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雪乃に付き従ってしばらく経つが、森の景色はその間全く変わらず、勇士はとうとう問いかけた。

「これ、どこに向かってるんですか」

「魔女のお気に入りの屋敷」

「魔女って、鏡野さんたちに呪いをかけたっていう……」

「ええ、そうよ」

勇士は彼女の手元を見つつ、軽い目眩がした気がした。勇士がこの学校に来てまだ日も浅いというのに、なぜこの少女は悪の総本山へ向かおうとしているのだろう。返り討ちにされる未来しか浮かばない。

そんな勇士の心中が顔に出ていたのか、雪乃は補足した。

「大丈夫、この時間はいないはずだから」

「ほんとかなぁ…」

「なに、私の言うことが信じられないの?」

その目がすっとすがめられ、勇士は猛禽類に狙われた小動物の気分になった。慌てて顔を横に全力で振る。

勇士の反応に満足した雪乃はまた前に向き直った。

会話の種も見つからないので、勇士は改めて雪乃を観察することにした。

艶やかな黒髪は腰の辺りまであり、今も歩くたびにさらさらと揺れている。髪を留めている漆黒の簪は雪のような肌に良く映えていた。身長はまあこの国の女子としては平均といったとこーー。

(ん?)

勇士の目は彼女の足元に引きつけられた。靴は大変可愛らしい意匠の施されたものなのだがーーヒールの高さが尋常ではない。十センチはあるのではないだろうか。

この靴を履いてなおこの身長なら、実際は150もないと見た。

(態度もでかーー堂々としてるから、余計に小さく見えなかったんだな)

そんなことを考えていると、雪乃はいきなり振り返り、目にも留まらぬ速さで何かを繰り出した。その風圧で、勇士の髪がなびく。

「すみません小さいなんて思ってません!」

「早くそこを退きなさい‼︎」

「え」

言われるがままに走ると、勇士が先ほどまでいた所に、犬に似た異形のものが唸っていた

初めて見る魔物に、頭が真っ白になる。

一方雪乃はと言えば、口の片方を吊り上げ、なんとも悪役のような笑みを浮かべていた。

「雑魚ね」

彼女はもう一度、その手に握られた鞭を振るう。風圧の元凶である。鞭はしなやかに、まるでそれ自体が意思を持つように動く。それを扱う雪乃の楽しそうなことといったらない

(……鞭、似合うなぁ)

童話のお姫様として、それってどうなのだろうか。

ものの数分で魔物は消滅した。雪乃は魔物が落とした魔核を小人に預け、鞭をしまう。

「あなた、仮にも勇者なんだからあれくらい簡単に倒せなきゃだめよ。狼に訓練してもらいなさい」

「魔物なんてそうそういるもんじゃ……」

「ここが普通じゃないってことくらい気づいてるでしょう?」

否定できず、勇士は口を噤んだ。雪乃は再び歩き始め、諭すように語る。

「ここには魔女が放し飼いにしている魔物がうろうろしているから、さっきみたいなことは日常茶飯事よ」

勇士は顔から血の気が引いていくのを感じた。

学校の周囲に厳重に張り巡らされていた鉄柵は、今思えば外部からの侵入を防ぐものではなく、魔物の人里への逃走を防ぐものだったのではないか。

雪乃は思案にくれる勇士を安心させるように付け加えた。

「まぁ、命に関わるような大怪我をしたら救護隊が駆けつけてくれるから、生徒が死んだって話は聞かないわ。凶悪な魔物はイベント用だから生徒たちからは隔離されてるし」

雪乃からすれば不安を取り除こうとしてくれたのかもしれないが、完全に逆効果だった。

(大怪我する可能性はあるんじゃねぇか! しかもイベント用ってどんなイベントだよ⁉︎)

苦虫を噛み潰したような顔をした勇士に苛々してきたのか、雪乃は思い切り勇士の背中を叩いた。白魚のような手からは想像もつかないほど強かったが、鞭じゃなくて良かったと心から思った。

「不安そうな顔をしない! 傷つきたくないなら強くなりなさい!」

勇ましく美しい少女に喝を入れられて、勇士は先ほどの不安も忘れ、思わず笑みをこぼした。

(周りにこんなに強い奴らがいるのに、あんまびびってたら恥ずかしいよな)

