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12-3話 世界を始める




 学校の教室よりも大きな部屋に、大きなベッドが四つある。私達が入ってきた扉の向かい側には大きな窓があって、そこからは少しぼんやりとした東からの日差しが差し込んでいる。


 どうして、東だと分かるのか。それは、私の目の前出ている時刻のせいだ。


 9:46。本来なら、授業を受けているであろう時刻が私の視界にありありと表示されている。朝の時間帯に日が差している方向となると東側であり、そのため窓がある方角が東であると推測できたのだ。



 この世界に召喚されて、急に色々な情報を詰め込まれたのちに部屋に押し込められた。急な展開に私達は成す術もなく、ただただ重苦しい沈黙だけが場を支配していた。


 元々あまり話す方ではない私に、おろおろと私と修道女とを交互に見ている女魔術師。そして、表情がすげ落ちた黒い衣装の美少女。3人の間には《W・E》という共通の話題が存在するはずなのに、こうして顔を突き合わせると何も言葉が出てこない。



「あ、あの、私、桜井って言います。あ、アバター名は『サクラ』でしゅっ!」


 あ、噛んだ。


 桜井――もとい「サクラ」は顔を真っ赤にさせながら両手で顔を覆っている。意を決して声を上げたのに、語尾で噛んでしまうという大失態をやらかしたのだ。しかも、さっき会ったばかりの初対面の他人に。


 痛い沈黙が横たわる。流石に可哀想になった私は彼女の作り出した流れに乗ることにする。


「私はコノエ。忍者装備に鬼斬が主武器。ランキングに入ったのはこの装備を取るときだけだから、知らないと思うけど」

「あ、『忍の里クエ』って大変だったのに、す、すごいです!」


 彼女の言う通り、期間限定クエスト「忍びの里」は非常に難易度が高く設定されており、それでいて面倒な作業が多いわでかなり大変なクエストだった。しかし、だからこそ燃えるという物だ。


 私の自己紹介――非常に簡素ではあるが――が終わると、自然と二人の視線は残った一人に向く。当の本人もそれを感じ取ったのか、小さな声が彼女の口からこぼれる。


「……エル」


 少し高い、女の子らしい声。顔はアバターの設定上での産物なのだが、この声だけは彼女の物だろう。私の、女の子にしては低い声もそのままだし、その点は確信している。


 たった一言の、いや立った一単語の自己紹介に、サクラは微妙な表情を浮かべる。


「エルさん……。よ、よろしくお願いします」


 気を利かせたサクラの返答を機に、再び重苦しい沈黙が訪れる。さて、どうしたものかと考えていると、ある人物がその沈黙を解消する。


「貴方たちは『レオ』ってアバター、知ってる?」


 綺麗な声が部屋を満たす。そして、予想だにしない人物の、予想だにしない話題が提供された。


「……『百獣のレオ』さんですね。有名だから、私は知ってますよ」

「私も、ランキングに良くいるしね」


 サクラと私は一言ずつ話す。最近、ランキングにいないという話になるのかと思っていたが、エルは別の考えを持っていた。


「……どんな人か、分かる?」


 私は首を傾げる。レオがどんな人かだなんて、正直考えたこともなかった。長く同じポイントを取り続けているのだから、おそらくは真面目で几帳面なのだろうことは予想できる。しかし、それは予想であって答えではない。私は、レオと会ったこともなければ話と事もないのだから。


 しかし、トップランカーのサクラは少し違った。


「いえ、レオさんは基本単独行動でしたし、チャットも機械的なものが多かったです」

「へぇ、サクラさんはレオとクエスト一緒にやったことあるんだ」

「はい。レオさん、来るもの拒まずって感じで。でも、いつも同じ獲得ポイントだから、トップランカーの皆さんは本当に機械なんじゃないかって噂してましたね」


 確かに、機械ならずっと110万ポイントを毎日とり続けるという馬鹿げた所業も可能だろう。私がそんな感想を抱いていると、エルは急に興味無さそうに「……そう」と呟く。そして、何度目かの沈黙が場を支配しようとしていたのだが、それを恐れたサクラによって阻まれる。


「え、えっと。そうだ! コノエさんっておいくつですか?」


 正直、ネットゲーム内でリアルの情報を持ち出すのはタブーなのだが、今はそうは言っていられない。明晰夢だった場合はそんな事を考える必要すらもないのだが、この長尺の明晰夢は未だかつて体験したことがない。もし、ゲーム内の世界に、もしくはそれに酷似した異世界に飛ばされてしまったのなら、彼女たちとは友好な関係を築いておかないといけない。


