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12-2話 世界が終わる

※主人公視点ではありません。




 私、九重瑞絵は《W・E》の新クエストのβテスターに選ばれた。しかし、運営から送られてきた文言を読んでいると、急に眩い光に包まれてしまった。


 そして今、煌びやかな大部屋のふかふかな絨毯の上に座っている。その前には高い階段が施されており、視線を上げると西洋風な顔たちをした初老の男性が豪勢な玉座に座っており、その脇をフルプレートの騎士たちが守っている。おとぎ話の中のような光景だ。


 私は、はっと我に返ってその場に立つ。すると、背中に違和感を覚えた。何かと思っておもむろに右手を背中へやると、細長い棒状の何かが手に当たる。手を上へ移動させるとある一部分で手が止まる。柄だ、私はすぐにピンときた。そして急いで顔に手をやる。布の感覚が私の手に伝わり、ちらっと見えた前髪は私の物に比べて幾分か長い。


 私、九重瑞絵は《W・E》の「コノエ」になってしまったのだ。



 

 

 《W・E》はスマートフォン用のゲームであり、今はやりのフルダイブ型のゲーム機ではない。それなのに、私の視覚情報から得られる眼前の光景は現実世界のそれとはどうしても思えなかった。


 豪華絢爛な衣装に身を包み、金色の冠を頭上に輝かせている初老の男性は真剣な眼差しで私を、いや、私達を見ていた。


 この世界にやって来たのは私だけではなく、隣には金色の装備に身を包んだ聖騎士や軽装ながら見事な杖を身につけた女魔術師、馬鹿みたいに大きく凶暴な斧を背中に張り付けた大男。そして、とりわけ私の目を引いたのは、中世ヨーロッパの修道女のような服装をした女の子だった。


 皆、《W・E》のランキング上位の常連として何度か顔を見たことがあるのだが、その修道女については記憶にない。いや、記憶にあり過ぎると言った方が正しいかもしれない。


 彼女が身につけている修道女の装備はごく一般的なもので、誰にでも手に入る装備だからだ。そして、ぱっと見武器らしいものも見当たらない。βテスターとしての必須事項に「一度もランキング上位特典を受け取られていない方」の申し込みは受け付けないとある以上、彼女もまたランキング上位者特典を受けている者であるはずなのだが。


 私が周囲の面々を確認しているように、彼らもまた同じように視線を送り合っている。その目は三者三葉で、金色の聖騎士は「使えるか、使えないか」、斧使いは「強いか、強くないか」と値踏みをするような視線を送り、女魔術師は「助けてくれ」という縋るような視線を送りつけてくる。


 それに対して、修道女らしい彼女は一直線に玉座を見つめていた。この子には感情が無いのだろうか、と私は訝しむ。彼女の視線は玉座を向いていながら、その実何も見えてはいないように感じる。何かを失って、感情がすげ落ちたような、そんな雰囲気だった。


 私は彼女のそんな表情に視線を吸い込まれていた。しかし、それを遮るように、玉座の主が声を上げる。


「――召喚への応じ、感謝する。我はここラインバッハ王国の王であるエドワード・フレデリック・フォン・ラインバッハである」


 初老の、外見から察するに60歳くらいの玉座に座する男性は自らの事を王と敬称する。これが、日本のどこかだったなら、何を馬鹿なことをと一蹴してしまうような発言なのだが、フルプレートの騎士たちに囲まれた現状で、金色の冠を被る人物が発するとそうはいかない。


 私はその場で黙していた。何も言えないし、何も考えたくない。ただただ、目の前の光景が夢であり、自室のベッドで横たわっている自分の体が行動を起こすことを切に願っていた。しかし、明晰夢にしては異様にはっきりとした自分の頭が私の願いを否定する。


「――シュートです。発言してもいいでしょうか」


 私の傍から声が発せられる。視線をやると、金色の聖騎士が手を上げている光景が目に入る。


「よかろう」

「感謝します、エドワード・フレデリック――んんっ、陛下。まず一つ目ですが、この世界の名は何というのでしょう」


 金色の聖騎士シュートのは玉座の主にそう尋ねる。この質問の意図は、ここが現実世界なのかそれともゲームの世界なのかを知りたいという意図であることはすぐに分かった。


 質問を投げかけられた玉座の主、エドワード・フレデリック・フォン・ラインバッハは方眉を上げて聖騎士を睨みつける。


「――世界? 世界に名などない」


 何を当然のことを、とでも言いたげな表情だ。確かに、日本人にこの世界の名は何かと問えば似たような答えが返ってくるだろう。となると、少なくとも彼らにとっては、この世界は「現実世界」という事になる。


