1話 混沌王
この話から主人公視点になります。
「…以上が今月の予算となります。」
財務大臣のゼルが、報告を終わらせた。
「先月に比べ属国の数が増えたのもあって収入が増え
ましたな。」
宰相のマーラムのギョロ目が私の顔を見ながら言った。
「増えた収入はどこに当てればよろしいでしょうか?」
ゼルは眼鏡をはずしながら言った。私は、
「都市や村の設備投資に回せ。」
とゼルに命じた。
「人間ごときに設備投資など必要ないでしょう。」
「マーラム」
「申し訳ありません。しかし、陛下。何故、卑しい人間にも
施しを与えるのです?」
マーラムは目を反らしながら言った。
マーラムは魔蛙族という魔族の一種で、
人間から非道な扱いを受けたという
歴史上の因縁があり、人間を嫌っている。
また、マーラムは相手をすぐに信用しない。
私と初めて会った時もすぐに信用してくれなかった。
今では、その用心深さを武器に、
宰相を勤めている。
対して私アダマン・ガイアは神魔族という魔族と神の一族の血を持つ。
神族と魔族のハーフと言ったところだ。
神族は魔族との争いで滅亡した古の種族だ。
神魔族の外見は人間に似ているが、魔力量や力は雲泥の差だ。
私自身、人間と外見が似ていることもあり、
よく人間に間違われるので、
それはあまり気持ち良くはない。
だが、決して人間が嫌いというわけではない。
「確かに人間は狡猾で貪欲な種族だ。
しかし、心優しい者もいる。
お前は一部の人間しか知らないのだ。」
私はマーラムを諭した。
「私は確かに人間に偏見を持っているかもしれません。
しかし、ぞう簡単には受けとめられないのです。」
「今すぐ受け入れるのは難しいならば、
時間をかけて人間を知れば良い。」
私自身、マーラムの言い分が、
分からないわけではない。
実際、私は人間に裏切られたこともあった。
だから、あまり人間に信頼をおいていない。
しかし、そうでない人間もたくさん見てきた。
だから、人間全てをぞんざいに扱うのは、
人間としていることと同じだという理由から
人間を冷遇するのは良くないと思う。
「僭越ながら、僕も人間をぞんざいに扱うのは
反対です。」
「ほう。それは何故だ、ゼル。」
マーラムはゼルに尋ねた。
「人間は意外に知恵があり、
義理を重んじるものもいると聞いております。
ですので、人間には施しを与えるのは得策かと。」
「もし恩を返さなければどうするのだ。」
さらにマーラムは尋ねる。
「見返りを求めて行動しなければ良いのです。
見返りを求めないとしても、相手は混沌王と
恐れらているアダマン・ガイア陛下ですよ。
もし、恩返しをしなければ、消されると思うでしょう。
逆に、属国なのにもかかわらず、
他の種族と同じ生活を与える仁徳な陛下に恩返しを
しようとする者もいるでしょう。そういった人間共を
少しでも増やせば良いのです。」
ゼルはマーラムに対する問いの答えを完璧に論じた。
ゼルは行商の天才と言われる狐族という亜人族の一種だ。
亜人族は、獣が神の加護で知性を持った人間と言われる。
亜人族の能力は、獣の種類に応じて違う。
狐族は、利益を第一として考え、
利用できる物は何でも使うような結果主義な種族で、
特にゼルは弁が立つため、一族のなかでもかなり優秀だという。
だから、私が間違った解釈をすれば、適切に指摘をする。
そういう媚びないところも含めて彼を信頼している。
だが、ギャンブル癖があり、
給料の半分を1日で失くすこともたまにある。
「お前がそこまで言うなら私はもう反対せんよ。」
マーラムはゼルの意見に納得し、同意した。
「では、私が最初に言ったように、
設備投資に増えた収入分を回せ。」
「余った分ではなくですか?」
ゼルは私に言った。
「あまり人間を過信すると痛い目に合うのでな。」
「なるほど。ではそのように‥。」
そう言ってゼルは玉座の間から去った。
「マーラム。他に報告はないのか?」
私はマーラムに質問した。
「近い内に中央聖教会の者たちが近々、我が国に来るようです。
おそらく布教に関する交渉かと‥‥。」
「中央聖教会か‥‥」
私はため息づきながら言った。
中央聖教会は世界のほとんどの国に拠点を広げては、布教している。
その実態は、効力の薄い聖魔法の魔法陣が書かれた札を
高値で売るようなことをして、金を稼ぐような狡猾な宗教勢力だ。
「正直、奴らとは関わりたくないのだがな。」
私は本心をマーラムに言うと、
「私も同意です。しかし、相手をしなければ、
奴らは何をしでかすか分かりません。
ここは我慢しましょう。」
とマーラムは口ひげを触りながら言った。
「分かっている。それに相手方もこちらが
タカマガハラ帝国だということも分かっているはず。
そう簡単に良からぬことは考えまい。」
「確かに、仰る通りです。しかし、油断は禁物。
私の方で対策を練っておきます。」
「ああ、よろしく頼む。」
私はそう言って玉座の間から去った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
公務が片付いたので、私は城から抜け出して帝都を歩くことにした。
帝国の賑やかさが私の気持ちを穏やかにさせる。
空を見ると、浮遊している城を月が照らす光景が
美しく見える。
タカマガハラ帝国の城は、
帝都の防衛のために城の床に、
浮遊魔法の魔法札を数枚設置して、浮かせている。
いつでも城下全体を見渡すためだ。
飲み屋通りを歩いていると、
「おう、旦那じゃねえかい!」
という、豪快な声で私の背中を叩く。
振り向くと、
左肩に肉の塊を担いだ人狼が目の前にいた。
「相変わらず、元気がいいなガルネク。」
と私は笑顔で返事をした。。
この男はガルネク。人狼族だが、人間とは友好的だ。
彼は昔、海賊をやっていたが、
漂流していたところを
私がたまたま助けて世話をしたら、
今のような関係になったのだ。
今では海賊から足を洗い、
子どもの時から料理が好きだったこともあり、
それを生かしてこの都市で有名な料理屋の
総料理長をしている。
その裏では、帝都警備団の団長もしている。
彼は私が信頼を置く仲間の一人だ。
「少し寄ってくれ。新作の味見をしてほしんだよ。」
「私は少し味には厳しいぞ。」
「よく言うぜ。俺が作った料理全部うまいって
言うじゃねえか。」
「ふふふふ‥‥。ではいたただくとしよう。」
「よしきた!じゃあ行くとすっか。」
そう言ってガルネクは私の肩に手を乗せながら私をつれていった。
ガルネクは私にとって唯一対等な関係で話してくれる心友だ。
この男と話していて、1度も退屈したことがない。
思えば、私とガルネクは20年以来の付き合いだ。
そのときのガルネクは30歳で青年だったが、
今では妻と2人の子どもがいる父親である。
人狼族の寿命は300年だが、成長速度は人間より少し遅く、
成人は40歳と言われている。
ちなみに、神魔族の寿命は分かっていない。
神魔族は私しかいないからだ。
だが、神族も魔族も寿命が1万年以上あるので、
長い間生きると考える。
たとえ、ガルネクが天寿を全うしても、
私が死ぬのはあと数千年だ。
そうなれば、私が知っている者は皆いなくなり、
孤独に死ぬのだと思うと、かなり寂しく感じる。
そんなことを考えている内に、
私はガルネクの店の前に立っていた。