一章 始まり、そして旅立ち
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
魔王城の扉が開かれた。
その扉が〝人間〟の手によって開かれたことは未だかつてなかった。
開門の音を玉座で聞いていた魔王――エリーネルンは、天を仰ぎ、息を漏らす。その身を玉座にうずめた。上質な背もたれに身体を預け、深く脱力する。
我知らず身を乗り出し、固唾を呑んでいたらしい。
(魔人類の王たる者がこの有様では、あの子らに示しがつかぬというものだ)
エリーネルンは漆黒のドレスの裾を翻し、長い足を組んだ。横柄に、けれども気品を漂わせながらふんぞり返った。
階下からエントランスを抜け、階段を駆け上がる侵入者達の足音が響いてくる。人の身でありながら魔王城の扉を破った者達――勇者一行の力強い、希望に満ちた足音だ。
階段の先こそがここ、エリーネルンが待ち受ける玉座の間となっている。
足音が止んだ。
玉座の間の扉が開け放たれる。
勇者一行の姿が現れた。
まず勇者が、次に勇者の両脇に立つヒーラーと戦士が、最後に、その二人の傍らに立つ剣士と想術師の計五人のパーティー。
一様に油断なく身構える勇者一行を認め、エリーネルンは微笑んだ。万感の思いを噛みしめていた。
(――お前達、よくぞ……)
「――よくぞここまで辿り着いてくれた。勇者達よ……!」
それからエリーネルンは、全生物の生存本能を脅かすような声で言った。
「さあ前に出よ。そして跪き、頭を垂れるがよい」
「妾に手向かった褒美だ。首を刎ねてやる」
魔王がそう勇者一行に宣った後、戦いの火ぶたは切って落とされた。
――― 勇者、来る ―――
魔人界。魔王城。城部一階、議事室。
現在ここでは、重要な会議が行われていた。
「――皆様におかれましては既に承知……いえ、百も承知のことと存じますが、近年、我が魔人界では一般魔人による自殺が深刻な社会問題となっております」
右の眼窩にモノクルをつけた異形の男が、生真面目な口調で話した。
男の名はノヴァール・グレイリス。
魔王エリーネルンの親衛隊――五棘の第一ノ棘を務める栄誉ある魔人だ。
種族は蛟で、鱗模様の立襟燕尾服の下からは尻尾が伸びている。
たてがみのように逆立った髪は赤く、ところどころオレンジがかっている。本人は逆立った髪がだらしなく思えて不服らしい。なので、せめての身だしなみにと、襟足の神を伸ばし、編んでまとめている。
肌の色は薄い青。キリリと釣り上がったまなじりと黄色の瞳が、青白い肌と相まって、神経質そうな印象を与えていた。
外見から推測される年齢は二十代半ばに見えるが――
「我ら魔人類の寿命は、千年の幼年期を経て成人となることからわかるように、長く果てしない。現在に至るまで自然死した魔人は一人も確認されておりません。その超長命がゆえに、生に疲れ、病み、そして倦み、やがて自死を渇望し、実行に到ります。また、一口に自殺と言っても、強靭な肉体と生命力を誇る我ら魔人類の自殺手段は凄絶を極めるため、魔人界のみならず、人間界はおろか、この世界をも傷めてしまう由々しき事態となっております」
ノヴァールは少し間を置いてから続けた。
「会議を重ね、幾つもの解決策を講じてきましたが、成果は成果とも呼べぬ微々たるもの。未だ問題解決の取っかかりすら掴めていないのが現状です」
ノヴァールが一礼をして着席してしまうと、円卓には気分のふさぐ沈黙が舞い降りた。
円卓にはノヴァールを入れた六人が座している。
重苦しい沈黙を破ったのは、魔王エリーネルン。
魔人界の支配者にして、全魔人類の主たる彼女の正式名称は、エリーネルン・アン・ユファイン・シャールファンステン。
種族は野茨の樹木子とされている。不確定な表現になるのは、その異次元の強さが起因している。もはや、種族は神と言っていいレベルの強さなのだ。
肌の色は瑞々しい若葉色。深紅色をした高貴な長髪の頂には、五色の薔薇が咲く冠を載せている。
切れ長の妖艶な目。色は蠱惑的な紫。ぶるんとした唇には、女王の嗜みとしてルージュが引かれている。形が整っているため、見る者には微笑みを湛えているように映った。
優雅で上品な漆黒のドレス纏う体躯はグラマラスで、色香が滴るかのようだ。身長もかなり高く、一八〇センチはあろうか。
実年齢は二千歳をゆうに越しているものの、見た目は二十代半ばから後半といったところ。
一脚だけ明らかにグレードの違った、群を抜いて豪奢な椅子に腰かけていたエリーネルンは、僅かにあごを引いた。たっぷりとした髪が、とぅるんと滑り落ちる。
「……全て、妾の不徳の致すところだ。すまない」
たちまち、エリーネルン以外の魔人が、椅子を蹴飛ばして立ち上がった。
「頭をお上げください!」
「断じてそのようなことはございません!」
「あり得ません!」
「ち、違うよぉ……! あ、違います、です……っ!」
「主様には一点の非もありません。あろうはずがない。それが我ら五棘の、延いては全魔人類の総意です」
他の魔人達が血相を変える中、幼くも冷静な声で少女が言った。
第三ノ棘のエクリプス・ランドラーだ。
十歳前後の容貌をした彼女の種族は、大蜘蛛。
幼い体に、女性騎士が着るような、甲冑つきの黄色いドレスをまとっている。
頭髪は白い。ツヤの部分がピンク色をしているのが可愛らしい。長さは腹部辺りまでのお姫様カットだが、両耳の上で一部の髪を束ねたハーフツインテールにしている。
前髪の少し上には黄色い薔薇が飾ってある。これはエリーネルンより賜った、五棘の証。ノヴァールも胸ポケットに青薔薇を挿している。
肌も髪と同様に白かった。病的を通り過ぎて死人のような白さだ。
大きな目は、どこか虚ろで焦点が合っていない。酸素に触れて黒くなった血液の色をした瞳が、今は姿を現している。
