ある出来事の末路
「おい。起きろ」
「はっ!」
真っ暗で寒かったはずが、目を瞑っていても眩しいくらいな明るさ、脳に直接響くような大声で強制的に目覚める。
「はぁっ! はっ――はっ――。僕――は……」
身体中の痛みがない……。あれだけ努力しても吸えなかった空気が肺を満たす。その違和感に混乱を覚えるが、事態を呑み込むために周囲を見渡した。
「はぁっ? ここはどこだよ!?」
地面がない、妙な浮遊感が間隔を狂わせる。更に周囲は真っ白で、眼を開いているのに、何もみえないという異様な状況だった。
「君は死んだよ」
「はっ? あっ……いや、そうだよな……。じゃぁここは? うおっ!」
脳内に響く声に、自分が置かれていた状況を思い出し、死んでいてもおかしくなかったと理解すると、周囲が地獄の様相に変化した。まさに地獄といえばこうだと言った想像上の場所が広がる。
「はは、面白い男だ。普通死んだと思ったら天国とか想像するだろ」
「うーん、天国か。っと、うわぁ!?」
脳内の声から天国を想像すると、まるで楽園のような風景が広がる。そう、まさに寸分たがわず想像通りの天国が。
「針山や溶岩よりはましか。真っ先に地獄を想像するぐらいだから、少し期待したんだがな。人間が想像する天国なんて、みな同じようなものか」
「ひどい言いようだな。想像したとおりの場所になるってことかな? おっ」
「ほぉ」
周囲の風景が天国から、今度は体育館へと変わっていく。ふわふわとしていた感覚もなくなり、地にしっかりと足をついた感覚が戻ってくる。
「意図して変えた奴も珍しいが、何故に体育館なんだ?」
「いや、咄嗟に思いついたのが体育館だっただけ、というか、いちいちこれ風景変わっちゃうの?」
「そんなことはない。風景が――」
「あっそうか、固定するイメージを持てばいいのか、おっ、大丈夫そう」
「はは、やるじゃないか。それでこそ選んだかいがある」
脳内に響く声は心底楽しそうだ。確かに風景がイメージ通りに動くのは新鮮だ。しかし、それだけだ。何が楽しいものか、クズみたいな男たちに、ゴミみたいに殺された。間違っているのは、あいつらだろうに。しかし、気になる発言があった。
「なぁ、選んだって?――あ」
気が緩んだ瞬間、景色がまた一変する。あれは……、僕を殺した奴らだ。
「どれ、あとで否が応でも説明してやる。今は見てみようじゃないか。お前が大嫌いな世界とやらを」
あぁ、そうか、捕まったか。そうだろうな。人を殺したら捕まるなんて当たり前だろう。いやいや、なんで泣いてるんだ。喚き散らしているけど、泣きたいのはこっちだ。
「ここからが、人間の見苦しいところだ」
「えっ?」
まるで早送りのように事態が急転していく。ニュースでも流れた、未成年だからと伏せられて。裁判の光景も特等席で見物した。反省してますと泣きながらあいつらが謝る。情状酌量の余地……?
「あれの……、どこがだよ」
「はは、まぁ、そんなものだろう」
人の前では猫被っているが、個人になったら違う。悪態をつき、あれだけのことをしながら、なんで自分が、あいつが死んだせいでとほざいている。
挙句、数年で出所した。世間もこんな事件など覚えてはいない。悔しいが、そんなものだと諦めもつく、自分が死んでしまっている以上、もう関係がないのだ。
「どうしてこんなことを見せる? みじめだっていいたいのか?」
「なに、それだけでもないぞ」
見慣れた風景へと周囲が変貌する。あれは――
「母さん……、父さん……、老けたなぁ……」
多分俺が死んで、あいつらが出所してからなんだろう。大分やつれ、老け込んでみえる。うん? 誰かが来たようだ。
「あの子は……、確か俺が助けた」
「そう、あの暴漢どもから救った少女だ。足繁く通っているようだぞ」
「救った……。か、意味があったのかな」
「すくなくとも、あの時は……な」
「あの時?」
そう、俺はあの時、あいつらにしつこく言い寄られ、連れていかれそうになっているところを路地裏で見かけた。見なかったふりをすればよかったかもしれない。だが、眼を反らそうとした時、少女と視線が一瞬あってしまった。助けて、とか、どうして、とか、そうゆう瞳なら、見て見ぬ振りをしていたかもしれない。僕はその瞳に、諦めを見てしまった。誰も助けてくれない。こんな世の中だから仕方がないのだ、と。そこからはあの通り、少女を逃がして、俺は殺された。だが、熱心に祈りを捧げる彼女を見たら少し感慨深いものがある。
「無駄ではなかった……のかな?」
「はは、それはどうかな?」
場面は少女を映しだした。帰り道のようだ。その先には、あの時の暴漢どもが隠れている。
「あ、あれは、おいっ、どうにかならないのか!」
「ならない」
「――なっ!」
路地裏から暴漢たちが飛び出し、少女を連れ去る。用意周到に準備していたのか、ワゴンに連れ込むと運び去り、その先の光景も見せつけられたものの、とてもじゃないが目を向けることができなかった。乱暴される声が耳を塞いでいても聞こえてくる。静かになってどれぐらいたっただろうか。自然と荒くなった自分の息遣いが落ち着いたの確認し、薄っすらと目を開けた。そこにはぐったりとして息をしていない少女の瞳が、僕の方を見ているかのようだった。
「こんなの……、こんなの……」
「理不尽かね?」
脳内に響く声は、相も変わらず愉快そうな声で、とても不快だった。