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「シャルロット嬢、すごく美味しいよ!」
「素敵! これが城下の間で流行っているのね、シャルロットお姉さま!」
週末、約束していた王城の手土産としてクレープを持ち寄った。
ガイドブック最新版にあったクレープ特集という記事を読んでわたしなりに作ってみた。
内容は文章と手書きのイラストだけで正直判りにくく、かなりアレンジが効いている。
まあ、庶民のものとは違ってクリームや果物をふんだんに使えるという貴族特権だしね。
「ええっと、わたしなりのアレンジもあり、多少、実際のものとは異なりますけどね。お口にあって良かったです」
「羨ましいな。僕もお忍びで城下に降りて実際のものを食べてみたいよ」
「あ、いえ。わたしも実物は知りませんよ。実は最新版のガイドブックを読んで作ってみただけですから」
「そうなの? じゃあ僕と一緒に食べに行こうよ! どう違うのか気になるから」
おい、君はあくまで王子様だぞ! 簡単に行けるわけないんだから気軽に言うなよ!
「そうですねぇ。機会がありましたら、是非。ですが、しばらくは忙しいので当分は無理かと思います」
遠回しに断ると残念そうに頭を垂れた。全く、君たちは王族でまだ幼いのだから命の危険があることを忘れちゃ困る。
おお事になる前に年上としては諫めないとね。まあ、制限ある生活で可哀想な気もするけど仕方ないことだろう。
まがいなりにも貴族として過ごしてきたけど、国を支える立場の重要性は学んでいる。
平民生活もあったから貴族の不自由さも理解してるし、王族はもっと不自由なんだろうと予測がつく。
例えゲームの世界だろうとわたしは生身の人間。手を切ったら痛いし、怪我もする。
姿かたちが違ってもわたしだという五感が働いていて生きている。夢じゃない現実。
ゲームだからと割り切れればいいだろうけど、わたしには無理な話ってこと。
だから命が関わる責任のとれないような軽率なことはできないし、言えないと思う。
とにかく今日の用件は済んだことだし、帰ろうとするものの二人に接待させられてしまう。
「フラン、ローネ。いつまでもラペーシュ嬢を引き留めては行けないよ」
いつの間にか現れたメラオン王子が声をかけてきた。やっと帰れそうだと一息つくもそこには!!
「リック、ラペーシュ嬢を送っていってくれないか」
王子の陰に隠れて宰相くんが居た!!! これはもう、フラグなのか?!
「ラペーシュ嬢は城下について詳しいようだが……」
馬車に乗り込んで沈黙を破るかのように向かい側に座る宰相くんが切り出した。
いつもの制服姿と違って王城だからかきちんと正装しているところが彼らしいというかきまっている。
「い、いえ。あれはヴアイン様が寄付された書籍を読んだだけで実物は知りません」
「ほう、それでは書見しただけで殿下方が喜ぶものを再現したということか」
「いえいえ、再現できてるかどうかはわかりませんよ。わたしなりのアレンジで提供しましたから」
前世で知ってますとはいえない。しかもあの手土産が現状のクレープなのかも判らないしね。
「では実際に確認してみたい。貴方が用意したものとの違いを知るために」
宰相くんはそう言うと行き先を城下の方へ変更した。何なんだこの展開は!
実際に城下に降りてクレープを買いに行くのかと思いきや、御者の人が買ってきた。
「では、貴方のものと比べてどう違うといえる?」
眼鏡を光らせながら真剣な表情で問う宰相くん。わたしの手には一つのクレープが。
生地は黄色みがかったもので薄く、巻いている中身はいちごジャムのみ。
味は薄塩味の生地に少し酸味のあるジャムでまあこれはこれで意外に合っている。
うん、やっぱり持参品は貴族仕様にして正解だったね。城下とはだいぶ異なってることが判る。
「生地に塩味があり、中身がシンプルですね。これはこれで美味しいですよ」
一つしかなかったのに躊躇せずに食べてしまった。やっぱり食い気には勝てない。
「その、例えば、……ラペーシュ嬢のような令嬢の好みに合う、と断言できるのか?」
口に手を覆いながら言いにくそうに訊く宰相くん。ん、難しい質問がきた。
これはわたし限定で訊いている? それとも貴族令嬢の立場として?
「そうですね。わたしは好みの部類に入ります。ですが他の方が好むとは思えませんね」
「そうか……」
宰相くんは何かを考えるように俯くと到着まで何も話すことなく、お別れとなった。
「シャルロットさん、お聞きしたいことがあります」
翌日の朝礼前の時間、眼鏡を光らせながらアイネさんがわたしに立ちはだかった。
それはそれは異様な雰囲気を纏って何かが起こるような予感を漂わせながら。
「昨日、王城にお出かけになったと伺いましたわ」
誰もいない教室の一角。アイネさんと対峙するように向かい合う。
久しぶりに迫力のある対立図。背筋がぞくりとした。