尊き御方を常時視界に入れるなど不遜。そう考えるエクリプスの双眸は、ひっそりと閉じられていることが多い。それゆえ、開眼には色々と訳がある。
現在、鋭く開かれた右目の理由は、同胞への叱責だ。
「……ノヴァール。卿も少し言葉を選べ。お優しいエリーネルン様がご自身を責めることくらい、想像に難しくなかっただろう」
ノヴァールが深々と頭を下げた。
「た、大変失礼致しました」
「よい。皆も座れ」
示し合わせたかのような動きで、五棘が着席した。ただし、ロクレアだけはワンテンポずれていた。誰も気に留めないので、それが常なのだろう。
「皆よ、妾は一度たりともお前達の働きに不満を覚えたことはない。それは何故か。お前達の妾への揺るぎない忠誠心を感じているからだ。仮にお前達に何か失態があったとしても、妾からすれば他愛もない、いや、愛すべきポイントだ。それを踏まえた上で聞け」
主から悶絶ものの言葉を聞かされ、顔面崩壊を余儀なくさせられたのも束の間、
「妾は知っている。お前達とて、生に倦んでいることを」
五棘の顔が凍りついた。更に追い打ちがかかる。
「それは何故か。妾もまた同じだからだ」
エリーネルンは気だるげな息を吐いた。
「おねーちゃ……じゃなくって、え、えりーねるん様」
痛ましい表情を浮かべた女性――ロクレア・タン・ゼンが、玉座のすぐそばに膝をついた。
第五ノ棘であるロクレアの種族は、だいだらぼっち。
外見年齢は二十代前半ほど。くりくりとした大きな瞳は左右で色が違っている。向かって右が薄いピンク、左が濃い黄緑。太眉。
グラマラスなエリーネルンよりも更に肉感的なボディーを、ダンサーを彷彿とさせる衣装で包んでいる。ブラジャー風のトップスに、ハーレム・パンツ。色は緑。宝石を使った煌びやかな装飾がなされている。
髪は外跳ね外広がりのボブカット。一部の髪を伸ばしておさげにしている。色は青。
五棘の証たる茶薔薇は、エクリプスとは逆の位置の前髪に。
ロクレアは、エリーネルンの右手を自身の両手で包み、慰めるように撫でた。エリーネルンと最も付き合いが古く、姉同然に慕っている。エリーネルンもまたロクレアを妹のように思っている。
妹分の憂色を和らげようと、エリーネルンはロクレアの小麦色の頬を撫でた。眼差しと微笑みに、圧倒的包容力を携えて。
「案ずるな、ロクレア。妾は平気だ」
「う、うんっ」
ロクレは気がつけば立ち上がり、自席まで導かれていた。主の優雅な振る舞いに、ロクレアだけでなく、全五棘が心を蕩けさせた。
「魔人類(我ら)の生は、生きるには長すぎるようだな。とはいえ、妾達は容易には死ねぬ。かつての過ちから同士討ちもできぬようにした。とするならば、自死以外の手は一つしか残されていない」
エリーネルンは玉座にふんぞり返った。
「魔人類以外の者に滅ぼしてもらうのだ」
五棘は、初めこそ不意を突かれた表情を見せた。しかし、すぐにそれも曇り顔に切り替わる。
「いやいやいやいや~。エリーネルン様? それはちょっと無謀ってやつですよ~」
頬杖をついた男が、チャラチャラと手を振った。軽薄な口調ながらも毒気はなく、むしろ愛嬌を感じさせた。
彼の名はギネーベスピアス。エリーネルンを含む魔人達からは、ギネーの愛称で呼ばれている。
第四ノ棘を務めるギネーは、エリーネルン配下の魔人達の中であれば、頂点に君臨する強さを誇る。加えて頭脳明晰。
チャラッチャラッとした見た目に反し、思慮深く冷静。エリーネルンからの信頼も厚い。素直に認めたくない者もいるだろうが、五棘の精神的支柱にもなっている。
種族は鵺。概ね人型だが、足は虎の足で、蛇の頭の尻尾も元となった鵺のまま。
ぱっちりとしたオレンジ色の釣り目。猫のような口が常に不敵な笑みを浮かべている。
頭髪は、まるでチューリップをさかさましたような、毛束感のあるショートカット。アンテナみたいな癖毛が一本そそり立っている。色はツツジ色。
髪の色も派手なら、着ている物も派手だった。鵺をモデルにした直垂で、胴体は狸、袖と袴は虎柄。襦袢と小袖も華美な色を合わせている。
履物はなく、裸足というか虎足。
五棘を象徴する赤薔薇は、直垂の胸紐に飾っている。後頭部に猿の面を、両耳にはイヤーカフスがずらっと並んでいる。
外見年齢は二十五歳前後。身長はノヴァールより高く、一九五センチといったところ。
「ギネーの言う通りだと思う。人間の強さってはっきり言ってカスだもん。関わりたくないよ、僕は」
人間への不快感を露わにした少年は、淡雪・サン。
第二ノ棘で、種族は白羽の烏天狗。烏天狗と言えば黒羽が相場だが、淡雪の羽は真っ白い。肌は真っ赤だ。
外見年齢は十代半ば。身長は一六〇センチほど。
緑がかった艶のある黒髪で、顔の右半分を覆っている。左側の髪は後ろへ流し、後頭部の髪とまとめてボサボサと無造作に束ねられていた。不器用なのか、はたまたわざとか。一方で、五棘を象徴する白薔薇は、束ねた部分へ丁寧に飾ってある。
目がくっきりと大きく、五棘の中でも一際大きい。瞳の色は白に近い灰。
服装は、これまで紹介したドレスや燕尾服や直垂と違い軽装だった。
胸当てに、裾の広がった膝丈パンツ。へそ出しスタイル。動きやすそうなブーツに、手甲。口元を隠した長いマフラー。
全て黒で統一されている。どことなく忍者を連想させる姿だった。
「わかっておる」
全員に向かってエリーネルンは言った。
実際に異を唱えたのはギネーと淡雪だけだったが、口を結ぶ他の五棘もまた彼らと同意見であることを見抜いていた。
そもそも突拍子もないことを言い出しいている自覚くらいあった。
「そこで、妾は一計を案じた。妾達を滅ぼせる人間がいないのであれば、育めばいいではないか」
この発言にはさしもの五棘も口をあんぐりと開けた。
辛うじてギネーが聞き返す。
「……といいますと?」
「妾達の手で勇者を育てるのだ。――名付けて〈勇者計画〉」
「「「「ゆ、勇者計画⁉」」」」
魔人界前代未聞のプロジェクトが始動する――?
