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入学式の日を迎えた。現在、勇士は全身筋肉痛を味わっている。理由はもちろん、スパルタ狼による特訓である。

日が昇る前に起こされ、まず校内の森を走る。途中で魔物に遭遇した場合は勇士だけで倒さないといけない。余程危なくなれば壮が助けてくれるが、本当にギリギリまで助けてくれない。

その後は各種筋トレをこなし、壮と実戦訓練をする。分かってはいたが、壮は恐ろしく強い。この時点で一般的な起床時間になるので、たまに雪乃や紡が参加してくれる。雪乃はあの鞭を楽しそうに、そして容赦なく振るってくるし、紡は魔法が使えるらしく、四方八方から荊を伸ばしてくるので、二人に攻撃を当てられた試しがない。荊は切れるがいくらでも生えてくるし、あの鞭にいたってはいくら攻撃しても切れないのだ。いったい何でできているのだろう。

ちなみに瑠璃は戦闘が苦手だそうで、だいたい眺めるだけである。

訓練を経て、勇士もだいぶ剣を思う通りに振ることができるようになった。しかし、思うことが一つ。

(こいつら前世で俺が助ける必要なくね⁉︎)

強すぎる。まともに勝てる気がしない。

『勇者』が最弱ってどうなのだろう。

猛者たちにしごかれ、せっかくの晴れの日にも身体を動かすだけで呻かずにはいられなくなった。

ついジト目で壮を見るが、どこ吹く風な様子の壮は勇士的にはとんでもなくキツい訓練をしても、いつも余裕の表情だ。勇士はいつか絶対一泡吹かせてやろうと心に決めている。

式の行われる講堂に入ると、皆決められた席に座る。勇士の隣は教室でも隣の席の、正統派王子様みたいな見た目をした美男子だ。互いに会釈する。ここでは珍しく常識人っぽいので、勇士としてはぜひ友人になりたい。もう片方の隣は紡だった。

「あ、勇士くんだ〜。おはよ」

「おはよう」

講堂の中は生徒達のさざめきで溢れていた。先生たちも注意する気はなさそうである。

鐘の音が鳴り、式の開始を告げる。

皆特に真剣に話を聞く気はないようで、居眠りするものが続出している。勇士も校長の挨拶の時は危なかった。紡はといえば『眠り姫』の名に相応しく開始直後からずっと夢の世界へ旅立っていた。

そんな状況に乗じて、勇士は周りをきょろきょろと見渡す。雪乃が黒寮と白寮の違いはすぐわかるようになる、と言っていた理由を理解した気がした。

講堂内は黒と白で二分されていた。寮ごとでクラスも決まっているし、棟も違うため、勇士はこの前の登校日には制服が色違いだという事実に気づかなかった。

(あれ……でも、和寮は?)

見た限り黒白以外の制服はないーーと思っていると。

「ーー続きまして一年生代表挨拶。代表、月詠和子」

「はい」

凛とした声が、マイク無しで響く。式そっちのけで周りを観察していた勇士も、思わず声の方へ目を向ける。

勇士は目を剥いた。

「絶対あの人和寮の人だ!」

大声とはいかないまでも、心の声が飛び出してしまった。

月詠と呼ばれた少女は海老茶色の袴を履き、上の着物には舞い散る桜と朧月が描かれている。長い黒髪を一つに束ねたその姿は大正時代から抜け出したようだ。

まだ壇上に登る途中のため、顔は窺えない。

「あ〜、やっぱり今年も月詠さんか」

「あれ、……起きたんだ」

名前を呼ぶに呼べず変な間が空いてしまったが、いつのまにか目覚めた紡は気にしていないようだ。

「おはよ〜。あの子ねぇ、初等部の頃からずっと学年一位で、一年生だけど和寮の寮長なんだぁ」

「へぇ、凄いんだな。っていうか、なんであの人だけあんな格好してんだ?」

「あれは和寮の正装だよ。でも今時ああいうのはお金もかかるし面倒だしで、月詠さんしか着てないなぁ」

「なんでまた」

「それはーー」

二人でこそこそと会話を交わしていると、紡は途中で言葉を切った。新入生挨拶が熱を帯び始めたからだ。

「わたくしは和寮の誇りを背負い! 黒寮と白寮の横暴に屈せず! 和寮の地位を高めてみせます!」

一部でスタンディングオベーションが巻き起こる。おそらく和寮の生徒だ。先生たちはそれを黙認する。

と、勇士はここで始めて和子の顔を見た。涼やかなつり目にふっくらした頬。きっと平安の時代なら絶世の美女と称されたであろう。最近美形に囲まれ過ぎた勇士にとってみれば目に優しくてとても好感が持てた。

「彼女ねぇ、ちょっと黒寮と白寮に反感を持ってるから、自分だけでも和寮の存在を主張しようと頑張って……」

話の途中で紡はまた夢の世界へ旅立ってしまった。後で聞いたところによると、魔女は理事長の娘であるため、黒寮ばかりが優遇されるそう。和寮に今は有名な生まれ変わりが少ないことも、コンプレックスなのだそうだ。

