この世界での名
ゴブリンがびくびくと痙攣しながら倒れ伏すと、息を荒げたイラスト上の人物。アクエス・ガストが肩で息をしながら血に染まった短剣を見つめていた。
「えっと、ありがとう? アクエスさん?」
しばらく無言だったのでなんだか気まずい。でも助けてもらったのは確かなようだから、こちらから勇気を振り絞って話しかけてみる。ちょっと目が血走ってて怖いよ。
「いや、礼を言うのはこっちだ。アクエスであってる。っていっても、俺は死んだみたいだけど」
「あー、やっぱりイラストの人であってるんだ。これってどうゆうこと?」
相変わらず説明不足なことに内心苛立ちながらも、脳内に問答無用で語り掛けてくる奴に尋ねるように質問する。姿も見えない、名前も知らない。接触方法も定かでないから、これで返事がなかったら僕が一方的に変人になってしまうな。
『魂解放は、回収した魂を具現化することができる。ゴブリンの後ろに彼を召喚し、不意をついたってわけだ』
「ふぅーん」
理解が追い付かないので素気ない返事が口をついてでた。死んだ人間を魂から具現化。召喚とも言っていたし、正直とんでもない力だ。チートと言っても謙遜はないだろう。さっきまでの感じから、同調は力を自分に付与して解放が召喚か。
「それより、急いで街に向かった方がいい!」
「えっ? あっ! そうだね」
のんきに考え事をしていると、アクエスが慌てて声を出す。そうだった。彼と同調していたからわかるけど、急いで逃げないといけない。一匹程度ならアクエスだって逃げたり撃退は出来ていたのだ。彼の魂があそこにあった理由。それは……
「ゴブリンの巣が近くにある。俺は五匹のゴブリンになぶり殺しにされた」
そう、新人冒険者が薬草を取りにくるような森でありながら、ゴブリンが繁殖してしまっているという事実だった。
「これを」
「え? っとうわぁ」
アクエスが手を出してきたので反射的に受け取ると、草の束とタグのようなものを渡される。それと同時にアクエスは光となって僕の体に吸い込まれ、渡された草の束はカードになった。
【コモン】薬草
――常備依頼、ポーションの作成と、初心者から上級者までをも支える万能な草。
これもカードになるのかよ。っと心の中で突っ込みをいれながらも、同調によってあがった力と、記憶を頼りに、街のほうへと駆け出す。
「ぎゃぎゃ」
「げぎゃぎゃ」
近くまであの醜悪なゴブリンがやってきていたからだ。たまたま運よく倒せたが、正直今の状態で勝てるわけがない。ファンタジー序盤の雑魚的扱いになることが多いが、人を殺し食べるという生き物が、ただの経験値であるわけがないのだ。
『賢明な判断だな。近くにそれしかなかったとはいえ、新人冒険者では荷が重いだろう』
「それとかいうなよ。僕は助けられたし、知識や記憶は助かってる」
『ふふ』
脳内の声の言い方にちょっとむっとしてしまい。少し語気荒く言ってしまった。ってか脳内の声とか言いづらいし、呼び名も何かないか? ってか誰なんだ。今更だけど。全力では疲れてしまうので、小走りで走りながら聞いてみることにした。
「ところで、なんて呼んだらいい? っというより何者?」
『あはは、今更? ほとんどの人は最初に聞いてくるんだけどね? 君には姿すら現わせられないし。神って言って信じるかい?』
「あー、まぁこれだけのことができるんだから、人間なんかより上位の存在なんだろうなとは思うけど」
正直いって僕は無神論者だ。だけど、見ていないものを信じることはできないが、根拠や証拠がない限り積極的に否定はしない。だからといって、神様だと言われても、確かめる術がないかぎり、ふーんっていった感想しかない。やってることからして悪魔ってことだとしても、まかり通ってしまうし。
『信じる信じないは別として、私は運命神モイラだ。改めてよろしくね』
「あー、はい、モイラ様」
『様はいらないよ。モイラでいい。そういう君はどういった名を名乗るんだい?』
「えっ、だって僕は……」
名前を言おうとしてまるで喉につっかえたように言葉が出ない。頭にもやがかかっているかのように、名前が思い出すことができない。それどころか、あったという認識すら怪しい。これもモイラのせいか?
『私のせいというか、転生のせいかな。存在自体が新しく生まれ変わったからね。当然だけど姿形もかわっているからね? まぁ、名乗りたいように名乗るといいよ』
うぉ、まじか。といっても姿形は今すぐには確認できない。せめて名前だけでも考えておかないと、そうこうしているうちに街の入り口が見えてきている。名乗りもできないなんてただの不審者だ。
「おいっ、とまれ、一体どうした? お前は何者だ?」
案の定入口で衛兵と思われる男に止められる。ここで臆してもしょうがない。彼から託されたものを有効活用しよう。
「僕の名前はアニムス。ゴブリンの巣から命からがら逃げてきました。このタグの持ち主が僕を逃がしてくれたんです」
僕は衛兵に、アクエスから託されたタグ。冒険者証を見せ、この世界での名。アニムスと名乗った。