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現在、初対面の、しかも刃物を所持した男に引きずられています。
思わず実況してしまったが、なかなかな状況である。
(叔父さん、頼りにならない……)
心の中でため息を吐く間に、厳めしい西洋建築の建物に到着し、その中の一部屋に放り出された。
「いてっ」
突然の落とされたことに驚き、しかも部屋の中央にあった丸いテーブルに頭をぶつけてしまった。
頭をさすっているうちに、真神は後ろ手でドアを閉めた。
(待って、なんかこの人怖い顔してるし! 俺これから何されんの⁉︎)
真神の首には髑髏があしらわれたネックレスが、その存在を主張していて、彼の威圧感を増幅させている。
よく考えなくても、相手は門に投げナイフをするような輩だ。普通じゃないに決まっている。
「俺、たいしてお金とか持ってないんで!」
「あ? 何で金の話になるんだよ……別にあんたに危害を加えるつもりはねーよ」
「え、そうなのか」
一気に気の抜けた勇士を見て、眉間に刻まれていた皺が消えた。ちょっと呆れたようだ。
「あんた、俺をどんな奴だと思ってたんだよーーまぁいい。名前、なんて言うの?」
(すいません、バリバリの不良だと思っていたーーいえ、今でも思ってます)
心中で土下座しつつも、思ったより気安いようなので、だいぶ気持ちが落ち着いた。
「久遠勇士、この春からここに通うことになったんだ」
「勇士、か。俺は真神壮。好きなように呼んでくれ。で、単刀直入に聞くけど」
床に座り込んだままの勇士に、壮はずいっと顔を近づけた。その表情は真剣そのもので、凄みとも言えるものが出ていた。
「お前、どこまで覚えてんの?」
「はい……?」
明らかにきょとん、とした勇士に、壮はまた眉をひそめた。
何か気にさわることを言っただろうか? でも本当に質問の意味が理解できなかったのだから仕方ない。
「……その様子だと、何にも覚えてないみたいだな」
「えーと、うん。何のことだかさっぱり」
「どっから説明するかなぁ」
ぼやきつつ、壮は頭を掻きむしった。イケメンはそんな行為も様になるんだなぁと感心していると、その口から耳を疑う言葉が出た。
「よーし、よく聞けよ。お前は、俺たちが前世で『勇者』って呼んでた奴の生まれ変わりなんだ」
「は?」
つい世にも間抜けな声が溢れてしまったが、壮は大真面目だった。
「嘘じゃない。ここの学校の奴らの大半が今じゃ物語扱いされてる奴らの生まれ変わりだ。まぁ、お前の物語はないけどな」
俄かには信じがたい話を滔々と語られ、勇士の思考は止まってしまいそうになる。
輪廻転生についてくらいは知っている。この世界では基本的に魂は巡るものだというのは常識だ。
だが、実際に前世の記憶を持っている者は稀で、現に勇士も全く覚えてない。
だから、そんな『勇者』なんて大それた者だとは到底信じられなかった。
「人違いじゃーー」
「それはない。俺の嗅覚がそう言ってる」
「何で嗅覚」
流れで突っ込むと、壮は不敵な笑みを浮かべた。
「何でかって? それはなーー」
その瞬間、壮の身体は金の光に包まれた。あまりの眩しさに目が昏み、視界が戻った時にはあの美丈夫の姿はなく、そこにいるのは気高ささえ感じる狼だった。
「俺が、前世でお前の相棒だった人狼だからだ」
勇士は思わず息を呑む。
「獣人……」
「ああ。何の因果か、今世でも獣人だ」
獣人はこの国ではもはや絶滅に近い種族で、勇士も今までテレビでしか見たことがなかった。
だから、ついテンションが上がってしまう。
「うわぁ、初めて生で見た! なぁなぁ、撫でてもいいか?」
「人が返事する前から触んじゃねぇよ! ……ったく、いいけどよぉ」
飛びつかん勢いでわしゃわしゃと撫でまくる。もふもふした何とも心地よい毛並みだ。壮は諦めたのか撫でられるがままになっている。
ふかふかに顔を埋め、疑問を投げかける。
「でもさぁ、俺がその『勇者』とやらだとして、今世の真神くんに何か関係あるの?」
「くん付けとか気持ち悪いからやめろ。……俺だけじゃなくて、この学校の生まれ変わりたちには、『勇者』が必要なんだ」
「え、何か予想以上に重い感じ? でも俺、何も壮みたいな特殊能力ないよ?」
この国では一般的な人間として生まれ育ってきたつもりである。他国には、魔力を持つ人間も多いらしいが……そんな力を感じたことはない。
「別に前世のお前も魔法は使えなかったぞ。でも、呪いを解く力があったんだ」
「の、呪い?」
恐ろしい言葉に青ざめる勇士を見て、また光を纏って人型に戻った壮が苦笑した。
そこで勇士は自分が男に抱きついている格好になっていることに気づき、そっと離れる。
「いきなりこんな話しされても困るよな。すまん。ちょっと助けてやって欲しい奴がいたから、先走り過ぎた」
「いや、助けたい人がいるならそうなるのも分かるよ。気にすんな。でも、本当に俺が『勇者』なのかなぁ」
顎に手をやって少し考える素振りを見せて、壮は閃いたように立ち上がった。そして突然棚を漁り始める。
そして何か見つけたかと思うと、それを勇士に向かって放り投げた。
