異世界チュートリアル
「う、うぁ……」
視界がぼやけ意識がゆっくりと覚醒していく。知らない天井どころか、地面はごつごつとした岩肌で、どこかの洞窟のようだ。背中が痛くて、まだ頭がくらくらする。
『さっさと起きろ。死にたくなければな』
「さっきから説明は足りないしいきなりだな」
先程からやり取りをしていた脳内の声は健在だ。さすがに放り出して後は放置というまではいかなかったらしい。それにほっとするものの、段々と意識が覚醒して状態を起こすと、強烈な腐臭と血生臭さに顔を顰めてしまう。
「ひっ、ひぃぃ」
ぼやけた視界がはっきりしてくると、そこに映ったのは人の者と思われる骸骨や、所々が何かにかじられたかのような跡がある死体だった。
「うぼえぇ、がはぁ、はぁ……」
『ほらほら、死にたくなければさっさと動け、この惨状の原因がやってくるぞ。チュートリアルはさっさと済ませるに限るだろう』
ほぼ空だったと思われる胃から、胃液を吐き出してしまうが、気持ち悪さは消えない。こっちのことなんてお構いなしに脳内の声は急かしてくる。くそっ、さっきから説明が足りなさすぎる。
「何をすればいいってんだ」
『ふふ、いいね。手を翳して魂回収と唱えるんだ』
半ばやけっぱちになって答えると、愉快そうに謎の呪文を言えと言う。何も起きなかったら恥ずかしいが、どうせここで僕を見ているのなんて死体と悪趣味な脳内の声だけだ。
「魂回収」
『あぁ、ちなみに手を翳して意識するだけでもいい。回収【コレクト】でもいいんだが、様式美だ』
先に言えと思うが、声のトーン的に楽しんでいるだけだろうから無視をする。死体から光が舞ったかと思うと、手の中に集まっていく。そして、そこには二枚のカードが現れた。
「なんでカード?」
『良く見てみるといい』
【コモン】新人冒険者 アクエス・ミスト
――「薬草採取なんて依頼、楽勝だ」そう言って彼は森へ向かい。帰らぬ人となった。
【コモン】古ぼけた短剣
――何処かの鍛冶屋「ないよりマシだが、これは当てにしないほうがいい。とんだなまくらだ」
まるでトレーディングカードのようだ。青い髪の青年と、短剣のイラストが描かれ、フレーバーテキストが書き込まれている。一体これをどうしろというのか。まじまじとカードを眺めていると、ギャッギャッと低く唸るような声が聞こえてくる。
『急げ、カードを身体に押し当てるようにして、魂同調と唱えろ』
「くそっ、魂同調」
慌てたような声に釣られるようにして、言われたことをすぐにこなす。自分の身体が薄く光ったかと思うと、身体が熱くなり、カードが消えた代わりに、右手にはイラストに描かれていた短剣を持っていた。そして、頭の中に走馬灯のように見覚えのない景色や意識が流れ、岩陰から顔を出した緑色の小鬼……ゴブリンを突き飛ばすようにして全力で駆け抜けた。
「これは、カードに描かれていた人物の記憶?」
意気揚々と薬草の採取へとやってきた冒険者。アービンは、ゴブリンに出会い殺された。保存食として半死半生で生かされ連れ込まれ、あの場で息を引き取ったらしい。
『そうだ、魂の救済者である君は、魂を抽出し、カード化。それを使用することでその力を行使することができる』
「なんでカードにする必要が?」
『現実的じゃないほうが、多少なりとも気が楽だろう?』
意図的にこうしたってことか、チュートリアルと言ったことといい、人の命や魂を扱っているとは思えない趣味だな。普段だったらとっくに息も絶え絶えになっているだろうぐらい全力で走った割に、息切れぐらいで済んでいる。これが同調の力? 疑問に思っている内に、辿りついたのはアービンが薬草の採取をしようとしていたところだった。息を整えていると、後ろからどたどたとゴブリンが一匹やってくる。
「これさ、殺されちゃったぐらいだしまずいんじゃ?」
『力がプラスされた状態なんだ、まずはやってみたらどうだ?』
「簡単に言ってくれる……」
背丈は腰ぐらいしかないが、醜悪な顔とその身の丈はある棍棒を振り回してるところを見ると油断はできない。そもそも暴力なんかと無縁の世界から来た僕にいきなりこれは正直きつい。そんなことを思っているとゴブリンは駆けだしており、上段から棍棒を振り下ろす。横に飛び退くようにしてかわし、短剣で斬りかかるが、傷は浅い。肉を裂く感触に勢いがそがれたところ、振り払うように棍棒で脇を叩かれてしまった。
「ぐっ、いってぇぇ!」
「ギャギャギャ!」
『魂解放と叫べ!』
またいきなりだな。情報を小出しにするなよ! もうやけだ! 地面に尻餅をついた形の僕に、止めを刺そうと棍棒を振り上げるゴブリンに向かって手を翳した。
「魂解放!」
「ギャギャギィ……!」
身体中から力が抜けたように感じると、どさりとゴブリンは倒れ、イラストで見た人物が、後ろからゴブリンの首元あたりを短剣で突き刺したようだった。