2
え? 今、女子の声が聞こえたような……。
振り返るつもりもなかったのに予想もしなかった声でしっかりと向き合ってしまった。
ピンクに近いやわらかい赤い色の髪を二つに束ねた薄茶色の瞳の可愛らしい少女が目に映る。
同じ制服を着ていてよく見ると所々葉っぱが付いており、泣きそうな顔で訴えている。
何、このめちゃ可愛い女の子。頬をほんのり赤く染め、うるんだ瞳が何となく加護欲をそそってしまう。
「と、突然、声を掛けてごめんなさい。私はマリア、……ス、スリィズと申します。……実は講堂に向かう途中で、迷ってしまったんです……」
「えええええええええぇ!」
嘘でしょ? わたしと同じく迷子さんがもう一人?
これを出会いイベントかもと思い込んでたのが恥ずかしいわ!
しかもこの女子、どこを彷徨ったんだといわんばかりの葉っぱの盛りよう。
講堂ということは入学式、だよね?
ドジっ子風な空気。な、何、このヒロイン感!
「じ、実はわたしも迷子さんです」
泣きそうな顔から一変、今度はお相手の方が驚く番。
「……そ、そうなんですか?」
「はい、同じく、入学式に向かう途中なんです。あ、わたしはシャルロット・ラぺーシュと申します。気になるのでちょっと失礼」
制服に纏わりついたマリアさんの葉っぱを思わず払ってあげつつ、アハハと笑う。
「ここってものすごく広いですよねぇ。講堂を探してたらいつの間にか迷い込んだみたいで」
「わ、私もです! 妹と来たのですが逸れてしまって……」
「い、妹?」
えっと、マリアさんは双子か何かなのかな?
この入学式は親離れ子離れという自立の教育方針だとかで保護者の付き添いはなく生徒のみが出席のはず。
だからこの敷地内には貴族子息令嬢と教育関係者のみなんだろうけど。
「あ、ええと、その……」
しまったという顔をして言いにくそうに顔を俯かせるマリアさん。
何かこれは訊いちゃいけない雰囲気。
「と、とりあえず、向こうの方に行ってみます?」
咄嗟に慌てて別の方向を指さして誤魔化した。
ほっとしたような顔で頷くマリアさんと移動してからもそれからしばらく彷徨ってる。
何でだろう、ここから抜け出せないのは何かの強制力?
半歩先行くわたしはどうしようかと相談しようと思った時、
「君たち、こんなところで何をしていたんだ!」
マリアさんの背後から掛かる声。
赤みがかった黒髪に眼鏡をかけ、正装した姿の血相を変えた大人の男性が現れた。
「君たちはマリア・スリィズ嬢と、……シャルロット・ラぺーシュ嬢か?」
髪をかき上げながらほんの少し息を切らした男性はこちらを見てはっきりと言った。
長身でブラックのジャケットにブラックとグレーのストライプのスラックスを身に纏った姿はモデルのよう。
黒縁眼鏡の中の瞳は薄黄緑色で整った顔立ちをして大人の色気を感じた。
何で名前が判ったんだと思ったらどうやらこの人、先生らしかった。
しかも担当教員でわたしたちだけが見当たらなかったので探してたみたい。
すぐに円形状の石造りの大きな建物の前に案内された。どうやらここが講堂かな。
「マリア!」
入り口の手前で淡い黄色髪を結いあげた吊り目の同じ制服を着た少女の語気を荒げた声が響く。
「どこに行ってたの? 途中でいなくなるから先生に迷惑かけたじゃない!!」
「ごめんなさい。ソフィア」
マリアさんはしゅんとして頭を下げた。知り合いのようでもしかしてこの人が妹さん?
興奮が収まりそうもないソフィアと呼ばれた少女はちらりとわたしを見た。
「ソフィア・スリィズと申します。姉が迷惑を掛けましたわ!」
マリアさんと同じ茶色の瞳だけど顔は似ていない。どうやら双子じゃない気がする。
綺麗な顔立ちだけど、マリアさんとかけ離れたきつい印象の美少女。
姉と呼んでるからには下のはずなのにマリアさんより偉そうにしている感じ。
わたしに対しても強気そうな口調を貫くあたり、こんな性格なのかな?
ちょっとあまり関わりたくないかもと思ったのは仕方がないよね。
「君たち、時間がない。急いで中に」
立ち止まっていたわたしたちに先生が焦ったように誘導する。
中に入ると真新しい制服を身に纏った新入生たちが静かに整列し、両サイドは先生ぽい人たち。
既にもう、式は始まってるらしく、妙な緊張感が、うん、正に入学式って感じ。
3人とも列の後ろの方にこっそりと紛れ、先生は指定された場所にそっと戻っていた。
講堂の中は天井が高く、体育館のように広かった。
正面に壇上があり、演台が置かれ、校長先生っぽい人がいて何やら堅苦しい挨拶を述べていた。
厳かな式典はどこの世界でも同じような雰囲気なのが笑える。
ただ、制服や正装はちゃんとしてるのに髪の毛の色がカラフルなのは少し違和感があるかも。
長々と続いた挨拶が終わった後、いよいよクラスへと移動。
退出時に新入生各々の名前を呼ばれ、教室へと促されることとなった。