勇士には『勇者』という恐れ多い称号まで付いているのだ。名前負けしてるなんて思われたくはない。

勇士が決意を固めていると、森の向こうで光が差すのに気がついた。

「あぁ、着いたみたいね」

長い道のりの果てに現れたその建物は、寮と同じく西洋建築であるが、勇士たちが暮らすあそこが雪のように白いのに対し、ここは漆黒を基調にしていた。

「ここが魔女のお気に入りの場所よ。黒寮も近くにあるわ」

「黒寮?」

「私たちが住んでるところは白寮で、もう二つ寮があるの。それが和寮と黒寮。どういう基準で分かれているかはここで生活している間に気づくでしょうから省くわ」

(白と黒って安直だなぁ。そうなると和寮は日本建築だろうな、きっと)

少し失礼なことを考えているうちに、雪乃は屋敷の中へと入っていく。

勇士も恐る恐る後をついていくと、分厚いカーテンで日差しが完全に遮られているようで昼だというのに中は真っ暗で、何も見えなかった。

その時、突然明かりがついた。

「⁉︎」

見通しがきくようになったおかげで、勇士と雪乃は誰かが倒れているのを見つけた。

「瑠璃!」

雪乃はそう叫ぶと、急いで倒れている女性に駆け寄った。

勇士も行こうとしたが、鳥の鳴き声がして、そちらに意識が向く。見れば、濡れ羽色と称するに相応しい羽を持った烏が、じっと勇士たちを見つめていた。すぐそばに照明のスイッチらしき物があるので、あれが明かりをつけたのだろう。

烏はまるで意思を持っているかのように、何かを訴えかけているかのようにこちらを見ていたが、すっと勇士たちが開け放していた扉から飛び去って行った。

「何ぼさっとしてるの! 早く来なさい!」

雪乃の叱責で我に帰った勇士は、すぐさま彼女たちのもとに駆けつけた。

雪乃の腕の中には、よれたメイド服を着て、手には何故か雑巾を握りしめている女性がいる。雪乃より柔らかい印象の美人だ。まぁもしかしたらこの人も鞭を振り回す可能性があるが。

お団子に結んだ色の薄い茶色の髪が、一房乱れて青ざめた頰にかかっている。具合が悪そうだから、早く呪いを解いてあげた方が良いだろう。

「起きてください」

そっと声をかけると、ゆっくりと女性は目を開く。まだぼーっとしているようで、美しい青の瞳は焦点があってない。

(この学校の人、珍しい髪や目の人が多いなぁ。やっぱ物語の登場人物の生まれ変わりってだけあって特別なのか)

「あれ……雪ちゃん? どうしてここに……あたし寝てたの? あんなにあの子達あたしを寝させてくれなかったのに……って、ああ⁉︎」

寝ぼけた口調で話していたが、途中で意識が覚醒したようだ。突然叫び出す女性を、雪乃が宥める。

「どうしたの? ちょっと落ち着きなさい」

「ゆ、雪ちゃん、あたしまだご飯作ってないの。早く作らなきゃ、ただでさえあたし愚図でだめだめなのに姉様たちに怒られちゃう!」

「待って、貴女魔女の呪いで眠っていたのではなかったの?」

「え、呪い? 呪いって言うか、たぶん魔女様の嫌がらせかな。いきなり姉様たちにこの屋敷全部隅から隅まで掃除して、最後の日に確認しに行くからついでにお昼ご飯も用意しておきなさいって言われたの」

「瑠璃……そういうのは断りなさいって言ったでしょ。あと無理しすぎないでって」

ため息を吐いて嗜める雪乃に、瑠璃は困ったように薄く笑んだ。

あまりにも儚いその表情に、勇士は胸が締め付けられた。なんとも庇護欲が駆り立てられる少女だ。

「でも、姉様たちの役に立てるのはこれくらいだから……それに、あたしもちゃんと休憩を取ろうとはしたのよ? でもちびちゃんたちがチクチク刺してきて眠らせてくれなくて」