「私は16。来年で高2になる」

「え、同い年じゃないですか!」


 サクラは嬉しそうに笑う。初めて見た心の底からの笑顔で、笑ったら頬にえくぼが出来るんだという、小さな発見を私にもたらす。しかし、その笑顔はすぐに鳴りを潜め、視線が窓の外をぼんやりと眺めている少女に向く。


「え、エルさんは?」

「……17」

「あ、先輩でしたか……」


 苦笑交じりの笑顔を浮かべ、はははっと乾いた声が部屋に響く。もともと静かな部屋だから、彼女の気遣いに満ちた笑い声は非常によく響く。


「エルさんはどうして、その装備なんですか?」

「……戒め、かな」

「あ、えーっと」


 もはや意図的にそうしているのではないかとさえ思えるほど、彼女は会話を容赦なくぶっちぎる。流石に可哀想になった私は、サクラの装備についての話を振る。


「サクラは『黒龍の荒野』装備だよね。あれだって相当高い難易度だったのに、よく上位に食い込めたね」

「あ、そうなんです! それこそレオさんに引っ付いて行って――」


 バッ!


 そんな音が聞こえるほどエルの鋭い視線がサクラに向く。私が気付いたくらいだから、気遣い星人のサクラも当然気付いている。ただ黙って自分を見ているその視線に耐え切れず、サクラは苦笑を浮かべて本人に尋ねる。


「……あの、私なんか変な事言いました?」

「あ、いえ……」


 エルはそう言って、何事もなかったかのように窓際へ移動する。それから彼女が会話に混ざることは一度もなかった。






 部屋に押し込められて、約3時間ほど経過した。丁度、お腹が空いてきたとき、一人の使用人らしき女性が部屋を訪れた。何でも、昼食の用意が出来たとかで私達を食堂へ案内するそうだ。


 私たちは彼女の後ろについていく。廊下まで真っ赤でふかふかな絨毯が敷かれており、窓からは大きな庭らしきものが見える。まさに、思い描いていた王城そのものだった。



 食堂につくと、既に残りの2人の転移者も席についており、此方に視線を送っている。私たちが席に着くや否や、金色の聖騎士が立ち上がる。

 

「俺はシュート。そしてこっちが――」

「ランドロフだ。よろしくな!」


 白い歯を見せて、ランドロフという巨漢が笑う。


「サ、サクラです。あの、よろしくお願いします!」

「コノエです。よろしくお願いします」

「……エル」


 徐々に適当になっていく自己紹介、そして最後のエルに関しては名前だけしか言わなかった。その様子を見ていたランドロフは両手を上げてエルを見る。


「おいおい、そんなぶっきらぼうな顔じゃ、せっかくの美人が台無しだぜ? ほら、二っと笑えよ!」

「ランドロフ! そこらへんにしとけ、みんなビビってんだろ?」

「へいへい、()ランキング1位の聖騎士さんはお堅いねぇー」


 リアルでの知り合いなのかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。聖騎士シュートは顔にこそ出さなかった物の、無言でランドロフを見ている。どうやら「()ランキング1位」という単語に、何か思うところがあるようだ。


 少しの間の後に、シュートは席に座る。そして、真剣な表情をこちらに向けてきた。


「……さっき少し考えたんだが、俺はこの世界の為にも、そして日本(むこう)へ帰るためにも、魔王討伐に手を貸すつもりだ。勿論、君達にまでそれを強制しようとは思っていない。そもそも、ここで死んでも生き返れるという保証も無いしな……。だが、出来るなら一緒に戦ってほしい」


 そう言って頭を下げる。茶色の髪が重力に引っ張られて下に垂れる。表情は見えないが、おそらくは真剣な顔がそこにはあるのだろう。


「私、お手伝いします! その、力になれるかは、分かりませんけど……」

「いや、居てくれるだけでも力強いよ! ありがとう!」

「――へ?」


 サクラは声を裏返す。感謝の言葉と共に、サクラの小さな手が聖騎士の手で覆われたからだ。サクラはあわあわと顔を真っ赤にしながら視線を右往左往させる。


 イケメンにしかできない、気障な行動を横目に私とエルも小さく頷く。



 こうして、私達の世界が始まったのだった。


 この時の私たちは、まだこの世界の事を知らなかった。もし、この時にもっと考えていたら、また違った答えを出していたら……。


 そんな後悔をしようとは、この時の私たちは考えもしなかった。



今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!


次回からは本筋に戻ります。

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