エピローグ
夏目漱石は悩み多き人でした。漱石は悩みを解決したいと考え、宗教、哲学、思想、文学など、ありとあらゆるものに答えを求め続けます。しかし、そこに答えはありませんでした。結局、幼少期のトラウマが悩みの原因だったのです。幼くして養子に出され、養家では義父母の激しい夫婦喧嘩を見せつけられ、実家に戻っても実父と折り合いが悪かった、そうした諸々のトラウマが漱石を死ぬまで苦しめました。漱石も毒親育ちだったのです。
通常、毒親育ちの人が自律と自立を回復するまでには長い時間と、つらい過去の追体験と、起こった現実の受容と、周囲の理解と援助が必要です。しかし、漱石にはそのような猶予が与えられませんでした。追い立てられるように勉学に励み、強迫的に創作し、病苦に苦しめられ、ついに毒親育ちのまま、ひいては毒親のままに死にました。
毒親問題について考えるとき、やりきれなくなることがあります。だれひとりとして悪人はいないのに、誰もが善良な人々なのに、やむを得ない理由や些細な原因から毒親と化し、わが子を毒親育ちにしてしまい苦難の人生を歩ませ、親子の断絶を生んでしまいます。しかも、毒親問題は負の連鎖として世代に受け継がれていくのです。
わたしどもは、まだまだ人間という動物の心の仕組みについて無知なようです。とくに幼児の精神の脆弱性と過敏性についての理解が不足しています。この無明ゆえに毒親問題が発生しているのです。太古の神話時代から延々とつづく親族間の葛藤と争いの原因は、毒親問題にあると思われてなりません。
父の漱石が死んで長い時間が経過し、すっかり大人になった後もなお、伸六は父に対する恐怖の感情を忘れることができませんでした。伸六は書いています。
「私の部屋の書棚の上に二枚の兄の写真にはさまれて父の写真が飾ってある。その写真を毎日起き臥し眺めながら、私は今でもフッと深刻な恐怖に襲われて、思わず写真から顔を背けることが時折ある」




