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「え、司書係の代理ですか? 別に構わないですけど」
お茶会から数週間後、すっかり枯葉が舞い散るような季節になり、突然、司書の先生に声をかけられた。
近々、王城にも顔を出さないといけない頃だし、参考になるお菓子本を借りた矢先のこと。
テスト前に時折現れるわたしに見覚えがあったみたいでご指名を受けてしまった。
司書係の生徒が骨折をしてしまい急いで代理を探しているということらしい。
都合の合いそうな生徒に片っ端から声をかけてるものの、なかなか見つからなかったみたいでほっとしていた。
「良かったわ。明日からお願いね。詳しいことはこの書類を読んでおいて」
司書係のマニュアルらしく、返却と貸出の手続き方法が書かれていた。
前世でも図書係の経験があるし、大差ないことにひと安心。
お茶会が終わるまでの放課後は毎日のように特別レッスンを終えてから帰宅してたもんね。
それから解放されて時間ができたのも事実だし。まあ、暇になったといえばそうなんだけども。
「……ラペーシュ嬢?」
翌日の放課後。図書館カウンターに座るわたしを見かけ驚いた様子で宰相くんが声をかけてきた。
げげっ、まさかの遭遇。実はマリアとメアリ以外にこのことは伝えてなかった。
「何故、貴方がここに?」
眼鏡越しの黒い瞳を瞬かせ、動揺している様子。こちらも代理初日から鉢合わせるとは思っちゃいない。
かいつまんで事情を話すと納得しているようだった。……ってか自然に話しているし!
いつの間にか距離が縮まっている気がする。これも補正だったりする?
「ではこちらの寄付本と一覧表を渡しておいてくれると助かる」
カウンターに積み重ねた数冊の本の上に書類を載せ、用事があるのか足早に立ち去っていく。
何気に書籍を確認してみると驚くことに文芸や実用書ではないか!
つまりは庶民向けと思える小説やガイドブックの新しいもの、新刊! 新刊だよ!!
いわゆるロマンス小説や城下でのグルメ本的な最新版。
こんなものをどうして宰相くんが? 寄付本とか言ってなかったか?!
「あら、ラペーシュさん、どうしたの?」
席を外していた先生が戻ってきてにっこり微笑んだ。
「いえ、そのヴアイン様が寄付本を先生に、と」
「ふふ、いつものね。わかったわ」
先生はカウンターに置かれた本を抱えると奥の部屋へと入っていき、しばらくすると戻ってきた。
その手には先程の本がもう貸し出されるように処理を済ませて新刊の場所に置く様子。
「もう貸し出しですか?」
驚いて声をかけるとそうよと頷き、目立つように棚に並べていた。
「あれらはね、庶民向けの流行り本なのよ。城下などで何が流行っているのかを知るために彼が個人的に購入して読破した後、寄付してくれてるの」
「つまりは庶民の現状を知るために、勉強していると」
「まあ、そういうことでしょうね。将来、国の支えになった時のために参考になる……とか熱弁を奮ってたもの」
「では今蔵書されてある本は全部ヴアイン様が?」
「いいえ、元々は私個人が選書していたけれど、入学前に見学した彼が同じものを見つけて寄付を申し出てくれたのよ。いくら選書しても流行りものといえど届くのは遅いのよ。だからとてもありがたいのよね」
ということはここ最近の小説やガイドブックは宰相くんセレクトだったのか!
意外にも恋愛小説とか読んだり、グルメ本で美味しいお店をチェックしたりするんだ。
何だかんだと司書係終了の時間が訪れ、せっかくなので新刊だしと小説を借りることにした。
借りた本は神官と聖女の恋愛ものというベタなお話。
王子が横恋慕し、王子の側近が聖女と神官の恋愛をこっそりと手助けするという内容。
ハピエンものですぐに読み切ってしまった。こんなのを読んだのか、宰相くん……。
翌日のランチタイムにはわたしの司書係のことがオーラ組全員に知られてしまった。
言わなかったわたしも悪いけど情報を漏らすのが早すぎるよ、宰相くん。
みんな感心したような素振りだったけど、女子からの視線は鋭かった気がする。
放課後、図書館に向かうわたしに付いてくるようにアイネさんが横を歩く。
「まあ、それはスターリン先生の新作では!」
昨日借りた本を返却しようと取り出したところ、驚いたように声を上げる。
慌てて作者名を見ると確かにそんな名前だった。知らずに読んでたよ。
アイネさんは興奮したように本を見つめるとすぐに貸し出し手続きを行う。
そして嬉しそうにこの小説家が如何に素晴らしい方なのかと熱弁を奮う。
係の仕事が……とやんわり遮ると顔を真っ赤にして帰っていった。
生真面目そうなアイネさんがベタな恋愛小説に入れ込んでいるとは思いもしない。
意外にも乙女チック。私はやっぱり色気より食い気かもしれない。
だから攻略を放置気味で展開が先に進まないのも無理はない。
どうにかしなちゃとは思うけど乗り気がないのも、事実なんだよねぇ。




