていたマロウが現を発動させた。想から金属を発生させる金属性は、往々にして武器を生成して戦う。マロウが生成したのは、巨大な錨型をした打撃武器。巨大すぎて相手の脳天めがけて落とすしか攻撃手段がないことと、生成に時間がかかりすぎること、更には一度使えばマロウの想がすっからかんになることがネックだが、今回は好条件が揃った。


(……えぇ、マッジ~? アレに潰されるくらいじゃオレ死ねなくない? 一応潰されてみるけどさぁ~~。ていうかまだオウレン来てないよね~~)


 山一つ投げ飛ばしたかのような騒音が轟いた。ギネーはつつがなく、【アンカー】の下敷きとなったが……


(やーっぱ足りないかぁ~~)


 地面にめり込み、右足の他は萎れて干からびても、ギネーは生きていた。


「――男前になったじゃねーか!」


 やたら目つきの悪い少年が声をかけてきた。大穴の縁に立って、ギネーを見下ろしている。視線が交差すると、彼は更にこう言った。


「よぉ、選びに来てやったぜ――おしゃべりチャラ介」

「……はじめましてだね。名前は?」


 その口から直に聞きたかったから、ギネーはあえて質問した。

「オウレン・レオニス。お前が殺したキクバ・レオニスの弟子だ」

「へぇ~……」

「お前の無幻、大輪の花みたいな炎の使い方を見てイメージできた技がある。ああ、俺の無幻は星をイメージしてるんだ」

(知ってるよ? オレが教えたんだからさ……)


 ギネーは思い出す。キクバとしてオウレンと星空を眺めた日のことを。


『ししょー。どうして星は光るんだ?』

『答えてやるぞ、オウレン! この夜空に光ってるほとんどの星は恒星っていってなー、水素ってガスでできんだ! 恒星は自分てめぇの真ん中で核融合を起こして、水素をヘリウムに変えちまう! そん時に熱と光が出て、ああして光って見えるっつー寸法だ! どうだ? わかったか、オウレン!』

『わっかんねーけど、ししょー、博識でかっけぇー! んじゃあ、流れ星は――』


 わからないと答えておきながら、翌日、オウレンの現は激変したことをギネーは昨日のことのように覚えている。


(炎属性の者が扱う炎は、実際に火で燃やせるものしか炎をまとわせることができない。そうイメージが染みついている。けど、オウレンの炎は違う。オウレンの炎は熱く燃えるガスがイメージとなっている。だからガスをまとわせられるイメージができれば、石も金属も炎をまとうことができる。これがどういうことかというと、オウレンのイメージ力はチョー柔軟ってこと! つまり~~~っ)

「いくぜ、【特大火球】!」

(いただきました新技ぁぁ~~! 必殺技オメデト~~!)


 ギネーの【菊】に似た特大の火球が落とされた。マグマにダムの水を注ぎこむかのようなけたたましい音を立て、焼き潰していく。魔人ギネーの強靭な髪が、皮膚が、肉が、骨が、徐々に蕩かされ消失していく。壮絶な光景だった。

 そして断末魔の声が上がる。


 ――グ、ギッ、ガアアアアアアアアアアア――


(きれいだな)


 ――アガァァァアアアアアガゴオウオオオオッ――


(ありがとう……オウレン、ティリオ、プニカ、シンジュ、マロウ、ピカラ)


 ――オオオオゴガオオオグギガァァアアアッ――


(後は任せたよ、ノヴァーちゃん達)


 ――アアァァァァァァアアアアァァァァァァッッッッッッ――


(エリーネルン様、一足先に行ってあなた様のご到着をお待ちしております)


 そして断末魔の声が止んだ。

 燃える巨星の業火に焼かれて圧し潰され、魔王軍五棘エスピーナ、第四ノクアント・エスピーナのギネーベスピアスが滅ぼされた。

 直後、夜空に【菊 五重】が放たれ、大輪を咲かせた。勇者一行は窮余の一策と判断したが、別の印象を持った者もいた。


「ナ~ゴ」

「……うん。きれいだね、ピカラ」


 ピカラを抱き上げたティリオが言った。激戦を制した後とは思えない無垢な瞳に、火の花が映り込み、やがて消える。


(お疲れ様でございました、ギネー様。ご立派な往生でございました!)


 そんな思いを混めて、ピカラはもう一鳴きする。


「ナ~~~ゴ!」


 月明かりと静寂が荒野に戻ってきた。


「……なぁーにケロッと突っ立ってやがんだお前は! こっちは全員、満身疲労で立ち上がれねーってのによ!」


 ティリオの背中に浴びせられたオウレンの怒声。慌てて振り返れば、仲間達がお尻に根を生やしたように座り込んでいた。それもそのはずだろう。プニカ、マロウ、オウレンは、全想力をつぎ込んだ大技を使ったし、シンジュは細やかなサポートに想と精魂を注いだ。一人残らず、想を使い果たした状態なのだから。


「――来てくれてありがとう。オウレン。マロウ。シンジュ」


 大切なことを思い出したとばかりに、ティリオが笑った。つぼみが綻ぶような微笑みだった。不平を口にしたはずなのに、返ってきたのは純朴な笑顔で、オウレンは顔を真っ赤にしてムキになった。


