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キング  作者: かめ屋吉兵衛
国交
19/50

九 教育

 城下町の建設が進み、学校の他、食堂や居酒屋が完成する頃には、六カ国の国家間交流はさらに盛んになり、その結果、暮らしはより豊かなものとなっていた。

 ゲートの規制を緩め夜十一時まで他国の一般人も和の国に滞在できる様にしたことで、城は芸術活動の拠点となっている。

 城には絵画が飾られ、ホールでは所属する国に関係なくアーティスト達が時に感動を、時に笑いを与えてくれている。

 居酒屋ではスコッチウイスキーやボルドーのワインなど各国の酒を味わえるが、和の国で生産した日本酒や焼酎も好評。

 また、豚の管理は元々養豚業だったというスオミの人に、牛の管理はコペンハーゲンの人にと担当責任者を引き継いで貰えた。

 和の国には畜産関係の経験者がいなかったので、その手伝いをするにしても心身共に軽くなった。

 工業関係は各国の職人たちが管理者との交渉で手に入れていた工具を持ち寄り、元研究所の所長であるロックが調整、新たな製品開発を試みているが、その中に子ども向けのおもちゃを加えるだけの余裕が有り…。


「ロック、新作のおもちゃは複雑な動きをするのだな。」

「ああ、この動きを子ども達が理解しようと思ったら、それだけで大きな学習効果が有ると思わないか?」

「ふふ、からくり人形の仕組みに、城の子達は興味津々だったわよ。

 小さい子達とは違い、大きい子達は一つ一つの動きを生み出す仕掛けにもね。

 それが好奇心と理性の狭間でね…、ふふ、ロックが離れた後に分解するかどうか話し合っていたけど、小さい子達をがっかりさせたくないからと、分解しないという結論に達したの、少し残念そうだったけど。」

「はは、そいつは心強いな、すぐに分解用を提供させて貰うよ、担当しているスタッフも喜んでくれるだろう。」

「ねえキング、この先は子ども達次第だとマリアさまから言われているのでしょ。

 私達の素敵な子ども達のこと、彼女は評価してくれてるのかしら。」

「まだ、子ども達は社会集団の中での評価対象にはなっていない様だ。

 ただ、我々の六か国からなる共同体に関しては肯定的な評価…、マリア曰く、もっと争うと考えていたそうだ。」

「マリアさまは人類のして来た愚行をご存じなのね…。」


 私達の城を中心に世界が一つの共同体となっている。

 世界の規模は村と言ってもおかしくないレベルでは有るが、極めて好ましい状況で通貨を必要としないまま、共産主義の原点とも言える社会構造に。

 皆、真面目に働いていて貧富の差もない、二丁目の住人に規制は有るが、彼等は労働時間の短さと引き換えにそれを受け入れていた。

 他国もそれに倣い、位置づけを守るべき社会的弱者と考える様になりつつ在る。

 そういった事も含め、今は過去の社会体制を研究しつつ、今後の社会体制を話し合っているが、それには明確な答えを出せていない。

 子ども達の成長に伴って社会がどう変化して行くのか予測しにくいからだ。

 貧富の差が有り犯罪というものを当たり前の様に受け止めていた過去とは前提条件が違う。

 我々が子ども達の教育に成功し、私利私欲に走る者が現れず、皆が社会の中で自分の役割を真面目に担ってくれるので有れば、今のまま通貨を必要としない平和な社会が存続するとは思う。

