リーアとゴブリン退治3
レオさんの声に慌てて入口へと引き返した僕たちの目に入ったのは、食糧庫である洞窟を取り囲むゴブリンの群れだった。中には成人男性よりも一回り背の大きいゴブリンもいる。さらにはフードのようなものをかぶり、杖を持っているひょろひょろのもいるが、あれが上位個体だろうか? それにしても、この状況は一体。
「ちょっとちょっと、これだけの数がいたのに、ここまで接近されるまで気づかなかったの!」
「それが全く気配を感じなかったんだよ……」
「俺達の鼻もここを開けた時点でやられてるしな」
パンサさんが二人に詰め寄ると、ビョウさんが眉間にしわを寄せ、冷や汗を流している。レオさんも油断なく剣を構えているが、その表情には焦りが浮かんでいた。
「リーア、大丈夫?」
「は、はい……」
言葉とは裏腹に身体は震えている。水魔法の初級というのがどれほどのものかは知らないが、これではまともに戦えそうにもない。しかし、冒険者としてはランクが高く。獣人の嗅覚もあったにも関わらずここまでの数の接近を許してしまったことが、まず異常だといえるだろう。襲い掛かってこず、遠巻きにこちらのことを眺めている、それだけでも知能のないゴブリンの行動とは思えない。
「ねぇ、どうする」
「薄いところを縫って突破するしかないだろう。やれないことはないだろうが、状況が悪すぎる、仕切り直したいところだが……」
「洞窟に入って各個撃破というのはどうでしょう?」
「俺の得物じゃ不利だ。しかも様子を伺うような知能があるんだ。ひょっとしたら入るのを待ってるのかもしれねぇ」
折れない牙の面々が状況の打開策を相談しているのが耳に入る。膠着した状態を動かしたのは、ゴブリンの群れの一部が割れ、そこから黒いもやを発しているゴブリンが現れたことだった。その姿が目に入った瞬間に目が熱くなる。魔物にも発動するのか!
【SR】★★★★ゴブリンアヴェンジャー
――奴らは虎視眈々と狙っている。自らの一族の恨みを、力を、数を密かに蓄え続ける。ただのゴブリンだと舐めてかかったら死ぬことになるだろう。姿を現したとき、復讐を晴らすまで、奴らは殺し続けるだけだ。まるでそれが、天命だとでもいうように。
特技・潜伏
場にいる自軍の存在や数の把握を大幅に鈍らせる。
EX 復讐鬼
自身の種族を殺した種族に対し、殺された同胞の数に比例して能力が増大する。また、
その場にいる同種族の攻撃力も上昇する。
やばい、あいつはやばすぎる。背筋への寒気と冷や汗が止まらない。身体中が震え、膝が笑う。リーアは顔が真っ青で腰を抜かし、折れない牙の面々もなんとか視線を外さないようにしているだけだ。強さをレアリティで表わしているのであれば、僕なんてコモンだぞ。どうやって勝てというのか。
『ふぅ、どうだい。能力をアップデートしてみたんだが。レアリティ表記もそれっぽいだろう? 詳細だって見れるんだぞ。……おーい』
『今それどころじゃないって! 状況を見ろよ状況を!』
『……これはこれは、絶対絶命だな?』
久々に頭に響いた声に、僕はイラッとしてしまい。思わず脳内で怒鳴ってしまった。って、気がそれたのか震えが止まったぞ。能力をアップデートって……。
『モイラさんにお聞きしますが、この状況を打破できる能力アップデートはある?』
『いや? 表記をいじったのと、対象を増やしただけだが?』
『つかえねぇ!』
なんなん? このピンチにタイミングよく戻ってきたらさ。普通新兵器とか状況を変える新アイテムとか能力じゃないの! 思わず敬語で話しかけちゃったぐらいなのに! なんなんこの人? 人? むしろ人なん?
『他力本願はよくない。よくないぞ。能力を活かしきるきらないは君自身の問題だろう』
『カードっぽく能力をちょっと覗けるのと、魂から能力を引き出せるのはわかったけど、手持ちもなにもない状態でどうしろっての!』
『まぁ、言い分はわからなくはないが、まだ使っていない能力もある。っと、よそ見していると危ないぞ』
「えっ!」
「なにっ! しまった!」
「リーアちゃん!」
「ちぃっ!」
思わず脳内で声を出さず、直接声に出してしまった。その声に反応した折れない牙達の声も聞こえる。僕たちの背は行き止まりの洞窟であり、油断していた。まさか洞窟の上からゴブリンが飛び降りてくるとは思わず、身体がこわばる。リーアの前に飛び降りたゴブリンが、短剣で、状況についていけないリーアに向かって斬りかかった。その時、カッと身体が熱くなり、自然と僕は割り込むようにしてリーアをかばっていた。
「がああ、あ、……くっ……」
「アニムスさん!」
「ゲギャ……ギ」
咄嗟に突き出した古ぼけた短剣で、ゴブリンの心臓を一突きにし、相打ちのような格好になる。痛い、痛いはずだが……。思ったよりは痛くない? あれ、これ死ぬからか? っと思っていたら、水色の髪の青年が、申し訳なさそうに頭を下げている姿が脳裏に浮かぶ。そして、僕の背中をみているはずのリーアから、思いがけない声がかかった。
「お兄……ちゃん?」