「ばっっっっ……てめぇのためじゃねーし!!?? 俺ぁシンジュの口車に乗せられただけだっつーの!!」

「口車?」

「俺は口車になんて乗せた覚えもなければ、参戦を了承した覚えもないんだけどねー……」


 蚊の鳴くような声を出したシンジュは、背中にも根を生やしていた。要領を得ない会話に、首を傾げるティリオ。見兼ねたマロウが説明する。


「選ばれし者は選びし者。ティリオとプニカが名乗った時、ギネーベスピアスが口に出したじゃない。意味するところを見抜いたシンジュが、私とオウレンに解説してくれたのよ。ティリオに向かって声高に語ってた内容と、大体同じだったかな」

「ヘン! 小癪なこと抜かしやがるから、いっちょ総出で選びに来てやろうと思ってな! んでお前らに追いついてやったわけよ」

「そうだったのか……」

「俺は無理やり連れてこられたんだけどねっ」

「それなのに大活躍してくれてありがとう、シンジュ! 風を使った連絡手段の【エーコー】のお陰で連携が取れたし、あの魔人が大穴に落ちた時も体勢崩してくれたし、何より【パンペロ・スシオ】がなければ作戦が成り立たなかったもんね!」

「プ~ニ~カ~! それだよ~! もっと褒めて!」

「シンジュは本当にすごいよ」

「マ~ロ~ウ~! ほらほらぁ、オウレンも彼女らを見習うべきなんじゃないのー?」

「はーあ? ……あー、ハイハイ。感謝してるぞー、シンジュー。ごくろーさん」

「心がこもってない!」

「これ照れ隠しだよね、プニカ」

「うん。照れ隠し、照れ隠し。さっきティリオにも同じことしてた」

「う、うっせ……! おいティリオ、突っ立ってねーで肩くらい貸せよ!」


 オウレンの言葉に全員がティリオを向いた。ティリオもまた全員を見ていた。


「ギネーベスピアスの言ったことはさ、一意見に過ぎないよ。選ぶも選ばないもその人の自由だ。おれの言った、自分を突き動かす真実のあり方だって、自由でいいんだ」

「お、おう……いきなりどうした?」


 ティリオは、オウレン、マロウ、シンジュ、プニカ、ピカラと、一人ずつ名を呼んでこう言った。


「愛してるよ。ただ居てくれる、それだけでもうおれはみんなが愛しいんだ――」

 突然された愛の告白。数秒後、素っ頓狂な声達がラアア荒野を叫叫とした。


      +++


 魔人界ソサエティー。魔王城。城部一階、議事室。

 ギネーが消失すると同時に、エリーネルンの手元に赤薔薇が現れた。それを冠に飾って彼女は言う。


「大義であった、ギネー……!」


 他の五棘エスピーナも、思い思いの作法で敬意を表した。エクリプスは、胸に手を当て、頭を垂れた。ノヴァールは拍手を送った。淡雪は、大穴に焼きついたギネーの影をじっと見つめた。ロクレアはやはり、滂沱の涙を流していた。

 しばらくして、床を鞭打つ音が響く。ノヴァールの尻尾が立てたこの音は、会議などで話が逸れた際に、場の仕切り直しの合図としてよく使われる。


「――失礼いたしました。ええー、次なる勇者一行との対戦相手ですが、ぜひこのわたく――ひぅっ⁉」


 モノクルを妖しく光らせ、張り切って立ち上がったノヴァール。一番手は逃したが、二番手は譲らない。そんな風に意気込んでいたのだが……、否、意気込んでいたからこそ、またもや気絶させられてしまった。


「次鋒はワタシが務めさせていただく」


 金平糖のように甘く可愛らしい声色を響かせたエクリプス。腕利きの人形師が声に合わせてしつらえたかのように、容姿もまた大変可愛らしい。現実離れした可憐さだ。クマのぬいぐるみがさぞ似合うだろうが、あいにくと今手にしているのは、一九〇センチはあろうノヴァールだった。


「許せ、ノヴァール」


 ノヴァールを席に座らせ、エクリプスはエリーネルンに請う。


「エリーネルン様、ご許可を」

「構わぬが、そなたといいギネーといい、ノヴァールを気絶させずともよかろう。ちと不憫だ」

「申し訳なく……。ワタシは口が回りませぬ故、ノヴァールに反論されては敵いません」

「だから黙らせたと?」

「先手必勝」

「作法に乗っ取らず攻撃するとはそなたらしくもないな」


 どこか楽しそうにエリーネルンが窘めた。エクリプスとの会話が思いの外弾んでいるのを喜んでいるらしい。蚊帳の外にいるロクレアと淡雪は、母親に相手をしてもらえない幼子のように物欲しげな表情を浮かべていた。


「是が非でも譲れなかったもので、面目次第もなく……」

「よいよい。思惟あってのことなのだろう。そなたは妾の道具たろうとしてくれるが、そなたは道具ではないのだからな。ノヴァールには妾から取りなしておこう」

「我が身には過ぎたご配慮、恐悦至極に存じます」

「とはいえ、時を置かずして赴いてはならぬ。しばしあの子らに休息を与えてからだ。よいな?」

「仰せのままに」


 跪き頭を垂れるエクリプス。エリーネルンは満足げに頷いた。


「うむ……!」


 傍で見ていたロクレアと淡雪は、エリーネルンがいつになく上機嫌であることを見抜いていた。理由までは察せられなかったが、嬉しそうな主を見ているだけで幸福なので、深く考えることはなかった。


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