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一次面接のお知らせ

 5月の新緑に包まれた大学の中をふらふらと覚束ない足取りで歩いている青年がいた。

目の周りには薄墨のような隈が広がり、瞳は血走って虚ろである。彼の横を通り過ぎる女子大生の組みがちらちらと訝し気な視線を送っている。

 三島大地みしまだいち・21歳は文学部の哲学科に所属する4年生である。

ラフな私服の大学生の中を、ぴりっとした黒いスーツで歩いている彼は、現在就職活動真っ只中だ。

しかし決まらない。内定が出ない。

4月から解禁された就職活動で、エントリーシートだけで10社以上出したが、そのほとんどの企業から返ってきた返答は「貴殿のご活躍をお祈り申し上げます。」という内容だった。

(クソ腹が立つ……。何がお祈り申し上げますだ! 新興宗教じゃあるめえし、1回も会ったことのねえお前ら企業様にオレの将来祈られてたまるかってんだよ!)

 大地は未だ面接までこぎつけていないというのに、わざといつもリクルートスーツで過ごしている。

それは周りで次々と内定を決めて浮き足だって遊んでいる他の大学生に対し、圧をかける目的もあった。

 ぱんっ、とその場で足を踏み鳴らすと、大地の近くにいた数人の学生が、彼と目を合わせないようにすっと視線を逸らし、距離を自然に置いた。

 イライラして頭を掻きむしると、風呂に入る余裕すら最近無くなっていた大地の頭皮からフケが舞い飛ぶ。

さながら粉雪か桜吹雪のようで、彼の今後を応援しているようにも見えた。


 そんな彼にもようやく春が来た。

スマホに映ったメールの画面を見ながら、一時間以上前から大学の食堂に座ってニヤニヤしている。

 別に何も料理を注文もしていないというのに、足を蟹のように広げ、迷惑極まりないが、自分の世界にいる彼には周囲のことなど気付かない。

「何にやけてんだよ。エロサイトでも見てんの?」

 はっと肩を叩かれたように顔を上げると、口の両端をにやりと釣り上げた同級生の梶田拡かじたひろむであった。

 大地の隣の席に座ろうとする。

「うるせえ。早々と大手不動産に内定が決まってる経済学部の梶田様に、一社でも一次面接のお知らせメールが来たこのオレの喜びが理解できるか」

 不機嫌な顔で梶田を睨む大地であったが、対して梶田は目を見開き、喜びの笑顔を返しながら大地の肩に手を置いた。

「えっ、お前やったじゃん! いつもESで落とされるってすげえ落ち込んでたもんな! 良かったじゃん!

頑張れよ! 何ならオレが面接練習の相手してやるからさ!」

 ぽかんと口を開けて不敵な視線を送る大地に対し、晴れやかな満面の笑顔で大地の背をばしっと叩いた。

「いてえよ!!」

 思ったより勢いがつき、衝撃で少し前のめりになる。大地の瞳の端に涙が浮かび、怒り顔を返す。

「あ、わりいわりい」

 笑いながら頭を掻きお茶目な雰囲気を醸し出すこの友人・梶田と学部もサークルも違うというのに、何故か1年の時から腐れ縁が続いている。

 大地は間抜け面でぼんやりとこの男との馴れ初めを思い出した。


「あ、すみません。隣いいですか?」

 ガラス窓から差す陽の光で、大教室の埃が淡く光り輝いている。

腕を組んで枕替わりにし、さあ今日の講義も寝てやろう。どうせつまんねえしな。と思って眠りの準備に入っていた大地の頭上に降ってきたのは爽やかな声であった。

 顔を上げると、声と同様に自分の隣に座るとは似合わないほどの、精悍な顔立ちの爽やかな微笑みがあった。体は筋肉質で、日に当たる髪は栗色に輝いている。

「別にいいっすけど……」

 くぐもった声でイケメン――梶田に返す。

「ありがと!」

 目をぎゅっと閉じ、ぱっと満面の笑顔になる。

(こんなクズ学生のオレに何でこんな笑顔返してくれんの。この人……)