雪乃が再び何かを言おうと口を開いた時、足音と姦しい声が屋敷に響いた。

「『灰かぶり』! 掃除は終わったの?」

「ご飯も用意してあるでしょうね?」

「「きゅい!」」

振り返れば、当然だが勇士たちと同じ制服を着た二人の女性が立っていた。そしてその周りには、蝙蝠の様な翼を広げて飛ぶ二匹の小悪魔。

手のひらに乗りそうな大きさで、愛嬌のある見た目である。

瑠璃の顔はただでさえ青ざめていたのが、一層酷くなる。

「……ご、ごめんなさい。姉様。まだ、ご飯作れてないの。これから用意しまーー」

「なんですって⁉︎」

「あれだけ言っておいたのに! あんたって子はほんとに出来損ないねぇ!」

化粧の濃い顔を歪ませて、二人の姉は瑠璃を罵る。

(……そういえば、『シンデレラ』とお姉さんは血が繋がってないんだっけ)

勇士はそっと瑠璃を窺う。彼女はぐっと唇を噛み締めて、罵倒に耐えていた。それを見て勇士の中で何かが切れた。

腰に手をやっていた雪乃よりも先に、勇士は二人の姉の前に立ちはだかった。

「あんたらいい加減にしろよ! さっきから聞いてりゃ文句ばっか言いやがって、そんなに言うならあんたらも働けよ!」

いきなり口を挟んできた勇士に、姉たちは一瞬気圧されたようだが、すぐに反論し始める

「どこの誰かは知らないけど、よく事情を知らないみたいね。そこの女は、何処の馬の骨とも知れない異国の女の娘なの」

「その女が死んで、私たちのお母様がお父様と結婚した時に、その子も温情で私たちの妹として世話してもらえることになったのよ」

「で?」

勝ち誇ったように説明する彼女たちに、勇士は冷たく続きを促した。姉たちは明らかに狼狽し始める。

「だ、だからその子は、私たちのために尽くす義務があるの」

「卑しい子を名目上でも妹として扱ってあげてるんだから、当然でしょ」

「……あんたら、いったいいつの時代の価値観で物を言ってるんだ? どう言う基準で卑しいなんて言ってんのか俺にはさっぱり分かんねぇけど。それに、姉妹なら同等だろ、この人に働かせるなら、一緒に掃除したらどうだ? ていうか、なんでそもそもここの掃除をしろなんて言い出したんだよ」

事の発端を聞くと、彼女たちは身体を震わせ始めた。

「そ、それは……」

「魔女様に言われて……」

「じゃあこの子にさせろって言われたわけじゃないんだな。……そんくらい自分たちでしろよ」

「なんで私たちがそんな下賤の者がすることを!」

「だったら魔女様とやらに言ってきな。私たちには出来ませんってな」

「くっ……、貴方、そんな口を叩いてーー」

一人が気色ばみ、勇士の方に行こうとするのを、もう一人が腕を引いて止めた。驚きを隠せない顔で。

「姉様! こいつ、『勇者』だわ!」

「なっ⁉︎ ーーは、『灰かぶり』! 掃除は出来てるみたいだから私たちは帰るわ! 食事は結構よ‼︎」

そう叫ぶと、そそくさと彼女たちは逃げ帰っていった。小さな赤い舌を出して、小悪魔達も去って行く。可愛げのないその行動さえも可愛く見える。

「あらまぁ……本当に、『勇者』さまだ」

瑠璃はぽつりと呟いた。

「貴方、思ってたよりは気が強いのね。見直したわ」

「いや、ちょっと理不尽さにキレちゃっただけ……って、腹減ったな」

学校は午前中の早いうちに終わったが、先刻見上げた太陽はかなり高い位置にあった。

(そういえばずっと寝てたのに、鏡野さんたち腹減らないのかな?)

呪いってよく分からないな、と思っていると瑠璃が柔らかく微笑んだ。

「今、作って差し上げますね」

「私も手伝うわ」

「ふふ、ありがと。『勇者』さまは待っててくださいね」

先ほどあれだけの啖呵を切ったため、何もしないのは居心地が悪い。

「俺も何かーー」

「先ほどのお礼ということで、お願いします。あたしなんかの料理、食べても嬉しくないでしょうけど、雪ちゃんも手伝ってくれますし

「……はい」

にっこりと微笑まれ、勇士は渋々引き下がった。

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