+++
今から九年前、女神暦一九二〇年、魔王軍が人間界へ進軍した。以来人類は、真綿で首を占めるかのごとく、じわじわと脅かされている。
そして、女神暦一九二九年現在。人間界。西大陸の北西。砂丘地帯、ラハナス砂漠。一年を通して吹き荒れる砂嵐を越えた先にある、辺境の村ソーテ。
家屋は五軒。一際大きい家屋を中心に、四件の家屋が四方に並ぶ。家々の足元には、芝生が円形絨毯のように敷き詰められていた。
東側に手押しポンプの井戸。水源は、すぐ隣にあるオアシスから。井戸の真下に位置する畑には、種々様々な野菜がつやつやと光っている。南側には門が据えてあり、両脇から伸びた塀が北側で結合している。
砂丘のただ中に芝生? 浩浩たるオアシス? 実り豊かな畑? それだけでなく、門も塀も、朴訥とした村には少々不釣り合いな堅牢さをしている。
ふふ。それもそのはず。この人の手の届かぬ辺境の村は、〈勇者計画〉のため、エリーネルン様自らが指揮を執り、作られたのですから。
そして、そのソーテには今、五歳になる五人の人間の子供達が集められていました。
ある子供は虫を追い、ある子供は寝転び、ある子供は呆然と座り込み、ある子供は井戸の水で遊び、ある子供はぼんやりと空を眺めている。
少年少女の傍らには、思い思いに過ごす子供らを見守る、高貴なるお二方の姿が。
「飢餓で大国から見捨てられた村はどうした?」
「現在、《ソサエティー》にて保護しております」
「劣悪な環境にあった奴隷達の処置は?」
「そちらも滞りなく。エリーネルン様……いえ、エンジュ様。その件で一つよろしいでしょうか?」
「なんだ、ノヴァ……フヨウ」
「はい。エクリプス……いえ、ザクロから奴隷達の中に一人、身寄りのない五歳の少女がいると報告を受けました。あそこで座り込んでいる少女です」
「ふむ。また五歳か」
「はい」
「奇遇なことに妾……私も五歳になる少年を保護している」
「ははあ。あちらで、空を眺めている少年ですね」
「身寄りのない五歳の少年少女が五人集まった。これは天啓かもしれぬな」
「……では?」
「ああ。この子らに託してみよう」
魔人類を滅ぼす宿命を背負った五人の子供達、勇者一行のメンバーは次の通り――
まず一人目。虫を追いかけていた子供。赤みがかった黒髪の少年。名はオウレン様。地方の村の裕福な家の生まれ。男児を望まなかった母親に、屋敷の外の焼却炉に放り込まれたところを、ギネー様が救出、保護。
二人目。芝生に寝転んでいた子供。青い長髪の少年。名はシンジュ様。ある王族の四男ながら、お家騒動に巻き込まれ、殺害されかけたところを淡雪様が救出、保護。
三人目。井戸の水で遊んでいた子供。水色髪を二つのお団子にした少女。名はプニカ様。雪に閉ざされた故郷を、自分もろとも滅ぼしかけていた。その寸前でノヴァール様が救出、保護。
四人目。呆然と座り込んでいた子供。緑がかった黒髪の少女。名はマロウ様。娼館で下働きをさせられていた奴隷達の一人。エクリプス様が救出、保護。
五人目。ぼんやりと空を眺めていた子供。青みがかった銀髪の少年。名はティリオ様。とある宗教団体が運営する孤児院で生活。優等生だけがなれる栄誉ある人柱として選出。海に沈めかけられていたところを、エリーネルン様が救出、保護。
齢五歳にして惨憺たる経歴を持つ少年少女を育成する御方々が次の通り――
まず一方目。敬愛する我らが魔王、エリーネルン様。人間擬態時のお名前は、エンジュ・カイカ様。五十代女性。引退した大国最強の軍人という設定。
二方目。第一ノ棘、ノヴァール様。人間擬態時のお名前は、フヨウ・ユーク様。八十代男性。とある国の顧問想術師だったという設定。
三方目。第二ノ棘、淡雪様。人間擬態時のお名前は、ウルシ・リュラ様。五十代男性。この辺境に村を作り、一人無幻の研究をしていた想術師という設定。
四方目。第三ノ棘、エクリプス様。人間擬態時のお名前は、ザクロ・アグラ様。七十代男性。裏世界において名うての暗殺者だったという設定。
五方目。第四ノ棘、ギネー様。人間擬態時のお名前は、キクバ・レオニス。五十代男性。とある国の元戦士長という設定。
六方目。第五ノ棘、ロクレア様。人間擬態時のお名前は、スオウ・カイカ様。五十代女性。エンジュ様(エリーネルン様)の妹君で、子供達のお世話係という設定。
御方々自らが保護した子供の師となり、勇者一行を育成する日々の始まりです。
+++
――五人の少年少女が揃ってから早くも数ヶ月が経ちました。〝勇者となる人物を〟をモットーに、健全な精神と肉体となるよう日々育まれています。
本日は彼らの生活の一部始終を見ていきましょう。
……とその前に、ここでわたくしも一度自己紹介をしておきましょう。偉大なる魔王エリーネルン様より、勇者達のお目付け役を命じられました、ピカラと申します。
幼い少年少女に好かれるため、デフォルメ色著しい仔スナネコの姿に化けていますが、立派な魔人でございます。
ご覧にいれましょう、この口の禍々しい本性を。簡略化された十字型の口とお思いでしょう? しかしこの口、なんと四方に開くのです。
……ほら、お聞きいただいたでしょう? シュアアアアアアァァというおどろおどろしい効果音を。それだけではございません。
ご覧ください、この鋭くも恐ろしい牙の数を。これこそわたくしめが魔人である証なのです。ふふふ。どうぞ以後お見知りおきを。
「ピカラー! おいでー、お勉強始まっちゃうよー!」
おっと、わたくしの拾い主であるプニカ様がお呼びです。
「ナ~ゴ」
返事をして、すぐさま駆けつけます。差し出された小さな手に乗り、腕を伝い肩の上へ。ここがわたくしめの定位置です。
「ピカラはおりこうね」
わたくしの額を一撫でしたプニカ様。ここへ来た当初の無表情とは、比べ物にならない笑顔を浮かべていました。
「いこう」
五軒あるうちの一軒。中央に位置する家屋が、少年少女の住まいにして学び舎です。加えて、エンジュ様(エリーネルン様)、スオウ様(ロクレア様)の自宅でもあります。
勉強は勉強室で行われます。午前の部は座学。字の読み書き、四則計算、物語文の読解力、人間界の地理・歴史、町での振る舞い方、魔王と魔人類についてのいずれかと、野外活動、武術、兵法、それから無幻について学びます。
……無幻とは如何なるものか、ですか? ええ、ご説明いたしましょう。
無幻とは、無限にして、夢幻のような力。作り話に出てくる魔法に該当する力を、この世界では無幻――幻で無い力の意――といいます。
無幻は一定以上の想(生命の源にして、万物を創造する源)を持ち、かつ操る才能のある者が使えます。
我ら魔人類は全員使うことができますが、人間には使える者とそうでない者に分かれるようです。また、使える者でも、戦闘するレベルに達する者は多くありません。
とはいえ、想は基本的に誰もが有しています。ですが、訓練をしなければ実用レベルに到りません。人間が使える者とそうでない者に分かれるのは、訓練の仕方を知らないからでしょう。
つまり、無幻を使える人間というのは、先天的に訓練せずとも無幻を使える才能を持っている、あるいは、我知らず訓練に値する行動を取っていた者達となります。
「――前回、無幻は大局的見地から六つの属性に分類されておると説明したが、覚えておるかな? そうさな、左から一人ずつ自分の属性を言ってもらおうか」
とある国の元顧問魔術師という設定のフヨウ様(ノヴァール様)が、少年少女へ問いました。
