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最悪の気分になりながらも全体の自己紹介が終わり、ちょっとした休憩時間に入る。
カタンと椅子を引く音が聞こえ、目が行く。
わたしの前に座ってた女子が突然席を立ち、濃緑の髪色をしたポニーテールを揺らした。
真っ赤で大きな瞳をしているのにたれ目がちで穏やかな雰囲気を醸し出す美少女。
確かメアリ・モランゴって名乗ってたかな?
前の席ってこともあるけど可愛いなとすごく印象づいていたのは間違いない。
マリアさんと並んで可愛い美少女ベスト3に入ることは確実。(わたし限定)
そんな彼女が席を立ったのだ。つい目で追ってしまうのは無理はない。
でも何を思ったのかその彼女がタタタ…と事もあろうに王子の席へと向かっていく。
「あの、先程はありがとうございました。私、今までこの国の王子様とは知らずにずっと失礼な態度をとっていて本当に申し訳ありませんでした」
赤い瞳を潤ませて真っ赤に頬を染めて謝罪する姿は熟した果実のようで妙に可愛らしい。
そんな顔見たら何でも許したくなっちゃうって言いたくなるぐらい加護欲をそそる。
ん、守りたくなっちゃう? あれ? ヒロイン然とした既視感。
「ああ、気にしなくていいよ。それより怪我は大丈夫かな?」
誰もが注目してしまう、中央席。会話を聞き漏らすまいと周囲は静か。
そんな中、優しく微笑み返す王子。うう、キラキラしてる。その微笑みに周囲が感嘆を漏らしてる。
「はい! おかげで血も止まったようです。ありがとうございました」
そう言いながらスカートの裾をほんの少し持ち上げる。右膝の辺りに白い布が巻かれていた。
どうやら怪我をしてるっぽい様子。どうしたんだろう?
「ま、貴方! 男性の前でそのような真似を、……は、はしたないですわ!」
突然、鋭い声が響き渡る。宰相くんの隣に座っていた眼鏡令嬢が立ち上がった。
薄黄緑色の緩いウェーブを靡かせて顔を真っ赤にしている。キリっとした印象の美人さん。
確かアイネ・グレイプって名のってたっけ。ただスカートをチョロっと捲っただけなのに大げさな。
メアリさんも思ってもないことを指摘されて驚いた様子。
けど、さらに追い打ちをかけるようにメアリさんの前に人影がすっと立つ。
「貴方、淑女としてのそのような行為、恥ずかしいとは思わなくて?」
どうやら隣にいた婚約者、セレーヌさんの声だ。声音を押さえてるけど、ビクリとしてしまう。
案の定、メアリさんも身をすくめた。
「そして殿下に対しての気安いお声がけなど礼儀を理解していらっしゃるのかしら?」
空気が凍る。うわ~、何か見たことある、お貴族様の洗礼っぽいやつ~。
礼儀がなっとらん! 失礼だろうが! の遠回しの言い方だよね。
教室中が重い空気に覆われて、メアリさんに立ちはだかるセレーヌさんの構図にぞわっとする。
「セレーヌ、ここはかしこまらなくていい規律だからね」
おおぅ、助っ人現る! さすが王子様。空気が変わったよ。
ですが……と食い下がらないセレーヌさんに微笑みかけてからメアリさんの方へと向き合う。
「メアリ嬢も気にせず、また声を掛けてくれても構わないよ」
「……あ、あの、突然押しかけて申し訳ありませんでした!」
王子のかばうような優しさに空気が緩むとメアリさんは顔を真っ赤にしながら頭を下げ、慌てて自分の席へと戻ってきた。
クラス中、大注目になってしまったささやかな出来事。
けど、さっきの空気感は怖かった。
ほ、ほら、何となくさ、まるでヒロインがいじめられているような既視感。
王子様相手に下手に目立ってしまうとこうなっちゃうよってお手本が再現されてるみたいな。
うん、これはやばい展開かもしれない。関わってしまうと敵認定される。
ゲームに参加する意思のないわたしは近寄らないようにしないと。
だから気合を入れて決意する。
地味に目立たず騒がず大人しく! ってね。
休み時間も終わり、再び学園生活の概要を知らされるオリエンテーションが始まった。
学院生活は3年間。貴族としての知識や教養はもちろんのこと、礼儀やマナーを完璧に身につける。
学生同士の交流をもって社交界への人脈を広げ、貴族として王国を支えていく人材を育み、自立を促す教育する機関。
……ということらしい。やばい、全然身につけれる自信ないや。
基本的にこの世界でも学校はテストがあったりと勉強するところで変わりなさそう。
ただ、異なってるのは体育祭や文化祭なる大型行事が存在しない。
その代わりに全学年共通行事として新入生歓迎イベントとして交流会があったり、学年末には卒業謝恩会を兼ねたダンスパーティーが催されるらしい。
それ以外は大きなイベントごとが特にないみたい。夏季休暇や冬期休暇は普通にあるけど。
まあ、貴族だからお茶会とかパーティーとか学校以外のプライベート行事があるためだろうけどね。
そんな中、わたしが気になったのはやっぱり学年末にあるダンスパーティー。
これってゲーム上でのエンディングの決定舞台ではなかろうか、と。