鳴り止まない拍手の中、気持ち良さそうに眠る紡を見ていると、勇士も眠りへと誘われたのだった。


気付いた時には式が終わっていて、勇士は隣の少年に起こしてもらった。彼は役目を果たすと颯爽と去っていき、勇士はその背中に羨望の眼差しを向けざるを得なかった。

勇士は隣で眠る紡を起こす。少年がいくら声をかけても起きなかったらしい。

「式終わったぞ」

「……んー」

「この後はHRだったかな」

「……うん。あー、午後からは勇士くんの手伝いするよぉ。生まれ変わりの人たちは何人か知ってるし」

「助かる」

そうこうしているうちに学校は終わり、放課後になった。

勇士、壮、雪乃、瑠璃、紡が円陣を組み、紡が音頭をとる。

「勇士くんを助け隊、出動〜」

「「「「「おー」」」」」

「……このなんともダサい名前、どうにかならないのかしら」

「まぁまぁ。分かりやすくていいじゃない」

嫌そうな気配を見せる雪乃を、瑠璃は笑って宥める。

話し合った結果、二組に分かれて情報を集めることになった。

「なんで私が狼となの」

「なんで俺がこいつと」

組み合わせを告げた時、二人は揃って声を上げ、一瞬顔を見合わせたかと思うと、気まずそうに目を逸らした。

「雪乃は勇士との方がいいんじゃねーの?」

「なに貴方、そんなに私と一緒が嫌なの?」

「そんなことは言ってねーだろ!」

「じゃあ何で私を他の人に押しつけようとしてんのよ!」

ヒートアップする口論に勇士はおろおろし始める。が、瑠璃と紡はどこ吹く風だ。

こそっと二人に耳打ちする。

「あれ、止めなくていいの……?」

「いいんですよ。仲が良い証拠です」

「犬も食わないね〜」

二人はどこまでものんびりしているから、きっと大丈夫なのだろう。……雪乃が鞭を引き抜いてはいるが。

(あの変な先輩と会った時は、仲よさそうに見えたんだけどな)

「ったく、仕方ないわね。さっさと行くわよ

「へいへい、わかりましたよ。お姫様」

一時はどうなることかと思われたが、どうやら話はまとまったらしい。連れ立って勇士達とは反対側に去って行く。

それにしても、雪乃はあれだけ高いヒールの靴を履いているというのに壮の胸元くらいまでしかない。並べてみるとその身長差が際立った。

「あたし達も行きましょうか」

「そうだな」

適当に歩き回り、道行く人から情報を集める

その途中でふと気になり、勇士は二人に尋ねた。

「あの二人ってどういう関係?」

返事がすぐに返ってくるかと思いきや、瑠璃と紡はしばらく考えていた。

紡が首をこてっと傾げる。

「友達以上、恋人未満?」

「まぁ、そうなるかな」

「付き合ってないのか……」

てっきり恋人同士かと思っていたが、違うらしい。

「見ての通り、雪ちゃんは素直じゃないので」

「壮くんも全く雪ちゃんに気がないわけじゃないと思うんだけどねぇ」

勇士は出会った時の壮の姿を思い出した。眠らされた雪乃のために頭を下げる姿を。

「……それに、煩わしいしがらみもありますし」

瑠璃の言葉の真意を聞きたかったが、また新たに生徒を見つけてその話は打ち切られた。


勇士たちは憂鬱な顔をしていた。理由はもちろん聞き込みの結果のせいだ。魔女や生まれ変わりについての情報や、生まれ変わりには呪いの心当たりを聞いたのだがーー。

回答者その一、豚の獣人の三兄弟。

『俺たちは前世でお前んとこの狼にえらい目に遭わされたんだ! 一回謝罪しろ!』

回答者その二、ヤギの獣人の七人兄弟、加えて学校の職員であるその母。

『自分たちはあの狼に与えられた精神的苦痛が忘れられない! 賠償金とは言わないがせめて謝罪しろ!』

等々。

圧倒的多数で壮に謝罪を求める声を頂いたのだ。

勇士としては、前世の責任を今世で負わされるなんておかしいと思うが、記憶持ちの生まれ変わりからしたら違うようだ。

(そういや、物語の狼ってたいてい悪役だよな……)

そしてたいていは狼は殺されていたはずなのだけれどーー腹を鋏で切られて石を詰められたり沸騰する鍋で煮込まれたりーー壮はそれを何度も生き延びたということか。不死身か。

(まぁでも所詮は物語だからな。創作も入ってるか)

「これは……」

「壮くん、嫌がるだろうなぁ」

二人して頭を抱えるので、勇士は不安を覚えた。雪乃の解呪を頼んできた時に頭を下げてくれたから、今回も大丈夫だろうと思っていたのだが。やはり、人生そう上手くはいかないもので、結果を伝えると、壮は狼の姿になって逃亡した。

詳細は長くなるので省くが、捕まえるのには本当に苦労した。勇士一人では到底不可能なので、雪乃たちにも手伝ってもらって、なんとか捕獲に成功したのだ。

壮が謝罪会見を開くことを、証言者たちに伝えると、会見当日、軽くその倍の人数が集まった。謝罪する壮の写真を撮ろうとする輩は雪乃が鞭で牽制する。

壮はそれはそれは嫌そうな顔で、好奇の目で見る彼らに頭を下げたーーかと思うと、その場から再び逃走した。

勇士はこれでいいのかとハラハラしたが、見物人たちは溜飲が下がった様子だ。

「まさか狼が頭を下げるなんて……」

雪乃は自分の目にしたものが信じられないと言っていたので、壮があんなことをするのは本当に珍しいことなのだと知った。

「やっぱり狼にとって貴方は大切なのね」

「そうなのか……?」

脳裏に浮かぶのは、真剣な表情で雪乃を助けてほしいと言った壮の姿。

勇士からすれば、壮にとって一番大切なのは雪乃だと思えてならなかった。

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