本日の午前の授業は、一部は文字の読み書き、二部は四則計算、そして三部はこの無幻についての座学です。
「おれ、植属性」
と、ティリオ様。
「わたし、水属性。……それと氷」
プニカ様。
「金属性」
マロウ様。
「俺は炎属性だ」
オウレン様。
「……すー、すー。んあ? あぁ、風属性」
シンジュ様。
ちなみに、彼らの属性は各々の師である御方々と同じです。
「よろしい。最後の一つが土属性じゃ。この六つの属性は、炎と水、地と風、植と金、とそれぞれ相克関係にある」
フヨウ様(ノヴァール様)が、黒板に六角形を描きました。頂点から時計回りに、植、炎、土、金、水、風と記し、相対する文字へ矢印を引っ張ります。
「フヨウ先生ー。人も魔人も魔物も、生まれ持った一つの属性しか使用できないんだよな? だったらどうしてプニカは二属性、それも他にはない氷なんて属性を持ってるんだよ?」
オウレン様が質問しました。やや不満そうなのは、自身が持たない二属性をプニカ様が持っているからでしょうか。
「それにはプニカの特異体質が関係しておる」
「特異体質ってなん――」
「いずれわかる時が来る。はてさて、オウレン? 該当する属性の中で、更に二つの系統に分類できるが、名称を答えてくれるか?」
「……日系統と月系統。日系統が攻撃性の高い現が使えて、月系統が補助性の高い現が使えまーす。系統も基本的にはどちらか一方に分類されますが、属性と違い両系統使える人もいまーす。ついでながら、現とは独自の戦闘技術を指しまーす」
「うむ。次の質問を予測して、聞かれぬことにも答えてくれるとは、その敬老の精神やあっぱれじゃ」
反抗的とも取れるオウレン様の態度はサラッと流されました。
「ちぇっ」
フヨウ様(ノヴァール様)は、先ほどと同じ順番で少年少女に自身の系統を答えさせました。
「おれ、日系統」
「わたし、月系統。……それと日系統」
「日系統」
「日系統でーす」
「むにゃむにゃ、日系統ぉ……すー、すー」
「よろしい」
正直、パーティーバランスがよくありませんね。属性は偏りがないですが、系統は日系統ばかり。月系統は体力回復、状態異常効果・解除、肉体強化などが行え、いわばパーティーの生命線。欠くことはできません。せめてあと一人は月系統者がいるのが理想でした。
「自分の系統をよくよく理解した上で現に至るように」
承諾の返事が五つ。
「ワシらは生まれ持った一つの属性しか使用することができない。だが、現という独自の戦闘技術には決まった型がない。使用者の想像力次第で如何様にもなれる。現は千差万別じゃ。意図しない限り、もしくはよっぽど安易な発想をしない限り、同じ現を使う者は現れぬだろう」
フヨウ様(ノヴァール様)が締めくくりに言いました。
「よいか、常に想像力を働かせるのじゃ。想像に限界を与えてはならん。想像の中でできないことは大抵、現実の世界でもできぬものじゃ。しかし、想像の世界に限界などない。何だってできる。そう信じるのじゃ。想像力と信じる力というのは無幻だけに留まらず、万事において要となりうる。――午前の授業はここまでじゃ。日直はティリオだったな、頼む」
「きりーつ、れーい。ありがとうございましたー」
号令に続き、輪唱。
「「「ありがとうございましたー」」」
「すー、すー、……ござぃましたぁー」
少年少女がわっと一斉に教室を飛び出しました。向かうは食堂。
待ちに待った昼食休憩の時間です。
食事はスオウ様(ロクレア様)が用意しています。毎食とも、子供の健やかな成長を考慮し抜いた、素晴らしい献立となっています。
少年少女は流線形のアーティスティックな意匠の食卓に着き、銘々に「いただきます」と手を合わせました。
「ピカラちゃんのご飯はこっちよ」
恐れ多いことに、わたくしの分まで用意していただいています。
「ナ~ゴ」
有り難く頂戴します、との気持ちを込めて深く頭を垂れました。
「よしよし」
スオウ様(ロクレア様)がわたくしの頭を撫でています。あわわ、お手が汚れます。
それにしても、人間擬態時のロクレア様は、本来のお姿と異なりスレンダーです。他の御方々、エクリプス様やギネー様も、本来のお姿とは大きく異なった擬態をしていらっしゃいましたね。何か意図があるのでしょうか? きっと、下賤なわたくしには到底及びもしない、深いお考えがあるのでしょう。
わたくしはわたくしに与えられた役目を果たすのみ。餌を食みながら、少年少女を窺います。
「オウレン、つぎハンバーグね」
シンジュ様は何かと他人任せです。今もオウレン様にしな垂れかかかっています。お行儀の悪い行為ですが、王家の血筋のなせる業でしょうか、気品があります。
腰まで伸ばした長髪もよくお似合いです。お顔立ちも華やかです。下まつ毛の目立つ山吹色の垂目が、蠱惑的な印象を与えます。将来はさぞ艶福家になることでしょう。
「あのな、俺はお前の母ちゃんじゃねーんだけど?」
「やだな、当たり前じゃん。何言ってるの?」
「だったら自分で勝手に食えや! 腹立つヤロウだなあ、おう!」
「怒らない、怒らない。ほら口開けるから。あーん」
「はい、あーん……じゃねえ!」
オウレン様は何だかんだ世話焼きです。鋭い目つきの三白眼も、言動も怒って見えますが、よくこうしてシンジュ様やティリオ様の面倒を見ている場面に出くわします。
ある程度の教育を受けていたようで、読み書き計算と行儀作法を習得していました。精神面においては、五人の中で一番早熟しています。……生意気盛り、と言い換えることもできます。
小柄ながら、皆さんの兄貴分です。
「罪深き我が身の糧となる全ての命と、罪深きわが身に食物を与えてくださる教主様に感謝をブツブツブツ……。この身は教主様の手足となりブツブツブツブツ……」
インチキ教主への信仰が未だに篤いティリオ様です。信心深過ぎます。言われたことを何でも真に受けてしまいます。しかし、その疑うことを知らない性格がプニカ様の心を開きました。
草木や花が大好きな純朴な少年。アクアブルーとエメラルドグリーンのグラデーションが美しい、純粋な瞳をしています。
ですが、どこか一癖抱えている印象があります。純粋さが危うく感じられるとでも言いましょうか。美しい純白の薔薇にも棘があるように。
「お祈りの内容はともかく、一生懸命なティリオかわいい! すき!」
ティリオ様に首ったけのプニカ様です。黄色の大きなたれ目の中に、ハートマークが幻視できそうです。あの凍てつくようだった心を、よくぞここまで熱烈にできたものです。
雪国出身者は肌が白くきめ細やかと聞きましたが、まさにその通りですね。水が大好きで放っておくと一日中浸かっています。水好きで、水属性で、なおかつ髪の色も水色。まるで水の妖精のようです。
「ティリオもプニカも、早く食べないと冷めるよ?」
オウレン様を兄貴分とするなら、お姉さんに当たるのはこのマロウ様でしょう。
礼儀正しく、誠実で努力家。五歳児相手には大仰な言葉かもしれませんが、なんのなんの。そんなことはございません。マロウ様は自身を拾ってくれた家族にお金を渡すため、奴隷商人に身売り。高級娼婦になれると見込まれ、娼館に買われた後は、下働きの傍らで教養と芸事を身につけていました。劣悪な環境にもかかわらずです。
切れ長の大きな目は凛々しく、ピンク色の瞳は優しく、幼いながら紳士的な少女です。
「ふふふ」
小気味のいい笑い声に、わたくしは顔を上げました。カウンターに両肘をつぎながら、フヨウ様(ロクレア様)が少年少女を見守っていました。