 だが、最年長でさえ七歳という子ども達の様子から、それを判断するのは性急過ぎるだろう。


 教育の重要性はどの国のリーダーも真剣に考えていて、和の国で始まった学校教育には各国から教師としての参加が有った。

 小学校は城に住む私達の長子四人でスタート。

 城の近く、城下町のシンボルとなるよう設計された校舎で、午前九時に授業開始。

 午前中は算数や理科、国語、社会といった教科を六カ国の教育担当者が教師となって教えている。

 午後は動植物の観察と日替わりで各国の四歳から六歳の子達と遊ぶ。

 一か月もしない内に小学一年生達はこの流れに慣れた。


 和の国の教育担当はロック。


「ロック、うちの子達、今日はスオミの子と遊んだのでしょ、どうだったの?」

「向こうの九人全員、和の国のお姉さんお兄さんが大好きだから楽しそうだったよ。

今回は一昨日ミュンヘンの大人に教えて貰ったゲームを彼等に教えていた、やりながら四人で相談して皆が楽しめるルールに変えながらね、スオミの保育担当者が七歳児の発想ではないと驚いていたよ。」

「言葉は?」

「極力フィンランド語を使おうとしてた。」

「子ども達にとって六つの言語ってどうなのかな、各国の子ども達と同程度に使えているそうだけど。」

「うちの子は疑問に感じ始めているわ、多言語の理由は簡単に説明して有るのだけど…、和の国で六か国語が飛び交っているのは、どう考えても効率的ではないのよね。」

「子ども同士の多言語融合状態には変化が見られて、城の子達は相手国の言語で話そうとしている、相手によって六か国語を使い分ける形でね、以前の様に混ぜて使うことは無くなって来た。

 だが一方で、共通言語作りを遊びの延長として考え始めていて、国語の時間として用意した枠は言語学の時間と変化しつつ有り、各国の大人達とディスカッションしているよ。

 近い将来、子ども達が六つの言語を基礎に新たな共通言語を構築するかも知れないね。」

「共通言語の問題は子ども達に丸投げになるのかしら。」

「ああ、六か国語を話せるのは大人でも少ないからな。」

「他の教科はどうなんだ?」

「算数も理科も順調だよ、コペンハーゲンの教育担当と話したが、過去の記憶に残る七歳児よりかなり能力が高いという事で一致した、それだけに教育プログラムの構築は簡単ではないと思う。」

「無駄で無意味なカリキュラムは彼等の反発を受けるかもね、でも大人に対して反発し上を目指す心も必要なのかな。」

「過去の歴史をどう教えて行くかは決めたの?」

「ああ、何年に何が起きたかなんて無意味だし、別の世界の出来事でも有るから、架空のお話として教訓的にまとめようと考えている。」

「争いのないこの世界で争いを教える意味は有るのかしら。」

「小さな我儘による小さな喧嘩はしてる、大きな争いにならない様に知識として揉め事の解決方法を教えておく必要はあるだろう。」

「この国の始まりについてはどうするの?」

「神話でもでっち上げるよ、俺達が経験した戦争に関しては、どの国の連中も詳しくは分かっていない、攻撃された後の情報は全く伝わって来なくて、ラジオでさえすぐに沈黙してしまったからな。」

「この世界の事だって私達は理解出来てる訳でもないわ、多少の作り話でも用意しておかないと子ども達に説明出来ないのね。」

「ああ、そういうことだ。

 一年生に関して一つ不安なのは、彼等には身近なお手本としての先輩が存在しないという事、その事が心理的な歪を作りかねない、すでに子ども社会ではリーダー的立場になってしまっている彼等の意思が、この世界の子ども達に大きな影響を与えると思わないか。」

「それは否定できないわね、教育が成功するか失敗するか、四人の子ども達がどう成長するかに掛かっている、リーダーとしての教育を考える必要が有るのではないかしら。」

「そうだな、彼等はこの世界で特別な四人だ、各国の教育担当者とも、もう一度話し合ってみるよ。」


 リーダーの世襲という事は考えていなかった、だが能力の高さから私達の子がこの世界の次なるリーダーとなる可能性は高くなっている、早い段階でリーダー論をカリキュラムに加えるべきだろう。