「それが証明になる」
「これ……? ただの高そうな指輪に見えるけど」
「失礼だな。あの物作りに関しては右に出る者がいない小人が作った代物だぞ。何千万……いや、場合によっちゃ億の値がつくかもな」
「そんなもん持たすな! 手が震えるわ!」
よく見ると勇士には読めない文字が精緻に彫られている。たぶん魔方陣の類なのだろうがさっぱり分からない。
小さな蒼い石の嵌められたそれは、豪奢ではないにせよ見る者を惹き付ける美しさを備えていた。
「でもそれ、使い手を選ぶんだよ。小人が『勇者』のために作った指輪だから、『勇者』の魂を持つやつにしか使えないってわけ」
「ほぉ……で、これが使えれば俺は『勇者』の生まれ変わりで確定だと」
「そゆこと。理解できたんならさっさと嵌めて、なんか強そうな武器想像してみな」
半信半疑で指輪をはめ、とりあえず剣を想像してみる。
すると、蒼い石が輝き、指輪は剣に形を変えた。
まさにゲームの勇者が持っていそうなしっかりした作りの剣で、その柄には、確かにさっきの蒼い石があった。
「えぇ……ほんとに使えちゃった。しかもこれかっこいい!」
「言った通りだろ? にしても、前世と全く同じ剣が出て来るとは思わなかったな」
「俺、こんなの使ってたの? 重くて振り回せそうにないんだけど」
既に腕が悲鳴を上げていて、手がぷるぷるしている。すると、剣は指輪に戻ってしまった
「そりゃ筋力不足だろ。安心しな、俺が鍛えてやっから」
「それはご遠慮願いたいなぁ……」
いかにも戦い慣れてそうな狼さんとの訓練なんて、地獄を見る気しかしない。
壮は指輪が使えたことに満足したようで、嬉しそうに勇士の肩を抱く。
と、その時。
ぐ〜、と盛大に勇士の腹が鳴る。
「っく、ははっ! 腹減ったのか! しゃあねぇなぁ。食堂に連れてってやるよ。呪いを解いてもらうのは明日でもいいし」
勇士は羞恥に顔を赤らめながら、壮に食堂へと案内してもらったのだった。
翌日、勇士は獣の鳴き声で目が覚めた。
身の危険を感じ、思わず飛び起きる。
「やっと起きたな。おら、着替えろ。学校行くぞ」
「ふわぁい……」
と、促されるままに渡された制服に袖を通すが、はたと気がつく。
「もう学校あるのか?」
通う予定だった公立高校の入学式の日取りは確かもう少し先だったはずだ。
「うちに途中から来るやつなんてそうそういないから、とりあえずクラス発表して顔合わせがあるんだよ。どうせ皆顔見知りだけどな」
「へー」
勇士はネクタイの締め方が分からず、戸惑った。今までの制服は学ランで、ブレザーは初めてなのだ。
おろおろしていると、壮が貸してみ、と言って手際よくやってくれた。最初は怖い印象だったが、今は頼りになる兄貴分のように思える。
「おし、準備出来たな。時間がねぇから急ぐぞ」
「え、何時から?」
「八時半」
時計を見る。現在の時刻、八時二十五分。
少なくとも寮に来た時見た限りでは近くに建物らしきものは無かった。
「いや、無理じゃね⁉︎」
「お前が起きんの遅いからだろうが! おら、さっさと乗れ」
「分かった……ほんとに間に合う?」
金の狼に跨り、恐る恐る尋ねる。狼は力強く答えた。
「狼様舐めんじゃねぇよ!」
結果、チャイムと共に教室に飛び込んだ。
間に合ったのはいいのだが、勇士はすっかりと酔ってしまった。何せ恐ろしい速さで森を走り抜け、舌は噛みそうになるわ動きが激しすぎて振り落とされそうになるわで、掴まるのも一苦労だったのだ。
ちなみに駆け込んだ瞬間、教室はかなりざわついた。それが突然現れた狼のためなのか、見知らぬ生徒がこの学校に来たためなのかは謎である。
ぐったりしていると、教室にいかにも体育教師と言った見た目のマッチョな男性が入ってきた。
「出席とるぞー。……茨と、鏡野様と、灰崎が欠席だな」
(なんか一人だけ呼び方おかしくない……?)
気力が尽きて、心の中だけで突っ込んでおく
今日は本当に顔合わせだけのようで、HRはすぐに終わった。
壮と二人で廊下を歩いていると、背後からゴゴゴと何やら不穏な音がした。振り返ると、先程の体育教師が凄まじいスピードで迫って来ていた。
「『勇者』さまーーーーーーーーっ‼︎」
(……ここの人たちって、変人しかいないのかな)
現実逃避も兼ねて遠い目をしていると、彼はそのままの勢いで勇士の肩を掴む。肩がもげるかと思った。
「お久しゅうございますっ!」
彫りの深い、例えるならモ◯イ像のような顔は感極まったことによる涙でぐしゃぐしゃだ。胸元でむさ苦しい男に咽び泣かれ、勇士は対処に困った。
「おい、いい加減離れてやれ。勇士が困ってんだろ」
「はい、狼様」
教師の方が年も立場も上なのに、従順に壮の言葉に従ったーーかと思いきや。
「『勇者』様、いいえ、久遠さま、姐御を助けてください!」
お手本のような土下座だな、と他人事のように見つめた。
学校に来て早々教師に土下座されるような事態に陥るなど誰が予想できるだろうか?
「あの、姐御って誰ですか?」
「それはーー」
「俺が呪いを解いてほしいって言った奴だ。ちょうどいい、連れてってやるよ」
「安全運転でお願いします!」
心からの願いだった。