とてもお優しい表情をしておられて、何だかわたくしまで嬉しくなってしまいました。
昼休憩を終え、午後の部です。野外活動、武術、兵法、無幻の実技を習います。主に師弟ごとに分かれて行われます。
「ほれほれオウレンどうした! もうへばったのか⁉」
「うっせー! へばってねーよ!」
戦士然とした大男のキクバ様(ギネー様)目がけて、斧を振り上げるオウレン様。打ち込み稽古の真っ最中です。
「ガハハハハッ! その調子だぁー、どんどん来ぉーい」
「へへっ。おうよ!」
大変仲のいい父と息子のような間柄に見えますね。本来は飄然とした美男子であるギネー様の、熱血漢溢れる振る舞いも尊く、胸を打つものがあります。
「――はああっ!」
「……甘い……」
「ぐぅっ!」
一振りのナイフを手に、老紳士へ斬りかかったマロウ様。ですが、弾き返されてしまいました。
「どうした、マロウ。私はまだこの場所から一歩たりとも動いていないのだぞ」
眼光鋭くザクロ様(エクリプス様)が言いました。中折れ帽を直す仕草や、凛然とした佇まいが凄腕の暗殺者を連想させます。元の可憐な少女のお姿とのギャップ、このピカラ恍惚を覚えてなりません。
「も、もう一本お願いします!」
「その前に呼吸を整えなさい。乱れた呼吸からは乱れた技しか生まれない」
「――はい。失礼しました、師匠。……ふぅ、すーっ。もう一本、お相手願います」
「いい目だ。お相手仕ろう」
互いを一己の存在として認め、敬っているのがわかります。
「シンジュ。きみは近接戦闘はしなくていいよ」
「しろと言われてもする気ないし」
「綺麗な顔が傷一つでも負ったら大変だ」
「ウルシ匠のその俺への過剰かつ歪んだ愛情、対応に困るんだけど?」
「大丈夫。きみの無幻の解釈と把握力は素晴らしい。天才の域、祝福のサインだよ。無幻を使わない野蛮な戦闘なんて他の子らに任せてしまえばいい。きみは輝く聖戦を往くんだ」
「何で俺の師匠だけこんなんなの?」
「だめだ、シンジュ。会話に気を取られているよ。それは過ちのブレスだ。心に静謐を保たなければ、無幻は飛翔できない。翼を失ってしまう」
「ホント何で俺の師匠だけこんなんなの? 五十代でこの妙なポエティックさやばくない? 人の話聞かないし。こんな辺境で無幻の研究なんかしてるせいだよね、絶対」
シンジュ様とウルシ様(淡雪様)は、想の練度と精度を高める修行をしています。てんで会話がかみ合っていないと思いきや、修行自体は順調。さすがは淡雪様です。普段の繊細な少年っぽさを一切感じさせず、浮世離れした風変りな人物を見事演じておられます。
「プニカよ、お主は生まれながらにして強者じゃ。なぜかわかるか?」
「水と氷の二属性が扱えるから? それと特異体質?」
「そうじゃ。二属性も特異体質も、おそらくはお主の血脈だけが持ちうる傑出した力。まぎれもない強者じゃ。わしが渇望してもなれなかった。わしはお主が羨ましい」
「フヨウ師匠……」
フヨウ様(ノヴァール様)に頭を撫でられているプニカ様。こちらも想の練度と精度の修行でしょうか。前の師弟とは異なり、きちんと会話になっています。
「さりとて、基礎を疎かにしては強さの持ち腐れじゃ! 才能に胡坐を掻くなぞ愚の骨頂! よいな、プニカ」
「はいっ、はいっ、はいっ!」
ワンセンテンスごとに、顔を覗き込むフヨウ様(ノヴァール様)に対し、プニカ様は律儀に頷き返していました。孫娘大好きなお祖父ちゃんと、お祖父ちゃんが大好きな孫娘のようで心が温かくなります。ノヴァール様の老人口調も巧みで、わたくしは役得でございますね。
残る一組は? と視線を動かし、わたくしは固まってしまいました。
「――ティリオ?」
付近を見回すエンジュ様(エリーネルン様)。ティリオ様の姿が見せません。
いったいどこへ? と思うが早いか、エンジュ様(エリーネルン様)のおみ足が門へと向かわれました。慌てて追いかけます。
「オアシスだな」
なんと……。いつの間に。気づきませんでした。お目付け役として恥ずかしい限りです……。エンジュ様(エリーネルン様)の後を、トボトボと項垂れて歩きました。
オアシスのほとりにて、しゃがんでいるティリオ様を発見しました。鼻をぐしゅぐしゅと啜る音が聞こえます。どうやら泣いているようです。
「どうしたんだ、ティリオ」
柔らかなお声に、顔を上げるティリオ様。大きな目から真珠のような涙が次々とこぼれます。
「オウレンが、おれじゃ絶対勇者になれない、勇者どころか何者にもなれないって……。オウレンがそう言うんなら、なれないんだ。師匠、ごめんね……。おれ、何にもなれない」
兄同然に慕っているオウレン様の言葉を、すっかり真に受けてしまっています。
オウレン様は時折、ティリオ様にだけ意地悪をします。それはティリオ様をライバル視しているからです。勉強面、武術面においてはオウレン様が勝っています。ですが、無幻にとって大事とされる想像力と信じる力、特に信じる力において、ティリオ様に並び立つ者はいません。
「ティリオ。私がお前を保護し、生きていく術として武術を授けると言った時、お前は言ったな。〝だったらおれ、魔王を倒す勇者くらい強くなりたい〟と」
「うん。人のために良い行いをすることが、人生で一番大切なことだって教祖様が言ってたから! ……師匠に助けてもらえてうれしかったけど、でもおれ、人柱になり損なった。人のために、人の幸せになり損なった。だからせめて、今この世界の人々を不幸にしている魔王を倒すくらいしたい! それでおれは勇者になりたいんだ!」
しぼりたてのミルクのような純真無垢な笑顔。それを見てわたくしは、教育とは実に恐ろしいものだと戦慄していました。
現在の人間界では、一神教――女神信仰が主流となっています。ですが、真神や、童神といった独自の神を崇め奉る者がいて、これが問題視されています。神も宗教も人々の自由、我々魔人類にとやかく言う資格はありません。そうはいっても、真神教も童神教も、教祖やそれに追随する一部の人間が、物事を自分の都合よく解釈、または運ぶために作られた悪辣な教えなのです。
ティリオ様はかつて、イヴァンツァ島という、真神を信仰する宗教団体と生活していました。イヴァンツァ島は長らく無人島でした。湧き水が飲み水に適していない上、土の栄養が乏しく、作物が育ち難いためです。しかし、いつの間にやら人が住みつくようになりました。教祖曰く、「それは真神が与えた試練で、我々は試されている」とのこと。農作業に身をやつす信者達は痩せ細っています。十分な食事ができないのですから当然です。引き換え、教祖は肥太っています。近隣の島を根城にする海賊ラドンとのコネを持ち、信者達が収穫した僅かな作物の大部分をせしめているからです。そのような悪教の中、純粋無垢なティリオ様は優等生と言う名の奴隷として身を粉にして働き続けていました。あまつさえ、例年にない飢饉に見舞われたこの年、食い扶持を減らす手段でしょう、ティリオ様は人柱として生きたまま海に沈められたのです。
……許すまじ、教祖。エリーネルン様が救出してくださったからよかったものを。今からでも遅くありません。わたくしがササッと赴いて寝首を掻いてきま――って、ぬにゃんっ⁉ エ、エリーネルン様ががが、わたくしの額を、な、え? 撫でっっっ⁉
「……よしよし、ピカラ」
何気ない風を装いつつ、エリーネルンしゃま、いえ、エンジュ様が耳打ちしました。
「落ち着け。殺気が漏れておる」
ははーっ! ただちに!!