 エドワード王――長いので省略する――の言葉を受けて、聖騎士シュートは小さく頷く。彼もまた、私と同じように考えたみたいだ。


「……そうですか。ではもう一つ、何故俺たちはここに呼ばれた、いや、召喚されたのでしょうか」

「あぁ、その事だが。――貴殿らには魔王の討伐を命令する」


 エドワード王は当然の様に私たちに命令を下した。それに対して、今まで黙っていた大男が鼻を鳴らす。


「――はっ、命令だってよ」

「おい、ランドロフ。王の前だぞ……!」


 聖騎士はそう言って大男を手で制する。どうやら、聖騎士と斧使いの大男は知り合いのようで、彼は腕組みをしながら不機嫌そうにしているが、それ以上の言葉は発さなかった。幸い、大男の声は私たち以外には届いていなかったようだ。


 聖騎士は小さく咳ばらいをして、エドワード王に向きなおす。


「……魔王は討伐されたと聞いておりますが」


 聖騎士が言うように、《W・E》の世界では既に魔王討伐の特殊クエストが発生していて、そのクエストはクリアされている。もしここが《W・E》の世界ならば、魔王はすでにいないはずだ。


 エドワード王は聖騎士シュートの言葉に眉を顰めつつ、重い口を開く。


「……伝承によると、そうだな。だが、先代の勇者の詰めが甘かったのだろう。つい1か月ほど前に我が軍が魔王の軍勢によって多大な損害を受けたっ……!」


 少し、ほんの少しだがエドワード王の語尾に怒りの色が窺えた。少しの沈黙が場を包み込む。エドワード王は急に居心地悪そうに玉座を立つ。


「――詳しい話は宰相から聞くのだな」


 そう言って、私達から見て左側、エドワード王から見て右手側の通路を歩いて謁見の間を出ていった。残された私たちは、宰相――白髪でエドワード王と同じくらいの年齢の男性――から詳しい話を聞いた。


 宰相の言うことには、魔王が討伐されたのはもう600年も前の話らしい。しかし、つい先月突如現れた魔王の軍勢によってラインバッハ王国の王国騎士団はほぼ壊滅状態にまで陥ったらしい。騎士団の団長が命と引き換えに魔王軍を撤退させる事に成功したそうだが、最大戦力を失うという大きな痛手が王国を襲った。


 そこで行われたのが「勇者召喚」である。そして、運悪く選ばれたのがこの場にいる5人という事だ。


 宰相は一通りの説明を私たちに与えるが、正直この国の情勢など私達からすればどうでもいい事だ。私たちが今一番知りたい事、それは……。


「――宰相様。単刀直入にお聞きしますが、魔王を打ち倒した後、俺たちは元の世界に帰れるのでしょうか」


 長々と続く王国の情勢を断ち切るように、聖騎士シュートはそう尋ねる。その質問に、白髪の男性は言葉を濁す。


「……で、伝承では、600年前に召喚された勇者様一行は元の世界に戻られたとされています。何でも、神様が神聖魔法を行使して世界を繋げたそうです。えぇ……」


 宰相の言葉は実に曖昧なものだった。


 神様が神聖魔法を使って世界をつなげる?


 つまり、王国側は召喚することは出来ても元の世界に戻す力はないという事に他ならないのだ。勝手に打呼びつけておいて、戻すのは神頼みという実に勝手な振舞だが、さっきまで目の前の豪華な玉座に座っていた人物の人柄を考えると、平気でそう言うことをしそうだとも思える。


 宰相はばつが悪いのか、さっきまであれほど饒舌に国内の情勢を語っていたにもかかわらず、すぐに情報提供を断ち切って私たちを用意した部屋に押し込んだ。一応男女別に一部屋ずつ用意はしてくれたようだ。


 物語などで聞く勇者の待遇を考えると、正直粗略すぎると思うが、何もないよりはマシだとも思う。


 

 大きな部屋にベッドが4つ。押し込められた3人の女子は、重い空気の中ただ呆然と立ち尽くしていた。





今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!


もう1話だけ「コノハ」視点の話を挟んでから、主人公視点の本筋に戻ります。

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