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患者に向けられし銃口

「うわああああ!!」

 一拍置いて、事態を把握すると、大地は音を立てて立ち上がった。勢いに任せて立った為、座っていた丸椅子がガシャンと床に倒れる。だが、それすらも視界に入らない程、目の前の丸く黒い銃口しか目に入らない。

 銃口自体は小さいはずなのに、大地にはそれが宇宙のブラックホールのように大きく見えていた。

「な、な、な、な!!」

 動揺して声が言葉にならない。

 胸の前で所在なさげに翳した手がざわざわと震える。

 喜和子はそんな大地の様子など意に介さないかのように、唇を一文字に引き結んだまま、微動だにせず銃を突き付けている。

 逆光となって彼女の顔には暗い影が落ちているが、眸に一筋白い光が差し込んでおり、それが鋭さを増していた。

 まるで狼が獲物に狙いを定めたかのような眼光。

 大地は恐怖で歯がかたかたと鳴った。

 緊迫した空気が続き、このまま訳も分からず撃ち殺されてしまうのかと思った矢先、閉じていた喜和子の艶のある唇がすっと開いて、玲瓏な、冷たい声を漏らした。

「おい、先ほど死にたいと言ったな」

「……へ?」

「本当に死にたいんだな」

「ぁっ……」

「お前が望んだのだから、私は担当医としてお前を殺してやる」

 表情を一歩も動かさず、そう告げられる。まるで死に神のように。

 大地は口を大きく開けたままであった。そしてその開いたままの口から涎が床に落ち、逆光に白く光って硬質な床に落ちる。

 その瞬間、大地の脳に意識が戻った。

「……死にたくねえ」

「嘘だ。さっき死にたいと言っていたくせに」

「死にたく……ありません……」

 声が震え、俯く。

「無理をするな」

 大地の返答も気にせず、喜和子はただ淡々と言葉を返していく。

「まだ、やり残したことがあるから……」

「ほう? それは何だ?」喜和子は眉を上に動かした。

「……こち亀と、BLEACHの最終回は見届けたけど、ワンピースとコナンの最終回をまだ見届けていません……」

「……それだけか?」

 大地は唇を舐め、続けた。

「この前電車の中で、イケてない男女のカップルが前の席に隣り合って座ってて、男が女の耳元でボイパするっていうネオ前戯見せつけられました……。オレなんて女の子と付き合ったことないのに……。オレは童貞です。どうせなら、アンタみたいな綺麗な女抱いてから死にたい」

「ふっ」

 喜和子は静かに聞いていたが、その言葉を聞いて、堪え切れず薄い笑いを零した。

 その笑いを聴いて、徐々に大地に怒りの意識が芽生えてきた。

「そうだ。オレはこれからも生き続けるんだ。こんなところでアンタなんかに殺されてたまるか。そうだ、たまるかってんだ!!」

 吠えるように叫ぶ。唾が飛ぶほどの咆哮。

 大地の脳裏には、走馬灯のように今までの人生の思い出が駆け巡っていた。どれも美しいとは言えない。汚い、忘れたい思い出も沢山ある。だが、その中で一際光を放っているのは。

――自分を心配して訪ねてくれた、親友の笑顔――

 喜和子は凪の表情で聞いていたが、糸が切れたように瞳を閉じ、薄ら笑いを唇に浮かべたままゆっくりと銃を下ろす。

それに気づき、はっと大地は顔を上げた。

「先生」

「三島くん。よく言えたね。自分の体を見てみなさい」

「えっ?」

 大地は言われるがままおずおずと自分の体の表面を撫でてみた。肩から胸、腕、手首。あることに気付く。

「震え……止まってる」

 憑き物が落ちたかのように、体が楽になっていた。そして体の毛穴という毛穴から大量に汗をかいたことによって、爽やかな心地になっている。

 喜和子はふい、と横を向いた。逆光が彼女の睫毛にあたり、切っ先が白く光っている。

「一種のショック療法だ。まあ、こんな療法私しか編み出していないし、使用していないがな」

「先生……」

 喜和子は大地の方を振り向くと、にやりと笑った。

「三島くん。極限状態を乗り越えた君はもう大丈夫だよ」

 大地に近付き、右手でぽん、と肩を叩く。近くに寄ったせいか、彼女の体から静謐な香りが感じられ、思わずドキっとした。白く滑らかな手は自分の肩に優しく添えられ、眸の奥まで見透かされているようだ。

その反動で、大地はすっ、と背筋を伸ばした。

 彼の眸にはもう、虚空は無かった。

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