「――ティリオ」
五体投地するわたくしを他所に、エンジュ様(エリーネルン様)が語りかけます。
「人のために良い行いをしたい、それが人生で一番大切なことだ。この世界の人々を不幸にしている魔王を倒したい、それで勇者になりたい。真に心からそう言えるお前の心は既に勇者なのだ」
「……ぇっ?」
ティリオ様は流れ星を見つけたかのように目を剥き、立ち上がりました。希望色の帯びた声で問い返します。
「ほ、ほんとーに?」
「ああ」
「そんな簡単なことで?」
「不思議なものでな。知恵や経験がついてくると、その簡単なことがかえって困難になっていくんだ」
「んー?」
ティリオ様は首を傾げるばかり。その様子をエンジュ様(エリーネルン様)は、心底愛おしげに見つめていました。
「さあ、ティリオの心は既に勇者なんだ。ならば、あとは身体も勇者にしてしまえばいいだけだな」
「じゃあじゃあ、おれ、体を勇者にすれば勇者になれちゃうの?」
俄然やる気になったティリオ様です。
「なれるとも」
「やっ……たああーーーっ!」
胸の前でググッと構えた拳を、空へ突き上げる。まるで、体の芯よりいずる喜びを爆発させるような歓喜。今泣いた烏がもう笑う、とはこのことですね。
「ティリオ。自分は何者でもないと嘆くことはない。まだ何者でもないのなら、お前は勇者にだって、何にだってなれる」
「何でも? それって勇者以外でも?」
「そうだ。勇者以外でも、だ……」
それは、その言い方はともすると、勇者にならなくてもと、言っているようで……
「すごい」
人の子の言葉に魔人は耳を澄ますのみ――そして、
「でもおれ勇者がいい。必ず勇者になって、魔王を倒してあげるよ」
「――ありがとう」
人の子と魔人は熱い握手を交わしました。
+++
――七年後。女神暦一九三六年。少年少女ら、十二歳。
夜半過ぎ。焼き払われるは、少年少女らが育った村ソーテ。崩れるは、自らと自らの大切な師が暮らした家々。横たわるは、亡きがら。
「師匠ーっ!」
命の恩人、親、師匠、最も頼りになる存在、最も敬愛する存在――その者達の、亡きがら。
振り返るは、死を覚悟した師、エンジュの顔。
「ティリオ」
師の前に立ちはだかるは、魔王軍。禍々しき化身達。花の化身を先頭に、獣の足を持つ化身、竜の尾を持つ化身、白き翼を持つ化身、蜘蛛の脚を持つ化身が並んでいる。
圧倒的な負のオーラ。勝てる見込みが万に一つもないことを、ティリオは肌で悟っていた。
「残る不穏分子はお前のみだ。覚悟せよ」
花の化身が、凄みのある声で言った。その声を聞いただけで、ティリオは失神しかけた。寸前で下唇を噛み、堪えた。
(……ま、おう。あいつが、魔王……と魔王軍の幹部……!)
師の背中越しに、ティリオは見ていた。魔王軍の姿を目に焼きつけていた。
「覚悟をするのは貴様だ、魔王。――行くぞ!」
魔王に立ち向かう師、エンジュ。おそらくは捨て身で。ティリオは咄嗟に手を伸ばした。
「ししょーーーう!」
五指の隙間から見た後姿が、ティリオが見た師の最期だった。
形容できない衝撃音が生じ、一帯の音を掻き消した。無音の中、ティリオは木っ端のごとく吹き飛ばされた。師を案ずる意識とともに……。
――そして、夜明けがやってきた。少年少女は、畑に掘られた穴に避難させられていた。
意識を取り戻したティリオがまず認識したものは、仲間の顔。起き上がって目にしたものは、瓦礫と化した村。よみがえる昨夜の記憶。
「――みんな起きろ!」
目を覚ました少年少女は、ティリオと同様の反応を示した。
「ナ~ゴ」
傍で控えていたピカラが、頃合いを見て鳴いた。
「ピカラ! よかった、無事だったのね!」
「ナ~ゴ」
ピカラの無事に淡い希望を覚え、少年少女は師匠達の安否を確かめに立ち上がった。
……が、それも束の間のこと。変わり果てた師匠らの姿を見つけ、一人また一人と膝を折ってゆく。涙を滂沱として流しながら。
望みは絶たれた。帳のような絶望が少年少女に降りていた。夕刻まで呆然自失と過ごし、ふと誰かが立ち上がった。
「みんな」
ティリオだった。
「ごはん食べよう」
絶望の帳の中、ティリオの言葉は酷く無神経に、そして非常識に響いた。
弾かれたように立ち上がった者があった。
「てめえっ!」
オウレンだった。
「師匠が死んだってのにメシを食おうだ? ふざけんじゃねえっ!」
オウレンはティリオの胸倉に掴みかかった。
「いったいぜんたい、どーゆー神経してやがんだ!」
「だからだよ!」
真っ直ぐにオウレンを見つめて、ティリオが言い返した。アクアブルーとエメラルドグリーンのグラデーションをした目から、次々と涙をこぼしていた。
「ごはんを食べて、力をつけて、師匠達のお墓を作るんだ。家を直して、村を元通りにして、これまでとおんなじ生活をする」
怒りに眩んだ顔、心からの激情を覚えた表情で、オウレンが低く唸る。
「……忘れて生きろっていうのか? この惨状を?」
「ちがう」
しかし怯むことなく、ティリオは言い募った。
「修行を続けるんだ。おれ達は弱っちい。師匠達の修行プランだってまだこなせてない。だからそれをこなして、もっと強くなって、それから魔王を倒す旅に出るんだ。――そうだろう、オウレン?」
「お前、そこまで考えて……」
オウレンはしばし呆気に取られていた。やがてティリオから手を離し、一つ頷いてみせた。
「……ああ、そうだな。それで、お前らはどうする?」
残る三人――プニカ、マロウ、シンジュを見やるオウレン。
「私は賛成。師匠達の仇を取る」
涙を拳で拭ったマロウが同意を示した。
「わたしも行くよ。ティリオのいる場所がわたしの居場所だもん」
泣き腫らした目のまま、健気にも微笑みを作ったプニカ。一方、シンジュはいかにも真面目なふうを装って提案した。
「ごはんを食べること、師匠達のお墓を作ること、生活基盤を元通りにすることには俺も賛成。ただ、仇討ちは微妙かな。復讐をするよりも、僕ら自身が幸せになることが一番の報復になるし、師匠達もそれを望んで――」
「お前はそう言うだろうと思ってたよ。とりあえず当面の目的は一致してんだから、ごちゃごちゃ言わねーで協力しとけ」
道理にかなった提案ではあったのだが、みなまで言わせてもらえず、シンジュはオウレンに首根っこを掴まれ、強制連行された。
「ちょっ! 俺本っ当に嫌だからね? 復讐が目的の旅なんて暗っらいこと、危ないし怖いし、絶対行かないから!」
「……そっちが本音だな?」
「当っ然! ねえティリオやめよう? 撤回しようよ復讐なんて~」
「確かに危険だろうし、シンジュがそうしたいなら待っていてもいいよ。けど、おれ達が魔王討伐の旅に出ている間、ここは手薄になるよ?」
「うっ」
「一緒に行った方が安全じゃないかな。それにシンジュがいないと、おれ寂しいよ」
「う~。出たな、腹黒ティリオ! あ~もう、行ってあげるよ一緒に! 仕方ないから! でも戦わないよ!」
「ありがとう、シンジュ!」
「シンジュ、えらーい!」
「シンジュはやればできる子」
「ナ~ゴ!」