 そんな事も有って、ロック達は学習プログラムに職業体験を加えた。


「子ども達のささやかなお手伝いに関して反響はどうかな?」

「私が耳にした範囲では概ね好意的に受け止められているわ、皆さんは私達の子が将来リーダーになるだろうと考えている、世襲じゃないとは話しているけど、彼等の子ども達がお兄ちゃんお姉ちゃんと慕ってるのを見れば自然な流れでしょう。」

「そんなリーダー候補達が汚れる仕事も体験してるのだからね、皆さん優しく教えて下さってるそうよ、子ども達も喜んでたわ。」

「大人全員と親しくさせるという当初の目的は達成できそうだな。」

「ああ、職業選択の自由と社会維持活動のバランスの問題も、成長に合わせて短時間の労働から責任を持たせて行けば大丈夫な気がしている、大人の導き方次第だろうが。」

「複数の仕事を掛け持ちという制度がプラスに作用すると思うわ、きつめの作業を短時間の当番制にしたことで職業というより国民の義務、子ども達も納得してくれるでしょう。」

「人の嫌がる仕事、特に動物の解体とか…、次世代にとって当たり前の作業になってくれれば良いのだが、このままずっとスオミやコペンハーゲンに頼りっぱなしとは行かないだろう。」

「我が国には未経験者しかいなかったから、慣れるのに時間が掛かった、というより未だに慣れないよ、逆に子どもの頃からきちんと見せて置く事で、自分達の食が他の生物の犠牲の上に成り立っている事を考える機会になると良いね。」

「子ども達に時間は有るわ、大人になるまでにこの世界のすべての仕事を体験して貰う事はきっとプラスになるでしょう、ここで生きて行くために必要な能力を身に付けさせておけば安心よね。」

「すでに食糧生産能力は将来を見越しても充分過ぎるレベルに達している、子ども達の為に住宅を建て始めているから暇すぎる人はいないけど、子ども達が成長する頃には多くの研究職を持てそうよね。」

「昔は、その人員が軍人に振り分けられていたのかな、研究職だけでなく芸術関係を目指す人が増えても良いと思う、何にしても軍隊を必要としない社会で有り続けて欲しいわね。」

「今の所、警察や消防がないけど必要にならないかしら。」

「警察はともかく建物は木造だから消防は考えるべきじゃないかな。」

「そうだな、専門家を作らずに皆で訓練ってどうだ、非常時に統率の取れた動きが出来るようなシステムが有れば…、そんなシステムが必要になる日が来ない事を願うが、所謂保険ってことで。」


 六か国共同で防火システムを検討し消火訓練を実施。

 一年生たちにも職業体験の一環として役割を与え、組織として動く重要性を教えた。

 この職業体験、子ども達にお手伝いさせることは今までも三丁目が熱心だったが、無理のない範囲で広がり始めている。

 一年生達が職業体験をしていると、他の子ども達も、お手伝いをしたがったのだ。

 遊びの延長の様なお手伝いからだが、教える大人達も楽しそう。

 マリア達のテクノロジーと作業の効率化が進んだ結果、どの作業にも余裕が有り子どもの相手をしながらでも差し障りはない、納期を気にする様な仕事は無いのだから。

 教育担当者達は、その光景を見て改めて何の為の教育か考えている。

 仕事に必要な知識、集団作業をする時の心構え、こういったことは、かつての学校教育の場では、蔑ろにされていたのではないだろうか。

 大人の手伝いをしながら学ぶ、これは教育の原点だ。

 大人達は作業を通して、一年生に自分の持っている知識を伝えようとしている。

 子ども達は好奇心の塊りなので、そんな大人の話を楽しそうに聴く、畑では光合成を教えられ、肥料の話、自然界の大きな循環に、目を輝かせて聞き入る。

 木工の場では、木目の話や木の種類によって性質が違うことなど…。

 知識は生きた学問として子ども達に届く。

 そして過去の学校教育に有った大きな無駄に気付かされる。

 ここでは大学入試を目的とした学習に、全く意味はないのだ。

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