 肩に下げていた黒のスポーツバッグを机に置き、大地の隣に座ると梶田は自分を親指で差した。

「オレ、経済学部でテニサーの梶田拡ってんだ。この授業、経済学部の生徒は受けなくていいんだけど

前から先生の本読んで一回講義聞いてみたいなと思ってて。文学部の生徒さん、うちのサークルにもいないから知り合いいなくてさ。良かったらライン交換しない?」

 了承も得ていないのにジーンズからスマホを取り出し、バーコード読み取りの画面を大地の前に出す。

 必須科目ではないのに潜り込みで授業を受けるなんて、意識高い系かよ。しかもテニサーってチャラサーじゃねえか。オレなんか思想史研究会っていう地味で暗い男だけのサークルなのに、と心の中で突っ込む。

単位目的で授業に出席している自分とはえらい違いだなと感じながら、「三島大地です」とぼそぼそ呟き、ズボンからスマホを取り出した。

 真剣な顔で熱心にノートに先生の講義を写す梶田の隣で、やはり涎を垂らしながらぐっすりと眠っていた

 大地は、その日の夕方に梶田に食事に誘われた。

 それが梶田との出会いであった。

それから、正反対のこの2人は学部もサークルも違うというのに、何故か校内でばったり出会うことが多くなり、その度梶田に笑顔で食事に誘われ、不機嫌な顔だがまんざらでもなさそうに付き合う大地という図が出来上がって今に至っている。


「じゃあ頑張ってこいよ。お前なら出来る」

「松岡修造かよ! いわれんでもちゃちゃっと終わらせますわ」

 腰を落とし、ガッツポーズを向けて激励する梶田に、踵を返し、背を向けると腕をひらりと振った。

 夕陽が赤く校舎を染め、それによって出来た影がいつもより黒さを増している。

 ポケットに手を突っ込むと、はあとため息をつき、目を閉じる。

そして先ほどより真剣な顔で唇を引き結ぶと、顔を上げ、前方を見つめた。

(頑張らねえとな。オレも)

 少し腰を屈めているが、確かな足取りで大地は校外に向かって歩き出す。

 夕陽は大地の背を金色に照らし、彼の行方を応援しているかのようであった。


『貴殿のご活躍を祈念いたします。』

 メールを開いてその見慣れた文字を目にした瞬間、自室の机の前に座っていた大地はだらんと腕を落とし、スマホを床に落とした。

 暗い部屋でスマホの灯りだけが部屋を照らしている。

天井を見上げると、徐々に視界がぼやけてきた。

「あぁっ……! あぁっ……!!」

 みるみる眦から涙が溢れ、頬を濡らす。

 一瞬視界が薄墨から真っ白に染まったかと思い、気付いた時には椅子から立ち上がり、机の上に置かれた履歴書を全てびりびりに破いて肩で息をしていた。


 大地が部屋から一歩も外に出れなくなったのはそれからであった。

窓を開けることも叶わなくなった。

窓を開けて、視界に楽し気に笑いながら歩いている人を見るだけで吐き気を催すようになった。

部屋のドアから一歩でも外に出ようとすると、かたかたと震えだし、その場で膝をつき、蹲ってしまう。

大地は長野県から東京に大学進学の為に上京してきたので一人暮らしであった。

 冷蔵庫の食糧も底をつきそうだと言うのに、買い出しにも行けない。残っているのは飲みかけの牛乳だけとなっている。

「へへ……こんなことになるなら彼女でも作っとけばよかったのかな……」

 皮肉な笑みを隈だらけの顔に浮かべる。

 そんなことを考えている間にも、自分の未来が見えなくなり、未来のことを考えると不安で震えが止まらなくなる。

 布団に横たわり、腕を広げると虚ろな眼で前方を見つめる。

そして乾いた唇で、ぽつりと呟いた。

「オレ、このまま死んじまうのかな……」

 暗い部屋で、ただ埃だけがカーテンの隙間から漏れ出る光に輝いて舞っていた。


 




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