「おいティリオ。プニカにマロウもピカラも、あんまりこいつを甘やかすんじゃねー」
少年少女は手に手を取って立ち上がり、そして歩き出す。絶望の帳が未だ緞帳のように幕を閉じていても、希望の光色をした小さな足音は明日へと響いていた。
+++
魔人界。魔王城。城部一階、議事室。
つい昨夜、自らの分身と擬態した自分とで一戦交え、倒される演技をした魔王エリーネルン、ならびに五棘は、魔人界へと戻っていた。帰るなり、エリーネルンが休息を取るよう指示を出したが、彼女を含む誰一人、休むことなくモニター内蔵の円卓でティリオ達の様子を見守り続けた。
現在、円卓上では、師匠達を手厚く葬ろうとするティリオ達の姿が映し出されている。誰とは言わないが、子供らの姿に涙ぐむ者もあった。
「なんと健気な……」
目元を押さえたエクリプスが、グスッと鼻を啜った。
「ふぐうおあう、おうえうふふぅぅ~、えぅえぅえぅぅぅ~」
ロクレアはハンカチで顔を覆い、号泣している。
「あれあれあれ~? ノヴァーちゃんもしかして泣いてるのー?」
「し、失礼な! 泣いてなどいま――」
肩に置かれたネーの手を振り払おうとしたノヴァールは、ふと、ギネーの手が震えていることに気がつく。見間違いかと疑った。いつも軽薄で不真面目を装いながら、その実、冷静であろうと努める自分よりも遥に冷静なギネーが、感情を揺らしている。
ノヴァールは信じられない心持で、ギネーの顔を見た。
「ギネー、あなた……」
五棘最強にして、エリーネルンの信頼篤い魔人。憧れと尊敬の念を抱かずにはいられない存在。それゆえに嫌ってしまう、嫉妬してしまう。そんなギネーの頬を、一筋の涙が伝っていた。
「泣いたっていいじゃないか!」
「っ……はい!」
両者は、深く力強く頷き合った。
淡雪は早々に俯いた後、一度も顔を上げられないでいた。
「人間はキライ。だけど、子供はそんなでもないし……。この子らをこんな目に遭わせることないかも、ね……」
涙声の淡雪は、誰に言うでもなく問いかけた。言外に同意を求めているのが、他の五棘にもわかった。彼らもまた、淡雪と同じ気持ちだったからだ。しかし、
「――ならぬ」
エリーネルンがそれを許さなかった。
主の声にハッと我に返った五棘。慌てて主の尊顔を拝し、目の当たりにした光景に度肝を抜かれた。
泣いていた。
((((エ、エリーネルン様⁉))))
魔王が泣いていた。圧倒的強者過ぎて、他の魔人との間に世間ずれのようなものさえある魔王が、静かな清流のごとく滔々と涙を流していた。顎の前で組まれた両手もぶるぶると震え、肘を伝って円卓全体を振動させている。
「我らの身勝手に既に多くの人間を巻き込んでいる。後には引けぬ。今更やめるわけにはいかぬのだ。やり遂げなければなら、ならぬ……のだ……」
半ば自分に言い聞かせているかのように言い切った。とても辛そうだった。
(エリーネルン様が涙を……ハッ! 我々のために泣いておられる⁉)
(すべては、オレを含む弱い魔人のせいだっていうのに)
(なんてお優しい)
(そうだ。これはそもそも全魔人類を思い、エリーネルン様御自らが提案してくださった計画。いかに人の子が健気で愛らしくとも、やめるわけにはいかない)
(おねーちゃん……本当の本当はやめたいんだろうなぁ……)
「お許しください、我が君」
いち早く跪いたギネー。他の五棘がそれに続く。一人出遅れたロクレアも、座席の脇に両膝をつき頭を垂れた。
「よい。席に戻ってくれ」
五棘が着席するのを待って、エリーネルンは切り出した。
「あの子らを巻き込んだせめてもの償いとして、万全のサポートを整えねばならぬ。そちらはどうなっている?」
目線でノヴァールに問いかけた。
「はっ。自殺願望の強い一般魔人達は、既に地上にて待機をしています。勇者一行が旅立つ日までは、殺さぬ程度に人間を襲い、人類側のレベルアップを促します。勇者一行が旅立った暁には、彼らのレベルに見合った強さの魔人が順次襲いかかり、倒されていきます。また、倒された際には、人間界の通貨、ならびに体力・想を回復するアイテムを残していくよう命じています」
続いて淡雪が発言する。
「シンジュ……勇者一行が立ち寄りそうな町や村には、住民達の日常生活に支障をきたさない範囲の幻術をかけて、家の内外に壷や宝箱を設置させてあるよ。勇者一行が興味を示さない場合も、住民の誰かが助言してくれるようになってる」
続いてエクリプス。
「以前保護した貧民層の者達ですが、淡雪の協力を得て、我ら魔王軍が無惨に殺めたと、彼らを見捨てた国の者達に思い込ませておきました。無論、トラウマにならぬよう配慮した上で。これにて増々、我々への敵対意識を抱かせられるでしょう」
「そうか。妾達への敵対意識が高じることで人間同士の結束が促される件はどうだ? 最終的には国同士が結束してくれればよいのだが……」
エリーネルンは再びノヴァールに目線を送った。
「残念ながら一枚岩と呼ぶにはほど遠いかと。家族単位や、平民、貧民同士の結束は深まる傾向にありました。が、王侯貴族や国の運営に携わる者達は自己保身ばかりに苦心している様子。これが国のトップとは情けない。やはり、エリーネルン様のような素晴らしき王はそうそう存在しえないのですね」
「え? いや……あー、うむ。オホン。保護した者達のその後はどうだ? ギネー」
名指しされたギネーが嬉しそうに答えた。
「ハァ~イ。健康状態の回復と、社会復帰できるだけの教育を施し中デェース。彼らが望む進路に合わせてーって言っても、大体が農業・工業・商業なんですけど、専門的な知識を学んでもらっちゃう予定ですね」
非礼を詫びた時とは打って変わった軽薄さ。ノヴァールの眉間にしわが刻まれるのも無理はない。しかし、エリーネルンはいささかも気にした節はなく、満足げに頷いている。
「さすがは我が五棘だ。感謝する」
「感謝など、もったいなきお言葉です。我らの身はエリーネルン様のためにあるのですから」
再び打って変わったギネーが、如才なく応じてみせた。後れを取ったノヴァールは歯噛みするように尻尾を震わせていた。
「そうか。ならば……。我が五棘よ」
エリーネルンが命じる。五棘はただちに跪いた。
「あの子らの旅立ちまで、やれることを悉くやってもらおう。勇者一行の魔王討伐への舞台を整えるのだ。全力を尽くせ!」
「我が主エリーネルン様の御心のままに」
「「「御心のままに」」」
「……です!」
代表者のギネーが返答した。ノヴァール、エクリプス、淡雪がそれ続き、ロクレアの少々間の抜けた締めくくりが最後を飾った。
+++
――そして四年後。少年少女ら、十六歳。
女神暦一九四〇年。人間界。西大陸の北西。砂丘地帯、ラハナス砂漠。一年を通して吹き荒れる砂嵐を越えた北西端にある、辺境の村ソーテ。
一度は瓦礫と化したソーテですが、見事に再建されています。……お久しぶりでございます、ピカラでございます。
「この村とも今日でおさらばだな」
門前に集まっていた少年少女らの中で、オウレン様が感慨深そうにつぶやきました。職業は戦士、斧使い。上背は低く、筋肉質ながっちり体型。前下がりの重めのショートカットで、頭頂部が一部ツンツンと逆立っています。
「うん」
マロウ様がどこかしんみりと頷きました。職業は剣士、武器使い。長身の筋肉質なグラマラス。長かった黒髪をオールバックスタイルのポニーテールに変えました。
「だいじょーぶっ、また帰って来られるよ!」
無邪気に笑ったのはプニカ様。職業はヒーラーと氷使い。トレードマークの二つのお団子頭はそのままですが、新しく髪飾りがつけられています。腰のあたりまである長いリボン。先端が三角形をしていて、色は白。手足が長く、慎ましやかな体型。
「プニカの言う通りだよ。また、帰ってこよう。みんなで一緒に」
微笑みながら、それぞれの顔を見てティリオ様が言いました。職業は剣士。スリムかつ筋肉質な、均整の取れた体型。七三に分けた、耳を出したショートカット。
「そうだね。みんなで一緒に……一緒に、やっぱり行くのをやめよう! おさらばじゃなくて、お散歩にしよう今日のところは!」
凛々しい表情で堂々と発言することではないことを言ったのは、シンジュ様です。職業は想術師、風使い。五人の中で一番の長身、細身体型。腰までの長髪。前髪も長く、隙間から覗く目元は麗しく涼しげ。元々の男前に更に磨きをかけましたが、中身は相変わらずです。
「お前だけお散歩にしてやろうか?」
「嫌だね! それって俺だけみんなとおさらばってことになるんじゃないか! オウレンの鬼!」
「ああっ?」
沸点の低いオウレン様をティリオ様が宥めます。
「オウレン! シンジュは言ってみただけだよ。だってほら、スオウ先生が遺してくれた揃いの装備を着てるだろ?」
そう言ってティリオ様は手を広げました。着用している装備――白いスーツが、わたくしにもよく見えます。このスーツはスオウ様(ロクレア様)が、ティリオ様達のために作ったものです。
デザインはパイロットスーツに近いでしょうか。人間界には存在しませんが、航宙機操縦者が着用する、体に密着した動きやすい服です。ラインや縁取りといった装飾の差し色が、ティリオ様のパーソナルカラーの黄緑になっています。
「そーそー! わたしもマロウも、みーんなもお揃ーい!」
「わっ」
プニカ様がマロウ様に抱き着きました。
「だけと少し違ってるの! マロウの可愛いよねー!」
「ありがとう。プニカのも可愛いよ。短いスカート、プニカによく似合ってる」
「えへへ~! ありがとう、マロウ~。お礼に頬っぺたスリスリしちゃお~」
プニカ様の言葉通り、プニカ様のスーツはノースリーブ、ミニスカート。その代わり、二の腕丈のグローブと、膝上までのブーツを履いています。差し色は水色。
マロウ様はティリオ様と同じく基本のスーツですが、胴体部分に鎧状態にしてある武器を装着、腰には左右非対称なパレオスカートをつけています。差し色は黄色。ちなみに、マロウ様は数種類のシルバーアクセサリーを多数つけています。
「……スオウ先生には悪ぃが、ちとハズイ恰好だよな」
オウレン様は基本のスーツの上にジャケットを重ねています。差し色は赤。背中に斧を収めるホルダーを背負っています。マロウ様同様、シルバーアクセサリーをつけています。イヤーカフスで数は三つ。
「そお? 俺は結構、気に入ってるよ」
シンジュ様は基本のスーツの上に貫頭衣を着用しています。差し色は紫。片耳につけたピアス――雫型に研磨された琥珀を細かなチェーンで吊っている――は、ウルシ様(淡雪様)に保護された際、持っていました。
それから、五人と一匹に共通するアクセサリーがあります。五枚重ねた葉を星に見立てたアクセサリーで、中央にそれぞれのパーソナルカラーに合わせた宝石が嵌められています。皆さん、思い思いの場所につけておられます。
……ええ、そうです。五人と一匹です。マロウ様はわたくしも分も作ってくださったのです。宝石の色は小粋な茶色です。プニカ様とお揃いのリボンにつけています。フフフ~!
………………ほ? よ、喜んでなどいませんよ! わたくしはただのお目付け役、ほ、本来はマガマガマガしい魔人なのですからね! さ、さあさ、出発しましょう、出発~~!
「あっ、ちょっと! ちょっと待ってピカラ、勝手に出発しちゃだめだよぉー!」
「プニカ、村の外は砂地だから走ると危ないよ」
「お、おいお前ら! かぁーっ、こんなんが俺らの旅立ちかよ? ……まあいい。いくぞ、シンジュ! ティリオ!」
「オ、オウレン! 引っ張らないでよ! わかったから、行くから、でも戦わないから!」
わたくしの後方より、少年少女の元気な声が追いかけてきます。しかし、ティリオ様の声が聞こえませんね。
わたくしは振り返りました。するとちょうど、ティリオ様が門の戸締りを終え、こちらへ向き直ったところでした。
(ポテンシャリティーツリー)
魔人たるわたくしの耳だけに届いた言葉。その言葉の真の意味を知る日が、この旅の終着点となることを、わたくしは想像だにしていなかったのです。
+++
魔人界。魔王城。城部一階、議事室。
「ど、どうです⁉ ステキ、ですよね? カッコイイ、ですよね? あのスーツのラインは、暗闇の中だとぼんやり発光するんですよぉ~~!」
珍しく興奮したロクレアが円卓を叩いていた。自身が手がけた勇者一行の装備をやっと披露することができ、嬉しくて堪らないといった様子だった。
それに引き換えその他の面々、主に五棘は気まずい表情で黙りこくっている。エリーネルンは平静そのものだ。
「う~ん、ロクレアたん? 水を差すようですこぶる申し訳ないんだけど、暗闇で発光しちゃあ、敵に見つかっちゃわなぁい?」
苦笑を浮かべたギネーが、ついに欠点を指摘した。
「……ふへ? ……ひょぁぁぁぁっ⁉ そ、そうです、その通りですぅぅ~!」
「デザインも少々、現在の人間界の文明にはそぐわないといいますか、進み過ぎているかもしれません」
と、ノヴァール。
「何ていうか、カッコイイを狙い過ぎて逆にダサい?」
と、淡雪。
「卿ら、よせ。ロクレアはこれでも精一杯やってくれたんだ」
と、エクリプス。
五棘から難色を示される度、小さく悲鳴を上げていたロクレアだったが、エクリプスの擁護の言葉が一番堪えたらしく、
「ぎゅぅぅ~」
目を回し、椅子から転げ落ちた。満身創痍の中、エリーネルンに向けて何とか謝罪する。
「お、おねーちゃ……ごみぇんなしゃぃぃ……」
エリーネルンは平静としたまま、パチンと指を鳴らした。すると、床からにょきにょきと蔓草が生えた。蔓草はロクレアを抱き上げ、席へと座らせる。
「気に病むことはない、ロクレア。妾はお前のセンス、嫌いではないぞ」
エリーネルンがそう言うなり、五棘は慌てて言葉をつけ足した。
「オレもハイセンスと思ってたよ、ロクレアたん!」
「むしろ進み過ぎているくらいが彼らには似合っていますね!」
「まあ、シンジュは似合ってるよね」
「ロクレアの精一杯が認められ、ワタシも喜ばしい」
「あ、ありがとぉ~~おねーちゃ……えりーねるんしゃま! それからみな、皆しゃんぅぅぅ~!」
何はともあれ、〈勇者計画〉本格的に始動――!